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次元の魔法   作者: キート
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明かされた真実

 よく晴れた空の下、その二人は出会った。

 己に声をかけてきた人物の姿を確かめるために、視線を門から背後へ移し、その姿を視界に収める。

 その人物は長身長髪、全身を黒のスーツに身を包み、膝まであるロングコートを羽織り、シルクハットを被った、安易な感想であるがジェントルマンを彷彿とさせるようないでたちだった。

 なんとなくどこかで見た気がするのは、こういうキャラクターがいた作品を以前に見たせいかもしれない。こいつもまたこの世界の住人か?そう思っていると、左手で帽子を取りそのまま腹に手を当て一礼した。

 その動きはとても自然で、まるでどこかの執事のようかと思った。

「初めまして、私の名はカムゴ。お会いできて光栄です、大村優斗様」

「っ!!」

 ぴったり名前を言い当てられたことに驚きを隠せなかった。

 なぜこいつは俺の名を、本当の名前を知っている?それを知っているのはここでは誰もいない、あえて言うとしたら俺だけだ。それがなぜ…?

「テメェ……何モンだ?」

  敵意と警戒心を顕わにし、剣に手をかける。

「お、お待ちください!私は敵ではありません!あなたに危害を加えようだなんて考えていません!

お願いですからお気を静めてください…。私なんぞ、あなたの手にかかれば一瞬でやられてしまいますよ…」

 慌てふためき、なんとかユウトを落ち着かせようとする男は、いっそ憐れに思うほどの動転ぶりだった。

 見たところ演技じゃなさそうだな…。もしそうならこいつ大した役者だよな、そう思えるぐらいある意味普通の反応だった。

 それを見て少し落ち着いたのか手を放し、しかし相変わらず鋭い眼光で睨んでいた。

「そんな睨まないでください…、本当に何もしません。ただ少しお話がしたいのです」

「話だと?」

「はい。私がなぜあなたの名前を知っているのか、気になりませんか?」

「…それを今から話すと?」

「はい。それであなたがどう判断されるか分かりませんが、とにかく話だけでも聞いてもらえないでしょうか?」

 確かに気になる。なぜ知っているのか、そしてこいつ自身に。こいつが何者かは分からない、判断材料がまったくと言っていいほどない。今、ここで初めて会ったのだから当然といえば当然だが。ならばそれを聞いてからでも遅くはない、もしそれで何か脅威になりえるようなことがあれば、その時は始末すればいい。見たところそんなに強くなさそうだ。

「いいだろう、聞くだけ聞いてやる」

 しばし逡巡した後、男の懇願を受け入れる。

「ありがとうございます」

 それに感謝の言葉を述べ、一礼する。

「礼はいい、とっとと話せ」

「はい、それでは…」

 そう言って軽く咳払いすると話し始める、かと思いきや

「一つ言い忘れていましたが、私がこれからお話することはとても興味深いものだと思います。当然疑問が出てくると思いますが、まずは一通り私の話をお聞きくださいますようお願致します。その後できちんとお答えします」

「わかった」

 要は、お前の質問は後で受け付けるから、まずは黙って話を聞けということだ。丁寧な言葉とは裏腹に、意味合いは随分横暴だ。だがここは素直に従った方がスムーズに進むだろう。

 返事を聞くと「では、改めまして私の名はカムゴと申します。これといって取り柄はございませんが、一つ変わった特技といえば空間を移動できることでしょうか」

 そんなバカな、どこの電波野郎だ。いきなりとんでもない情報ブッ込んでくれたもんだと思ったが、よくよく考えれば自分も似たようなものだったと思い、特に口を挟まず、黙って続きを待つ。

「大きく分けると大村様の身に起こったこと、この世界について、現在どういう状況になっているかの3つを順番にお話していきたいと思います。

まず大村様の身に起きたことですが、これを話すにはどうしても外せない事柄があります。ですからまずはそれから。

ここも大村様のいた空間も含めて、ジェノティウムという巨大な空間に収まっています」

 ジェノティウムとは全ての空間を包んでいる超巨大な空間の事で、あまりの大きさに全容は把握できない、その中にある空間の数も計り知れないという。

「空間たちにも様々なものがあります。姿形も性質も全く違う、大村様のいた空間と同じように人が生きられる環境だけでなく、灼熱の空間や極寒の空間、色だけや何もない、けれど確かにそこに存在している空間など不思議なものもあります。また感情の空間というのもあります」

