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青の月  作者: よろず
本編

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13/38

十二

鏡の前でネクタイを結びながら、春との違いに気が付いた。

これまでの夏休みと違ってよく外に出ていた為か、肌は浅黒く日焼けして、半袖のワイシャツから伸びる腕には筋肉も付いた。

よく食べ、体を動かしているお陰か、夜はぐっすり眠れて目覚めも良い。

リィンのお陰だなと彼女を思い出して、奏は少しだけ憂鬱になった。

夏休みはほぼ毎日、一日中一緒に過ごしていたのに…今日から新学期だ。

学年が違う彼女とは、昼休みと放課後くらいしかゆっくり過ごせなくなってしまうのが寂しく感じられた。


リィンの姿を探しながら学校へ向かうが出会えず、がっかりしながら校門を通り抜けようとした奏の視界に、たむろする男子生徒の姿が入ってくる。

誰かを待っているような五人組の彼らは、リィンと出会うきっかけとなった同級生達だった。

何か言われるだろうかと少し緊張して前を通るが、特に何も起きなくて拍子抜けした。



特に問題も起こらず、始業式も終わり、帰りのホームルームも終わった。

さて帰ろうと鞄を持った所で、教室の前の扉から名前を呼ばれた。

見ると、あの同級生達が教室の中を見回している。

自分を見つけられていないような彼等の様子に、いっそ逆側の扉から出て帰ってしまおうか思案していると、一人と目が合ってしまった。


「お前、一宮か?」


目をまんまるにした彼等の視線に捉えられたが奏は特に反応せず、リィンと美里はもう下駄箱で待っているだろうかと考えていた。


「着いてこい。」


どうやら奏だと確信したらしき彼等に促され、奏は鞄を持って立ち上がる。

彼等の後を歩きながら、リィンにメールで先に帰るよう伝えるべきかな、早く会いたいのにな、と頭の中には彼女の事しか浮かばなかった。



靴も履き替えずに連れてこられたのは、移動教室でしか使われない第二校舎の裏だった。始業式だけの今日は当然のようにそんなところに人気はない。


「いやぁ、ヒョロ宮くん見た目変わってて、ぼくらびっくりしちゃったよ。」

「イメチェンってやつ?」

「オレら大変だったのになぁ?」

「ヒョロ宮くんは楽しい生活を送ってたわけかぁ。」

「なぁんか、ムカつくなぁ。」


にやにや嫌らしく笑いながら口々に話し出して、一人が一歩近付いてくる。


「ねー、ムカつくからさぁ、サンドバックになってくんない?」


言いながら突き出してきた拳を、条件反射で避けてしまった。


「なによけてんだよ、ヒョロ宮ぁっ!」


羽交い絞めにしようとしてきた男の手も無意識に払ってしまうと、怒りの形相を浮かべた彼等が一斉に飛び掛かってきた。

右から繰り出された腕を身を逸らして避けて、腹部目掛けてきた蹴りを横に一歩踏み出して躱す。同時に飛んできた拳は屈んで避け、そこに振り下ろされた足を交差した両腕で受け止めた。


