衝撃の一言
街を離れ、激戦が繰り広げられているであろう地へ向かう道中で何かに気づき、少し本来のルートを逸れて寄り道をした。そしてその場所のあまりの光景に思わず絶句する。
「…何だよ…これ…?」やっとの思いで出した声は唖然さと、言い知れぬ恐怖に満ちたものだった。
ユウトの眼には、人間がまるで落ち葉やゴミのように大量に転がっている光景が映っていた。
それを何の心構えもなしに見てしまったため、しばらくの間身動き一つできないでいた。
漫画の世界では決して珍しいとは言えないような光景も、いざそれが自分の前に、現実として起こるとあまりに凄惨すぎて頭が真っ白になる。
これが傍観者と当事者の違いか?自分は何て世界に来てしまったのだろう。ここまで恐ろしいものだったのか、ユウトは初めてこの世界に来たことを後悔した。
それもそうだろう、何せ数え切れないほどの人間が倒れているのだから。
これがマネキンだったとしても、心の準備ができていない状態でいきなり目撃しようものなら、間違いなく恐怖をするし、トラウマになっても可笑しくない。
それが本物の人間であればどうだろうか?最早言わずもがなであろう。
想像できるだろうか。今も世界のどこかで起こっている事件や自分には関係が無い、縁のないものと思っている出来事、サスペンスドラマや漫画やアニメの中で起こる様な事が実際に目の前に景色として広がっているのだ。思考が停止するのは当然だろう、気を失ったり、発狂したとしても不思議ではない。
そんな状況であるにも関わらず、何とか正気を保っていられるユウトは元いた世界の概念で捉えればいっそ異常とも言える。
ようやく冷静になり始めたのか、我に返って頭を振る。
正直レイラを助け出して手を叩いて万々歳!俺もお前も幸せハッピーエンド!というように短絡的というか、なんともおめでたい考えをしていた。だがそんなことは現実では起こりえない。
目的を果たすためには苦労だってするし、厳しい修行に耐えて着実に力をつけるだろう、こういった光景を目にする機会だってあるだろう。それらの過程をすっ飛ばして結果だけなどということは決してない。
すぐに明日や一年後が来るわけではない。移動だって一瞬ではできない。
実際には一秒、一分、一時間を過ごして生きて、一歩一歩歩いて辿り着く。これが当たり前なのだ。
漫画の世界とかそんなものは関係ない。ここにいる以上はこれが現実であり、自分のいた世界となんら変わらず存在している。もっとも場所や世界によっては重力が重い場合や縮尺もかなり短かったり、また思っている以上に遠かったりということもある。だが今までの印象としてはそういったことを感じることはなく、ユウトのいた世界と同じだ。違う所と言えば漫画やアニメ以外では見たことがないような街だろうか。しかしそれも当然と言えるだろう。
それはともかく何ら変わりがないということに今更ながら気づき、自分の認識の甘さが情けないやら、みっともないやらで何とも言えない気持ちになる。無意識の内にはしゃいでいて、そのことを失念したいたのか。そんなことを考えている時、ふとある言葉が頭に浮かぶ。
間違いは気づいた時に正せばいい、それが正しいと思うならそれが正しいと証明してみろ、間に合う内に手を打っておいて損はないのではないか?
なぜ今思い出したのかは分からない。教科書の一文だったかもしれないし、漫画で見たのかもしれない。あるいはそのどちらでもないのかも。真相は分からないがそんな事はどうでもいい。今はその言葉の意味がよく理解できた。
自分の認識が甘いと思うなら、この瞬間から入れ替えて正せばいい。
最後までそれに気づかない人間もいるのだ。ならば今気づいただけある程度マシではないか。
これからはここで起こり得る事と、自分のいた世界との差異を考え行動しなければならない。
この世界には望んで来たのだから、その世界のルールや環境に自分が対応していくしかないのだ。それは自らの意志を貫くためには仕方がない。
その事を肝に銘じて全体を、その光景を目に焼き付けるように眺め目を閉じ、息を一つ吐き出して再び歩き始めた。
次に立ち寄ったのはレイラがフォートとの激戦を制した場所だった。ここは先ほどとは違い寄り道ではなく、目的地までの通り道にあるので、自然と通ることになる。
再び周りを見渡すが先ほどまでの場所と同じような光景が広がっている。
だが今回は事前に見たこともあってかある程度覚悟はしてきた。そのおかげか頭の中が真っ白になるほど動揺することはなく、冷静に周りの状況を観察できた。
「しっかし凄いな…」この光景をレイラが一人で造りだしたのだろうか。
これ俺の助けいらないんじゃ…なんて事を考えるが、それはあくまで全快時であればの話だ。
これだけの事をやってのけて全く疲労がないなどと言うことは無い。たとえ一人でなかったとしても。
そんな状態では満足に戦うことなどできない。目の前ではないが死ぬ瞬間を見てしまっているのだ。
前回の時は途中で駆けつけたので死を回避することができたが、満身創痍で今にも倒れそうな状態だった。となれば今回も間違いなく同じ状態だろう。
ならばやはり俺がいるか…、と考え思わず頬が緩む。
だが次の瞬間、ドガァン!突如凄まじい爆発音が轟いた。
それにビクっ!と身を強張らせ「な、何だ!?」驚きと戸惑いを含んだような声で叫び、周りを急いで見回す。
そこまで遠くでない場所で煙が上がっているのが確認できた。
ドガァン!ドガァン!続いてもう二発、更にそれに続くように次々と爆発の数が増えていく。
しかも心なしか間隔が短くなり一度に二、三発、おまけにこちらに迫ってくるではないか。
「やっべ!」慌てて駆けだす。地面を吹き飛ばし、岩を破壊する轟音や爆風によって生じた熱風に焦りながらも、少しでも爆発の範囲内から逃れようと必死で足を動かす。
だが行く手を遮るように前方で爆発が起き思わず足を止めかけるが、すぐに向きを変えて走り出す。どうやらユウトを狙っているのではないらしい、かといって規則性があるわけでもない。最初に離れた場所、何十発目かにユウトの直ぐ傍とランダムのようだ。
「安全な場所はねぇのかよ…!うおっ!」すぐ後ろで爆発が起きた。岩の破片が降り注ぎ、爆発の余波を受けてしまいそうなほどすぐ後ろで。振り向いて背後の状況を確認したい衝動を必死に抑え込み尚も足を動かす。
逃げ場はないのか…!そう考えて辺りを見るとある場所が目に入る。そこは高台へ続く坂道の入り口だった。「あそこなら…!」その周りを必死に走って逃げていたユウトは、そこを視界に捉えると一目散に駆けてゆく。走っている最中に気づいたのだが、この周りの半径約10mだけ地形が変わっていなかった。
それはつまり爆発が起きていないことを示している。
「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」全力で走る。そこだけを見て。そんなユウトを追うように爆発も迫って来る。
「でやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」叫びながら身を投げ出し頭から突っ込む。その後のことなど考えていなかった。するとさっきまでいた場所を含む箇所が吹き飛ぶ。
「はぁ…!はぁ…!あ、危なかった…!」息も絶え絶えに何とかそれだけ言う。もう少し気づくのが遅れたら、あるいは走り出すのが遅かったら爆発に巻き込まれていたかもしれない。そうなっては生きていられる保証はない、むしろ死ぬ可能性の方が高い。
危うくユウトを巻き込みかけた爆発を最後に爆発は止まり、辺りに静寂が…訪れなかった。
焼け焦げた匂いや火薬の匂いが充満し、ブスブスと影響を受け、焦げた地面が音を上げ、爆発によって吹き飛ばされた岩や破片がガラガラと音を立てて落下していた。
先程の爆発からよく生き延びれたもんだ、そのことを今更ながらに実感して冷や汗が流れた。
戦場にいる以上いつ命を落とすか分からない。それは自分もそうだ。
主人公であるならばこういった突発的な事態やハプニングで命を落とすことはない。どころか重傷になることもない、いいとこかすり傷くらいだろう。
しかし自分は主人公、ましてや登場人物ですらない。本来存在するはずがない、存在してはいけないイレギュラーな存在だ。だからこそ、他の登場人物のように死に場所やイベントを強制的に決められることはなく、この世界の制約に縛られることなく好きなように動くことができる。
だがそれは言ってみれば無法者のようで、好きに生きるということはその全てを自分で決められるという利点はあるが、ルールによって守られないため、例えばそこらの野盗に襲われれば重傷を負い、場合によっては死ぬこともある。
それが行動が決められた者で、後に死ぬことが決まっている人物は必ずその時が時が来るまで何があっても生き残るのである。それは最後まで死なない人間も同じだ。危機的状況にはなるが自分は決して死なない。
そのどちらにも利点はあり難点はある。しかしこの世界の住人はそれを知らない。それを知っているのは現在ここにいるユウトだけである。だからと言って何をするわけでもないが。
「こりゃ…、思ったよりキツそうだな…」落ち着き払った声で呟く。なぜそんなに落ち着いていられるのだろうか。普通であれば九死に一生を得たばかりなので放心状態になるだろう。死がそこまで迫っていたのだから。自分が望んだわけでもなく、突然に。動けなくなっても可笑しくないレベルだ。
そうならなかったのは、腰に差した一対の剣のおかげで内なる自分に目覚めたからか、それとも必ず助け出すという強い信念が突き動かしているからなのか。
はたまたそのどちらでもなくこの世界に順応してきて、この世界観に合うような人間になってきたからなのか。あるいはその全てか―――。
その答えは今のユウトでは分からない。そしてそれは今考えることではない。今やらなければならないことはただ一つ。
「…急ぐか。思ったよりやばいかもしれん」服に着いたほこりを払って急ぎ足で坂道を上り始めた。
もうすぐ終わりを迎えてしまうという恐怖を振り切るように。
「ハァ…!ハァ…!くそ!どこまで続くんだよ!」目の前にどこまでも続くような坂道を息を切らせ、恨めしげに睨みながら駆けあがる。
最初に見た感じではそこまで高くないように思えたが、実際は見た目よりもかなり高くに位置している。
となれば当然そこへ続く道も長くなる。そのことに走って初めて気づいたユウトは内心舌打ちする。
(早く…!早くしねぇと!)はやる気持ちに呼応するように更にスピードを上げる。
直ぐには気づかなかったがあの爆発が起きたということは間もなく全てが終わってしまう。ということだ。ここまで来て間に合わなかったなんてごめんだ。それじゃ何の為に来たのか分からん。
とにかく一刻も早く着かないと…!