「そんなものがあんのか?感情なんてそれぞれの中にあるもんじゃ…」

「人の心もまた空間、それが具現化されたと考えていただければ問題ないかと。とにかく全ての空間がジェノティウムにある。…しかしそれすらまた一つの大きな空間の中にあるのかもしれません。そう考えるとロマンがありませんか?」

「いいから先へ進めろ」

「これは失敬、つい逸れてしまいました。その空間同士はそれぞれ隣り合っていても決して交わることはありません。しかし原因は分かりませんが、空間同士のスペースに何らかの理由で少しづつ亀裂が生じるとそれはどんどん大きくなっていき、その周辺へも広がり、やがて崩れ、その空間たちを飲み込む。

これは空間の穴と呼ばれており、大小差はありますが小さいものでも1000、大きいものになるとどれほどになるのか見当もつきません。とにかく多くの空間を飲み込みます」

「飲み込むって…それって大丈夫なのかよ?」

「空間にもそこに住まう人々、生き物にも特に影響はありません。飲み込むというよりは入ってしまうと言った方が正しいでしょうか。空間の穴にあってもこれまでと何ら変わらず存在しています。

しかし穴内部は渦巻いており、それに伴って空間も回っていきます。しかしとてもゆっくりなので中にいる者たちは気づくことはありません、もちろんゆっくりというのは空間にとっては、という意味ですが。

そこに人間が入ろうもんなら大変です。彼らにとっては凄まじい激流で自分の意思で動くことはできず、一度入れば自力での脱出は不可能。どこかの空間へ流れつくまで上も下も分からない、まるで洗濯機の中にいるような状態になります」

「そりゃ大変だ…。だが別の空間に移動するってことは穴っつーよりワープホールみたいだな」

「あくまでその中にある空間ですが。大村様はこれに入ったことによりここに来たのだと思います」

「なるほどな…。けど俺はそんな目に遭ってないが?」

 そうカムゴの言うことが本当なら、もっとダメージを受けていいはず。しかし最初も今回もそんなことにはならず、普通に門を潜ったらたどり着けた。そしてそれは予想していたのか、続けて次の説明に入る。

「そこで次の話です。その空間の穴内部というのは、実は思っている以上に不安定なんです。ちょっとしたことでも反映されやすい、何かの影響を受けやすかったりするのですが、そうは言っても大規模なことにはあまりなりません。ましてや一人の人間が影響を及ぼすなんてことは通常だったらありえない」

 そこで句切り、どこか興奮を抑えたような様子で続けた。

「私も初めてのことで信じられず、よく分からないのですが、どうやらあなたは穴内部に自らの領域を創ってしまわれたようです…!」

「………は?」

 領域を創った?俺が?意味が分からない、だとしたらいつ…?

「私がこことは違う空間にいる時です。遥か遠くから何者かの強い思念が伝わってきました」

「…あの時か!」

 それが一番初めにここに来た時だとすぐに分かった。確かにあの時は自分でも驚くほど集中していた。それがそんなことになっていたとは。

「そんなことは今まで一度もなかった。ですからすぐにそこを離れ、伝わってきた方向に向かいました。

…そこで私はすごいものを見ました…!」

「…何を見た?」

 すると興奮を抑えきれなくなったのか、今までにないほど表情を崩して「新たな空間ですよ!誰かの領域にある空間!」もはや叫んでいると言ってもいい。

「そんなにすごいのか?それって。そこまで興奮するほどか?」

 一方カムゴがここまで興奮する意味が分からないユウトは極めて冷静に尋ねる。ものすごい温度差だった。

「すごいなんてもんじゃないですよ!確かに空間が生まれること自体は珍しい話ではありませんが、場所が場所ですからそれは別格です!

その存在は今まで確認されていない、書物の中でしか登場したことがない、いわば伝説の空間なんです!

その名もオルトンパース、その名は昔から知られながらも長年に渡り発見されなかったことから存在しないとされていた幻の空間!それを発見できたんです!」

「そ、そうか…」

 あまりの興奮ぶりに、あまり刺激しない方がいいと判断し、適当に相槌を打つ。

「オルトンパースは自然に発生することはない、誰かの明確な意思によってしか生まれないとされています。ですから私はその方に是非お会いしたいと思いました。

しかし私も初めてのことなので勝手が分からない。そしてある街に行った時にそこの住人の方にお話を伺ったところ、見慣れぬ衣服を身に纏った男性がここにいたと。あいにくもう旅立ってしまったとのことだったのですが、次に向かうと仰っていた町を教えていただき、急いで追いかけてきたんです。そしてこうしてお会いできました」

