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亡国の王子シグルド

俺は二度寝したい時は二度寝する。もう決めたんだ。


 「おのれっ、帝国め!」


 首都陥落前に連れ出せるだけの民を連れて逃げていたが、帝国の動きは想像以上に素早かった。

 あと少しで国境へと至る開けた平野で、帝国の追撃隊に追いつかれたのだ。

 

 「シグルド兄様! 私達は民を連れて東のエルフの国へと向かいます! 兄様は北のドワーフの国へお逃げ下さい!」

 「何を言う、シグニュー! 私にお前達を見捨てて逃げろと言うのか!」

 「違います、兄様。兄様がいればゴトランドの再興が叶うのです! 生き延びてゴトランドの民達をお救い下さい!」


 何を馬鹿なことを。

 私に民を、妹を置き去りにしろと言うのか?

 既に国を、父上と母上を失っているというのに。

 そんなことが出来るものか!


 「ならば、シグニュー、お前が北へと行くがいい! 私が民を連れて囮となろう!」

 「いけません! 私ではゴトランドの再興は叶いませぬ。それに兄上、お忘れですか? 私にはこの名馬、灰のグラニがおります。いざとなれば、一人でも逃げ果せましょう!」

 「しかし……」


 その時、後方で悲鳴が上がった。

 どうやら最後尾が追撃隊に捕まったようだ。


 「もはや議論している時間はありませぬ! 親衛隊は兄上の護衛をせよ! 残りは私に続け! 民が逃げる時間を稼ぐ!」

 「「はっ!」」

 「ま、待て! シグニュー!」


 名馬グラニに乗ったシグニューは、騎兵隊を連れて後方へと駆けていった。

 くそっ、またこれか? また大切な人を犠牲にして逃げなくてはならないのか?


 「殿下! 姫様の決意を無駄にしてはなりませぬ。今は耐える時です!」

 「……分かった。行くぞ! 後ろは振り返るな! 全力で進め!」


 シグニュー、どうか死なないでくれ。

 ゴトランドの民よ、どうか私が戻るまで無事でいてくれ。

 私は逃げ惑う民を後にして、北の山脈にあるドワーフの国を目指して馬を走らせた。




 山路の強行軍は熾烈を極めた。

 帝国は始めから我々を逃がすつもりなどなかったのだ。あらかじめ少数の兵を先回りさせ、待ち伏せして足止めをする。そうして歩みが止まった一団を、後方から迫る本隊が押し潰す作戦だ。

 僅かな兵しかいない我々にとっては、伏兵と言えど致命的だった。

 襲撃される度に後詰めの決死隊を残して逃亡する。私を逃がすために、一人また一人と兵が犠牲になっていった。

 

 「もう少しです、殿下。もう少しで国境を越えます」

 「ああ、そうだな」


 残り僅かな兵を連れて、なおも山路を駆けていく。


 シグニューはどうなっただろうか。民達もその後どうなったか分からない。

 帝国は征服した国の民を二等市民以下の存在として不平等に扱う。今頃はろくでもない扱いを受けているだろう。奴隷に落とされている者もいるかもしれない。

 だが今は恥を晒してでも逃げ延びねば。兵達の死を無駄にしないためにも、民達の屈辱を無駄にしないためにも。

 待っていてくれ。私は必ず戻る。その時までどうか、耐え忍んでいてくれ……。


 「いたぞ!敗残兵の生き残りだ! 生死は構わん。必ず捕まえろ!」


 くそっ、また伏兵か! 崖の上に見張りがいたようだ。

 見張りの放った鏑矢がこちらの進行方向へと飛び、笛のような鋭い音を発する。どうやら周囲の味方にこちらの動きを伝えたようだ。

 やや経って、後方から蹄の音が聞こえきた。クロスボウで武装した軽騎兵、帝国の猟騎兵隊だ。彼らは悪路でも移動できるように訓練された追跡のエキスパートだ。クロスボウの太矢で馬を射られたら、落馬はまぬがれないだろう。国境前の最期の砦ということだろうか、その数は多い。