その時上から誰かが叫ぶような声が聞こえた。
「まずいっ!」それを聞くや否や更に速度を上げる。早くしないと本当にまずい!早く終われよ!
その祈りが通じたのか、どこまでも続くかと思われた坂道は終わり、頂上の光景が眼に飛び込んできた。
なんとレイラが駆けだしているではないか。走った勢いそのままに飛び出し、彼女の元へ駆け出す。その眼にはレイラとムウダしか映っていなかった。
腰に差した片方の剣を抜いて、もう少しで接触しそうになるレイラを抱きすくめ、その眼光を一瞬光らせ、銀色の刃を今にも爆発しそうに輝いている体へ突き刺した。
ムウダは何が起こったのか分からずパチクリと瞬かせた後、自身の胸に深々と突き刺さっている剣を見た。すると徐々に痛みを認識し始め、それに堪えきれずに血を吐き出す。
その様子を見た後、手元へ視線を落とし、自分が抱えている人物…レイラを見る。かなり際どかったが何とか間に合ったようだ。手から伝わる重みに人知れず安堵する。
「な、何者…テメェ…」途切れ途切れに言われた言葉を聞き、視線を目の前の男に戻す。
「名乗る程のモンじゃねぇが、一応名乗っておくか。俺はユウト、異界者って呼んでくれてもいいぜ」
不敵に笑って名を告げた。
「お、お前…」ゆるゆると目を見開いて、停止した思考で何とか状況を把握しようとする。
ここに来るまでに会った正体不明の謎の少年、それが今ここにいる。
なぜ?と言う疑問が浮かぶよりも早く、自分はその少年に抱えられていることに気づく。
「危なかったな」ここまで全力で走ってきたのでかなり息が上がっていたが、それを悟られないように無理やり鎮める。余裕の表情を浮かべ、何てことはないと言うような表情で振る舞う。単なるかっこつけだ。
「大丈夫か?もう少しで死んでたぜ?奴諸共」その言葉でレイラはようやく自分は助けられたのだと気づく。死の淵から。
「あ、ああ…。と言うかいつまでこのままでいるつもりだ!早く下ろせ!」ハッと今の状態に気づき、もう大丈夫だから早く下ろせとアピールする。確かにそう言うのも無理はない。現在はサイドバッグのように小脇に抱える体勢になっているのだ。このままの方が良いなんて言う方が稀だ。
とはいっても、その状態でなければ止めることができなかったので、ユウトに非があるわけでもないのだが。
それに苦笑しながら、何か言う気力ぐらいは残っていたかと内心思いながら右手を剣から放し
「はいはい、じゃあ下ろすぜ」ゆっくりとその身を労わるように足を着けさせ、上体をしっかり支えながら座らせる。
「すまない、助かった」
「良いってことよ。だから言ったろ?お前が死んだらどうするって」
「…あれは冗談ではなかったんだな」
「まぁな。それに見て見ろほら」と視線を上げる。釣られるようにレイラも後ろを見る。
「あいつらの青ざめた顔。ありゃお前が死んだと思ってた恐怖によるものだな。それでよく大丈夫なんて言えたもんだ」
「…そうだな」
「自分をもっと大事にしろ。自分が自分を大事にしないでどうするんだ。そんなんじゃ救えるもんも救えなくなる。できることもできなくなる」
「…そうだな。どうやら私は思い込みをしていたようだ…。知らない内に自分の考えを押し付けて、あいつらが理解してると勝手に思っていた。…申し訳が立たないな」
「それに気づけただけ上等だろ」ニヤッと笑って視線を前にもどす。
「俺はこいつにちょっと用があるんでな、下がっとけ。てか歩けるか?」
「ばかにするな。そのぐらい…うっ!」立ち上がろうとするが、上手く力が入らずに再びしゃがみ込む。
「あ~ほら、言わんこっちゃねぇ。とっくに限界超えてんだからそうなるに決まってんだろ。無理して強がるな」
「…すまない」
「困った時に素直に助けを乞うことも、差しのべられた手を掴むことも強さなんだぜ?」
「…そうだな」その言葉には頷くしかない。その様子を満足げに見ると再び視線を戻し、眼光を鋭くする。
「ってことでお前は少し寝てろ」プラプラと腕を振って、抵抗する気力もない無防備な腹部へ思いっきり拳を叩きこむ。
「グハァ!」呻いた後、ユウトの方へ倒れこむ。
「お前何してんだ!」攻撃の直後思わずレイラが怒鳴るが、それに一瞥を加えることもなくムウダを受け止めて、レイラから少し離れた所に横たわらせる。
「心配いらん。もう爆発はしねぇよ」レイラの懸念を払拭するように言う。いや、先ほどのレイラの言葉に対する答えだ。
「え?」
「剣が刺さってるだろ?あそこで伝達を切断した。今のこいつは導火線を切られた不発弾、いや、爆発し損なったガラクタだ。その機能はもう失われている」
「そう…なのか…?」
「ああ」と説明しながらもてきぱきと手当をしていく。
「つっても応急処置程度だけどな」ユウトの行動を物珍しげに眺めていたレイラの視線に気づき答える。
「なぜそんなことを?」
「起きたらゆっくり話を聞かせてもらおうと思ってよ。あのままじゃ喋ることもままならない。だったら話ができるぐらいには回復させないとな」
「話とはなんだ?」当然の疑問をぶつけるが、まぁ追々な、とはぐらかす。
それに納得のいかない表情をするが、何か思いついたように声を上げる。
「私にできることはないか?助けてもらった恩返しがしたい」
「だったら簡単に命を投げ出すようなことはしないでくれ。それで充分だ」それに言葉を詰まらせながらも「そういうことじゃないんだが…」と呟くがその言い分が分からないほどバカではないので「…分かった」と頷く。だがもちろんレイラの言いたいことはそうじゃないので「な、ならフラッツに協力してもらおう!あいつは医療の心得があるから、きっとお前の力になる」真意を伝えようとする。
「フラッツ…ねぇ…」
「ああ、あの金髪の背の高い男だ」治療の手を止め顔を上げて見るが、すぐに再開する。
漫画で見るなら仲間思いの良い奴という感じだったが、今ユウトの中ではやたらと突っかかってきたあの迷惑な奴という印象に書き換わっていた。
あの状況では仕方がなかったとはいえ、いくらなんでもヒド過ぎじゃないだろうか。正直好きになれないなと内心呟く。その様子に気づくことなくレイラは続ける。
「私たちもよく世話になってる。おまけに腕も良いから本当に助かってるよ」
「でもよ」それを遮るように言う。
「頼まれたところで敵の手当てをするとは思えないんだけど?」
「……あ」それで初めて気づいたと言うような声を出す。
「倒すべき敵を倒さずに、わざわざ生かすような真似をするとは思えんよ。少なくとも俺だったらやらんな。どれだけ頼まれても」
「だったら何でお前はやってるんだ?おかしいじゃないか」
「まぁな。でも俺にとってこいつは倒すべき敵でも何でもない。死のうが生きようがどうでもいいしな。それにさっきも言ったと思うがこいつから情報を訊き出したいから生かす、そのために手当てしてる。ただそれだけさ」
「そ、そういえばそうだったな…。で、その情報とは?」
