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第10話 魔法の筆の協奏曲

 物凄い風圧。


 吹き飛ばされるかと思えば、吸引される程に引き寄せられる、荒れ狂う暴風。


 彼女が、いつも寝てばかりで、クールで才能あふれる彼女が。


 これほど感情を剥き出しにさせてしまうなんて。


 僕はなんて愚か者なんだ。


 激しい自戒の念に苛まれながら、僕はその神威の暴風と化したヴェナの前に一人、立ちはだかった。


 彼女の身体は、僕が本気で美しいと感じた下半身に、上半身まで飲み込まれ、巨大化し、全身が風へと変わっている。


 この暴風が、ヴェナだと誰も気づいていない。

 だけど、僕は分かる。


 彼女を研究し尽くしているから。


 あの日、僕は彼女に救われ、そして恋に落ちた。


雷光幻影イマゴシュト


 僕が晒し上げられそうになった、あの教室で。

 彼女は寝たふりをしながら、僕に、僕がこの魔術学院で輝くことができる唯一の筆を与えてくれた。


 あの言葉が無ければ。


 僕はここまでこの芸術を昇華させることはできなかっただろう。


 何かの間違いで入学したこの学校。


 たまたま、隣の席になった風の魔女。


 その彼女に一目惚れしたことですら、今となっては運命だったのではないかと感じる。


 そんな美しき運命を、僕は無意識に外れようとしていた。


 ザークレシアから聞かなければ。おそらく気づくことすらできなかった。


 女心を察知できない、自分の鈍感さと、それを知ろうともせず、学ぼうともせず、ただ欲にのめり込んでいた自分が愚かしい。


 人を好きになった以上。

 彼女の気持ちを受け止める努力をする義務がある。


 それがどんな属性であっても。

 でなければ独りよがりだ。


 独りよがりな芸術など、誰の心も動かせない。


 だから⋯⋯


「ヴェナ!!」


 僕は叫んだ。吹き荒れる暴風に向かって。

 だが、僕の声は神威の轟音に掻き消され、彼女のコアには全く届かない。


 ならば、力業でこじ開けるしかない。


 僕は右手を突き出し、魔力を極限まで圧縮した。


「――『雷光実体イマゴシュ・テリアル』!!」


 バチバチッ!


 紫電が爆ぜ、僕の腕を覆うように、強靭な「光の巨腕」が具現化する。


 僕はその質量を持った光の腕で、彼女を包む暴風の壁を掻き分け、中心へと手を伸ばした。


 だが。


 バシュゥゥッ!!


「ぐあぁッ……!?」


 弾き返すような音と共に、光の腕はあっけなく霧散した。


 圧倒的な風の圧力。


 質量(実体)を持たせた僕の魔法は、同じく強大な質量を持つ彼女の暴風の壁と激突し、弾き返されてしまったのだ。


 吹き飛ばされ、地面を転がる。

 全身が軋み、口の中に鉄の味が広がった。


「くそっ……物理的な力(質量)じゃ、あの風の壁は越えられない……!」


 絶望的な力の差。


 どうすれば、暴風の中に囚われた彼女に触れられる?


 荒れ狂う風を見上げながら、僕はふと、自分の原点を思い出した。


(……そうだ。僕は)


 あの日。


 教室で絶望の底にいた僕。


 そんなとき、机に突っ伏したまま、魔法のなまえを教えてくれたのは誰だったか。


『――雷光幻影イマゴシュト


 彼女がくれた、たった一つの魔法。


 質量なんてない。


 物理的な力なんてない。


 ただイメージを空間に投影するだけの、初歩の光。


 でも、それこそが、僕たちを繋いだ『最初の筆』じゃないか。


「質量があるから弾かれるなら……質量おもさなんて、捨ててしまえ」


 僕はゆっくりと立ち上がり、再び右手を突き出した。


 力む必要はない。キャンバスに向かい、ただ純粋なイメージを描き出すだけだ。


「――『雷光幻影イマゴシュト』!!」


 放たれたのは、実体を持たない純粋な光の巨腕。


 僕の指先から迸った紫電は、暴風の壁に激突する――ことなく、すり抜けた。


「……ッ!」


 風圧は光を切り裂けない。


 質量を持たない幻影は、どんなに荒れ狂う暴風だろうと、一切の干渉を受けずに透過していく。


 暴風の壁をいとも容易くすり抜け、その中心に囚われたヴェナの身体を、優しく包み込んだ。


『……っ!?』


 暴風の化身が、ビクンと震える。


 物質的な作用ではない。


 光を介して僕の微弱な『生体電流』が、彼女の神経へと直接リンク(接続)したのだ。


 心に直接響く魔力回路。


 僕の感情のすべてを、雷の魔力に乗せて流し込む。


(伝われ……!僕の、本当の気持ち!)


