灰色の王女シグニュー
「如何する皆の者。やはり勝ち目は薄い。ここは使者を出して帝国と和睦を結ぶべきだと思うが」
「異議なし」
エルフの重臣達が帝国の脅威に対応するべく会議を行っている。
帝国の追撃から何とか生き延びた私も、ゴトランド王国の客将として会議に参加していた。
エルフ達にはあまり戦う意志がないのか、議題の重点はどのように帝国と戦いを避けるかに置かれている。論調は一貫して平和主義であり、砦の一角を崩され村が襲われたこの期に及んでも、未だに危機感を感じていないようだ。
「お待ち下さい。このまま帝国の躍進を許せば、我らは必ず後悔することになります! ここはエルフの森の戦力を結集し決戦を挑み、一旦帝国を撤退させ後で、各国に再度援軍を募るべきです!」
「しかしだね、シグニュー殿。このまま無為に戦っても同胞の血が多く流れるだけではないか。エルフの森は広いのだ。多少領地を譲渡したとしても問題はあるまい」
馬鹿な。帝国に情けなど無い。
首都から逃げ出して僅かな兵しか持たない我々を、容赦なく追撃して殲滅しようとしたのだ。僅かな領地の譲渡だと? 何を甘いことを言っているんだ。
私達ゴトランドの民がまだこうして生きているのは奇跡と言っても良い。突如として天から現れた死神が帝国兵を退却させたのだ。いかなる目的で行動したのかは判りかねるが、死神の助けが無ければ我々は今頃全滅していただろう。
民の中には直接危ないところを死神に助けられた者もおり、オーディンを始めとする天界の神々ではなく、冥界の女王ヘル様こそ我らの救世主だと噂している者も多い。帝国に味方する神々をこの期に及んで信仰する者など皆無だろう。
帝国が大地の覇権を手に入れようと動き出してから十年間、帝国への東の戦線は常にゴトランド王国などの人間の諸王国が担当してきた。
今では帝国は人間の王国を尽く平らげ、エルフの王国にも食指を伸ばしているが、長年の間戦争の経験がなかったエルフ達には未だにその意味が分かっていないのだ。
何とかしてエルフ達を立ち上がらせねばと思案していると、扉を乱暴に開いて汚れた格好をした兵士達が入ってきた。
「何事だ! 会議の途中であるぞ」
「はっ、すぐに報告したいことがあります」
エルフの重臣達が止めるのも構わず、兵士は話し始めた。
「帝国がエルフの村を襲い。民を皆殺しにしました!」
「皆殺しだと? 捕虜にしたのではなく、殺したのか?」
「そんな馬鹿な。何の目的でそのような蛮行に及ぶのだ? 帝国とて話の分からぬ蛮族ではあるまい」
重臣達が否定すると、今度は片目に血に濡れた包帯を巻いた女エルフが前に出てきた。
「本当です! 私はこの目で確かに見ました! 帝国兵どもは悪魔です! 女子供でも構わず首を斬って、みんな……みんな……」
あまりの剣幕に先程までざわついていた重臣たちも静まった。
これまでずっと沈黙を保っていたエルフ王が重々しく口を開く。
「それが誠であれば、我らの考えは甘かったと言わざる負えまい。帝国への対策を再検討する必要があるな」
エルフの重臣たちは神妙な顔で頷いた。
会議場から出ると控えていた騎士がやって来た。
「シグニュー様、会議はどうなりましたか?」
「ああ、思ったより良い結果になったよ。ようやくエルフ達も重い腰を上げるようだ」
村人たちの虐殺。
言い方は悪いが結果として良い方向へと向かったようだ。
突如もたらされた衝撃的な話は、呑気な幻想を抱いていた重臣たちの目を覚まさせるに十分であり、議題はどのように帝国へ報復するかに推移した。これでエルフ達も帝国に立ち向かうだろう。
だがまだ足りない。
帝国は巨大だ。滅ぼすには更に力が必要のだ。
「エルフ王より、使者として荒れ地のオーガ達から援軍を募る役目を授かった。これより我らは南下し、オーガの国へと向かう」
シグルド兄様が生きていれば、ドワーフの協力を取り付け次第エルフの国へとやって来るはずだ。しかし、私はそれを待たずに南へと向かう。
エルフだけでは帝国には勝てないが、ドワーフと力を合わせれば一時的に帝国の侵攻を止められるはず。
戦線が安定すれば兄様は再び援軍を集うために今度はドワーフとエルフの援軍を引き連れて南へと来るだろう。つまり大陸を右回りで移動して、帝国の攻勢を止めながら兵を集めるのだ。
私は兄様に先じて各国へ先回りし、兄様が援軍を募りやすい環境を作っておく。もちろん要請に応じて兵を派遣してくれるのが一番良いが、それはエルフの国やこれまでの派兵状況を見るにまずあり得ないだろう。どの国も自分が渦中にならないと目が覚めないのだ。
「連合諸国の目が覚めない以上、どんどん戦火を広げていくしかあるまい」
今回のエルフ達の様子で分かった。当事者意識の低い連合諸国は自らが危機に瀕しない限り現実が見えて来ないのだ。
快く打倒帝国に協力してくれるなら良し。しかし協力してくれない場合は……ゴトランド王国復興のためにも、我が手を汚す覚悟をしなくてはなるまい。




