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青の月  作者: よろず
本編
12/38

十一

夏休みも終わりが近付き、筋トレは格闘訓練にまで発展していた。

拳や蹴りの入れ方、防御の仕方を毎日叩き込まれる。

リィンの生き生きした表情を見て、彼女自身が体を動かしたいのかもしれないと考えた奏は頑張って付き合う事にしている。

午前中は庭で体を動かし、シャワーを借りて汗を流してから午後は勉強するというのがここ最近の日常だ。

一人で勉強する時もあれば、真人か修三が家庭教師になってくれる時もある。その横では、リィンが黒魔術の本や美里から借りた漫画を読んだりして過ごす。帰りはたまに真人が送ってくれて、そのまま奏の家に泊まることもあった。

今日も、涼しい午前中の内に細川家の庭にて奏は扱かれている。


「この成果を披露する日が来るのだろうか?」

「いやー、ないでしょー。」

「ないでしょうね。」


縁側で観戦しながらアイスに齧り付き、美里と真人と沙智が会話している。

滅多な事がない限り、必要になる時なんて来ないだろうなと奏も思ってはいるが、リィンが楽しんでくれるのならそれはどうでも良かった。


「そろそろお昼にするから、シャワー浴びていらっしゃい。」


顔を出した翔子に促され、訓練は終了となった。


リィンのあとにシャワーを借りて戻ると、縁側で扇風機の風を浴びながらリィンが涼んでいた。

下ろした髪が風でふわふわ舞い、夏の日差しを受けて煌めいている。


「そういえば、リィンの髪って、何色っていうのかな?」


色素の薄い髪だなぁとは思っていたが、色の名前までは知らない。色にも様々な呼び方があったことをふと思い出して聞いてみたのだが…リィンは首を傾げている。


「亜麻色、じゃなぁい?」


応えたのは、美里と一緒にファッション雑誌を読んでいた沙智だった。


「あー、あれだ、なんだっけ?なんかピアノの曲であったよね?」


有名なクラシックの曲名を言いたいのだろう美里がリィンに四つん這いで近付いて、まじまじと見始める。


「綺麗な色だよね。瞳はヘーゼルかなぁ?」


後半は沙智へと確認するように振り返った美里の隣に、沙智もずりずり近寄った。


「そう、ねぇ…ヘーゼルじゃない?このすべすべの肌、羨ましー」


二人に至近距離で観察され、沙智によって頬をうにゅうにゅされているリィンは、うあーと声を出しながらされるがままだ。

あの曲の乙女はリィンのような子なのかな、なんてことをぼんやり考えながら三人を眺める奏。

その隣へやってきた真人が片腕を奏の肩へとまわし、ニヤリと笑う。


「僕も触りたいなぁと、思いを馳せる奏くんであった。」

「………ふわふわ、してそうですよね。」


扇風機の風に舞う髪の感触を想像してみてふにゃりと笑ったら、真人が空いている手を額に当てて天を仰いだ。


「くぅっ…純粋天然っ…!効果は抜群だぁっ…!」


唸り続ける真人はリィンの言う通りたまによくわからない。首を傾げながらも楽しい人だよなと奏は笑った。


「くそぅっ、お兄ちゃんは負けない!立て!そして受け身をとれぃ!」


突然立たされて柔道の組み手のポーズをとられる。あぁ、投げられる…と思ったら、「ていっ」という掛け声が聞こえ、直後に脇腹を抑えて真人が崩れ落ちた。


「真人の弱点は脇腹よ。」


うふふふふーと笑った翔子が、人差し指を顔の横に立ててすぐ側にいた。


「ご飯よー。」


言って去った翔子の背中に、母は強しと真人が呟いた。



お昼は素麺だった。


「可愛い子供達に囲まれて食べるご飯は格別だねぇ、母さんや?」

「そうですねぇ、父さんや。」


みんなでわいわい素麺を啜っていると、修三と翔子がニコニコ会話を始めた。


「いつの間にやら奏君は体つきも逞しくになって、子供の成長は早いもんだねぇ、母さんや。」

「そうねぇ、父さんや。男前はあなたに似たのねぇ。」

「リィンだって、美人なのは母さんに似たんだねぇ。」

「まぁ、父さんったら。」


笑い合う二人はよくこんな会話を繰り広げる。

みんな慣れている為、誰もツッコミをいれない。それぞれ自由に会話をしながら食事をしている。

最初は戸惑ったが頻繁過ぎて、奏も慣れてしまった。


「なぁ真人や?」

「なんだい父よ?」

「お前は、奏君をよく柔道の技で投げ飛ばしているらしいじゃないか?」

「だったらなんなんだい、父よ?」

「父も、息子に投げられたいのだよ。」

「そうか…奏くん、投げておやり。」

「え?えぇっと……?」


油断していると突然話を振られるので、奏はよく焦らされる。


「父さん、奏君にも投げられたいなぁ。これは三人で食後の運動をするしかないと思うのだけど、どうだろうか?」

「あらあら父さん、奏くんはさっきシャワーを浴びたばかりですよ?」

「そうかぁ、なら明日にしよう。明日は鈴じゃなく、父さんと遊ぼうねぇ、奏君。」

「は、はい…。」

「それは俺もか、父よ?」

「当たり前だろう、息子よ。」

「うぇー、マジかよ。親父相手とか超ハードじゃねぇかー。」

「明日はそういう事で頼んだよ、鈴。」

「はーい。」


ごちそうさまでしたーと、みんなで手を合わせて後片付けを始める。

食器を台所へ運びながら、奏は明日のことを考えて少し緊張した。

授業で習ったことはあるし、真人にも最近受け身の取り方などを教わりながらよく投げられたりしているが…なんだか少し心配だ。

だけれど楽しみでもあって、自然と口元が緩んでいた。



次の日細川家に着くとすぐ、柔道着に着替えさせられた。真人の物のようだが、背格好もそんなに変わらないのでサイズは問題なしだ。

リィンはお隣の姉妹と翔子と共に買い物に出掛けたそうだ。

女性陣の不在を聞かされながら連れて来られたのは、庭に続くいつもの部屋だった。

物がない部屋だなぁと思っていたが、こういう目的で使われるとは考えてもみなかった。


「まずは奏君、父さんを投げてみようか!」


体を解し終わるとすぐに、修三が奏に向かって両手を広げてきた。

さぁどうぞとキラキラした瞳で見つめられても、困ってしまう。

遠慮するなと言われたので、いつも真人に投げられる時を思い出しながら大外刈りをやってみた。

投げられる人が上手いからか、綺麗に決まってなんだか気持ち良い。

そうやってしばらくは修三と真人相手に技の練習や、投げられて受け身の練習をした。

体が大分温まったところで修三と真人の組手を見学することになったのだが…激しくて驚いた。

二人の真剣な顔が格好良くて、奏はかなり感動してしまった。

最後は真人と試合をしたのだが、勝てなくて少し悔しい。

汗だくになった体を縁側で休めながら見上げた空が、高くて、真っ青で、眩しさがなんとも気持ちが良かった。

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