stage.2 地下帝国パラウサ その4
「これをわたしに食べろというのか」
うさみは、一本のにんじんを前にしてつばを飲み込んだ。冷汗が一筋、額を流れ落ちる。
そのにんじんは極彩色であった。
派手っぽい色の絵の具をぶちまけて混ぜたけど混ざりきらなかったようなマーブル模様だった。
しかもうっすら光っていた。
さらには見ていると色が変化していた。
あと生であった。
「ちょうせんにんじんというウサ。うさみが名誉ウサ民となった祝いに陛下より下賜された、帝国で手に入る最高級品ウサ」
ちょうせん?ああ、挑戦かな。
確かに、これを食べるのは挑戦だろう。ダジャレか。
どうしてこうなったのかと、うさみは頭を抱えた。
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「えっと。何言ってるのかさっぱりだよ?」
ウーサー三世陛下と子ウサギのやり取りを雰囲気でしか理解できなかったうさみ。
子ウサギが何かを訴えて、陛下が認めて、子ウサギがやりとげたぜ!といった風にこちらを振り向いてアピールしたくらいしかわからなかった。
状況からすれば、うさみにとって悪い内容ではないとは思うのだが。
「幼子は『自分を助けてくれたのは被疑者ウサミである。自身が危険にさらされているにもかかわらず、それもやろうと思えば自分を囮とすることも可能だったというのに、自分を助けてくれたのである。ゆえに感謝こそすれ責任どうこうを押し付けるのは道理が合わない、如何に?』と主張したウサ」
「そんな硬い感じの言い回しだったの?」
「意訳ウサ」
ウサ吉が翻訳してくれる。
助けたかと言われると実のところ怪しい部分がある。結果としては助かったが、当時はあの後助かる目算は立っていなかった。むしろ子ウサギは軽いとは言えウエイトが増えた分、共倒れになる可能性の方が高かったろう。
半ば自棄になっていたと思う。
ただ、角ウサギさんと比べて見るからに子供で、しかも震えていたのだ。
あれをスルーして逃げられるほど、うさみはシビアになれなかっただけだ。
「結果的にわたしは何もしていないと思うけど」
「『狼が被疑者うさみの元にまとまっていなければ、もっと早く見つかっていた可能性もある。その場合でも、逃げられたかどうかはわからない』と言っていたウサ」
確かにとんでもない数がうさみの後を追いかけていた。他の場所に居るはずだった狼が一か所に集まっているならば、分散している状態と比べれば全体としての索敵能力は落ちるだろう。
勝手に囮になっていたうさみが通りがからない限り、逆に安全とも言える。実際には通りがかった以上仮定の話でしかないのだが。
「それを受けて、陛下が判決を下したウサ」
「うぉっほんぴょん! 恐れ多くも判決が下ったぴょん! 被疑者うさみはわからなかったであろうから、審問官として訳して伝えるようにとの陛下の仰せぴょん! 感謝するぴょん」
言われて、うさみは陛下にぺこりと頭を下げる。陛下がふよんとゆれる。
判決が下ったとだけ言われて説明なしではどうにも困っていただろう。
「『多数の狼、てゆーか狼に限らず攻撃者全般だね☆そーゆーのを連れまわすって、ちょ~っと間違ったら他の者も巻きこんじゃう危険な行為だから、よい子は真似しちゃいけないよ☆』」
「ちょっと待ってあんなノリなの!?」
「概ねああいったニュアンスで合っているウサ」
「なんと」
うさみはおののいた。
黄金の巨大な毛玉がそんな口調(?)であったこともそうだが、エリート然とした雰囲気のぴょん五郎がそれを口にしているのである。
それも、しっかり感情入れて喋っているのだ。
「『そんなことをやっちゃったうさみちゃんには厳重注意! めっ☆ もし今度、わたしのカワイイ臣民に迷惑をかけることがあったらぁ。……覚悟するんだゾ☆』」
なんだか変な汗が出てきた。
「『そ~れ~か~らぁ、狼からこの子を助けてくれてありがとうねっ☆ ご褒美に、地下帝国パラウサの名誉臣民にしてあげちゃうよ☆ これはその印! えいっ☆』」
ぴょん五郎の言葉にあわせて陛下が大きく体を揺らす。
するとうさみの目の前に光の玉が現れる。
「へ? なにこれ?」
見ていると光の玉は、光の帯に形を変え、うさみの頭に巻き付いてくる。
うさみはあわててそれをつかもうとするが触れない。
「わっ、わわっ!」
「落ち着くウサ。危害はないウサ」
そう言っているうちに、光の帯がひときわ強く光ったと思うと、消えてしまう。
そしてその代わりに、帯状のものがうさみの頭に巻き付いていた。
「『それと、名誉臣民になったお祝いにおいしいご飯を用意するからね☆ 楽しんでいってね☆』以上ぴょん」
ぴょん五郎がしゃべり終えると、子ウサギがうさみの足元まで駆け寄って、うさみを見上げると、
ぷー。
と鳴いた。
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うさみの頭に巻き付いた帯状のもの。
それは赤いリボンで作られたヘアバンドっだった。ウサギの耳を模した形で、今、うさみの頭上には赤いウサギの耳があるようにも見える。
しかもなんかうさみの意思で動かせるという謎仕様である。
そして、場所を移して与えられたもうひつの贈り物。
陛下の言っていたおいしい食事、というのが、
「生のにんじんっていうか、この色は」
極彩色のにんじんだったのだ。
「これをわたしに食べろというのか」
うさみはリボンの耳をぺたんと倒して頭を抱えたのだった。