「これからの戦いを有利に進めていくために必要なこと…、とでも言っておこうか。まぁそれはともかく医療キャラはいると確かに便利だな」
「は?何の話だ?」
「いや、何でも?と、一応これで一通りは終わったな」手当てに使った道具を片づけ始める。大方片づけた後、ムウダから抜いた剣を一度払って鞘に戻す。
「ほれ、さっさと戻ってやれ。あいつら全員お前の事を心配してるんだよ」
「…ならこちらに来ればいいじゃないか。その方が正確に様子が分かるだろうに」
「正体の分からん奴が近くにいるのにむやみに近づくわきゃねぇだろ。多分俺の対処をどうするか相談しあってるんじゃないか?それに見ろあれ、警戒ビンビンだぞ」
「…確かにそうだな。だがあいつらが来ようと来まいと私はここにいてその話を聞くぞ」
「駄目だ。お前に見せれるほどきれいなもんじゃねぇから」
「私を馬鹿にするな。そんなものもう何度も見てきた。今更どうってことはない」
「とにかく駄目だ。お前だって女の子なんだから、こういうのは男の俺に任せておけばいいの。心配しなくてもきちんと言うから」
「女だからといって甘く見るなよ。お前が何と言おうと私はここにいる」
ググー!っとお互い睨み合い、膠着状態が続く。だがそれは長くは続かずユウトの行動で終わりを迎える。
「だー!とにかく駄目だ!ほら、向こう行って大人しく心配されてろ!」
「ふぁ!?ちょ!?おまっ!止めろ!」
「これでどうだ」誇らしげな表情をするユウトの腕にはレイラが乗っていた。所謂お姫様抱っこっだ。
「や、止めろ!下ろせ!」もちろん抵抗するが、それを歯牙にもかけずにレイラを見て、真剣な声音で語りかける。
「いいから大人しくしてろ。目立つ怪我が無いとはいえ無理は禁物だ。これが嫌なら少しでも早くこの時間が終わるように協力しろ。自分の為だと思ってな」
その言葉にピタリと動きを止め、ユウトを見る。これも自分を思ってのことだったのか。
確かにこの格好は恥ずかしい、だがそういう思いがあるのなら自然と受け入れられた。
「…分かった、頼む…」
「素直にそう言えばいいんだよ」腕の中で頬を赤らめるレイラを満足げな笑みを浮かべて見ると、彼女の仲間たちの元へ向かう。
「なぁ、俺が前に言った事覚えてるか?」彼らの元へ向かう道中不意に尋ねる。そこまで距離があるとは言えないが、この話をするぐらいなら充分だと判断して続ける。
「…何のことだ?」腕の中のレイラはやはり恥ずかしいからか、顔を背けたまま答える。
「お前の思いが一方通行じゃないといいなって話」
「………ああ」ようやく合点がいったのか一つ頷く。
「あの表情を見てよくそんなこと言えたもんだな」苦笑しなが言う。
「……そうだな。お前の言う通り一方通行だったようだ…」
「人は思っているほど強くないんだ。だからちょっとしたことで心が乱れ、自分の思ったパフォーマンスが発揮できない。それをこいつはこういう奴だと勝手に決めつけられるのは迷惑以外の何物でもない。知っているようで知らないことなんて山ほどある。
たとえ長い時を共に過ごしてもそいつのことが全て分かる訳じゃない。そいつはそいつであってお前はお前なんだから。だからっていう訳じゃないが、そこまで気にすることはねぇよ。今回でそれに気づけた、それでいいじゃねぇか。お前がこれから気を付ければいい話なんだからな」
「…そうだな」
「大切な仲間なんだろ?なら大事にしな」そんなことを言われるとは思わなかったからか一瞬驚いた表情をする。そしてその言葉の意味を考えチラリと視線をユウトに向けて「…そうだな」と小さく呟いた。
「すまないな、ウチの者が世話になった」真っ先に歩み寄ってきた二人に話しかけたのはフラッツだった。いや、二人というよりは主にレイラ一人にと言った方が正しいか。
だが油断ならないが一応は仲間の命を救ってくれた相手ということで最低限の礼儀はわきまえて応対するが、その声音はぶっきらぼうと言うか嫌々なように聞こえる。視線も射るように鋭くはないものの、正体がはっきりしないユウトに対してかなりの警戒心を持っている。
「後はこちらに任せてもらおう」
「そうだな、せっかくお仲間がいるんだから任せるとしますか。ほら、大丈夫か?」ゆっくり支えながら下ろす、だが余程体を酷使したのだろう、上手く力が入らないようで倒れそうになってしまう。
慌てて抱きしめるように支える。
「誰でもいいからレイラを頼む」とは言ったが、あえて目の前のフラッツではなく、やや後ろに控えていたルーギとカレンに声を掛ける。
二人は顔を見合わせて自分たちが呼ばれたのかと互いに確認すると、恐る恐るユウトに近づく。
ユウトが支えている間にルーギが片方の肩を支え、離れるとカレンがもう片方を支えユウトから任される。託された二人はレイラを気遣いながらも、助け出してくれた感謝を伝える。それになんてことはない、というように何度か手を振る。
「じゃあなレイラ。また後で」片手を挙げて踵を返し、ムウダの元へ戻るその背中に小さく「あぁ…」と呟いた。
「大丈夫か?何ともないか?あいつに何かされてないか?」ユウトが離れた途端、フラッツが矢継ぎ早に質問して詰め寄る。
それに少々引き気味になるが「だ、大丈夫だ。別に何ともない。ただちょっと疲れただけだ」別に嘘を言う必要もないので本当の事を言う。それを聞いて安堵の表情を浮かべると「良かった…」擦れた声で呟きレイラを抱きしめる。
「なっ!?止めろ!離せ!」それにユウトが抱きかかえた時の比ではないほど激しく抵抗する。
「ちょっと暴れないで!支えられないでしょ!?」
「フラッツ!気持ちは分かるが一旦離れてくれ!このままじゃ俺たちも危ない」傍にいた二人は当然巻き込まれるが、必死に制止の声を掛ける。それに渋々ではあるがようやく離した。
「すまなかった…、俺たちが不甲斐無いばかりに危うくお前を死なせるところだった…」
「そうだな…、すまん!俺がしっかり止めを刺しておけば…!」
「別にいい。結果的に私は無事だったんだから。でもなルーギ、そう思うのなら今度からはしっかりやってくれ。いつも誰かが助けてくれるとは限らないんだから」
「あぁ…分かった…」そんな会話をしながら少し離れた所に腰を下ろす。レイラの無事を改めて確認するとようやく全員の表情が和らぐ。するとカレンがふと何か思い出したようにレイラに尋ねる。
「そう言えばさレイラ、あの人は誰なの?」その台詞にどんどん自分たちから離れていくユウトの背中を見る。
「うん?そうだな…。私の命の恩人だな」100点満点の答えだと言わんばかりの満足げな笑みを浮かべる。
「いや…そうじゃなくて…」
「あいつがどこの誰だと訊いているんだ。お前の知り合いか?やけに馴れ馴れし…親し気だったが」カレンの台詞を遮るようにフラッツが言う。
「いや、正直私もよく分からない。お前と合流する前に初めて会ったんだから」
「…は?」
「それなのに随分親しそうだったじゃない。何で?」
