6-90『三勇士(青の偏屈)』
◇「南側『岩滝群』<カシウ視点>」
『風』が吹いている。
時間にして13分が経過しようとしているところなので、これより、台風並みの猛烈な『強風』へと徐々に変わっていく。
『雨』から始まった2人の魔導師による兄弟喧嘩は、『雪』へと変わり、『岩滝』の上を突然覆った『雲』により、観戦者と、決闘に興じる両者の内の1人の視界を奪ってしまっていた。
上空に覆われた『雲』のせいで年長者である兄にとっては、馬鹿にしていたはずの弟の攻撃が読めず、かといって闇雲に手を出せずという状況に陥り、ただ、相手の攻撃に身構えて、『滝龍』を自身の近くに控えさせるばかりであった。
『雲』隠れした弟の方は、一向にその姿を現すことがない。
ただ、『雲の領域』からふいに拳の形をした『雲』がもくもくとできあがり、直下の『滝』の上にいる兄を狙うので、いちいち対処を迫られる……
ともすれば、今度は別の『雲』が何体ものヤギの形に変わって突撃してくるので、『滝龍』の警戒を解くこともできない……
これまで、弟のことを常に下に見ていた兄にとっては、常に上から攻撃を受け、防戦一方という、実に耐え難い屈辱の時間であった。
内部を撮影している魔道具越しに映像を観ている「あぷる」の視聴者はともかく、会場にいる人間に見られていなかったことはまだ救いであったかもしれない。
しかしながら、内にふつふつと湧く感情だけはどうにもならない。
伯爵家嫡男にして学園で限られた人間のみがなれる『殿上人』のカシウ=フェスタは、『雪』の中であっても煮えたぎる激情を必死で抑えつつも、そのときがやって来るのを耐え忍んだ。
そのときとは……
『風』に切り替わるとき。
『風』さえ吹けば、状況は一変するはず……
『雲』は『風』によって吹き飛ばされ、視界は一気に晴れるだろう。
そんな目算を持ちながら、『瀑布』カシウ=フェスタは、じっと『雪』を耐え忍び、『風』を待った……
かくして、『風』は吹いた……!
今も、大いに吹き荒れている……
視界は晴れ、屋内なので晴天とはいかないが、はっきりと「ドーム」の中が見渡せるようになっている。
ところが……
状況はまったく変わっていない。
「ちっ、この野郎っ!」
視界が晴れた代わりに一片の『雲』がビュンビュンッと『風』を切り、カシウの上空を何度も左右に行き来したり、旋回したりしている。
『風』に乗った『雲』の、そのあまりのスピードについて行けず、対抗して魔法を発動しようにも、下にいるカシウは『風』に煽られ、敵に照準を合わせることができない。
その一方で、相手は要所要所で『水鮫』や『水蛇』を飛ばしてくる。
まるで、その『風』がどこに向かっているのか知っているかのように……
突然にその『風』向きを変える「気紛れさ」をも完全に把握しているかのように……
『龍』には遠く及ばない……
なんてことのないはずの『水鮫』や『水蛇』の突撃も、今は巨大な『滝龍』でなんとか掻き消すのが精一杯。
もはや、誰の目から見ても、この対決の優劣は明らかであった。
「くっ、こんなはずでは……」
カシウは、とうとう、その溢れんばかりの魔力によっていくつも顕現させていた『大滝』を廃棄し、縮小させた。
『氷』の時間は過ぎたというのに、『水』の流れ落ちなくなったただの「岩崖」は、今ではもはや見かけ倒しの魔法の残骸と成り果てた。
「今に見ていろ……!」
『瀑布』カシウ=フェスタはとぐろを巻く『滝龍』にその身を包みながら、唇を血が出るほどの勢いでギリッと噛みしめた。
焦りと激情によって冷静さを失ったその頭と感覚は、1つ、その身に現在進行形で起こっている重大な変化を見逃してしまっていた……
◇<ブルート視点>◇
「覚醒」というにはまだ早い。
その身に起こっている変化をまだ心から理解できてはいないから。
もちろん、頭で理解しようと試みたとしても、「答え」に行き着くことはないのだ。
自分は、リバーやハリー、それにアホノーウェなんかとは違う……
その魔法の発動者は、決して「理論」では突き動されてはいない。
あるときに急にできたことを、その後に再現できるように、何度も何度も身体に尋ね、染み込ませて、それを体得するまで積み重ねていくしかないのだ。
不器用といえば不器用。
それでいて天賦といえば天賦。
