エルフの復讐者ベイラ
「喰らえ! 家族の仇だ!」
角鹿に乗りながら敵を一人また一人と射抜いていく。人間たちは慌てて退却しようとしているようだが、もう遅い。森の中でエルフから逃げられると思うなよ。
「ベイラ、あまり接近しすぎるな。もう矢避けの魔法も解けているんだ。慎重に戦え!」
矢避けの魔法に種の魔法。どれもエルフ族に伝わる秘術だ。人間達は完全に虚を突かれたのだろう。我々の思惑通りの結果となった。
敵は我々が森に引いて戦うつもりだと思ったのだろう。そして退路である背後の森を焼かれたら平野で戦うしかないと、そう思ったはずだ。だがそれは違う。我々は始めから敵を殲滅するつもりでここまでやって来たのだ。
角鹿の騎兵隊で敵を森近くまでおびき寄せ、種の魔法で一気に周囲を森にする。種の魔法とは本来は木々を種まで戻して持ち運ぶ魔法だが、今回は敵を死地に招き入れる魔法へと早変わりした。
騎射で攻撃していると思わせて、我らは隠れて種を蒔いていたのだ。敵の陣営近くから我々の陣営まで満遍なく種は蒔かれている。もし森から脱出したいのであれば、エルフの矢を曲射で放って届かなくなる距離まで逃げなくてはならないだろう。
「投射武器を持っているやつを優先的に狙え!」
弓兵隊は後方に置いてきたようだが、敵の中にはまだクロスボウやスリングなどの投射武器を持っている者がいる。森の中で唯一エルフにとって脅威があるとすれば飛び道具で反撃されることだろう。
森の中では重装備を身にまとった兵士など良い的でしか無い。エルフの矢は近距離であれば金属の鎧をも貫く。そして軽装備で自由自在に森を動き回るエルフが、鎧で身を固めて森で思うように動けない帝国兵を振り切るなど造作もないことだ。
人間達は重たい鎧と盾を持っているが、エルフの鎧と盾は森だ。我らは木々に身を隠しながら矢を放ち、槍を木で防ぎながら剣の間合いに入る。
平野においては確かに人間達に劣るが、森の中では我らに勝てる種族などいない。
「もう一人! 森の養分になるが良い!」
帝国兵は反撃もままならぬずに一方的に矢で撃たれていく。
もはや戦場はエルフの狩り場と言っても良い状態だ。
私は勝利を確信し、以下に敵を素早く殲滅するかに意識を変えた。
亀のように盾を構えて動かなくなっている重装歩兵達に狙いを定めて、ギリギリと弓の弦を引き絞る。そんな盾で防げるものか。盾と鎧、両方貫いてやる!
「ベイラ、左だ! 危ない!」
声に促されて左側を見ると、騎兵が私に向かって全速力で突撃してくるところだった。
しかし私が角鹿で木々の合間を縫うように移動すると、騎兵は枝に衝突して落馬した。
地面に叩きつけられた騎士は衝撃で首がおかしな方向に曲がっている。
「愚かな。森の中でそんな速度で走れば、木にぶつかるに決まっている」
追い詰められて正常な判断力を失ったか。
改めて周囲を見ると、敵の騎兵は落馬を恐れずにどんどん突撃してきているようだった。
中には逃げ遅れて騎兵の長槍に貫かれているエルフもいる。
馬鹿な。気が狂ったのか?
「戦士たちよ! 今こそ我らの勇姿を神々にご覧いただくのだ! ヴァルハラで永遠を手に入れる好機は今ぞ!」
一層豪華な鎧を着た騎士が高らかに声を張り上げると、騎兵を引き連れて突撃し始めた。
「重装歩兵隊! 槍と盾を捨てて剣で戦うのだ! 重騎兵隊だけに良い格好をさせるな! ヴァルハラに至るは我らぞ!」
「「おうっ!」」
今度は歩兵の中から蛮声が上がった。今までの防御姿勢が嘘のように全員で突撃をしかけてきた。
次々に矢で撃たれていくが、射られることを気にも止めずエルフ本隊に迫っている。中には複数の矢を体から生やしながらも、鬼気迫る表情で走っている者もいた。
「何なのだ……何なのだこれは」
有利に戦ってはいるものの、帝国兵の気迫に押されてエルフ達がどんどん森の奥へと押し込められていく。
必死になって矢を放つが全く勢いが衰えない。完全に痛みを恐れない死兵と化している。
「指揮官させ討ち取れば兵が混乱するはず!」
私は騎兵隊の隊長らしき者に狙いを絞った。
例え敵の騎兵が落馬を恐れずに疾走しているとしても、森の中であれば我らの方が速い。
周囲の騎兵を撃ち倒すと、やがて指揮官の体が顕になった。
「喰らえ!」
会心の一撃。限界まで引き絞った矢は敵の心臓近く突き刺さった。
完全に致命傷だ。これで敵の指揮が乱れるはず。
しかし驚いたことに、矢を受けたにも関わらず敵の指揮官は槍を投げて反撃してきた。
危ない!
頭上を風を斬り裂きながら槍が通り抜けた。とっさに頭を下げなければ顔面を貫いていただろう。
「癒やしの戦乙女エイル様! ご助力は不要ですぞ! 私はいつでも戦死する覚悟は出来ております!」
指揮官が何やら天に向かって喚いている。
なんだ一体何を言っているんだ?
叫び終わると指揮官は無造作に矢を抜いた。
あんな風に矢を抜いては傷口が広がって出血死するぞと思ったが、その傷口からは一滴も血が出てこない。
そんな馬鹿な……。
嫌な予感に駆られて周囲を見渡すと、同じように矢が刺さっているのに出血していない者が多数目に入った。
まさか、我らの矢が効いてないのか?
そんなはずはない。確かにあの矢の刺さり具合なら鎧を貫いて肉を抉っているはずだ。
「待て! これ以上下がるな! 焼け死んでしまうぞ!」
気づけば、エルフ本隊が燃え盛る炎の壁を背にして、もう後退できないところまで追い詰められていた。そこへ雄叫びを上げながら帝国兵が雪崩込んでくる。中には血に飢えたように笑顔を張り付かせた者までいた。
「狼狽えるな! 剣を使って敵を倒せ! エルフの剣術を見せつけてやるのだ!」
帝国兵のあまりの勢いに腰が引けていたエルフ達だったが、エルフの指揮官の声に励まされて応戦し始めた。
帝国兵も槍と盾を捨て剣しか持っていない。剣の腕はエルフの方が高いようだ。戦闘はエルフ有利に進んでいる。
私も角鹿で戦場を駆けながら矢で支援した。胴体に当たっても効かないようだが、頭を射抜けば絶命するらしい。
「みんな! 敵の頭を狙え! 胴体に当てても死なないぞ!」
帝国の獰猛なまでの戦意には驚かされたが、それでも森はエルフの世界だ。地力で言えば我々のほうが高い。最後に勝つのはエルフだ!
「敵襲! 背後から敵の増援!」
エルフの後部部隊から悲鳴のような声が上がった。
背後? 何を言っているのだ? 背後は炎に覆われているはず。
しかし警告通りにエルフ本隊の背後を黒装束に身を固めた兵士達が襲撃していた。
どこから現れた? まさかあの炎の海を超えてきたのか?
挟撃されてエルフ達が混乱している。
まずい、このままでは全滅してしまうぞ!
私は騎兵達に合図を出して後方の救援へと急いだ。




