stage.2 地下帝国パラウサ その3
「さて、意図したものではないという前提で、狼の群れを連れて走り回ることによって帝国臣民を危険にさらした事実そのものは認めるぴょん?」
そういうことになるのか。状況を思い出すうさみ。
狼(犬だと思っていた)に追われ、逃げていたら、どんどん増えていってにっちもさっちもいかなくなった。
いっそあきらめてスタートへ戻ったほうが精神安定的にましだったのかもしれないのだが、犬に捕まるのが恐ろしくてそれができなかった。
その結果、今抱いている子ウサギを巻き込みかけた。というより、はっきりと巻き込んだといった方がいいだろう。
とっさに拾いあげるのに失敗していたら、考えたくない結果になっていたのは容易に想像できてしまう。考えたくないのに。
拾い上げるのに成功しても、どうやってかここに連れてこられたから助かっただけで、あのままでは諸共にやられていた可能性が濃厚だ。うさみは死ねばスタート地点に戻るだけだろうが、この子ウサギは……。
それに改めて思い出すと、途中で知らない人の悲鳴も聞こえた気がする。あれはもしかして巻き込んでしまっていたのではないだろうか。もっとも、ウサギさんの帝国とは関係ないとは思うが。
そこまで考えて、うさみは頷く。
「そうだね」
「よろしいぴょん。ではこの過失を以て、量刑の選定に移るぴょん!」
え、もう?審問って一言話しただけなんですけど?
うさみの顔が引きつる。
どうもさっきからちょくちょく展開に置いてけぼりくらっているような気がするのだが。
その時、今まで大きな動きがなかった白いウサギさん、ウサ吉が動いた。
「待ったウサ。まだ論点が残っているウサ!」
「なんだとぴょん!」
「裁判長。弁護側はこの度の過失は回避できた事態であるかを検討しておくべきであると提案するウサ!」
にらみ合うウサ吉とぴょん五郎。
そこで陛下がふよんとゆれる。
「陛下がそう言うなら仕方がないぴょん。弁護ウサ、提案したんだからそっちで主導するぴょん」
そう言ってぴょん五郎が下がると、ウサ吉が前に出る。
「では。被告人うさみ、まずはどういった経緯で狼を引き連れることになったのかを話すぴょん」
「経緯?」
うさみは小首をかしげて考えた。
犬がいたので逃げたらどんどん寄って来て、逃げ切ることもできず、やられることもなくで、ずるずると走り回ることになったのだけれども。
そう言ってみる。
「ではなぜ、狼、もとい、犬と思っていた狼から逃げ出したのウサ?」
「えっと、恥ずかしいんだけど、物心ついたころにはもう犬が怖くって。本当にダメなの。あれだけは。あいつら噛むし吠えるし群れるし追いかけてくるし、ひどいよね?」
親が言うには幼児時代に犬に襲われたことがあるそうで。
具体的に何があったのかはうさみは覚えてないのだが、犬を見ると反射的にビビってしまうよう刷り込まれてしまっているらしく。
その様子に気づいているのか、犬の方もやたらとうさみに攻撃的になるのである。
『おかしいな、いつもはもっとおとなしいいいこなんだけど』
などというセリフは聞き飽きてしまった。
その結果、犬への恐怖はスパイラルを起こし、悪化はすれど治る気配がないのだ。
「「あー」」
しかし何やら妙に共感を得たらしい。白黒金色の三役にくわえ、周りのウサギさんたちもなぜだかみんなして頷いている。
「地下帝国パラウサの最大の敵はイヌ科モンスターどもなのだウサ」
「あの狼や野犬どもには仲間がずいぶんとやられているぴょん……もちろん、こちらも角や魔法でやり返しているぴょんが」
どうやら狼とウサギさんたちは敵対関係にあるらしい。
「だがこれでわかったウサ?多数の狼に追われれば逃げざるをえないウサ。戦う力のない幼子ではなおさらウサ」
「幼子?被告人うさみはこんなに大きいぴょん」
それは体高50センチほどのウサギさんたちと比べれば大きいのだが、
「エルフやヒューマンの成体はもっともっと大きいウサ。被告人うさみ、貴様は小さいウサ?」
「え、確かにだいぶちっちゃい方だと思うけど」
他のプレイヤーの人よりだいぶ小さい自覚はある。あまりじっくり観察していないが、平均的なサイズより4~50センチは小さいと思われる。
「む。そうなのかぴょん。しかしそれならそれで、なぜ苦手な狼のいる危険な場所に近づいたのぴょん?」
「狼さんがいるって知らなかったんだよ。それに、」
「それに?」
黒いウサギさんのことを調べたかったんだよね。きっとあの眠くなった奴は黒いウサギさんの仕業じゃないかと思うし。
ということを言うべきかどうか少し考え、黙秘することにする。
代わりに別の理由を告げる。
「それに星降山に行こうと思って」
ざわり。
ウサギさんたちの間に2度目の動揺が走る。
「ほ、星降山ぴょん!?」
「あそこへの道のりは極めて危険ウサ。今の被告人うさみの実力では、とてもではないがたどり着ける場所ではないウサよ」
何となく味方的な立ち位置だと思っていたウサ吉に否定的なことをいわれ、うさみはちょっとイラッときた。
なのでちょっと挑戦的なことを言ってみる。
「道のりは険しい方がやりがいがあるでしょ」
ふんす、と鼻息を吐くうさみ。
ざわざわ。うさうさ。
ウサギさんたちがますます落ち着かなくなる。
「ば、蛮行だぴょん!その無謀が帝国臣民を危険にさらしたのだぴょん!!」
ぴょん五郎が右前足でうさみを指して叫ぶ。
確かに、うさみとしては“裏面”に行くことで成長機会を投げ捨てたのかもしれない。
初めから難しい方へ行った自覚はあるのだ。
とはいえ、角ウサギさんとは徐々に対応できるようになってきていたし、もう少しで目途が立ちそうな手ごたえもあった。新顔の黒いウサギさんも同じように練習すれば対処できるようになる気もするのだ。
でも犬だけはダメ。そして、知らなかったとはいえ苦手な犬、じゃない狼さんの中につっこんで子ウサギを巻き込んだのは確かに事実ではあった。
なのでうさみは一瞬言葉を失う。
そのとき、うさみの胸に抱かれていた子ウサギが、うさみの腕から跳び出した。
そうしてみんなの真ん中できー!と鳴いて、後ろ足でたしたしと地面を叩く。
「幼子は黙って……」
ぴょん五郎が何か言いかけたとき、ウーサー三世陛下が大きく跳ねた。
どしん。ふよん。
ざわついていた空気が固まる。ぴょん五郎も硬直し、しかし子ウサギはウーサー三世陛下をじっと見上げていた。
ふよんふよん。陛下が揺れる。
ぷー。たしたし。子ウサギが鳴いて、地面を叩く。
うさみは、子ウサギが何かを訴えていることはわかったが、何を言っているかわからない。
ぴょん五郎は硬直したまま、ウサ吉は目を閉じて頷いている。
幾らかのやり取りの後、子ウサギがうさみを振り返って、その場でぴょんと跳ねた。




