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偽国戦記  作者: ブレヒトさん
幕間 2
47/131

マーテル襲来

次は設定追記予定。

6/7 or 8 です。

 戸外には一人の娘が立っていた。大きな荷物を背負い、両手にはパンパンに膨らんだ手提げ袋を持って、目じりの垂れ下がった薄茶色の目でサラを見上げ微笑んでいた。

 背はサラよりも低くて小柄。痩せているが貧弱な印象は受けない。それも、よく焼けた肌のせいであろう。肩口で切りそろえられた小麦色の髪と動きやすそうで地味な綿地の服は、素朴でまさに田舎娘を絵に描いたよう。背負った荷物から、みずみずしい青菜が顔を出している。

 行商だろうか?サラは小首をかしげた。


「ここはグラナトゥム公国第二公女レオーネ様のお屋敷よ。悪いけど、買い付ける店は決まっているの。何も買ってあげられないわ」


 土の匂いがする娘は荷物を降ろすと、一通の書状を差し出した。書状の封印は公国のものであった。そこには、レナータ第一公女の署名の下、目の前の娘を家政婦として雇い入れるように記されていた。

 サラは訝しげに娘と書状を見比べた。レオーネ排斥派の活動がマルブまで及んでいることが明らかになったというのに、サラに何の相談も無く、家政婦を家に入れるなんて大事なことを勝手に決めるなど無用心極まりないことであった。


(いきなり寄越すあたり、レナータらしいと言えばらしいけど・・・)


「レナータがねえ」


「はい。使い魔の方が増えられたそうですねえ、それでお忙しくなるとのことでしたので、参ったのです」


 間延びした声でそう言った少女を見て、ずいぶんのんびりとした子のようだとサラは思った。こんな間者はいないだろうが、それでも油断は出来ない。レナータに確認するまで家に入れることは避けるべきだろう。


「申し訳ないけど知らせが来てないの。急いで確認するから、二三日待ってくれないかしら。宿はこちらで用意するから」


「んー、それは困るのです。買ってきたものが痛んでしまいます」


「そう言われてもね」


「私、皆さんのためにいろいろ準備してきたのですよ」


 そう言って玄関先で荷物を広げる。中には、グラナトゥムからマルブまでの道すがら買い求めたであろう食材が詰まっていた。


「あら、美味しそう」


「ですよね」


 娘が胸を張る。


「でも、駄目」


 唖然とした娘の目が大きく見開かれて、信じられないと頭を振る。この娘、見た目によらず我が強いようで、手を変え品を変えて自分が今屋敷に入らないといけない理由を並べ立ててきた。


「いや、だから駄目よ。貴女も城で奉公していたのなら、わかるでしょう?」


 娘はこれ見よがしに肩を落として見せた。そして、


「はあ、なんて分からず屋なのですか。ビオンダちゃんとは大違いなのです」


思いがけない名を出した。


「え?」


 サラは急に飛び出した母の名に強張り、娘の目を見た。

 しかし、逆に、視線は紅い瞳に囚われた。

 射すくめられて、呼吸が止まる。微笑む娘以外の存在が消え去って、世界に誰もいなくなった。

 立っていたはずの地面が崩れ、空が堕ちる。

 サラの世界がむき出しに晒される。


 この感覚には、現前する娘の絶対的な存在感には覚えがあった。


 黄昏に染まる広場で剣を抜く剣鬼。

 その前で嘲笑うXX。

 それは鬼を見下ろし、取るに足らないと、完璧でもって剣鬼オーギュントを叩き潰そうと。

 その背後で彼らを見つめる瞳。

 世界を愛し、調律する紅い女。

 女が腕を上げて、私を指差した。


****


「あなた、何が出来るのかしら」


 リビングのテーブルにもたれかかり、サラはオルディナと名乗った娘に声をかけた。

 せっせと荷物を広げていたオルディナが振り向いた。小麦色の瞳が揺れた。


「何でもですねえ」


(ん?私、あれ?)


「どうか、されましたか?」


(まあ、いっか)


「えっと、なんでも?」


「ウイ、ムシュー」


 年の頃は自分とそう変わらない。レオーネよりかは年上のようだが、未だ若く、そんなに優秀そうには見えない。容姿はいいが、レナータはそんなことで選んだりはしないだろうから、レオーネの話し相手もかねてということだろうか。