「おー、成果が披露されている〜」

「旦那、かっこ良いッス!」


声に視線を向けると、校舎の陰から顔を覗かせたリィンと美里がパチパチ拍手していた。

リィンの姿に、頬が緩む。


「あ!あいつらあの時の!!」

「誰だ?」

「茶髪の方!お前を病院送りにした女だよ!」

「…あんだと?」


最初に吹っ飛ばされた彼は姿を目にする前にノックアウトされて覚えていなかったようだが、他の四人は顔を青ざめさせる。

覚えていないらしい男が怒りの表情で彼女達の方へ向かおうとしたので、思わず奏はその腕を取り、振り向いた襟元を掴んで背負い投げてしまった。


「一本!」


美里が片手を上げて高らかに宣言したのを最後に、その場は静まり返った。


「えぇっと………」


投げ飛ばしてしまった彼をどうしたものかと見下ろしたままでいる奏に、近寄ってきたリィンが服の埃を払って制服を整えてくれた。


「帰りましょ〜」


にっこり笑ったリィンに手を引かれ、美里が落ちていた鞄を拾って渡してくれる。

呆然とこちらを見ている五対の瞳を置き去りにして、三人で連れ立ってその場を後にした。


靴を履き替えてから校門へと向かう道すがら、リィンがニコニコ満足気に笑って奏を見上げてきた。


「特訓の成果が見れて、センセイは嬉しいデス!」

「毎日すごい扱かれてたもんね。……おー、こりゃ腹筋割れてませんかね!」


腕や腹を美里がペタペタ触ってきて、奏は眉を下げた。

リィンまでも身体を撫で回し始めてかなりくすぐったい。


「ふむふむ、よい筋肉デス。素晴らしい!」


腕と腹のみならず、胸や背中、尻や太ももにまで手を這わされて、奏は焦って二人の手を止めた。


「……や、やめて?」


困り顔で懇願すると、美里がニヤニヤ笑い出す。


「良いではないか、良いではないかー。」


わきわきと動いている両手が怖い。


「邪魔をしないでもらいたい!」


再び伸ばしてきたリィンの両手を、手首を掴んで阻止する。


「……ダメ。」


ふくれっ面で見上げてくるリィンに首を振って拒否を示すと、二人は諦めてくれたようだ。

ほっとして歩き出したらすぐに腕を掴まれる。

視線の先ではリィンがニコニコしているので、まぁ腕だけなら良いかと、そのまま腕を撫でられながら帰ることになった。




校舎裏での一件から、あの同級生達が何かをしてくるということはなかった。

たまに廊下ですれ違うと憎々しげに見られることはあっても、声を掛けられることはない。

関わってこないのならばまぁいいかと、気にするのをやめた。


「かっなで〜!」


四時間目が移動教室だった所為でいつもより教室を出るのが遅れた。

急いで教科書を置いて廊下に出たら、リィンが飛び付いてきた。受け止めると、ぐりぐり顔を擦りつけてくる。


「雨だし、今日は奏の教室で食べましょ〜。」


乱れた前髪を撫でて整えてやりながら、奏はにっこり頷いた。

奏の席の隣と前から椅子を借りて、三人で弁当を広げる。

奏のお弁当はリィンが作って持ってきてくれるので、コンビニパンとはさよならした。

この数ヶ月で和食をマスターしたらしいリィンのお弁当は、とても美味しい。

細川家の食卓でも、よくリィンの手料理が振舞われる。対して美里はあまり料理は好きではないようで、奏と同じで食べる専門なんだと言っていた。


「今日もとっても美味しかったです。ご馳走様でした。」

「おそまつさまでした!」


お弁当の蓋を閉めて頭を下げる奏に、リィンが嬉しそうに笑う。

この笑顔はいつも、奏の心臓をきゅうっと苦しくさせる。


「ねぇ、あなた達一年生でしょう?一宮くんの妹さん?」


食後を三人でまったり過ごしていたら、最近よく話し掛けてくるようになったクラスメイトが近付いてきた。


「いいえー、お友達です。私は。」


先輩に話し掛けられて恐縮です、というような表情を作った美里が答える。

それに相槌を打ちながら、何故かクラスメイトは奏の隣の席へ座った。確かそこは、違う人の席だった気がする。

お菓子を差し出されたが、特に気分じゃなかった為に断る。

美里も断っていたが、リィンは何も言わない。

いつもどこで弁当を食べているのかだとか、天気の話しだとかを振られるが、むっつり黙ったままでいるリィンが気になった。


「具合、悪い?」


顔を覗き込んでみても目を合わせてくれず、首を振って否定される。

隣で話し掛けてきていたクラスメイトも奏の肩に手を置いてリィンの様子を伺っている。

熱があるのかとリィンの額に触れてみても、熱くはない。


「触るのダメ!」


突然立ち上がったリィンに、頭を抱え込まれて驚いた。

額に触ったことが嫌だったのだろうか考えて、でも今リィンは自分に触れているし…?

ぎゅうっと頭を抱えられていては苦しい為、苦しいと伝えるとリィンは腕を解いて奏の膝に座って、シャツにしがみ付いてきた。


「おでこに触ったの、嫌だった?」


リィンは首を横に振る。


「具合、悪い?」


また、首を振った。

少し考えて、じっと動かないリィンの身体に腕を回して、頭をよしよしと撫でてみた。

どうやら正解だったようで、力を抜いて凭れてくる。

リィンが満足するまで、奏はそのままでいることにした。


「唐突に甘いんで、参っちゃうんですよね。」


目の前では美里が先程のクラスメイトとお菓子を食べながら意気投合していた。

美里は、人と仲良くなるのが上手いんだなと思った。

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