「そう言われてもな…」少し考えた後「強いて言えば波長が合う…とでも言えばいいのかな?」
「波長が合う?」
「ああ、上手く説明できないけどそれが一番良い気がする。初対面でお互いの事が全然分かってないのにおかしな話とは分かってるけどな」
「そういうものなんじゃない?しばらく一緒に行動することで気づく事だってあれば、いきなりの場合だってあると思うし。不思議な事じゃないと思うよ。ただ珍しいとは思うけど」
「そうだな。誰でもそういう人はいると思う。私の場合あいつだったってことなんだろうけど」
「初対面でだもんねぇ~。運命みたいなの感じる?」カレンが少しからかうような口調で言う。それにピクリと眉を動かすフラッツ。
「かもな」それに微笑を浮かべ答える。
「だが…不思議な奴だよ」
「え?」
「何がだ?」不意に呟かれた言葉を聞きのがしたカレンに対し、しっかりと聞き取ったフラッツ。それぞれに応えるように続ける。
「ああ、最初に会った時は一般人みたいにおよそ戦場に似つかわしくない雰囲気だったんだ。おかしなことをやってたから変わった奴だなぐらいに思っててな。
だがあの剣を手に取った瞬間か?まるで人が変わったかのような立ち振る舞いになってな、本当に別人が現れたのかと思ったよ」
「…そんなに?」
「ああ、戦場こそ俺の居場所だみたいな雰囲気が漂っててな。正直かなり驚いた」
「剣を手にしたら性格が変わるってこと?」
「それはどうかは分からないがな。後、気になったところと言えば…、未来が分かるのかな?」
「え?未来が?」
「ああ、仮定の話だけどって感じで前置きされて、ここで死んだらどうする?って聞かれたんだ。その時は大して気にしてなかったんだが、…今にして思えば予期していたのかもな」
「お前がここで死ぬことを…か?」
「ああ、忠告されたにも関わらずそれを無駄にしてしまった。その上、そんな私を助けてくれた。感謝以外の言葉が見つからない」
「忠告されたって思えたのは今なんだろ?その時は気づかなかったんだからしょうがない。別に気にすることは無い」
「そうか…。まぁ何にせよ、信用できるんじゃないか?少なくとも私はそうだ」レイラの言葉に一同は再びユウトを見る。
ただ一人、フラッツだけは油断ならない相手を睨むような視線を向けていた。
「おい、起きろ。さっきから意識があるのは知ってるんだ」地面に仰向けに倒れているムウダに向かって威圧的に声を掛ける。その声に応じるかのようにゆるゆると瞼を開けてユウトを見る。
「ったくどこのカップルだよ。人の前で散々見せつけてくれやがって。あれじゃ起きるに起きれねぇじゃねぇか」
「そいつはすまなかったな。心遣い痛み入るよ」全く悪びれた様子を見せず、謝罪とは思えぬ口調で言う。
「さて、どういうつもりだ?放っておいても死んだ俺をわざわざ手当てまでして生かすなんざ」
「お前も分かってるんだろ?やろうと思えばいつでも止めを刺せたはずなのに、敢えてそうしなかった訳を」
「………ああ。俺から情報を訊き出そうって魂胆だろ?悪いがお前に話すことは何もないぜ?」
長い沈黙の後の言葉は想像通りのものだった。
前回はここで暴力に訴えていたのだが、その後の彼らの自分に対する心象があまりに悪かった事を思い出し、別の方法を執る事にする。
「そう言うと思ったぜ。だがお前から訊き出すつもりはない。俺の知ってる情報が合ってるか訊くだけだ。言ってみれば答え合わせだな」
「…それに答えるつもりはないと言ったら?」
「別にどうもしねぇよ。ただお前は命を助けてもらった恩人を蔑ろにした最低人間、恩を仇で返す人でなしだと世界中に、後世に長く語り継がれるようになるだけさ」
「なっ…!」
「大した事じゃないだろ?お前らの組織がガーマに屈服させられたことに比べれば」
「お前…どうしてそれを…!」
「あ、でもそうなると大変だな。生き残りがいた場合、そんな奴がリーダーの組織にいたって事がバレた日にゃ、もう生きていけないんじゃないか?
もしくはお前が新しく作ることになった場合とか。メンバー誰も集まらないで一人で活動することになるかもな!でもそれはそれでいいかもな…。何せ人でなしの最低野郎ですって直にアピールできるんだからな!」
「ぐ…!お前最低だな…!」
「お前にだけは言われたくねぇーんだけど…」先ほどの口調とは打って変わって冷やかな侮蔑の声を出す。それに思わず強張る。
「お前が素直に言ってくれれば今のは全部なくなるんだからよ。全てはお前の返答次第だぜ?リーダーさん?」敢えてリーダーと言うことで、ムウダの中にあるリーダーとしての想いを刺激し、こちらの要求を飲ませようとする。
「死してなお恥を晒すか…、それとも人として最低限の礼節はわきまえるか…」
「く…!」ユウトから視線を外し、考える素振りを見せる。
恐らく仲間たちの事を考えているのだろうと予想する。こいつは悪とは言わないまでも、決して善とは言えない組織のリーダーで、仲間を大事にしている。自分だけなら決して口を割らないだろうが、仲間が関わってくればある程度のことは話さざるを得ないのではないか。そこに目をつけて今回の作戦に出た。人質と言えば聞こえは悪いが、交渉材料としてはこれ以上の物もないだろう。だがこれが成功しなかったからといって、特に問題があるわけではない。
もちろん知ることができれば自分の持っている情報に確実性がもたらされ、安心感を得られるメリットはある。だがその程度だ。言われなければ言われないで何か不都合が生じるでも、支障がでるわけでもない。いずれ分かる事なのだからそこまでこだわる必要もない。その事を考え実行に踏み切った。どちらにせよ損はしない。
長い沈黙の後、息を一つ吐き出す。
「シンキングタイムは終わったのかい?」それは思考終了の合図だと判断したユウトは少しおどけるように言う。
「…まぁな」
「んじゃ聞かせてもらいましょうか?その答えを」そこから少し黙るが、やがて意を決したように「…分かった」と呟いた。
その返事はしっかりユウトの耳に届いていたが敢えて聞こえないふりをして、意地の悪い笑みを浮かべてニヤニヤしながら嫌味ったらしく訊きかえす。
「ん~?今何て言った?よく聞こえなかったからさぁ~、もう一回大きな声で頼むよ」
「っ!テメェ…!さっきの聞こえてただろ…!」ユウトを睨みつけながら言うが、そんなのまるで効果ないぜ、と言わんばかりの視線を向ける。
「いいや?何て言ったのかはよく分からなかったぜ?この俺の優秀な耳を持ってしても聞き取れないなんてやるじゃねぇか。ほれ、もう一度」
「くっ…!」悔しそうに顔を歪めるが、観念したように先ほどよりも音量を上げて言う。
「…分かった。俺の口から言う訳にはいかないが、答え合わせぐらいなら付き合ってやる。ただ、信じる信じないはお前次第だ」
「ありがとよ。そう言ってくれると思ってたぜ」ニヤっと笑いながらムウダの傍らに腰を下ろす。
「んじゃ早速始めようか。まずは…ボスとアジトについて…かな?
