表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
1/9

1.入学式



 自分の『番』があのアマーリア・ウィングステンだと察した時、僕の胸に浮かんだのは確かな絶望だった。


 いやいやまさか。だってそんな。嘘だろう?

 どうして僕の〝運命の番〟が、その能力の高さと共に恐ろしさまでも広く知れ渡っている、ウィングステン家のお嬢様なのか。

 神様はどうやら采配を間違えたらしい。


 おかしいな。『番』ってのは人類のより良い繁栄を望んだ神様が作り上げた、素晴らしい仕組みだと教えを受けたはずなのだけれど。


 原初の時代に魔素マナと呼ばれる単一魔法存在より進化し、『人類』が誕生してから八百年。

 雌雄が別れ、より優れた成長を遂げるために交合を重ねてきた人類は、個体の相性によって同時にさまざまな問題を抱えてきた。


 それは例えば、望んだ相手との婚姻がうまくいかずに生活が破綻してしまったり、子供を残したというのに生育環境に無理が生じたり、そもそも交際を望む相手の奪い合いによって尊い命が犠牲になったり、だとか。そういうことだ。


 そんな人類の有様を憂いた神様は、『番』と称される魔法回路を人類の体に埋め込んだ。

 それからというもの、この世界では恋愛関係でのいざこざは劇的に少なくなった。


 自分の特性や性質に見合った相手が本能的に分かるようになったのだから、当然の話だろう。

 けれども、今や未開拓の地はないほど発展した人類の中で、時代も年代も揃ってぴったりとくる相手に出会うなんて、ほとんど奇跡のようなものである。


 『番』と言っても、大抵の人間は、自分が生まれたその時代、環境的に自分の近くにいる存在の中で一番適した相手を選べるように本能が働く、という程度の効果でしかない。

 なんなら番にも第三候補くらいまでは用意されていて、既に社会的に交際相手がいる場合は、自分に適した相手を選び直せるようにもなっているらしい。


 ただ、これはあくまでも、大抵の人間は、という話だ。


 この世界では、『運命の番』というものが存在する。

 年齢も地位も性別も、時には種族すら超えて、たった一人を追い求めずにはいられない相手を持った人間のことだ。


 運命の番を持つ人間は、そのたった一人に深く強い愛を捧げる。

 そうした関係を尊く美しいものと褒め称える人間もいれば、悲劇的だと眉をひそめる人間もいるというが、結局はみんなどこか他人事だ。


 そりゃそうだ。大抵の人間には、運命の番なんてものは現れないからである。

 当然、平凡極まりない僕もその『大抵の人間』側に立っていると思っていたのだが。

 残念なことに、どうやら違ったらしい。


 より効率的に『番』を見つけられるように、と用意された王立魔法学園には、十五歳から十九歳までの貴族の子息子女が通うことになっている。

 四年間の間に最も優れた番を選ぶように、というのが大抵の貴族が受ける教育だ。

 ちなみに、平民の方では年に二回ある収穫祭が社交の場の代わりになっているらしいが、貴族が彼らと交流を持つことはほとんどない。

 『番』としては最適でも、立場的には問題のある出会いになってしまうことがほとんどなためだ。


 この世界はもうとっくに神様が想定するよりも複雑な進化を遂げてしまっていて、望まれた楽園のような繁栄は難しいことくらい誰でも理解している。

 番と聞いて胸をときめかせるようなのは小さな子供ぐらいのものだった。


 ほとんどの人間は自分に用意された相手へのほんの少しの期待と、約束された安寧への安堵を胸に相手を見定めるため学園に来る。

 結局のところそれが一番の幸福だと、『番』に逆らって関係を持ったものたちの末路を見て知っているからだ。


 だから僕も、本能が告げるそういう相手と出会って、ああこの子といると過ごしやすいな、と思えるような居心地の良い相手と生涯添い遂げるのだと思っていた。

 思っていた、のだが。


「そこの貴方、足を止めてくださる? そうよ、そちらの眼鏡をかけた榛色の髪の方」


 一体どうして、入学式を終えて早々、僕の目の前にはあのアマーリア・ウィングステンが立っているのだろうか。

 答えは簡単だ。入学者106名の中で、僕は真っ先に彼女の存在に気づき、彼女もまた、僕の存在に真っ先に気付いたからである。