「それが俺なのか?」

「はい、一目見てあなたはここの住人たちとは明らかに違うオーラを放っていました」

「へぇ…。しかし俺がねぇ…、そんな気は全然しなかったけどな」

「そういうものだと思います。私もいつどこで空間が生まれるか分かりませんから。そして説明するまでもなく現在はそのオルトンパースにいます」

 これで一通りの説明は終わりだと言う。確かに全体をさらっと説明された気はするが、まだ分からないことだらけだ。むしろ今ので全て理解出来るのならすごいと思う。

 しかし信じてしまえた。初対面の相手にいきなりこんな話をされたら普通だったらまず信じない。というより信じることができない。それをこうもあっさり信じられる自分はおかしいのだろうか?いや、おかしいのだろう。でなければここにはいない。

 それにカムゴという男は嘘をついているようには見えない。何よりあの興奮ぶりと、盛り上がりぶりは演技じゃできない。

 とにかくまずは気になることを訊こう。そう思い、いくつかピックアップし始める。

「今は簡単にここまでの流れをご説明させていただきました。ですがまだ疑問はお持ちでしょう?」

「ああ、わりぃが話の半分も理解出来てないと思う。いきなりそんな情報ブッ込まれちゃあ、ちと処理に時間がかかるぜ」

「そうですよね。ですからここからは大村様の疑問にお答えいたします。私の分かる範囲ですが」

「そりゃ助かる。けど正直訳分からなさすぎて訊きたいことが分からん。だから一からって言いたいところだけど、全部聞いてたら日が暮れちまうからよ、とりあえず今の時点で気になってることを、数を絞って訊きたいんだがいいか?」

「もちろんです」

 それを聞くと、じゃあまず一つ、と訊き始めた。

「そのオルトンパースってやつ?それがいまいちよく分からねぇんだけど、結局何なんだ?パラレルワールドみたいなモンか?」

「全然違います。パラレルワールドなんぞ珍しくもなんともない、無数にあるのが取り柄みたいなものとは希少価値を含め全く違います。比べ物にすらならない」

 あまりに冷めた、そして少し怒っているような口調にヤバイと思い、これにはこれ以上触れない方がいいなと判断する。

  しかしカムゴは聞かれたことだからと、やや渋い顔をしながらも両者の違いについて説明した。

「まぁ…簡単にご説明しますと、パラレルワールドは自らの意思に反していようと無かろうと勝手に創られてしまうんです。

例えば二者択一の場合、AとBがあった時Aを選んだ。するとその道に進みますが、Bを選んだ場合もあったわけです。つまり選択肢がある時点でパラレルワールドは創られます」

「確かに『もしも』の数だけ存在するって聞くしな」

「だから数が多いんです。

それに対しオルトンパースは自らの意思がなければ創ることができない、創られない、たとえあったとしても創られることは極めて稀というものなんです。当然自由に創り出すことは不可能に近い。ある意味この世の理を外れた存在ですね。

後は…前者はある人物、大村様と仮定しましょう、はどの世界にもいます。もちろんそれなりの差や違いはありますが。

しかし後者はどちらか片方にしかいない、元いた世界でもオルトンパースでもここにいるあなたしかいない。二つの空間に一人しか存在しない、そういう違いもあります」

「…なるほどな」

  少し分かった。

「ですが両者ともに互いに干渉せず、そこで生きる者たちは存在すら知らず、確かめる術を持たない、というように多少似ている部分もあります。

しかしオルトンパースは例外的に創造主のみが存在を知っていて、干渉できますが、それも一度は足を踏み入れる必要があるのではないでしょうか?

似ている部分はあっても、根本的な部分が違っているので別物と考えてください」

「わかった」

  返事はしたものの、まだそんな不思議で小難しい話をされても完全には理解できない。しかしこれ以上突っ込めば先に進むのが困難になる。

 とりあえずこの男の言うように別物と考えればいいのだろう。

 このオルトンパースという空間は誰かの領域にしか存在しないと言った。そしてその領域を創ったのが俺だと。

 たとえ俺でなくても誰かの領域に侵入するのはそう簡単ではないだろう。少なくても自分がイメージしてるものは、大量のトラップや撃退装置、セキュリティがあってそれを掻い潜らなければ侵入できない。

 ってこれは泥棒やスパイの話か。

「じゃあもう一つ、お前は何でここに入れたんだ?」

 とりあえず聞いてみることにする。今考えたものじゃなくても、多少の防護プログラムなら搭載しているだろう。

「拒まれませんでしたからね、あっさり入れました」

 何してんだよ俺!