『ヴェナ!』


 電流を通じ、僕の声が彼女の心に直接響く。


『……アストン?』

『人間の脚をつけた偽物なんて創って、本当にごめん!でも、あれは君の風を否定したからじゃない!僕が……僕が逃げたんだ!』

『……逃げ、た……?』

『そうだ!君のその風の脚は、あまりにも自由で、複雑で、神々しくて……僕のいまの画力じゃ、どうやっても具現化させることができなかった!だから妥協して、描き慣れた人間の脚に逃げた!僕は三流の芸術家なんだ!』


 言い訳なんてしない。ただ、己の敗北を認める。


『君のありのままの姿は、僕にはまだ早すぎる、究極の芸術だ!だから……お願いだ!僕に、一生かけて君の風を描かせてくれ!!』


 僕の心からの叫びが、嘘偽りない肯定となって彼女の心を満たす。


 ドッ⋯⋯。


 彼女の胸元で、僕が贈った『碧色の魔石』が脈打つのが見えた。


 幽霊の未練を増幅させたあの石は、彼女の『悲しみ』を暴走させていたのだ。

 だが今、僕から流れ込んだ『狂おしいほどの愛と肯定』が、石の波長を完全に塗り替えていく。


『……アストン、ばか』


 脳内に、泣き笑いのような彼女の声が響いた。


 次の瞬間、世界を破壊しようとしていた暗碧色の暴風が、僕の紫電と混ざり合い、空に立ち上ると、七色のオーロラのように学院中に振り注いだ。


 恐怖に逃げ惑っていた生徒や先生たちが、空を見上げて息を呑む。


 それは、風の魔女と変態芸術家が、初めて一緒に創り上げた「魔法の芸術」。


 光の粉が雪のように降り注ぐ中、元の姿に戻ったヴェナが、ふわりと僕の胸の中に倒れ込んできた。


「……言ったこと、守ってよね」


 腕の中の彼女は、涙を浮かべ顔を真っ赤にして僕の胸に顔を埋めた。


「ボクの風を描き切るまで、ずっと……キミだけの専属モデルになってあげるから」


 それは、彼女からの『公認』の言葉だった。


「描けたとしても、描けないって。言いますよ」


 僕はそんな彼女をそっと抱きしめた。


 その時。


「オ・レたちの青春は、まだ終わっちゃいねぇぞ!!」

「あしゃらの……出番だね」


 瓦礫の下から、這い出てきた二つの影。テラとピコだ。


 演武会の会場は半壊し、学園祭は中止の危機。

 だが、この三人が揃っていて、ただで終わるはずがない。


「アストン、お前の『雷光実体』。テラの『土台モーション』。あしゃの『ASMRボイス』。……そこに、学年1位キノルの『圧倒的魔力供給バッテリー』と、ヴェナの『暴風演出ワイヤーアクション』を掛け合わせれば……!」