「言うわね。私は厳しいわよ」


****


「オルディナと申します。宜しくお願いたします」


 見違えるように綺麗になったリビングでカイとレオーネはその娘を紹介された。

 レオーネはくるくるまわるように部屋を見渡している。サラは幾分気取ったように腕を組み、カイは全てを失ったかのように目を淀ませていた。


「すごいです。いつもの部屋とは全然違います!置いてある物は同じなのに、こんなに変わるなんて!」


「・・・」


 レオーネとカイは、いつものように授業に出かけて、帰ってきた。

 その数時間の間に何があったのか、リビングは様変わりしていた。

 調度品が変わったわけではない。家具の配置と光源が調整されただけであった。それでもレオーネが言うように室内は調和がもたらされ、気品に包まれていた。

 部屋を包む柔和な光は、暖炉の炎と室内灯の絶妙な干渉からなるものであった。もちろんカイやサラも暖炉の灰は毎日掻き出していたが、光りの当たり具合までは気が回らなかった。それが、僅かな調整でこうも変わった。薪の組み方も見事で、はじける火の音も耳に心地よく響く。

 ライラがソースをこぼして汚したカーペットも、巧みに補修されてまるで目立たない。オーギュントが誤って傷つけたソファの皮も目立たない色で上塗りされている。

 テーブルには真っ白なクロスが掛かり、銀食器は綺麗に磨かれ、いかにブリギッタといえども文句はないだろう。

 離れてみれば、壁に掛かったグラナトゥムの紋章と宝剣が淡く輝いている。いつも、サラが意固地になってその周りだけを磨き続けたものだから、そこだけ浮いて見えた。それを、ろうそくの火を利用することで、周囲との色彩の変化が穏やかになり、嫌味のないものに調節されていた。

 レオーネが目を輝かせてオルディナの手を握り、詳しく話を聞こうと矢継ぎ早に質問を浴びせかけた。

 しかしカイは、ただ呆然と天井を見上げていた。


 -何故だ-


「私と姫様は仕事があるから、カイ、後は宜しく頼んだわよ」


 -どうして、こんなことに。至らないところもあったろうけど、俺なりに必死にやってきたはずなのに-


「聞いているの?」


 -どうか、慈悲を・・・-


「ちょっと」


「あの、カイさん?」


「・・・聞いています。この女の相手をしろと言うのでしょう?問題ありません」


 暖炉の火を背に受けて口元を歪めるカイを見て、レオーネとサラは気をされたように、にじり下がった。目が怪しく光り、凄惨さを帯びる。


「まあ、うん。宜しく」


 二人が階上に消えると、室内に響くのは、はじける薪の音だけになった。

 沈黙の中で、カイは背後の女がいやらしく嘲笑うのを感じた。


「オルディナ、potentia ordinata から取ったのか?古の言葉の意味するところによると秩序づけられた力・・・」


「ええ、ここに来るに当たっていろいろ考えたのです。もう一つの、絶対な力を意味するpotentia absoluta からでは威圧的過ぎますから。響が良いものを選びました」


 カイは振り向いた。オルディナ、秩序の女神マーテルは腰に手を当てて優しく微笑んでいる。目をそらして、椅子に腰かけた。


「何故来た。しばらくは手が離せないんじゃなかったのか」


「ええ、忙しいです。目が回るようです」


「なら、こんなところにいる暇は無いだろう。さっさと帰れ」


「ですから、ここに仕えることがお仕事です。桔梗ちゃんも承知しているのです。と、言いますか、最初からこの予定だったのですよ。レオーネちゃんたちのことを、世間知らずの貴方だけにまかせるなんて、そんなわけないでしょうに」


 愕然とするカイに、察しがわるいですねえ、とオルディナは片目を瞑った。


「もう、好きにしてくれ」


カイはテーブルに突っ伏した。オルディナが猫のように忍び寄り、口寄せた。


「おや、教えてくれないのですか?」


「何をだよ」


「皆が集まるこの家のこと。どこまでも清冽でありながら、ペシミシズム(悲観主義)に囚われたサラちゃんのこと。生に対し情熱的であっても、オプテティミズム(楽天主義)に染まらなければ生きられないオーギュント君のこと。無垢だけれども、誰よりも人を死なせた汚れたライラちゃんのこと。貴族としての理想を夢見るくせに有徳であろうとするブリギッタちゃん、そしてあと少ししか生きられないレオーネちゃんのことを。貴方のお友達のこと、貴方の口から聞きたいのです」


「・・・」


「はあ。随分しみったれた顔をして・・・。まるでデートの失敗を母親に見破られた少年のようですね。怒るか落ち込むかはっきりしたらどうですか?」


 カイは立ちあがり、目を吊り上げた。


「貴様!」


 オルディナはケタケタと笑い声を上げてカイに背を向けた。


「さあ、夕食は私が作りますよ。手伝ってください。むつくれてばかりいると、二人に不信がられますよ。全てはここから始まるのです。この世界では私が絶対。誰にも邪魔などさせませんとも」


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