「私も妨害を受けたり、もっと苦労するかと思っていましたが、わりとすんなり入れて正直拍子抜けでした」

「ああ…そう…」

 途端に元気がなくなる。俺はいつから無警戒になっていたのだろう。

 こっちでも向こうでも結構警戒心は強い方だと思ってたんだけどなぁ…。

「あの、そんなに落ち込まないでください。ここはまだ生まれたばかりなんですから、何も整ってなくて当たり前ですよ。

たとえば生まれたばかりの赤ちゃんがいきなり歩けたり、喋れたり、体が頑丈だったら却って変でしょう?それと同じと考えればいいんです。まだ始まったばかりなんですから」

 落ち込むユウトを元気づけるためにフォローに入る。それによってどうにか気分が戻ってくる。

「そうか…、なら次だ。なぜ俺の元に来た?」

「先ほどもご説明したように、私はこことは別の空間にいた時に、何者かの強い思念を感じ取りました。今までそんなことはありませんでしたからね。何をしたら、というよりは空間を飛び越えるほどの強い思念の持ち主はどういう人物なんだろうと興味が湧きまして、是非お会いしたいと思い、こうして参上した次第です」

「だからさっきお会いできて光栄だと言ったのか」

「はい」

 ま、当然といえば当然か。何かすごいことをした人に会って、話しをしてみたいと思うことと似たような考えだろう。

 取りたてて珍しいことでもなかったか。って俺はどんな答えを期待してたんだ。

「じゃあ続いてもう一つ、結局オルトンパースっていうのはどういうところなんだ?」

「視点によって答えが違ってきますが、先ほどまでは概要というか第三者視点からお話ししました。

今度は創造主、大村様の視点からお答えします」

「それだよ。その創造主、俺がここを創ったって?そこら辺をもうちょい詳しく」

「私も文献に載ってる程度の知識しかありませんから細かい所までは分かりません。

ご期待に添えるかは分かりませんが、私の推測も交えてお話ししますと、この空間は大村様が好きなようにできる空間だと考えていいのではないでしょうか?」

「俺が…自由に…?」

「はい。ここはあなた、正確にはあなたの強い思念が創り出した空間です。つまりあなたのもの。あなたのものである以上どんなことでもできる、何をしてもいいのではないでしょうか?

もちろんこの世界にもルールはございますが、そのルールを変えてしまえば何も問題はない…というのは私の推測です」

「おい、真面目に答えろ!」

「申し訳ありません。ですがそうも考えられるのではないかということです」

「…ま、全否定はできねぇな」

 ここが俺の空間、そう考えれば悪い気分にはならない。創造主ならばこの空間のルールをも変えてしまえるかもしれない。あまりやろうとは思わないが。

 何でもできる、ならば普段の俺とは違い、無敵の強さを持ってることにも納得がいく。望むものが手に入るということなのか。

「しかし、なぜまたこのような世界を?」

「ん?ああ、助けたいやつがいたんだよ。レイラっていうんだけど、そいつある戦いで死ぬことになってたからよ、何とか助けられねぇかと思ってよ」

「レイラさん…?失礼ですがその方は実在する方なのでしょうか?」

「ここではな。そうか、そのことも話しといた方がいいのか」

 

 今度はユウトが自身のことを話した。

 フォルトニルという作品のこと、レイラはそこの登場人物の一人であること、出会いからここに至るまでの過程を話した。

「なるほど…ふむ」

 一通り聞き終わって何か考え込む。その間、特にすることのないユウトはその場に留まって景色を眺めていた。しばらくしてからカムゴが顔を上げた。

「正確なことは分かりませんが、ここはその作品の世界ではないと思います」

「どういうことだ?」

「はい。大村様のお話を聴いたところ、そのレイラという方は死ぬ運命にあった。しかし大村様は否定し、自らが助けたいと思った。その思いの強さがここを創ったのでしょう。

つまりここはその物語の世界ではなく、それを基に大村様が創った。外見は同じでも中身は違う空間だと思われます」

「なにか、つまりまがいモンだと言いたいのか?」

「そうではありません。ですがここはその物語と100%一致する空間ではないことは確かです。ここに来るまでにどこか違う部分や変更点があったと思います」

 そう言われ考えてみるが、そんなところはなかったはずだ。ここに来るまでに変わった場所など……いやまてよ。

「ダミルさん…」

 そう彼の存在だ。

 彼は元々モブですらない、登場すらしていないキャラクターだ。最初こそ不信感はあったものの、今では大変感謝している。

 普通に接していることが当たり前になり、その存在がおかしいなどと思わなくなっていたが、本来それはおかしいことだったのだ。ついでに思い出したがアンポ―ジにあったあのオブジェ、あれも形が変わっていた。なぜだろうと思ったが、然して気にすることはなかったが。