 夜通しの行軍で疲れた馬足で、果たしてどこまで逃げられるのか……。

 

 「殿下! このまま国境までお進みください! ドワーフの守備隊が保護してくれるはずです。追手は我々が引き寄せます!」

 「馬鹿な! ここまで来てお前たちを見捨てられるものか!」

 「行くのです! ゴトランド王国を救えるのは殿下だけ。いつの日かゴトランドを再興し、民達を、我らの愛した美しい国を取り戻して下さい」

 「だが……」


 親衛隊長は微笑むと、私の返事を待たずに鞘から長剣を抜き放った。


 「諸君! 我らは誇りあるゴトランド親衛隊! ゴトランド最強の盾である! 今こそ身命をとして主君をお護りせよ!」

 「「はっ!」」


 兵士達は素早く馬を翻すと、剣を掲げて逆走していった。

 そんな……どうしてこうなるのだ?

 周りにはあれだけ人がいたというのに、もはや私一人になってしまった。

 私はどれだけの犠牲を積み重ねばならないのだ?


 手綱を強く握りしめる。力のない己が恨めしい。

 帝国め。私は必ず戻ってくるぞ。お前たちを倒す力を蓄えて。

 みんなの期待を背負い、みんなの無念を力に変えて、どんな試練だって乗り越えてみせる。

 父上、母上、シグニュー、親衛隊のみんな、そして民達よ。

 待っていてくれ。私は必ずゴトランド王国を再興してみせる! その時までどうか待っていてくれ!




 後方の喧騒から離れ、しばらく走っていると遠方に塔のような建物が現れた。

 見えた! ドワーフ王国の監視塔だ!

 近くに山の内部へと通ずる坑道があるはず。

 そこまで行けばドワーフが助けてくる。

 

 最後の直線を駆け抜けようとしたその時、前方の茂みから帝国兵が飛び出してきた。

 こちらに向けてクロスボウを構えている。不味い!


 方向転換する余裕もなく、間髪入れずにクロスボウの太矢が馬の首に突き刺さった。

 世界が反転する。体が宙に放り出され、眼前に地面が迫ってきた。このままでは首が折れて死んでしまう!

 私は反射的に身を丸くし、受け身を取って転がった。衝撃を殺すために何度も何度も回転する。その度に体が地面に打ち付けられ、肺の空気が吐き出された。やがて、数え切れないほどの衝撃の後、いつの間にか回転は収まっていた。

 助かったのか?

 体は大丈夫だ。多少擦り傷を負ってはいるが、骨は奇跡的に折れていないようだ。

 あれ? 私は何をしていたのだったか?

 そうだ……立ち上がらなくては。立ち上がって早く、あの監視塔まで行かないと――。


 「貴様は完全に包囲されている! 武器を捨てて投降せよ!」


 気づけば、武装した帝国兵に囲まれていた。

 包囲している兵の中には例の猟騎兵もいる。もはや逃げられまい。

 いや、待て……逃げられない? そんな馬鹿な。ここまで来たのに? みんなを犠牲にしてきたのに?

 こんな、こんな馬鹿なことがあってたまるか!

 何もかも犠牲にして逃げてきたというのに! あと少しでドワーフの国へたどり着くというのに!

 神よ、何故帝国の味方をするのです! 我々が何をしたというのですか!

 これが我々の運命だというのですか!?


 ああ、そうか。そんなのは分かりきったことじゃないか。

 あの時の追撃隊を率いていたのは戦乙女だ。そして会戦でゴトランド王国の主力部隊を打ち破ったのも戦乙女。

 神々は常に帝国の味方をしている。神々は我々に死ねと言っているのだ。


 許さない……許さんぞ! 帝国も神々も、よくも我が祖国を奪ってくれたな! よくも我が民を殺してくれたな!

 こんな運命は決して認めぬ! 私はこんなところでは終われない! これでは私のために犠牲になった者達に、死んでいった者達に冥界で合わせる顔がない!