頭で閃く前に、すでにその身体は……いや、魔導師としてのその「本能」は、飽くなき欲求によって、常に「答え」を探し、見つけだしているのだから。
決闘における作戦は理解している。
兄カシウ=フェスタをその場に押しとどめ、前半戦はできるかぎり魔法を無駄撃ちさせて消耗させること。
できるだけ粘った方がチームの戦略としていいのは、ブルートも頭では理解しているつもりではあったが、彼の直感はそれに同意していなかった。
一応、総大将のノーウェからも「好きにやれ」とは言われている。
ならば、この感覚が残っているうちに、どんどん前に進むべき……
そう思い、『雨』の段階からずっと準備をしてきた技を発動させた。
『水』をできるだけ細やかに粒にして『氷』で固める。
『白い霧』を生み出す『湿王里』のさらに1歩進んだ発展版。
『水』と『氷』の『融合』により、『雲』を生み出せるようになった。
そのブルート自らが生み出した『雲の海』を自由に移動しながら、そのまま煙のように放出し続けて周辺の空を覆う(ドーム内だが)。
忘れぬうちに、身体に、そして本能に染み込ませる。
周囲が一段と冷えたあたりが頃合いだ。
雲の中にいても、微細な魔力の発動を意識していれば、相手の魔力もなんとなく分かるようになってくる。
そこは『雲の支配圏』。
『岩滝』の上を覆いつくす『雲の領域』から、兄カシウを狙い撃つ。
「『曇羅殴射』」……
『領域』内の細部までイメージする。
自分は、『雲』そのものになっているつもりで、そのすべてに神経を巡らせるイメージだ。
モクッ、ブアンッ!!
モクッ、ブアンッ!!
大丈夫。
イメージどおりにできている。
『雲の手』でカシウに向かって拳を突き出す。
「『雲鳴震』」
もくもくもくもく……ドドドドドドドドド……!
え?
ヤギじゃなくて、羊じゃないかって?
うるさいな。
細かいことはいいだろう!
……
…………
………………
……『風』に切り替わった。
ここが1つの山場……
……勝負所というやつだ。
ブルートは、その足に集中する。
『風』は、雲を消してしまう。
広範囲の『領域支配』は終わってしまうが、今度は一部に集中する。
その場所は、「足」だ。
―『手』で発動できるんだから『足』だってできんだろ―
他人の切実な相談を、聞いてんだかいないんだかの軽い調子で身にならないアドバイスをもらったブルートであったが、そこから訓練してみれば、確かにできるようになった。
……尻から出たのはご愛嬌。
両足に『雲』を纏えば、『風』に乗って空を自由に移動できる。
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
左、右、上、下、右回り、左回り……
すべて試す。
身体に染み込ませるため……!
1度覚えた技を本当の意味で習得……いや、体得するため。
偶然だなんて言わせない。
……おっと。
熱中し過ぎて、兄を忘れていた。
『風』に乗りつつも、スピードを調整し、また、タイミングを見計らって、自分の『発動』させた『風』によって舵を切る。
相手に狙いを絞らせないために、スピードを上げて左右に何度もその身を振りながら、こちらは的確に照準を定める。
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
「『空水鮫雷』、『空水蛇』」
くいっ、シャーーーーーーーー……!!
ビュルルルンッ!!ビュルルルンッ!!ビュルルルンッ!!
「疑似DOOM」で散々訓練してきた。
自分は同じ魔法を使うとしても、それぞれの環境下において、運用は若干異なる。
いくら強力な魔法を覚えても、きちんと当てなければなんの意味もない、宝の持ち腐れだ。
『水豪』ブルート=フェスタは、『雲』という新境地に至ってから、上空から『岩滝』の上に立つ兄を見下ろし、その動きで翻弄していった。
ときに、自分の魔法に集中するあまり、決闘相手のことを忘れてしまうほどには、鋭くしていた感覚をさらに突き詰めて、自分だけの『領域』に足を踏み入れていた。
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
「『空水鮫雷』、『空水蛇』」
くいっ、シャーーーーーーーー……!!