「お心当たりがあるようですね。それこそが同じでない、基にして生まれた空間、オルトンパースだという証拠です」

「…そう言われちゃあ納得するしかねぇな」

 そう返すほかない。だが違う空間であるならストーリーも変わってくるのではないだろうか、そう思い尋ねるが、世界観自体は踏襲しているので、何もしなければそのまま流れていくのではないか、という返答をもらい、安心する。

 変に話を変えて先が読めなくなるのなら、このままでいいだろう。いつぞや思った事がとりあえずの答えで良さそうだ。

「じゃあこれもその恩恵だってことか?」

 腰に携えた剣に触れて尋ねる。

 実は最初から疑問だった。なぜこれだけが自分の手元にあったのか。

「そうですね。しかし何でもできるといっても知らなければできません、あなたはここにレイラさんを助けたい一心で来た。その意思が具現化した、のか基になった何かがあったのか」

「基になったって?」

「はい。いくらなんでも何もない状態からは生まれません。何か基になったものがあるというのが一番可能性が高いと思います。そしてそれは外部から持ち込まれたもの、今回でいえば大村様がいた世界にあったものです。ここに来た時、何を持っていましたか?」

「何を?ええっと……」

 まず通学用カバン、生徒手帳、教科書類、本当はいけないがマンガ、あとはスティックだったと思う。

「おそらくスティックでしょうね」

「冗談だろ?木が鉄になんのかよ?」

「ここはあなたの空間、あなたの望んだものが手に入る。レイラさんを助けるために何か武器が必要だった。身近に取って代わるものはスティックしかなかった。だからそれが剣になった。と同時にあなたの意思がそうした、あなたの心が欲したから出現した」

「……今までで一番信じられねぇんだけど…」

「そう言われましても…。私も分からないなりに答えを出したものですから…」

「…そうだったな。あんまり無理言うのも悪いか」

 まだ消化しきれてない、一応納得しておく。

 いつまでも引きずっていても先には進めない。時として無理にでも納得する必要だってあるだろう。いずれにしても落としどころは必要だ。

「推論ついでにもう一つ。剣以外にも必要ならば出てくるかもしれませんが、それでも基本的には持ち込んだものが姿形、性質、ときに材質を変えてその世界で役立つものになるかもしれないということです」

「そこら辺は追々検証してみるか。しかしそう考えるとちと都合が良すぎやしねぇか?いくらなんでも俺に得がありすぎだ。他にこういった奴らはいないのか……って、そういやいねぇっつったな?」

「はい、ですが別の空間に飛ばされてしまった方なら何人か」

「そいつらも俺と同じようにか?」

「いえ、彼らは空間の穴の力が吹きだす噴出口に入ってしまい、穴に引き摺り込まれ、別の空間へ飛ばされました」

 カムゴの話によると空間の穴の内部は不安定で、歪みが生じやすく、過度に力がかかっている箇所もあり、バランスが崩れないようにするためにそれを逃がす噴出口があるという。

 それは穴の外側だったり、穴内部にある空間だったりするという。そして運悪くそこへ入ってしまうと、穴に引き摺り込まれ、もみくちゃにされた挙句、別の空間へ飛ばされるのだとか。

「……怖ぇな」

 他人事のように言ってるが、もしかしたら自分がそうなってたかもしれない、それを思い身震いした。

 というかこの事柄は最初の方に説明されたことだ。説明されても忘れていた。だから言ったろ?半分も理解してないって。

「何かしらの痕跡はあるので、それをたどっていけば、その方の元へ参じることはできます。当然救出するつもりで行くのですが、一応このままここに残るか、それとも私と共に戻るのかお聞きします。しかしどの方も断るんです。なぜだか分かりますか?」

「…さぁな」

「皆さん、新たに来た空間が気に入ってるからなんです。今までと違うから、比べた時にマシだと思うからだと言えばそれまでですが。先ほどお話ししたように様々な空間があります。しかしその方がいた空間の周りには、そこと似たような空間が集まるんです。もちろん人や世界観が違うという違いもありますが。

そういった部分で新鮮味や、ここでしか味わえないこと、自分にしかできないこと、向こうでは得られなかった充足感と幸福、それらを得るのです。

事実お話しを聴く限りでは、皆さんとても満足されておりますし、何よりいい笑顔をなさっています。

別のところから来たからといって、その空間の住人じゃないからといって、そんな方々に戻れと言うのは、些か酷ではありませんか?おまけに向こうに未練はない、なんて言われてしまってはもう何も言えませんよ。それに私はその方が幸せならそれでいいと思います。

その後どうなったかは分かりませんが、きっと今も幸せに過ごしていることと思います」

 なんだか胡散臭いな、こいつが何かしたからそうなってんじゃないのか?