 目の前に立つこの存在こそが自分の『運命』なのだと、本能が告げている。


 それは甘く蕩けるような情動と共に、確かな恐怖と絶望を僕にもたらした。

 本能的に惹かれる存在である運命の番から、一級品の害意を向けられれば当然の話である。


 どうやら運命の相手というのは、他の人間よりも個の境界が甘くなるものらしい。

 目を合わせた瞬間から、仕草や表情から汲み取るべき感情表現とは別のものが、直接的に意識に干渉してくる感覚に襲われている。


 淑女の笑みを浮かべて近づいてくる彼女から放たれる異様な空気の本質──つまりは、殺気である──には、僕だけが気付いているようだった。


 どうしようか。

 冷や汗がすごいことになっている。


 式典に相応しい深みのある緋色のドレスを見に纏い、美しい金髪を靡かせながら僕の前までやってきたアマーリア・ウィングステン公爵令嬢は、澄ました顔で僕を一瞥すると、小さく鼻を鳴らしてみせた。


「お名前を教えていただけるかしら。私が覚えがないということは、男爵以下の家の方だと思うのだけれど」

「…………ラルガー・ラストル。ラストル男爵家の三男です」

「そう、三男。ならば家を継ぐ必要はないということね」


 まあ、そういうことになる。

 僕の家は既に番と出会っている長兄が継ぐことになっているし、次兄は隣国で出会った魅力的な番と添い遂げるために来年にはこの国を出る予定だった。

 残された僕に求められているのは、血を繋ぐための最適な番を見つけ、ごく平凡な人生を歩むことだ。


「だったら話は早いわね、ラルガー・ラストル」


 目を細めたアマーリアは、その煌めく星のような鮮やかな金色の瞳で僕を見据えると、まるで斬って捨てるかのような口調で告げた。


「あなた、即刻この学園から出て行ってくださる? 学園というより、国ね。この国から出て行って、二度と私の前に現れないでちょうだい」

「………………はい?」


 間の抜けた顔で固まった僕に、アマーリアはとうとう耐えきれない、とでもいうように儀礼的な笑みを消すと、眉根を寄せ、冷えた声で吐き捨てた。


「運命の番だなんて、目障り極まりないのよ。次に私の前に顔を見せたら、存在ごと始末するから覚悟していなさい」


 会話をするつもりなど一切ないのか、アマーリア・ウィングステンはそれだけ言うとさっさと踵を返して立ち去ってしまった。

 彼女が歩くだけで、周囲の人間は恐れを隠すこともなく道を開ける。


 高く響く靴音が遠ざかり、高位貴族専用の出入り口へとその緋色の背が消えた頃、僕の口からはようやく困惑の言葉が漏れ出た。


「え、ええ…………?」


 〝運命の番〟に殺害予告を受けてしまった。そんな馬鹿な話があるだろうか。

 ある。たった今あった。


 残された僕に、周囲の新入生から憐れむような視線が突き刺さる。そりゃそうだろう。

 周りから見れば、僕はたった今、あの伝説の剣姫とも名高いアマーリア・ウィングステンに目をつけられ、『学園を去らなければ殺す』とまで言われた男なのである。

 しかもどうやら、〝運命の番〟らしいのに。


 こんなに哀れなことはない。


 おそらく、家に報告したら長兄は心底同情してくれるに違いない。

 『入学初日から大変だったね、ラルが望むなら私は国外逃亡の手助けくらいはできるよ』と慰めてくれることだろう。


 更に話を聞いた次兄はおそらく大笑いするに違いない。

 『お前の番があの剣姫サマだって!? 悪運極まってんな! 逃亡なら1000ルベルで手ぇ貸してやるよ!』と大笑いすることだろう。腹を抱えて五分は笑い転げるに違いない。最悪だ。番に怒られればいいのに。


 それでも逃亡には積極的に手を貸してくれるだろうと予想できるあたり、どちらも優しい兄だ。優しくて、優秀な兄たちである。

 そして、その二人が揃って『逃亡』を一択で薦めるだろう状況に僕は置かれている訳である。


 本当に、どうして僕の運命の番が、あのアマーリア・ウィングステンなのだろう。


 途方に暮れたようにしてしばらく淡い光を取り込む繊細なステンドグラスを見上げ続けた僕は、入学式を終えた生徒たちが退場するのに合わせて、のろのろと会場を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