 例え神々が敵だろうと、私は絶対に負けぬ! 何としてでもこの場を乗り切ってやる!


 私は鞘から剣を抜き放った。

 灰色の刀身が光を反射して鈍く輝く。

 王国建国時から先祖代々受け継いできた、ゴトランドの宝剣グラムだ。


 宝剣グラムよ。私に運命を切り開く力を貸してくれ!

 建国の父祖達よ。どうか私にゴトランドを取り戻す力を与えたまえ!


 「ふん、抵抗するか。構わん、殺せ」


 帝国兵が武器を手に包囲を詰めてくる。普通に戦えばまず勝ち目はないだろう。

 狙うべきは命令を下している指揮官らしき男だ。

 彼を斬り伏せ、兵が混乱しているところを叩く!

 私は覚悟を決めて、前へと踏み出した。


 しかし、私の歩みは直ぐに止まる。

 後ろから男の呻き声と鋼の打ち合う音が聞こえてきたのだ。

 振り向くと、帝国兵が誰かと戦っていた。親衛隊の生き残りか? それともドワーフの守備隊がここまで助けに来てくれたのか?

 大柄な帝国兵が斬り伏せられ、乱入者の姿が目に入る。それは蜂蜜色の艶やかな長髪が特徴的な、絶世の美少女だった。

 包囲の一角を切り崩して、女剣士が私の側へと駆け抜けて来る。


 「あ、貴女は?」

 「貴方がシグルド様ですね?」

 「はい、私がシグルドですが……」


 少女はホッとしたように息を吐くと、明後日の方向を向いて口を開いた。


 「ノルイ、間に合ったようです」


 ノルイ? なんだろう、誰に向かって言ったのだろうか?


 「な、何者だ! 女とて容赦はせぬぞ!」


 帝国兵は突如現れた乱入者に混乱しているようだ。


 「シグルド様、戦いの心得はありますか?」

 「はい、勿論ありますが……」

 「では、貴方の背中は私がお護りします。勝利を信じて戦って下さい」

 「わ、分かりました」 


 不思議な女性だ。いきなりやって来て場の空気を支配してしまった。

 さっきまで絶望的な状況だったのに、彼女がやって来てからは何とかなるような気がしてくる。

 そうだ、私はこんなところで死ぬわけにはいかない。

 必ず勝って、いずれは祖国へと帰るのだ。


 「狼狽えるな! 女一人現れたところで我々の優位に変わりはない! 囲んで皆殺しにするのだ!」


 帝国兵が迫ってくる。

 何故だろうか、曇ったガラスを拭き取ったかのように心が澄んでいる。先程までの焦りや怒りといった雑念は消え、心の奥底から勇気や闘争心が湧き出てくるかのようだ。

 敵の動きが見える。前へと踏み出す一歩一歩の重心の動き。武器を握り締めて力んだ筋肉の動き。仲間を殺されて怒りに満ちた表情。圧倒的な優位で嗜虐心に満ちた表情……。


 最初に飛び込んできた帝国兵に先じて、袈裟斬りに胸部を斬り裂いた。勢いを殺すこと無く前に踏み込みながら、二人目の胴を薙ぎ払う。

 まず二人。


 今度は一度に三人が攻めてきた。

 敵の攻撃を冷静に見極め、回避と同時に攻撃をする。

 最初からそこに打ち込むことが決まっていたかのように、剣が滑るように急所に吸い込まれていく。訓練でもここまで見事に一撃が決まったことはない。まるで何かに導かれているかのようだ。

 瞬く間に追加で三人を斬り伏せると、さすがに敵も動揺したのか攻勢が止んだ。

 

 後ろはどうなっているだろうか?

 振り返ると、女剣士は踊るような剣捌きで一方的に敵を斬り倒していた。倒れている兵は五人どころではない。十人は倒れている。

 すごい! なんという手練だ。私も奮闘せねば!