 その疑念が湧くが、今の話を聞くと、元いたところで満たされなかったから、とも考えられる。

 素直に教えてくれるだろうか?いや、答えなければ無理やりにでも吐かせるまでだ。

 ここでなら俺は敗けん。

 だが争いは好きじゃない、なるべく平和的に話をしていって、それでもどうしようもなかったらの最終手段だ。

 まずは冷静に話しを聞こう。

「色々聞かせてもらってありがとよ。けど、もう一つだけいいか?これが最後だ」

「もちろんです。最後と言わずいくつでも」

「ありがとよ。じゃあ遠慮なく聞かせてもらうが、お前は俺をどうしたいんだ?」

「どうしたいんだ、とはどういう意味でしょうか?」

「言い方を変えるなら、お前の目的は何だ?俺が無知なのを良いことに、嘘を並べて、テメェの都合の良いように扱おうとか考えてんじゃねぇだろうな?」

「と、とんでもない!私も初めてのケースですから、分からないことだらけで、今まで言った事が後々になって間違ったことになるという可能性は否定できませんが、現状では私が知る限りのことをお伝えしています!」

「どうだかなぁ…?テメェみたいなやつぁ、良い顔して近づいて、恩を売って、裏ではあくどいことをやって、骨の髄までしゃぶって、奈落の底に叩き落とすってのが決まりみたいなもんだからなぁ…?

もう一度聞く、テメェの目的は何だ?命か?人格か?魂か?

もしそうだってんなら……今ここでテメェを始末する」

 鋭い眼光で睨みつけ、気だけで殺せそうな、恐らく常人だったら竦んで足が動かなくなるだろうほどの殺気を浴びせ、刀の鯉口を切り、いつでも抜刀できる体勢だ。

 これにはたまらず大慌てで「お、お待ちください!誤解です!私はあなたに危害を加えようなどとは微塵も思ってません!むしろ感謝しています!」

「感謝だと?」

 殺気は弛めず、怪訝な声音で尋ねる。

「は、はい。オルトンパースとは書物の中でしか存在しないとされていた伝説の空間、それを見せていただけで感謝しています。そのお礼を私はしたい、私にできることなら何でも致します。

そして創造主たるあなた、いえ、大村様がこれからどうするのかその果てを私も見たいのです。貶めるだなんてとんでもない。

それにオルトンパースを創るほどの意思の強さを持ったお方の願いが叶わないなんてことほどおかしいことはありません。ですからあなたのお手伝いがしたい。その程度で恩返しができるとは思いませんが」

「………」

「消えろと言うのであれば、二度と大村様の前には現れません。それが大村様の願いなら」

 じっとカムゴを見据える。呼吸、表情、目、その全てが真剣で、嘘は一片も見当たらない。

 そんな恩着せがましいことをした覚えはないので、そこまで言われると、かえってこちらの方が申し訳なく思い、恐縮してしまう。しかし気にするなと言っても聞き入れてはくれないだろうし、何より萎縮するだろう。

 そして何よりこいつは本気だ。本気で俺のために、俺の望む何かをしようとしている。理由は先ほどの台詞からでも分かるし、それが真実だろう。

 俺にとっては知らない間に、俺の思念が基盤になったとしても、意識して創造したわけではないので、そこまで感謝されることではないのだが、それがこいつの琴線に触れたようだ。

「……とりあえず、今言った言葉に関しては嘘は見当たらねぇからな、一応信用してやる」

 殺気を静め、普段通りに戻る。

 しばらくは様子見ってことで好きにさせよう。それで有益ならそのまま使い、害になるようなら、その時また考えればいい。

 人の厚意を利用するようで悪いが、そのぐらいなら許されるだろう。こっちだってまだ信用できたわけじゃないから、試用期間ということで。

 しかしそう考えるとレイラは凄いと思う。俺だったらとてもじゃないが信用できない。それだけ器が違うってことか。

「ありがとうございます。何なりとお申し付けください」

「つってもそんな急には……あ、わりぃ、最後とか言っときながらもう一つあった」

「大丈夫ですよ、どうぞ」

「お前別の空間にいたって言ったよな?それでここに来たって。ってことは空間を自由に移動できるんだよな?」

「どこからでも、という訳ではないですがある程度なら。

では、私からも一つ。実は私と同じような能力を持っている存在が他にもいるのです。名をトゥルチェといって、ジェノティウム内に生息する生物なのですが、これが神出鬼没で私も数えるほどしか見てないんですよ」

