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 どうやったらジュニアスに勝てるのだろう。


 爽やかな陽光の下で昼寝の番を続けながら、ネフィレイシアは鬱々と考え込んだ。


 光の国に七人しかいない聖騎士とだけあって、ジュニアスは恐ろしく強かった。その剣技もさることながら、聖女の加護である防御魔法も異常に厚く、ネフィレイシアがどんなに強力な魔法を放っても、それを打ち破ることは敵わなかった。未だ彼に傷一つ負わせることが出来ない理由でもある。


 先ほどの炎魔法だって、本当は痛くも痒くもなかったに違いない。だからあんなに悠然と構えていられたのだ。聖女の加護で守られているから。

 と、なると。


 ──やっぱり、邪魔な聖女を始末する方が先ね。

 ──でもその聖女を始末するには、彼女の盾になっている聖騎士たちを倒さなけりゃいけなくて。


「ああ、もう」


 と、ネフィレイシアは頭を抱えた。これではニワトリと卵だ。騎士も魔女も、どちらも倒すことが出来ないのだから。


 仲間たちと、計画を立て直そう。

 ネフィレイシアはそう嘆息した。兄弟や友人たちにも相談をして、もう一度作戦を練ってみるのだ。そうすれば、きっと。きっと。


「……」


 ベッドに伏せる優しい母を思い出して、ネフィレイシアは俯いた。ネフィレイシアの故郷がもっと豊かで、貧しくなければ、こんな思いをせずに済んだのに。


 それもこれも全部、光の国のせいだ。


 ネフィレイシアは憎しみを掻き立てるように、砂と岩だらけの荒廃した故郷を思った。

 乾いた土地、育たない食物、痩せ細るばかりの国民。

 二年前、病にかかった母は日に日に衰弱していって、ネフィレイシアはその冷たく細くなっていく身体に胸を痛めた。滋養のある食事と薬を作ることが出来る環境があれば、きっとお母様はよくなる。


 ネフィレイシアはぎゅっと拳を握りしめた。そうよ、こんなところで昼寝の番をしている場合じゃない。刺し違えてでもジュニアスから鍵を奪わなければ。


 ひとつ唾を飲み込み、ネフィレイシアはローブの内側に手を入れた。

 そうして、そこに潜めていた装飾付きの短剣を掴む。

 銀細工のその美しい短剣は、ネフィレイシアが十六で国仕えの魔女となった時、闇の王から下賜されたものだった。一年ほど前のことである。


 ジュニアスは未だ眠りの中にいて、規則正しい呼吸を繰り返していた。

 敵前だと言うのに、微塵も警戒していない。

 その太々しさに、ネフィレイシアは唇を噛み締めた。両手で短剣の柄を、指先が白くなるほど強く握りしめる。凝視したのは、ジュニアスの左胸──心臓だった。


 そうよ。ここを、一突きするだけ。


 ネフィレイシアは浅くなる呼吸を整えながら、ジュニアスににじり寄った。慎重に彼の側に膝をついて、見下ろす。その身体の上に、短剣を握りしめた両手を掲げた。


『──もう、諦めなって』


 ネフィレイシアが襲いかかるたび、王都に忍び込もうとするたび、困ったように笑いながらネフィレイシアをあしらった彼の顔が脳裏をよぎった。

  

 油断したあなたが悪いんだわ。


 ネフィレイシアは自分に言い聞かせるように思いながら、ぎゅっと両目をつむった。その時。


「どいて」


 ネフィレイシアの細い左肩に、いきなりジュニアスの片手がかかった。そのままぐっと押され、ネフィレイシアはバランスを崩し、土草の上に倒れ込む。


「痛っ」


 強かに打った身体を、悼む暇はなかった。


 刹那の速度で剣を抜いたジュニアスが、ネフィレイシアの背後にいた──いつ現れたのだろう──魔鳥を一振りで斬り捨てる。それは、ネフィレイシアが両手を広げたぐらいの大きさのある、真っ黒な鳥だった。ジュニアスに斬りつけられた魔鳥は、緑生い茂る草の上にどっと倒れると、一声叫びを上げた後、砂城が崩れるように消えていった。あとには、血の痕跡さえ残らない。──魔物と呼ばれる彼らの死は、そのまま肉体の消滅をも意味しているからだ。


「大丈夫だった?」


 両手を地についたまま、動けないでいるネフィレイシアにジュニアスが手を差し伸べた。ネフィレイシアは緊張でかたくなってしまった身体をぎこちなく動かして「大丈夫」とその手から目を背けた。彼の手は相変わらず剣胼胝だらけだった。普段どれほど素振りをしているのだろう。


「ひとりで、立てる」

「そう。よかった──でも今のはびっくりしたね」


 そう言ったジュニアスは、地面の一点、転がっている短剣に視線を落とした。やはり、気づかれていたのだ。けれど彼は何も言わない。


「あんなに速い鳥はそういないよ」 

 

 ジュニアスはふわあ、と大きな欠伸をしながら、拳を握った両手を頭上高く掲げた。


「少しだけだけど、眠れてよかった。気持ちよかったよ、ありがとう」


 もう帰るつもりらしい。ネフィレイシアの小賢しい暗殺を咎めることもなく。


 少しも相手にされていない。


 どんなに魔法を練習しても、修行を積んでも、この男には敵わないのだろうか。ネフィレイシアは努力が報われないことが悲しくなって、短剣を睨んだまま、言った。


「ねえ、怒らないの?」

「その短剣で、俺を殺そうとしてたこと?」


 かたまったネフィレイシアに、ジュニアスは「怒るわけない」と緩く微笑んだ。


「だってそれが君の仕事なんだろ? だったら好きに頑張ればいい。無駄だとは思うけど」

「……」

「あ、そろそろ聖女様のお守りの時間だ」


 橙に染まり始めた空を見上げて、ジュニアスは言った。

 そうして少しだけ優しく笑う。

 それは、ネフィレイシアに向けてくるものとは違った、ほんのりと温かな──そう、ネフィレイシアの母が浮かべるそれとひどく似た笑顔だった。


 彼は聖女の話をする時だけ、そんな風に笑う。

 

「じゃあね、努力家の魔女さん。次がないことを祈るよ」


 面白がるように言って、ジュニアスが背を向ける。

 

「暗くならないうちに帰るんだよ」


 ネフィレイシアは魔術の練習で荒れ果て傷ついた両手で、ぼろぼろのスカートの裾を握りしめた。



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