 「どうした来ないのか! ならば私から行くぞ!」


 目指すは敵の指揮官だ。狼狽えて腰が引けている敵を尻目に、真っ直ぐ目標に接近する。

 途中で兵士が行く手を阻むも、鎧袖一触で斬り捨てた。


 「く、クロスボウを使え! やつらを射殺すのだ!」

 「しかし、味方にも当たる可能性が……」

 「うるさい! いいから撃て!」


 帝国の猟騎兵が馬上からクロスボウを撃ってきた。

 見える! 頭へと飛んできた矢を首を捻って最小限の動きでかわす。頬を僅かに斬り裂かれたが関係ない。胸に飛んできた矢は剣を盾にして防いだ。それ以外の矢は私を避けるように外れていった。


 「な、なんだと!? この距離で矢をかわすとは……」

 「覚悟!」


 馬上の指揮官に向かって剣を振るう。指揮官が咄嗟に馬を翻すも、剣は代わりに馬の首を斬り落とした。

 指揮官が堪らず落馬する。チャンスだ。間髪入れずに上段から剣を振り下ろす。しかし相手も然る者で、転倒しながらも咄嗟に剣を抜き放ち防御した。


 「うおおおお!」


 再度渾身の力を込めて剣を振り下ろす。灰色の刀身は防御した敵の剣を叩き折り、そのまま甲冑ごと相手を斬り裂いた。

 すごい! なんという名剣だ! さすがはゴトランドの宝剣と呼ばれることはある!


 「ば、化物か、こいつは! くそっ、撤退! 撤退だ!」


 部隊の半分と指揮官を失った帝国兵は、我先にと逃げ出していった。

 敵が遠くへと引いていく。

 信じられない。あの状況を生き残ったのか……。




 呆然と敵兵の背中を見送っていると、背後から人の気配がした。

 振り返ると、そこには私を救ったくれた謎の美少女がいた。先程まで戦闘していたのが嘘のように、返り血一つ浴びていない。


 「ご無事ですか? シグルド様」

 「はい。しかし、貴方は一体……?」


 女剣士に問いかけると、彼女は春の陽光のように柔らかく微笑みながらお辞儀をした。


 「これは申し遅れました。私は旅の占い師ブリュンヒルデと申します」

 「ブリュンヒルデ殿ですか。可憐な名前だ……」

 「えっ」

 「ああ、いえ、なんでもありません。助けていただき有難うございました」


 何を言っているんだ、私は。しっかりしろ。

 しかし、彼女は一体どこから現れたのだろうか?


 「占い師と言いましたね。もしかして占いで私の危機を知ったのですか?」

 「はい。そして貴方様は世界を救う宿命を背負っておられます。どうか剣を取り、世界をお救いください」

 「ま、待って下さい。世界を救う?」


 なんだ、いきなり話が飛躍したぞ。一体どういう意味だろうか。


 「はい。このまま帝国を放置すれば、必ずや世界は崩壊するでしょう。それを防ぐためにも貴方が旗頭となり、バラバラになっている各種族をまとめあげるのです」

 「帝国が世界を……元より私は帝国を倒すつもりでいますが、各種族をまとめあげるとはどういう意味でしょうか?」

 「人に限らず、ドワーフ、エルフ、オーガ、ドレイクなどの各種族の力を集め、帝国を打倒するということです」


 なるほど。確かに帝国は強大だが、各種族が結集すれば勝つことも夢ではない。

 今まではただ漠然と帝国を倒すこと考えていたが、彼女が言うと本当に出来るような気がしてきた。


 「分かりました。しかし一つ条件があります、ブリュンヒルデ殿。これからも私を導いてはくれないでしょうか?」

 「はい。微力なれどお手伝いさせていただきます」

 「そうですか。ならば憂いはありません。これからよろしくお願いします、ブリュンヒルデ殿」

 

 木々の合間から太陽の光が差した。

 父上、母上。どうか私の道先をお守り下さい。


ブログで先行配信してます。

http://garmthedeath.blog.fc2.com


ブクマ&評価が励みになるんで、適当によろしくおなしゃす。


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