ボスの居所は不明、いくつもある隠れ家を転々としてる…そうか?」
「ああ。正確にはそう言われてるってだけだ。俺たちも本当のところは知らん」
「なるほど。次にアジトだが、ガーマという一つの組織としてなら存在している…か?」
「ああ。さっきも言ったがなぜお前が?」
「詳しい事は言えないんだけど、まぁこう見えても色々情報網持ってんのよ、オレ」実はこの先の展開も知ってます、と言いたかったがそれは堪える。こう言えばこれ以上追及されることはないだろう。
「ただ俺らの言うようなガーマのアジトは無い」
「…そうだ。よく勘違いされるんだが、あくまでガーマは一個人が指揮する一つの組織の事で、お前らの言うガーマは括りの事だ」
「その中にお前らのような色々な組織が存在している、それらを総称してガーマと呼ばれ広く認知されているって感じか」
「ああ。とは言ってもこれは極秘事項でも何でもないが、知ってる奴は珍しいってところだな」
「そうなのか?」
「まぁな。そして傘下に加えられたと言っても、実際指示らしい指示を受けたことは無い。むしろ今まで通りに好きにしろとのお達しだ。その中でも素直に従っているものや、表面上従ってるように見せているもの、表だって従わないものなど様々だ」
「へぇ~、色々何だな」
「まぁな。恐らく奴らは全ての組織を傘下に加えるために形上とはいえ、そうしてるんだろう。
規模が大きくなればそれに伴い知名度も上がる、そうすれば労せず戦力を確保できるって寸法だ。
ムカつくが考えられたもんだ」
「と言っても素直に傘下に入る連中ばっかじゃねぇだろ?」
「まぁな。そういう奴らは徹底抗戦で、最期まで戦う。俺たちもそうだった」
「で、結果はボロ負けだったと」
「おまけに負傷者は多数だったが死者は一人もいねぇ。ゼロだ。いつでもお前らなんぞ潰せるから大人しく従った方が身のためだぜ?と言われた気がしたな」目を微かに細める。その時の事を思い出しているのだろう。その姿をしばし眺めた後、ユウトも考える。
答え合わせという名目で自分の持っている情報が正しいのかどうか確かめた。結果は全問正解、原作通りで特に変化はなかった。
訊き方を変えたので、あの時とは違う答え方になっていた部分はあったが、言い方だけが違っているので内容に変わりはない。
もちろんムウダの言う事が嘘である可能性もある。しかしこの場で嘘を吐く意味はなく、また必要もない。
嘘を吐くと言うことは何か隠したいことがある時や、違う方向に目を向けさせたい時など、何かしら自分にとってメリットがある場合だ。しかし今は、その事実を隠匿することで得られる恩恵はない。
当時の事を語る口調は苦々しげで、表情は悔しげで、全身で気に入らないと言っているように感じた。
街に出現すればガーマとしてしか認識されない。しかし自分たちには本当の名がある
だがそれを名乗ることは許されない。全てはあの時敗北したが為に。
奴らを倒し、忌まわしきガーマの名から解放されたい、しかし今の自分たちにその力はまだない。だからと言って自分を倒した相手に直接そんなことを頼めるはずもない。
だからなのか、口には出さないが、倒してほしいと言外に伝えて真実を話してくれたのではないか。
つまり嘘は吐いていないとユウトは考える。やがて思考の海から出るとフッと笑う。
「なるほどな。取りあえず俺の知ってる情報が正しいことが分かって安心したぜ」
「…どうだろうな?俺は捻くれ者だから本当の事を言ったとは限らないぜ?」
「そうかい、なら参考程度に留めておこう。んじゃ俺は行く、またどこかで会おうや」立ち上がりながら話し、踵を返し歩き出そうとする背中に声をかける。
「おい」それに反応して立ち止まるが、振り向くことなく尋ねる。
「どうした?」
「…お前が強いのは分かった。だがあれは俺が動けないでいた隙を突いて、勝利を横から掻っ攫ったに過ぎないことを忘れるなよ。全快の万全の状態なら、お前も吹き飛ばしていたからな」
「負け惜しみは戦士として0点だぜ?どんな状況状態、手段を用いたとしても勝ちは勝ち。お前は負けた。ただそれだけだ。生かされたことに感謝しろよ」
「…ふん。いずれその事を後悔させてやるよ。今、この場で俺に止めを刺さずに生かしたテメェの甘さをな。その時には殺してやるから安心しろ」
「やれるもんならやってみな。その時も返り討ちにしてやるよ」片手を挙げて何度か左右に振りながら去って行く。その背中をしばらく眺めて「…気に入らねぇな」と呟いて空を見る。そして静かに目を閉じた。
こちらを遠巻きに見る四人の元へ向かう。その表情は得たいの知れない『何か』を見るように警戒をあらわにしている。…レイラ以外は。
ま、当然だろうな。何者か分からない奴が突然自分たちの前に現れれば警戒するなと言う方が無理な話だ。おまけにそいつは自分たちより強い。敵か味方か分からないので、隙を見せればあっという間に殺されてしまうという恐怖もあるのだろう。
ガーマの一味であるムウダを倒し、レイラを助けたといってもそれだけで信用は得られないだろう。
敵対勢力がガーマの戦力を削ぐためにムウダを倒し、奴らにとって邪魔者であるレイラを助け今後も殲滅に従事してもらいたい、しかし協力はせずあくまで同業者という立場で、という風にかなり無理なこじつけではあるが説明できないこともない。そう捉えられてしまったのなら、今後やりにくくなることは明白なのだが。
自分がムウダと話をしてる間、質問攻めされたであろうレイラに申し訳なさで一杯になる。
あの中で唯一面識があるのはレイラだけなのだから。そのレイラも俺のことはほとんど分かっていない。まだ名前すら教えてないのだ。相当説明が大変だっただろうと思う。
今まででレイラが感じた印象を予想してみる。やたらこの戦いについて知っている、かなり強そうだということ、下手したら二重人格者、後は未来予知者だろうか。
…ますます不信がられる情報だなぁと内心ごちる
つーか何でフラッツはあんなに俺を睨む?他の二人の三割増しぐらいの迫力だぞ。
そういや最初に話した時もどこか冷めた、というか一線引いてる感じだったなぁ。警戒してるから当然と言えば当然か。前回は仕方がなかったとしても今回はまだ何もしてないぞ?確かに不審がられるのはしょうがないと思うが、もうちょっと愛想良くてもいいんじゃね?と思うが決して表情には出さずに、あくまで平静を装う。
「どうだったんだ?」足元はまだおぼつかないながらも、自分の足で立てるようになったレイラがまずユウトを出迎える。
「おや?もうお体の方はよろしいのですが?お姫様?」
「っ!止めろ!何とか自力で歩けるぐらいまでは…」
「そりゃ結構」くっくっくと、喉を鳴らしながら愉快そうに笑う。それを悔しそうに見るが助けられた手前あまり強くは言えない。何より自分の身を案じてのことだったのだから。
「お話の最中悪いんだが」そんな二人の間にフラッツが割って入る。
「君は一体何者だ?」ユウトに恐らくこの場にいる全員が知りたいであろうことを訊く。
しかしその声音は変わらず淡々としていて、お前と慣れ合うつもりはない、と言われているように感じた。その質問に今気づいた言わんばかりにああ、と頷く。
「そういや自己紹介がまだだったな。俺はユウト、当てもなくあっちこっちふらふらしてるさすらいの旅人さ」それを聞き後ろの二人はそうなんだ、と言うような表情を浮かべて少し緊張を解いたように見えた。多少なりとも情報が明らかになったのだから分からないでもない。
言ってから気づいたのだが、よくこんなにすんなり嘘が吐けたものだと思う。しかもよくよく考えてみれば内容はかなり胡散臭い。元いた世界でそんなことを言っていたら余計に怪しまれ警戒心を生ませ、もしかしたら警察のご厄介になっていたかもしれない。
しかしこの世界ではそんな人間も珍しくない。だからこそ、そう言ったのだが。こうもすんなり信じてもらえると逆に不安になる。こんなのが通じるんだから世も末だなと思うが口には出さないでおく。
「それでお前らは?」
「…え?」
「おいおい、人にだけ言わせといて自分たちは話さないってどうなの?俺だってお前らの事知らないんだから自己紹介ぐらいしてくれてもいいだろ?それとも、できない理由でもあるのか?」
いきなり肝心な内容を抜かされて尋ねられたのでそれは何だと言いかけるが、続くユウトの台詞で納得する。が、少しカチンとくる言い方だった。
ユウトとフラッツの間に不穏な空気が流れているのを感じ取ったのか、それとも両者とも少なからず知っているからか、レイラが入り取り持つ。
「そ、そうだな。それじゃあ改めて私はレイラ、こいつはフラッツ、後ろにいる男の方がルーギ、その隣がカレンだ」二人は紹介されるとそれぞれ軽く会釈する。ユウトも釣られるように会釈をする。
「なるほど、取りあえずよろしく」
「こちらこそ、改めて礼を言わせてくれ。助かったよ、お前がいなければ私は死んでいた」
「だろうな。ま、そう思うんなら今度からあまり無茶をしないでくれ。君たちも頼むよ、あれ見る限りじゃ今までも結構無茶してきたんだろ?」ユウトの台詞に同意するように頷く。
「まぁな。だがお前に頼まれるようなことじゃない。それは仲間である俺たちの義務であり責任だ」
「…その言い方だとまるで私が子供みたいなんだが…?」
「大して変わらんだろ。分別のつかない子供なら仕方がないが、分かってやってる分お前の方がたちが悪い。少しは俺たち身のもなってくれ、寿命が縮むぞ」
「くっ…!」それには反論できないのか悔しげに顔を背けた。