ビュルルルンッ!!ビュルルルンッ!!ビュルルルンッ!!
「今に見ていろ……!」
ふと、兄の声が聞こえてきた。
知っている……
常に、人の上に立っていないと気が済まない性格の兄だ。
この時間が耐えがたい屈辱だろう。
ブルートは、特に情感を持たない冷静な目で、歯を食いしばって自分を睨みつけている兄を淡々と見た。
人の上に立っていないと気が済まない性格だから、気が付けば周りに誰もいないんだ。
同じ目線でものを見れる人間同士だからこそ、お互い、高め合えるんだ……!
「行くぞ、カシウ=フェスタ!」
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
ビューーーーーーーン、ビューーーーーーン!!
ビュビューーーーーン、ビュビュビューーーーン!!
ブルートはさらに雲による移動スピードを速めた。
……ここで決める!
超えてやる!
「足」だけではなく、今度は「全身」に『雲』を発動し、『領域』として纏い、相手との距離を一気に詰めて行く……
5、4、3、2……
「ふん、だから貴様は頭が悪いんだ!多少成長したとしてもその馬鹿さだけは直らん!『纏い滝龍:華厳』、『八股養老』」
ギュルルガーーーーーー!!ギュルルガーーーーーー!!
ギュルルガーーーーーー!!ギュルルガーーーーーー!!
ギュルルガーーーーーー!!ギュルルガーーーーーー!!
ギュルルガーーーーーー!!ギュルルガーーーーーー!!
ドバッシャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!
猛スピードで向かってくる『雲の塊』に対して、カシウ=フェスタの身を包んでいた『滝龍』が、その魔力によって一気に増幅し、八股に分かれて上下左右から襲い掛かった……
「『雲王流渦』」
……こっちも知っている。
兄弟なのだから、どう考えているかなんてお互いにお見通しだろう。
だから、ブルートは、最後は自分の思考に頼らなかった……
……あいつなら、きっとこうするだろう。
……そう思って、やってみた!
モクモクッ……ドバッシューーーーーーーン!!
「なっ!?」
『滝龍』たちが雲を飲み込まんと大口を開けたそのとき……
雲の中から『雲水鯱』が後方に逆戻りしていった……!
その後、すぐに旋回し……
……空中を猛スピードで泳ぎ、戻ってきた。
「ちっ、味な真似をっ!」
「『雲王流渦雷』」
モクモクッ……ドバッシューーーーーーーン!!
ドーーーーーーーーーーーーンっ!!
パァーーーーーン、パァーーーーーン、パァーーーーーン!!
ブルートと離れ、猛スピードで突っ込んでいった『雲水鯱』は、必死で『滝龍』を呼び戻そうとしていたカシウの目の前で弾け飛ぶ……!!
ヒューーーーーーーン……バッシャーーーーン!!
宿敵、『瀑布』カシウ=フェスタは……
自身が作った『岩滝』の囲い群にできた『滝壺』の中に落ちていった……!
◇
「三勇士」……
遠い未来の話であるが、帝国史における偉大な魔導師の名を人々が挙げる際にこの言葉がしばしば語られる。
その命名の由来や背景などは、その時代の人間には知るべくもなくなってはいたが、残存する資料によって、3人の魔導師がそれぞれの「色」に応じて異名が付けられたという仮説が立てられた。
「黒の極点」、「赤の理在」……
しかし、もう1人の男の「色」にちなんだ異名は見つからず、そこで、その男の魔導師としての晩年の姿を現した逸話にちなんだ命名が後付けされた。
「青の偏屈」……
彼がはたして『色付き』であったのかは、後世にて議論となる事柄である……
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
もしこの物語を面白い!と気に入っていただけたら、どうか、いいね、評価、ブクマ登録をよろしくお願いいたします。今後の執筆の励みになります。
野菜農園のある縁側でヤギを撫でながらずっと同じことを喋っているイメージです(笑)
次回、決着回も3話連続……
まずは幹部たちから……!
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