 点と点が、星座になった。


 僕たちは徹夜のテンションで、クラスの女子たち(ザークレシアやルズガーナ)を勝手にモデルにした、『完全自律型・雷光実体美少女アイドルグループ(仮)』を生成。


「ちょっと!なんで私がこんな恥ずかしい衣装着て空中で踊ってるのよ!?」

「ああ……でも、私の分身、ステップのキレと風の演出が完璧だわ……」


 怒り狂う本物たちをよそに、空飛ぶ美少女ゴーレムたちの圧倒的なライブパフォーマンスが幕を開ける。


 ◆◆


 ステージの裏側。


 無尽蔵の魔力をステージへと供給し続けている小柄な少女――学年1位の天才魔術師、キノルは、分厚い魔道書から顔を上げ、呆れたように深いため息をついた。


「……魔力の無駄遣いも極限まで到達すると、ある種の芸術になるってこと……」


 彼女のジト目の先には、ゴーレムたちの演出を指揮しながら、隙あらば見つめ合ってイチャついているアストンとヴェナの姿があった。


「……青春って、非合理的で馬鹿みたい」


 そう毒づきながらも、彼女は魔導書で口元を隠し、その影で微かな笑みを浮かべた。


 学園祭は、かつてない狂乱と熱狂の渦に包まれた。


 夜の帳が下り始めた空には、雷光幻影で彩られた極彩色の花火が打ち上がり続けている。


 その光景を、校舎の屋上から眺める二つの影があった。


 学長のソロンと、担任のヴァーノンだ。


「……見給え、ヴァーノン先生」


 学長が、眩しそうに眼下のステージを見下ろす。

 光と音の洪水の中心で、生徒たちが笑っている。恐怖ではなく、純粋な喜びで。


 そこには、カーストも、成績も、家柄も関係なかった。


 エリートも落ちこぼれも、一緒になって手を叩き、歌姫に声援を送っている。


「……そうですね」


 ヴァーノンは眼鏡の位置を直した。その口元は、僅かに緩んでいる。


「アストン、テラ、ピコ。……個々の能力は歪ですが、組み合わせることで、ここまでの協奏曲コンチェルトを奏でるとは」


 彼は、光と音の洪水の中心で舞い踊るステージを見つめた。


 そこには、ザークレシアやルズガーナの姿をした美少女ゴーレムたちが華麗にステップを踏んでいる。


 ……だが、よく見るとその美少女たちのフォー

 メーションのど真ん中で、一際キレのあるステップを踏み、艶やかに腰をくねらせているゴーレムがいた。


 彼らが命を吹き込んで放置されていた『ヴァーノン・ゴーレム』である。


 美少女たちを従え、スポットライトを一身に浴びながら、滑らかなターンを決めて熱いウィンクを放つ己の分身。


「…………」


 ヴァーノンは無言のまま、眼鏡のブリッジを強く押し上げた。


(……悪くない。いや、むしろ……私の中の何かが……)


「ヴァーノン先生?どうした、急に顔が赤いが」


「い、いえ!何でもありません!」


 彼は慌てて咳払いをし、自らの中に開かれかけた『新たな扉』を必死に閉ざした。


(……本当に、化けましたね。彼らは)


 破壊力と殲滅の効率だけが魔術の全てではない。


 想像し、創造することの尊さ。そして、何よりも己の「好き」を貫き通す狂気。


 底辺と蔑まれていた彼らは、それを誰よりも鮮やかに証明してみせたのだ。


「彼らを入学させて、正解だったな」


「……ええ。悔しいですが、認めざるを得ませんね」


 図上では、光の巨腕と暴風が交わり、夜空に極彩色のオーロラを描き出し続けている。


 未完成の芸術家と、風の魔女。


 そして共犯者である落ちこぼれたちが奏でるデタラメな協奏曲は、誰から見ても美しく映っていた。


 こうして、伝統あるバラ=エル魔術学院には、アストンという変態芸術家エロマエストロによって、新しい風が吹き荒れたのだった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました!

落ちこぼれの変態芸術家エロマエストロアストンと、不器用で孤高な風の魔女ヴェナの物語、いかがだったでしょうか?

最悪の出会いから始まりましたが、アストンの純粋すぎる(そして変態的な)芸術への情熱がヴェナのコンプレックスごと心を救い、最後は学園中を巻き込む前代未聞のライブステージで締めくくることができました。

限界オタクの悪友たち(テラ、ピコ)の活躍や、まさかのヴァーノン先生の覚醒(?)など、書いていて作者自身も非常に熱くなれた作品です。


本作はこれにて完結となります。

もし少しでも「面白かった!」「アストンとヴェナのイチャイチャをもっと見たい!」「ヴァーノン先生のヒロインムーブに笑った」と思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク(フォロー)】や【★評価(ポイント評価)】で応援していただけますと、執筆のモチベーションが爆上がりします


ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!これからも、アストンとヴェナたちの物語をよろしくお願いいたします!

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