「ま、それはお前らにも原因はあるんだけどな…」ポツリと聞こえるか聞こえないかぐらいの声量で呟くが、それに目敏く反応する。
「何か言ったか?」
「いや?何でも」とはぐらかす。
「それはそうと、そろそろ聞かせてもらってもいいか?お前が奴から聞いた話を」
「ん?ああ、そうだな」
「何のことだ?」二人が何の話をしてるか分からずレイラに尋ねる。
「奴から今後の私たちに関わる重要な話を訊き出すから、と言われてな。まさか訊き出せませんでした、何てことは無いよな?何せ私を無理矢理追い払ったんだからなぁ?」少々凄味を効かせてユウトを威圧する。それに若干たじろぎながらも「ま、まぁ、最終的に信じる信じない、どう捉えるかはお前ら次第だけどな」とムウダの台詞のようなことを言う。
「そ、そうか。なら是非聞かせてくれ」それまで後ろに控えていたルーギが遠慮がちに入って来る。
「もちろんだ。ちょっと長くなるかもしれないから適当に座るか」その場を見渡して、なるべく平坦な場所を見つけるとそこに向かって歩き出す。後を追うように四人も歩き出し、先に座ったユウトを中心にそれぞれ腰を下ろす。ちなみに並び順はユウト、レイラ、フラッツ、ルーギ、カレンである。
「さて、どこから話したものか…」自分の知りえる情報を精査して、優先順位を決めて何から話すか決めようとするが中々上手くいかず、う~ん…、と首を捻って唸り始める。元々人に何か説明するのは得意ではないのだ。ぶっちゃけ苦手だ。単語を何の脈絡もなく出したり、順番など関係なしに喋りたいように喋るのであれば別にいいのだが。相手が知らないことを説明するのは思っているより難しい。どうすれば分かりやすいだろうかとか、話す内容の順番はどうしようとか色々考えてしまう。顔見知りであればあまり問題はないのだろうが、面識がほとんどなく、さっき初めて自己紹介を互いにしたばかりなのだから顔見知りですらない。完全に初めまして状態である。
ここまで何とか上手くいっているのに、不用意な発言をして台無しにはしたくない。だからと言っていつまでもこうしているわけにはいかない。再度唸り始めたユウトを見かねてレイラが助け舟を出す。
「そんなに話すことが躊躇われることなのか?」
「いや…そういう訳じゃないんだが…。なるべく分かりやすいように話そうと思っててな?そう考えたら何から話したものかと」
「別に気にしなくていいぞ?こちらも最大限努力して理解するようにするから。な?」と三人を見る。ルーギとカレンはもちろんと言うように頷くが、フラッツだけは無反応で探る様な視線を向けたままだった。しかしそれには気づかずに続ける。
「だから余計なことは考えずに、最初から話してくれ。お前の話したいようで良いから」
「そうか…それが一番良いか…」レイラの言葉に納得したように頷くと、言葉を選びながら慎重に話し始めた。
ユウトが話をしている間四人は質問することも、騒ぎ立てることもなく黙って聞いていた。時折声を上げたり、ピクッと体を動かすなどの反応はするが、気にするほどのことでもないのでスルーする。
むしろ訊きたいことがあるだろうにその程度で済ませてくれているのだ。
別に静かに聞いていろ、と言ったわけではないが、話の内容が内容だったからか自然と真剣に身を入れて聞いてくれている。
しかし、怖いくらいの力の籠った六個の眼で見られると何だか悪いことをして、弁明しているような錯覚を覚える。こういう体験はあまりなかったのでかなり緊張してしまい、元から大して上手くない喋りが更に下手になり、分かりにくくなってしまったかもしれない。
自分の話を真剣に聴いてくれるのは嬉しいが、もう少し眼力が柔らかくならないものかなぁと内心思う。
しかし最初にレイラに『今後に関わる重要な話』と言われてしまっているので、それも仕方がないというもの。しかもその発言の発端は自分なのだからため息しか出ない。
そんなことを思いながらもようやく話し終える。不必要な情報は明かさないように気を付けたつもりだが、うっかり口を滑らせていないだろうかと不安になるが、すぐにそんなことはないと自分の中で納得させる。
慣れない視線に晒され、得意でない話をしたので思った以上に疲労が出てくる。
フゥ、と息を一つ吐き出し知らず知らずの内に力が入ってしまっていた肩を楽にする。しかしあまりリラックスもできない。今は自分が話した内容を整理している為に誰も声を上げないが、もう間もなく何らかの質問が来るだろう。その時にうっかり自分の正体が分かる事を言ってしまえばどうなるか分かったもんじゃない。
腰に帯を巻くようなイメージを浮かべて気合を入れ直す。もう一踏ん張りだ。
「なるほどな…」独り言のようにレイラが呟く。
「正式な仲間ではなく、あくまで一組織としてか…。それは考えなかったな」
「だな。これなら今まで戦ってきた奴らの戦法や印象が違うのにも納得がいくな」
「戦法が違うのなんて当たり前じゃない。毎回同じやり方だったら分析されつくされて負けるに決まってるじゃない」
「確かにそうなんだが、あまりにもかけ離れてるところがあっただろ?おかげでかなり手間取った」
「ってあんたは戦ってないじゃない。闘ってたのはルーギとレイラでしょ?」四人が話している様子を注意深く観察する。今までの自分たちの認識が覆されたのだから、もっと騒ぐかと思っていたが、予想よりずっと冷静である。もしかしたら心のどこかでその可能性も考えていたのだろうか。
「なぁ、ユウト」そんなことを思っていると不意にレイラから声を掛けられる。それにはかなり驚いた。
本来実在しないはずの漫画の世界の住人であるレイラに実際に会えたのは嬉しいが、それを喜んでいる暇はなかった。今はすっかり慣れてしまって、いることが当然になっている。
そのレイラに名前を呼ばれるとくすぐったいような変な気持ちになる。だが決して悪くない。
今沢や佐倉に「おい大村!」と呼ばれる気安さではないものの、初対面の人間に話しかけるような固さはない。多少は心を開いてくれているのだろう。
元いた世界でも下の名前で呼ばれることはほとんどなく、しかもそれが漫画のキャラクターから面と向かって、というのはかなりの衝撃だった。
「どうした?」そんなユウトを心配するような表情で再度声を掛ける。それに何でもないと言って数回左右に手を振る。
「で、何だ?何か訊きたいことでもあったか?」
「ああ、こんな内情に関わる様な事をすんなり教えてくれたとは思えなくてな。是非そのやり方をご享受願えたらと思ってな」
「別に特別なことは何もしてないよ。確かに最初は教えてくれなかったけど、あいつのプライドとか仲間たちのことを突いたら喋ってくれたぜ?それに秘密にすることでもないっつってたしな」
「そうなのか。てっきり私と同じように説教でもしたんじゃないかと思ったが?」
「んなことするかよ。説教ってのはする価値のある奴、やる意味を理解してくれる者にやるもんだ。お前はもちろんの事、あいつも最終的にはそういう奴だと分かったからな。ちょこっとだけ言わせてもらった」
「そう…なのか…?」
「ああ、だから思ったより苦労はしなかったよ」
ユウトはムウダから訊き出した、という体で話をした。実は最初から知っていて答え合わせとして奴を使ったなんて言う訳にもいかない。
本来彼らがこの事を知るのはもう少し先なのだ。残念ながらその時にはレイラはいないので、全てをひっくるめて初めて聞く内容である。しかし敢えてそれを今言った。自分の行動によってバランスが崩れ、予想がつきにくくなることを何より懸念していたにも関わらずだ。
これにも当然理由はある。物凄く人間的とでも言えるだろうか。
誰だって警戒されたままで気分が良いはずはない。それはユウトとて例外ではない。それを解きほぐすために、手土産と言ったら聞こえは悪いが信用されるに足る『何か』が必要で、これがそうだったというだけだ。とは言っても他に目ぼしいものが思いつかなかったからとはユウトの心の声である。
後々知ることになるのなら今でも別に…という思いもあった。彼女たちはガーマ関係者によってこれらのことを聞かされ、その人物からガーマを倒してほしいと懇願される。今自分が話してしまったので、もしかしたらその人物は出ないかもしれない。それが今後どういう風に影響してくるのかは分からない。自分が知っているのはその人物と関わった後の未来なのだから。
とは言っても特に問題はないように思える。事実前回はそれを話したことで何かが起こったような気はしなかった。もちろんそれは夢であるから、と言われてしまえばそれまでだが。
ならこれも大丈夫だろうと早くもユウトの中で油断が生まれ始めていた。
「で結局お前は何者なんだ?」レイラとの会話が途切れた頃を見計らってフラッツが声を掛けてくる。
俺が気に食わないのなら、会話の最中だろうと何だろうと平気で割り込んでくる奴だと思っていたユウトはそれぐらいの常識はあるんだなと若干失礼な事を思う。
「レイラはお前の事をほとんど知らないと言った。なら、当然俺たちはもっと知らない。まさか奴らの一味じゃないだろうな?」鋭い眼でユウトを睨み、厳しい口調で糾弾するように言うフラッツにそれは違うと反論しようとする。と…
「それは違う」ユウトが反論するよりも前に、ユウトが言おうとしてた台詞をそのまま言う。
「こいつはガーマでもその一味でも、関係者でもない。それは私が保証する」
「何故そう言えるんだ?」
「私の感覚なんだが、こいつからは奴らから感じ取れる悪意みたいなのがないからな」
「そんなあやふやなもんで納得できるか。お前がそういうのに敏感なのは俺も知っているし信用してるが、それでも百発百中じゃないだろ?
