6-73『焦燥』
◇学術棟『多目的ホール』<カシウ視点>◇
「冬の総魔戦、第2ラウンド、Cブロック第4戦」が終了した。
学生ランク7位『瀑布』カシウ=フェスタ……
同ランク9位『光霞』マライヤ=ミラー……
同ランク10位『宵闇』フォルクス=ガント……
この3人の『殿上人』を擁する<2年生『殿上人』連合>は、第4戦を危なげなく勝利し、ブロックの勝敗数は3勝1敗となった。
「決勝ラウンド」に望みをつないだ形であり、次の最終「第5戦」に勝てば逆転の目も出てくる。
第3戦で<公爵令嬢連合>に敗れてしまったことはともかく、この第4戦では崩れず、きっちり圧勝したのだから、第5戦に向けて、前向きになれる状況である。
事実、彼らは第3戦の敗戦後にすぐさま合宿を敢行し、戦術理解や士気を高める訓練をこなし、きっちりと結果を出してきた。
ところが、そんな状況下であるにもかかわらず、会議室の空気は異様に重苦しい。
その理由は、現在「多目的ホール」内で流れている映像……カシウたち<2年生『殿上人』連合>を破った<公爵令嬢連合>と彼らが第5戦で戦う予定の<無法者連合>との直接対決である。
中でも、カシウ、マライヤ、フォルクスの3人が驚愕し、映像に釘付けとなったのは、彼らと同じ『殿上人』である『雪月』シーア=ベンと『風華』ジャネット=リファがノーウェ=ホームに対し2対1の戦闘を仕掛けたにも関わらず、倒せなかったどころか、むしろ押されていたという事実である。
直前の第3戦において、彼女たちに敗れた者たちからすれば、驚きを通り越して、もはや恐怖に近い感覚であった。
この信じがたい事実によって、カシウたちは第5戦の戦略の大きな変更を余儀なくされた。
当初の想定では、相手のノーウェ=ホーム、クレハ=エジウス、コト=シラベを『殿上人』クラスの敵として想定し、カシウたち派閥の長3人で抑え、他のブルート=フェスタ、バラン=レンホーン、ハリー=ウェルズ、コナース=イナッソなどの面々を幹部クラス級の実力として対峙するつもりであった。
第5戦の決闘方式は「DOOM」。
<無法者連合>の一員である派閥【泥魔沼】が考案し、「文化祭」で優秀決闘賞を受賞した「決闘方式」だ。
明日行われるBブロック、明後日行われるAブロックの第4戦(「ELEMENTS」)終了後にコスモアリーナの改装がなされ、翌週から第5戦として行われるこの「決闘方式」は、これまでのものとかなり違った性質を持つ。
まず、参加人数はたった10名。
最低でも総数60人はいる<連合>の中で、各チームたった10人しか出場できないというルールはかなり特殊だ。
もちろん、ルール上、メンバー交代は自由になっている(ただし、1度退場したら再交代は不可)が、敵によって戦闘不能にさせられた場合は、そのまま欠員となってしまうので注意が必要だ。
10人という出場者数である以上、1人でも欠ければ、戦いの形勢を大きく左右してしまう。
そう考えると、スターティングメンバーの重要性はこれまでのどの「決闘方式」よりも重要となってくる。
そして、この「決闘方式」のもっとも特異な点は、「DOOM」という閉鎖的な空間で戦い、その部屋の環境が時間ごとに変わっていく点だ。
天井、床、壁に取り付けられた魔道具と学園きっての天才魔道具開発者であるマーゴット=エジウス教授が開発した時限自動変更の属性魔道具とやらの効能により、「DOOM」内の空間が『雨』、『風』、『雪』、『砂嵐』、『酷暑』に変わっていくらしい。
この「DOOM」の決闘方式の勝者は、制限時間終了までに残っている人数によって決まる。
無論、相手を全滅させても勝利となる。
勝敗の決まり方なシンプルなものだが、戦略の組み方には色々と熟考の余地がある。
とにかく、1番のネックとなりそうなことは、属性によって有利な環境下でどう効果的に戦えるか、ということだ。
例えば、『雨』の中では『火』を使いづらい。
あるいは、『風』の中で『水』や『火』は難しい。
逆に、特定の条件下で有利になる魔法もあるだろう。
『雨』の中で『氷』による凍結は有効だし、『雪』の中で『風』を使うのも効果的だろう。
このように、決闘の特性に応じた戦略を進める上で交代をしていくのか、それとも、単純に強いメンバーを最初に出して力押しにするのか……
指揮官の頭脳も試される1戦である。
なんとか、上手いやり方で戦略を練っていきたいカシウであったが、ここで思いもよらない状況に陥った。
「それでは、スターティングメンバーを決めていく上で、各派閥の配分を決めていこうと思うが」
「ちょっといいかしら?」
機先を制していこうと思っていたカシウであったが、ここで思わぬ物言いが入った。
【針木】の長、『光霞』マライヤ=ミラーだ。
「なんだ……?」
カシウは嫌な予感がした。
「私たち【針木】のメンバーたちは、前回の<公爵令嬢連合>戦において誰1人としてメンバーを退場させなかったわ。幹部はもちろんのことよ」
「それがどうしたんだ?」
カシウはとぼけたフリをした。
内心では焦燥感が募る。
予期していなかったとまでは言わないが、ここまで長く<連合>を組んでいたということで迂闊にも相手を信頼し過ぎてしまっていたことに、「しまった」と心の中で舌打ちした。
「分かるでしょう?私たち【針木】のメンバーは前回の決闘で敵の猛攻を凌ぐ活躍を見せたのだから、今回は、最初から多くメンバーを選出させてもらうわよ」
まさか、ここでマライヤがこんなわがままを押し込んでくるとは思わなかった。