「そんなに珍しいやつなのか?」

「数的にいえばかなり多いと思います。大体一つの空間につき一体はいるはずで、全域にわたって生息しているはずなのですが、どういう訳かあまり会わなくて。

別名導き手とよばれていて、別の空間に移動する際に姿を現すといわれているのですが…」

「…そのトゥルチェってやつ、姿があるんだかないんだかよく分からない光みたいなやつか?」

「ええ、そうですが…。まさかお会いに…!?」

「ああ…ここに来た時とか戻った時とか何回か。それがトゥルチェってやつならな」

「そうです!間違いないです!驚いたな…。いや、まてよ…」

 そう言うや何やらぶつぶつ呟く。

「おい、どうした?」

 その様子に思わず声をかける。

「え?ああ、申し訳ありません。少しトゥルチェに関して思い出していまして。

トゥルチェは一つの空間につき一体はいるとお話ししましたが、その誕生もまた空間と同じだといわれています」

「どういうことだ?」

「ある空間が生まれると、その空間に生まれると言えば分かりやすいでしょうか?ですから一つにつき一体。

大村様が遭遇した個体は、この空間が創られたと同時に生まれたものでしょう。オルトンパースにいるということはそれは専用、大村様専属だということです」

「へぇ~、あいつがねぇ…」

 そういわれてみれば、俺が潜るまで待っていたような気がする。

 まさかそれが生物でおまけに珍しいとは思わなかったが。

「じゃあ、そいつがいたから俺はここに来れたのか?」

「はい。いくら創造主といえど、穴内部では一人の人間。生身ではトゥルチェなくしてここに来ることはできません。どこか別の空間に飛ばされるでしょう。

そして専属だからといって何もしないで来ることはないと思います。心で呼びかけなければ姿を現すことはないでしょう」

「言っとくけど俺、そいつの存在も知らなかったんだから呼びかけるなんてできないぜ?」

「呼びかけるというか、ここのことを考えればそれが転じて彼を呼ぶことに繋がるのだと思います。しかしいちいち考えるのもおっくうでしょう?よろしければ私の力を使ってみますか?」

「お前の?」

「はい、私の身体のどこかに触れていただければご案内いたします」

「そういやお前もできるっつったな?」

「はい。あれこれと説明するより、論より証拠、聞くよりもやってみた方が早いと思います」

「…分かった。それじゃあ俺を元の空間に戻してもらおうか」

 そう言うとカムゴの肩に手を置く。

「かしこまりました」

 そう返すと門に向かって歩き出し、ユウトもまたそれに続く。

 そして潜った時にはもう成願神社鳥居の前にいた。

「到着いたしました、大村様。……大村様?」

 返事がないことを不審に思い、優斗の方を見る。

 その優斗は固まったかのように微動だにしていなかったが、カムゴの呼びかけにより、我に返った。

「大丈夫ですか?」

「……トゥルチェと違って一瞬だったな。まるで場面が一瞬で切り替わったような…。瞬きする間もなかった…。ちょっと混乱っていうか、刺激が強かったな」

「申し訳ありません。しかし私はこれしかできないものですから…」

「ああ、わりぃ、別に責めてる訳じゃないんだ。ただ俺がダメだったってだけ」

「当然の反応だと思いますよ、私の場合なら。

トゥルチェはここと向こうをパイプのようなもので結び、そこを通させて移動させるのですが、私の場合、穴の流れをそのまま利用しているので速いのですが、その分負担も大きくなるのです。

同じ空間を移動するといっても、その方法は違いまして、私は穴の流れを使い、出入り口となるポイントから出入りしますので、いつでも、どこでも、どこからでも自由自在という訳にはいかないんです」

「だからさっきそんなようなことを言ってたのか」

「はい。そのポイントというのが力の噴出口でして、いくつか場所があり、ここもその一か所なんです」

 そう言って鳥居を見上げる。優斗もまた釣られるように見る。

 ここがそんなにすごい場所だとは思わなかったなぁ。

「ですからそのポイント間ならどこからでも出入りできます。もちろん私は選べますが」

「とりあえず安全なところから頼む」

 そう言うと周りの景色を見る。

 間違いなくここから来た。まだ明るいのでよく見える。

「あ、そういや俺初めて向こうに行ってこっちに戻ってきた時に、真っ暗になってたんだけどよ、時差っつーか時間の流れに差があったりするのか?」

 今まで忘れていた疑問を口に出してみる。

 そのせいでエライ目に遭った、は言わなくていいか。

「そうですね…。空間によって差があるので一概には言えないのですが、多少はあると思います。それはあの空間と比較した場合でも。ですがこちらが不利になるようなことにはならないのではないでしょうか。あなたのための空間が足枷になっては意味ないですから」

 いや、メチャクチャ不利になったけど!そのせいで大変だったんだけど!と心の中でツッコんでおく。

「もし必要であればその都度修正致しますが?」

「修正って?まさか時間を操るとでも言うのかよ」

「操るというか、誤差を修正する程度ならなんとか」

 なんだこいつは。空間は移動できるわ、色々知ってるわ、挙句の果てに時間は操作できるわ、一体どうなってんだ? 

