グレンデルとエルフの森
「なんだなんだ? 火事か?」
遠方で灰色の山のような煙が舞い上がっている。
これは進む方向を変えたほうがいいかな。焼け死ぬのはごめんだ。
しばらくその場で待っていると、偵察に出ていたノルニがパタパタと慌ただしく羽ばたきながら戻ってきた。
「グレンデル! 大変にぇ! 向こうでエルフ達と人間が争ってるにぇ!」
エルフと人間?
なんだ、人界っていうのは思いの外物騒な場所だな。俺が殺すまでもなく既に争っているじゃないか。爺さんどもは人の数を減らしてこいと言っていたが、待っていても自然と減っていきそうだ。そもそも最初から人を殺すことには乗り気じゃないから、丁度良いと言えば丁度良いな。
さて、どうしたものか。様子を見に言っても良いが、集団で襲われたら嫌だしなぁ。
進むか逃げるか逡巡していると、頭上から妙に間延びした声が聞こえてきた。まるで爺さんたちみたいな声だ。
「熱い……燃えてる……」
「人間、火をつけた、森が燃える」
なんだぁ?
上を見上げるが誰もいない。背の高い木々が生えているだけだ。
「おい、ノルニ。お前なんか喋ったか?」
「にぇ? 何も言ってないにぇ」
俺の気のせいかな。一応誰かいるのか聞いてみるか。
「おい! 誰か居るのか! 姿を見せろ」
返ってくる声はない。
ただ木の枝が擦れてさざなみのような音がするだけだ。やはり俺の気のせいだったか。
「小さいの、我々の声、聞こえるか?」
「あぁ? 誰が小さいだとコラ!」
思わず条件反射で答えたが、やはりそこには誰もいない。
おかしい。声は聞こえるのに姿が見えない。もしかして幽霊か? だとしたらさっさと逃げ出さなければ。冥界に連れて行かれたら堪ったものではない。
「グレンデル! 木がいるにぇ!」
「はぁ? 森なんだから木があるのは当たり前だろ」
「違うんにぇ。木が動いてるんにぇ!」
木が動く?
そんな馬鹿なと思いつつ注視してみると、ミシミシと枝がしなる音を立てながら目の前の木々が動き始めた。
地面から根っこがたくさん出てきて、イカの触手のように蠢かせながら段々と俺の方へにじり寄ってくる。
頭上で生い茂る枝葉の中からは、まるで手のような枝が垂れ下がった。手の部分には葉っぱがついておらず、何かを掴んだり持ち上げたりすることが可能だろう。
そして木の幹にある細い割れ目が開くと、そこはまるで目のように赤く光っていた。
「小さいの、お前は人間の味方か?」
「ん? いや違う。むしろ敵だろうな。爺さん達から殺してくるように言われたし」
木々はまるで俺を押し潰さんばかりに覆いかぶさっていたが、人間の敵であると答えると僅かに後退して脅すのを止めた。
人界っていうのは木まで生きているのか。全くすごいところだな。
「なんで人間、火を付ける?」
「さあなぁ、エルフと争ってるみたいだからそのせいじゃないか?」
エルフと言えば、確か精霊界アルフヘイムの妖精の眷属だったか。あいつらは世界樹の森の中では最強だからな、エルフも森の中だと強いとかそんなところだろう。森からあぶり出すために森自体を攻撃しているのだ。
「どうすれば、火を付けるの、止められる?」
「どうすれば……ね」
やめさせたいなら戦って止めるしかないだろ。
でもなぁ、人間はすばしっこいからこいつらじゃ返り討ちに合いそうだな。
とはいえ、世界的に食糧難だっていうのに森を燃やすのようなやつは許しておけないか。
「よし、じゃあ俺に付いてこいよ。人間たちを追い払いに行くぞ」
「分かった、人間、追い払う」
俺は木々を引き連れて、人間たちが争っている方向へ移動し始めた。
なんだか知らんが面白くなってきたな。
爺さんたちの言うとおりにするのは癪だが、一度自分の力を試してみるのも面白い。一歩踏み出すごとに血が沸き立つのを感じた。