それを隠して俺たちに近づき、奴らの情報を提供して油断させる作戦かもしれねぇだろ。特にこいつからは普通じゃない気配が伝わって来る。悪いがそれだけでこいつを受け入れることはできん。
それとも奴らとは一切関係がありませんっつー証拠でもあんのか?」
「いや、無い」あっさりと言う。その発言にフラッツのみならず、その場にいる全員がは?と言うような表情をする。
「残念ながら奴らと関わりが無いという明確な証拠は無いから信じてもらうしかない」
「ほらみろ、その可能性は拭えないままじゃねえか。だったら尚更信じられんな」
「んなこと言って信じた風に話してたじゃん」
「それとこれとは話は別だ」ルーギも入って来るが、それをきっぱり違うものと断定する。
「ともかく、そんな奴を信じるほど俺はお人好しじゃない。とっとと俺たちの前から消え失せろ」
「どうしたんだフラッツ?今のお前おかしいぞ?何でそんなにユウトに突っかかるんだ」
「逆に訊くが何でお前はこいつを庇うんだ。命の恩人だからか?それともやはり何か弱みを握られているのか?」
「そんな訳ないだろ。それに庇っているつもりはないが、恩人を悪く言われて気分の良い人間などいない。少しは冷静になれ」
「俺は冷静だ。おかしいのはレイラ、お前だよ。確かにお前はこいつに命を救われた。それに感謝こそすれ、それ以上の干渉はお前の為にも控えるべきだ。それにこんな得体の知れない奴がいるだけで胸糞悪い」
「それ以上言うならお前とて容赦はしないぞ。受けた恩を返そうとすることの何が悪い」
「それがこいつを庇う理由にはなってねぇだろって言ってんだよ」
「…何かとんでもない事になってるな?」レイラとフラッツが口論してる隣で右側に座っているルーギに声を掛ける。そのルーギもここまで感情を表に出してるフラッツは見たことが無いらしく、どうなっているのかと唖然としていた。
「俺いない方がいいみたいだな」
「そ、そんなことはないよ。レイラの恩人は俺たちにとっても恩人なんだ。それはあいつも同じはずなのに…」
「何でこうなってるのよ…。フラッツって普段ニコニコしててあんまり自分の意見を言わないよね?」
「ああ、しょうがないなって言いながら最終的には賛成してくれるし、最後まで付き合ってくれる良い奴なんだ。それにあいつこの中じゃ唯一治療ができるから何かあった時に頼れる奴なんだ」
「それがどうして喧嘩腰であなたに突っかかるんだか…」
「ま、しょうがないんじゃね?さっきの今なんだし。俺が得体の知れない怪しい奴に変わりはないからな。不穏分子は根ごと刈り取る、心配の種は早い内に摘み取る。まぁ基本だわな」
「それってフラッツが正しいってこと?」
「ああ、ああいう奴は一人は欲しいよな。ただ考えが固いと言うか融通が利かないと言うかなんつーのかな。そのせいで衝突の原因にもなるんだ」そう言ってレイラとフラッツへ視線を向ける。未だ何か言い合っている、むしろさっきより激しくなってるんじゃないか?こりゃまだまだかかりそうだ。
そんな事を思っているとルーギが尋ねてくる。
「だったらあんたのプロフィールをもっと明かせば納得するんじゃないか?さすがにこのままじゃまずいだろうし」
「確かにそうね。差支えない程度で構わないから、もうちょっとあなたについて教えてもらえないかしら?」それに少し考えこむ。名前と職業らしいものの他に何が言えるだろうか。
本名:大村優斗。11月23日生まれの射手座、現在16歳。
北山学園高等部2‐Cの出席番号2番。軽音楽部に所属していてドラムを担当。
特技:特になし。趣味:音楽鑑賞、漫画を見ること。
人付き合いは苦手で、友達はあまりいない。そのせいかクラスでもあまり目立たない。今まで関わってきた人でプライベートも親交がある人数は片手で足りる。
ここ最近身に起きた不思議な出来事:部活帰りに立ち寄った神社にて、気が付いたらここに来ていた。
……駄目だ。とてもじゃないが言えない。
北山学園なんて知っている訳がないし、ドラムなんてあるのかどうかも怪しい。音楽だって向こうとは大分様相が違うように感じられた。なので何かやってみてよと言われても何もできない。
そもそもここには漫画という概念自体あるのだろうか。無いのであれば説明に時間がかかってしまうので言うことはできない。
人付き合いが苦手で友達がいないなんて言ったらフラッツあたりに何を言われるか分かったもんじゃない。そして異世界から来たなんて何があっても決して口にしてはならない。
となれば―――。
「悪いがあんまり教えられることはないけど、歳は16だ」
「そうなの!?私たちとあまり変わらない…」
「驚いた…自分と同年代の人間がここまで強さを滲み出すことができるとは…。それはともかく他は?どうしても駄目か?」
後の事を考えればもう少し何かしら話した方がいいだろう。でなければ相変わらず警戒心を持たれたままでは接しにくい。だが正体不明の団体に所属していると言えば、ますます怪しさに磨きがかかり、今以上に警戒心を持たれることは必至だ。
なので「悪い、これ以上は理由があって無理だ」口を噤むことにする。
それに何か見定めるような表情をするが「そうか…。まぁ人にはそれぞれ事情があるからな。これ以上の詮索はあんたにとって不愉快にしかならないだろうし止めておくよ」と納得する。
「そうね。ただでさえ空気が悪いのに、更に悪くする必要はないわよね」カレンも同じ気持ちのようで頷く。
「そうしてくれるとありがたいよ」まだ安心はできないが、一先ずフラッツ以外には少なからず分かってもらえたようだ。
「しっかし…まだ終わらんのかねぇ?」自分が原因であるということをすっかり忘れてどこか他人事のように二人の様子を見る。
「とにかく!これ以上こいつとここにいる意味はねぇ!さっさと行くぞ!」
「どこに行くと言うんだ。それにこんな状態で旅立ったとしても、これからの道程を乗り越えられるとは思えん。まずは…」
「だからと言ってここにいても仕方がないだろ!」レイラの台詞を遮るように言う。
「…何をそんなにイラついてるんだか」思わずため息が出る。
「あ~、ちょっといい?」そんな二人を見かねてかユウトが入って来る。
「どうした?」フラッツとの口論のせいか疲労を滲ませた声でレイラが答える。対照的にフラッツは眼光を鋭くさせてユウトを睨む。
「まずは傷を癒すのが先じゃないか?今の状態じゃ次の街に辿り着く前にやられちまう」
「そうだな、私もそう思っていた」
「だから体勢を立て直す為にもアンポ―ジの街に行った方が良いんじゃないか?ここからならそんなに遠くないし」
「…ああ!確かにそうだな。あそこなら我々の事も知っているからヘタに警戒されないでスムーズに行けると思う」
「だろ?それに俺も用事があったから丁度いいや」
「…お前も来るつもりか?」先ほどより一段と声を低くさせてフラッツが言う。
「ああ。けどお前とじゃないから安心しろ。俺は俺の用事で行くだけさ」
「…ならいい。ほら、行くぞ。お前ももう歩けるだろ?」レイラに訊きながら立ち上がる。それに釣られるように全員立ち上がる。