これまで、彼女は戦術やメンバー構成についてはすべてカシウに委任していたからだ。
「し、しかしだな……」
「それをいうなら、僕のところも幹部は多く残ったぜ。相手の攻撃を結構受けたにもかかわらず、ね」
1人が不平を言い、自分勝手なことを言い出せば、もう1人も言い出す……
3すくみ体制の悪い点だ。
「悪いが、メンバー構成は作戦によって――」
「あら、その作戦で勝てるのかしら?」
「なんだと!?」
「10人で戦うなら作戦も何もないだろ?今回は、とにかく1番強いメンバーで行くべきだ」
すべてが上手く回っているときであれば、「作戦立案をしているのは俺だ」と言えばすべて収まっていたが、敗北し、次戦の相手がさらなる脅威となった今、周囲の指揮官に対する信頼は著しく低下し、統制が効かなくなる。
これは、実力の拮抗した対等な<同格連合>だからこそ起こる弊害であった。
「じゃあ、どうすればいいっていうんだ?」
投げやりになるカシウ。
しかし、それは悪手以外の何物でもない。
彼が本当に優れた指揮官であったならば、辛抱強く戦術の重要性を説いたり、あるいはどうにかして2人の納得する論理を用いて説得を試みたであろう。
だが、彼にはそれだけの器量がなかった。
説得するための材料もなかった。
彼自身、自派閥のメンバーを増やしたいという理由は我田引水、まさしく彼(自派閥)のエゴによるものだったから。
「私の派閥からは4人出させてもらうわよ」
「僕の派閥からも4人だ」
「ちょっ、ちょっと待て――」
「あら、貴方の派閥が私のところより活躍したかしら?フォルクス」
「少なくとも幹部は1人もやられなかった。じゃあ、君のところは『5』で、俺のところは『4』でどうだ?」
「お、おいっ、さっきから何を勝手なことを……」
「妥当なところね。それでいきましょう。いいわね、カシウ。多数決よ」
「う……」
これが3頭政治の危険な面である。
2つの派閥が手を組んでしまえば、これまで持っていた主導権など一瞬にして奪われてしまう。
カシウは大声で「勝つ気があるのか?」と言ってやりたかったが、この状況ではもはやそれすらも疑わしく思えてしまう。
勝つ気がない、まではいかないにしても、負けを考慮した場合、ここが最終戦になるので、できるだけ自派閥のメンバーを決闘に出させた方がよいという計算が働くだろうからだ。
「わ、分かった……ただし、決闘中はこちらの指揮に従ってもらうぞ」
「分かったわ」
「了解」
カシウは2人の言い分に押し切られ、結局、スタメンの決定について彼らの意向に従ってしまった。
【陶水】からのスタメン選出はたった1人。
自動的にカシウのみが出ることになる。
彼とすれば、もはや致し方ない決定ではあったのだが、事は<連合>だけでは済まされない。
この決定で被害を被った身内の者たちはカシウのことをどう思うか……
カシウの心内での焦燥をはるかに超えて、現実では、すでに瓦解が始まっていた……
◇セピア寮「カシウ自室」◇
「まずい、このままではまずいぞ……!」
焦燥感の募るカシウをよそに、当の本人よりもさらに焦っている者がいる。
マスボの映像越しに会話をしている父、ボンパル=フェスタだ。
「あのクソガキがまさかあんな力を持っていたとは思わなかった。いいか、カシウ。あのクソガキは他の2人にぶつけておいて、お前はできるだけ多く敵を仕留めることに集中するのだ。それしか活路はない!」
「分かったよ、父さん」
映像越しでも分かるほどに唾を飛ばす父に内心では辟易しながら、それでもカシウは「お利口さん」な返事に終始している。
「わしがなんとかして当日までに裏工作できんか、方々に掛け合ってみるから、必ず勝つんだ!いいな、カシウ」
「……はい」
裏工作なんてものが上手く行くような状況か……
仮に成功したとして、それが通じる相手なのか……
いや、そんなことよりも、裏工作なんてことをして勝ったところで、それがカシウにとって何の意味があるのだろうか……
父との映像を切ったあと、寮の部屋の天井を眺めながら、カシウは1人、深くため息を吐いた。
「春の選抜決闘」は明確に目標があり、実力でベスト4という結果まで辿り着いたと自負している。
それなのに……
この冬は、誰よりも訓練を重ねて来たはずなのに、結果が付いてこない。
カシウ=フェスタという男は気づいていなかった。
実力というものは、たしかに個人の日々の努力によるものなのかもしれない。
でも、実力を正しく発揮できるかどうかということは、必ずしも個人だけの問題ではなく、それを支える周囲あってのことなのだということを……
もし、彼がそのことに気づいているのであれば、この歯車が狂ってしまった2週間の間、ただ訓練を周囲に課すだけで過ごすことはなかっただろう。
休息、気晴らし、互いの気分の高め合い……
真の指揮官は味方の精神状態をもしっかりと把握している、あるいは、把握できる体制を作っている。
焦燥感を抱いていたのは、何もカシウだけではない。
重荷を背負っているのも、指揮官のカシウただ1人ではない……
こうして、少しずつ狂っていた彼らの歯車は、ここに、完全に瓦解した……!
ここまでお読みいただきまして、本当にありがとうございます。
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カシウ=フェスタはどちらの道に進むのでしょうかね……
次回、前を向く人たち……
ノーウェと仲間たち(とブルート)の活躍に乞うご期待!