 もう全部こいつ一人でいいんじゃないかな。

「そ、そうか。ならその時は頼む」

 やや引きつった笑みを浮かべる。

 こいつを敵に回したら、空間の一つや二つ平気で消しそうだ。とてもじゃないがそんなやつと争う気にはなれない。

 ヘタなことをやって怒らせない方がいいな、冗談じゃ済まない。

 誰だって命は惜しい。

 しかしそんなやつが協力してくれるというのだ。乗らない手はないだろう。自分は運がいいのか。

「ではご納得いただけたところで、これからどうします?ここにいますか?もしくは向こうに戻りますか?それとも新たな空間でも創造してみますか?」

「創造?んなことできねぇよ。あの時だって結局訳分からんかったし」

「0から1にするには膨大なエネルギーが必要ですが、1から2にはあまり力はいらないものです。

というのもオルトンパースはその領域にしか存在できないと言いましたが、逆に言えばその領域内ならいくらでも存在できるはずです。下地は整ってるんですから」

「……にしたってどのみち無理だ。やり方が分かんねぇ」

「確かに大村様だけなら難しいかもしれません。その時と同じことをやれと言っても中々できることではありませんからね。そこで私の出番です」

「お前の?」

「はい。私も多少の心得はあるのですが、一度も空間の創造に成功したことがないのです。ですが大村様の力と合わせればできるのではないかと」

「俺にそんな力があるとは思えないけどな…。で、俺がどうするって?」

「やり方はこうです。大村様は強い思念を発してください。その時点で領域内に何かしらの変化があるはずです。それを基にして私が創造します。

つまり大村様の思念を媒体に、私が手を加えるということです」

 なんだかドンドン訳の分からない方向へ進んでる気がする。しかし妙に落ち着いていた。

 ただキャパシティーオーバーになってるだけのような気もするが。

 それでもなぜかできる気がした。できるというかやってみようか、そう思う。

 そうなるとどうするか。同じような世界観ではつまらないから、せっかくだからがらりと変えた作品がいいな。

 さて何を参考にしようか。過去に見てきたものを一つずつ思い出すことはできないから、最近のになるか。

 しばらく考え込み結論を出す。

「お決まりになりましたか?」

「ああ、一応な」

「では始めましょうか」

 そう言うと鳥居に向けて手を伸ばす。

「もう一度申し上げますが、これは大村様がカギになります。大村様なくしては成立しないでしょう」

「責任重大だな。ま、何とかしてみる。それで俺は何をすればいい?」

「強く願ってください、そこのことを。自分がやるんだと思ってください」

 カムゴの言葉に頷くと、目を閉じて瞑想を始める。

 しばらくすると十分に高まってきたのか、カムゴが何やら呪文のようなものを唱え始める。

そして「ハァァァ!」自らの持つエネルギーを注ぎ込むと、鳥居の間にどこかの景色が映され、不思議な色の光が射出された。

 どのくらい時間が経ったか分からないが、カムゴに「もう目を開けていただいて結構です」と言われ、瞑想を止めた。

 目を開けると何事もなかったように、鳥居が鎮座していた。

「どうだったんだ?」

「…今までとは違う感覚でしたので、恐らく成功したと思いますが、確かめてみないことにはなんとも」

「そうか。なら行くか」

「……よろしいのですか?」

 ユウトがあまりにもあっさり言ったものだから、驚いて尋ねる。無事に辿り着けるか分からないから、先に行って様子を見てこい、と言われると思っていたからだ。それに、そうするのが通常だろう。

「お前が最終的にはやったっていってもよ、基は俺だから、失敗したとしてもそれは俺の思いが足りなかったってことだ。お前が気に病むことじゃないし、それに俺の空間だからよ、俺より先に行くなんて許さねぇぜ?」

 呆気にとられていたが、やがて笑みを浮かべると、

「…そうですね。では参りましょうか」

「頼むぜ」

 カムゴの肩に手を置き、共に鳥居の向こうに消えていった。

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