stage.3 迷いの森 その3
「るな子!」
お地蔵様と泉の広場に帰ってきたうさみは、腕輪から子ウサギのるな子を呼び出した。
ぷ。
虹色の光の中から現れたるな子は、着地するとうさみを見上げてくる。
うさみも地面に腰を下ろしてリュックをおろして戦利品を広げ始めた。
「枇杷の実に、蜂の巣!それから硬い桃に、あとにんじ~ん」
あまり大きくないリュックなのでたいした量は入っていない。
枇杷の実を一つ取り上げ剥いて食べる。
特に今回は蜂の巣を手に入れたので他の食材は多くはない。
「るな子、好きなの食べていいよ」
るな子が枇杷に飛びつくのを見て、にんじんじゃないんだ……とつぶやくうさみ。
もう一つ枇杷の実を剥いて食べる。
るな子もあっという間に一つを平らげ、今度はにんじんに口を付ける。
それを見て、やっぱりにんじんだった、とうさみはなぜだか少しほっとした。
るな子を出し続けられる時間は、一度に50秒ほどに増えていた。
さらに、果物を食べると時間が伸びることもわかった。おそらく、魔力とやらを回復する効果があるのだろうと、うさみは推察している。
また枇杷の実を剥いて食べる。
こうして魔力を回復させることでるな子とたわむれることができるのだ。
ウサギさんが食事するのを見るのは大変愛らしい。
また、こうして食事をさせていることで、るな子が一回り大きくなったように見える。
成長しているのだ。太っているだけではないと思う。きっと。
もしかすると角が生えたり、ウサ吉やぴょん五郎のように喋るようになったり、ウーサー三世陛下のように巨大になるのかもしれない。
ちょっと楽しみなうさみである。
ほかにも、迷いの森に入っての一週間で、うさみは様々な収穫を得ていた。
まず、面白いほど、体が自由に動くようになった。
現実世界で一流のスポーツ選手でもできないのではないか、というような無茶な挙動も難なくこなせる。
先ほどクマさんから逃げるために行ったアクロバットなんて序の口だ。もちろん森に入ってすぐにはあんな動きはできなかったのだが、必要に駆られて跳び回ってるうちにできるようになってしまった。
一週間という短い時間で、である。
これはきっとゲームのおかげなんだろうと、うさみは考えている。
それは半分は正しい。
プレイヤーが操るアバターはそもそも現実の人間よりも身体能力は高い。
レベルやクラス、スキルやそれらに基づく動作補正、認識強化などシステム的なサポートで能力の成長速度は現実に身体能力を鍛えるよりもずっと簡単で早い。
また、経験といった意味では現実世界では危険性などが理由でできないような訓練もゲームの世界では行うことができる。
枝から枝に飛び移る、なんていう離れ業も、失敗すれば、現実ならばよくて大怪我下手すれば死亡もあり得るわけだが、ゲームの世界であれば何度も挑戦できる。実際にやるかどうかはともかく、できる。
残り半分は、うさみの場合はそれだけではなく、高レベルのフィールドで、高レベルの敵を相手にすることで成長速度がさらに上がっているということだ。
迷いの森に設定されている適正レベルは最低41以上であり、実に40以上のレベル差。適正レベルで鍛えた場合と比較して少なくとも32倍以上のスキル経験値を獲得できてしまう。
ということはうさみの7日間は、224日分以上に相当することになる。
身体能力に限れば現実で訓練した場合の、数年あるいは数十年に匹敵すると思われる。
それだけの経験を得て、スキルのレベルが上がった結果森の中を縦横無尽に跳び回れるようになったのだ。
なお種族レベルは1のままである。敵を倒さないと上がらない仕様なので。
次に迷いの森についての情報だ。
まず、迷いの森は森である。というのは名前からして当然だが、このお地蔵さまのいる広場のようなぽっかりとひらけたスペースが森の各所に存在しているということがわかっている。
それじれの広場には1種類の敵が配置されており、基本的に離れようとしない。
すでに挙げたクマさんやタヌキさん、蜂など、どれもデフォルメされて可愛らしかったり格好良かったりとデザインされているのだが、概ね現実にいる生き物の特徴を持っており、ああ、クマさんだ、などと見れば元となった生物がわかる。
他に大きなドングリを投げつけてくるリスさんや、柿の実をぶつけてくるお猿さん、樹上、枝に巻き付いていて突然上から襲い掛かってくる蛇、盛大な巣を張っている蜘蛛に、うさみよりも大きなカマキリなど、森らしく動物や虫が多い。
植物が罠を張っている場合もある。
地面を這っている蔓を踏むと足に巻き付きさかさまに釣り上げられ、さらに巻き付かれて締め付けられてしまうという恐ろしい植物が展開している広場があった。
もちろんうさみも体験済みだ。あれは驚いたどころではなかった。突然視界がひっくり返った挙句、腕を拘束され体獣を得たいのしれないものが這い回ったのだ。混乱して思わず悲鳴を上げてしまったが、
あれは2度は味わいたくない。
ほかに、大きなウツボカズラのような植物や、いがぐりを飛ばしてくる植物もあった。
一方で、敵ではない植物も生えている。先ほどの、タヌキさんの広場の枇杷の樹をはじめ、ぶどうや桃、さくらんぼにスモモなど、食べられる果物の樹も生えていた。しかも品種改良しているわけでもないのにおいしい。
こういうのもゲームのいいところだなあと思いつつ、うさみはその恩恵にあずかっている。
とまあこういった広場が現在確認できているだけで23か所。鬱蒼と茂る木々がそれらを隔てており、ところどころに獣道が存在する。
敵は基本的に割り当てられた広場を離れない。
なので蜂の巣を持って行ったうさみを追いかけていたクマさんのように、ある場所より遠くまで逃げると追跡を断念してしまう。
ただ、蜂の巣を襲うクマさんなど絶対に移動しないというわけではないらしく、その際に獣道ができるのではないか、とうさみは考えている。
その証拠に、今もそのクマさんがお地蔵さまの広場にやってきた。