「…ああ。だがフラッツ、お前は一人で行ってくれ」
「何?」レイラの言葉に驚きと困惑に満ちた表情になる。ルーギとカレンもそうだ。何故そんなことを言ったのかその真意が分からない。思わず声を荒げてフラッツが詰め寄る。
「どういうことだ!?」
「そのままの意味だ。何をそんなにイラついているのか分からんが、今のお前は普通じゃない。そんな状態ではいずれ災厄を招く。今のお前とは行動を共にすることはできん」
その言葉にこの場にいる全員が声を出せないでいる。時折吹く風の音がやけに大きく耳に響く。
突然告げられた別離の言葉。それを言われた本人の心境は察するに余りある。
そんなフラッツに対し、今言った事は何があっても覆すことは無いという視線を向ける。
それはユウトにガーマの一味かどうか訊いた時のように鋭く、纏う空気もピンと張りつめている。
それには僅かだが敵対心が含まれているように感じられる。
たとえ弱ってると言ってもそれは衰えることはないんだな、とユウトは感心する。……やはり助けて良かった。
フラッツはしばらくレイラから言われた事が信じられなかったのか呆然と立ち尽くしていたが、ふと我に返る。レイラの性格上一度言った事を撤回することはないと知っていたので、ユウトを一度睨みつけて何も言わずにその場を立ち去った。
フラッツが立ち去ったものの未だ重苦しい空気が漂っている。特に色々あったがここまで共に来た二人はレイラの言動が信じられないでいた。
人に厳しいところはあったが、突然仲間に別行動をしろと告げるとは夢にも思わなかった。
四人パーティでここまで旅をしてきたが、何かあった時の最終決定権はレイラにある。誰かが言った訳ではないがいつの間にかそうなり、全員納得してる。
確かにフラッツの言動には目に余るものがあったが、些かやり過ぎではないだろうかと思うがそれは口には出さない、いや、出せない。
そんな重い空気破ったのはこうなる原因の発言をしたレイラだった。フゥ、とやや大きめにため息を吐き出す。
「すまないな、あいつのせいで不快な気分にさせてしまって」
「いや、別に気にしてないよ。それにあいつの言うことはもっともだったから反論のしようがなかった。仲間の為に自ら嫌われ役を引き受け、徹底的に疑惑の目を向け続ける。中々できることじゃないぜ?むしろ良い奴じゃねぇか」
「それでもあいつの言った事はお前を侮辱するも同然だ。本当にすまない」
「だから良いって」何度も頭を下げ、謝罪の言葉を口にするレイラを止めようとする。
確かにあんまりな言い方じゃない?と思うこともあったが、今は特に気にしていない。
それを分かってもらおうとあれこれ言ってみる。それにようやく納得したのかもう一度「すまなかった…」と小声で謝罪した。
「だがお前は納得できても、私はまだ完全には納得できない。どうか償いをさせてほしい」
「なら、これ以上この事について何か言うのは止めてくれ。俺だって悪かったんだからお互い様だ。
それでも償いをさせてほしいって言うならそれで手を打ってくれないか?」
「く…ずるいぞお前…。そう言ってさっきも…」この言い方は彼女のプライドを傷つけてしまっただろうか?しかしこれ以上蒸し返すようなことはしてほしくないと言うのは本心だ。だからこそこういう言い方になってしまったのだが。
「…そう言われたら仕方がないな。分かった、お互いこれ以上何か言い合うのは止めよう」
「助かるよ。にしても随分律儀と言うか真面目と言うか。そこまで恩義を感じる必要はないのに」
「それもあるが悪いことをしたら謝る、そして償いをするのは基本だろ?仲間のミスは私のミスでもある。仲間の不始末は私がつける」
「それが堅苦しいって言ってんの。お前ばっかそんな背負う必要はねぇよ。本当に仲間のことを思ってるなら、その荷を預けることも大事だぜ?」
「そう…だな…」完璧に理解できたとは言い難いがとりあえず了承する。
「…でもさレイラ。いくらなんでもやり過ぎじゃない?」二人の間で一応の決着が着いた頃カレンが切り出す。
「いきなりお前は外れろだもんなぁ…。さすがに可哀想だぜ。あいつだって俺たちの事を思って…」
「なら、あのままあいつがいたらどうなるか分かるか?」その問いに二人は答えられない。
「ユウトが何か言えばそれを否定し、自分の意見を押し通す。すると空気はますます悪くなり、最終的には攻撃をするようになっただろう」
「それはいくらなんでも!」
「考えすぎじゃないのか?」
「いや、ああいう奴は遅かれ早かれそうなるもんだ。なら、早い内に一旦距離を置いて自分を見つめ直させるのが良いんだ。今のあいつは冷静さを失い、ユウトを敵と決めつけ、その考えに固執してしまっている。そんな状態の奴をこれ以上ユウトに関わらせるのは危険だ。それはいずれ私たちにも降りかかる」
「なら、俺が離れりゃ良かったんじゃねぇの?そうすりゃ全て解決だろ」俺の役目は終わったんだし
…と聞こえないように小声で続ける。
「いや、お前が離れようとそうじゃなかろうとあいつとは一旦別行動をするつもりだった。あの時のあいつは仲間を心配してる風に見せかけて平気で人を傷つけていた。そんな奴がいたら何をされるか分かったもんじゃないだろ?一人になれば頭も冷えて冷静になって、、またいつものあいつに戻る」少なくても私はそう思ってる。その一言で二人の胸につかえていた想いは取り除かれた気がした。
敢えて冷たく言い放ったのは冷静さを取り戻して自分のしたことを反省させ、己を見つめ直させる為。色々考えてるんだなぁと改めてルーギとカレンは感心する。
「まぁ、こうなる元々の原因を作ったのはあいつだけじゃないんだがな」と言ってユウトを見る。
「さっきお前も言ったように、お前にも悪い所はあった。もう少し身分を明かしてくれてもいいんじゃないか?あいつじゃなくてもああ言いたくなるもんだ」
「そうしたいのはやまやまなんだが…、こっちにも事情があってね。おいそれと口にはできないんだ」
「そうか。なら仕方がないな。言いたくない事の一つや二つあって当然だ。それに嫌なことを無理強いする趣味はないからな」
「物分かりが良くて助かるよ」この世界では一番信用してるものの、やはり油断はできない。
頭も回るし、思いがけない方向から攻められて崩されてしまうかもしれない。そうなったら自分はもちろん彼女も何かしらの被害を受けるかもしれない。何が影響するか分からないのだから必要以上に喋る訳にはいかない。何があっても自分の情報はこれ以上明かさないと心に誓う。
「とは言っても私自身お前に興味がある。助けてもらったからだけでなく、なぜそんな強者の雰囲気を纏っているのか、どこで身に着けたのか、そしてその剣をどういう風に使うのかとか…。
もちろんそれだけじゃなくお前と言う一人の人間にも興味はある。不思議な奴だからな。
お前が情報を明かせないのなら、私が自分なりにお前がどういう人間かある程度決めるのは自由か?」
「え?まぁ、それはご自由にって感じだけど…」何を言い出すのだろう、何が言いたいのだろう、何を言うつもりなのか。考えてみるが皆目見当もつかない。仕方がなく次の言葉を待つ。
「そうか…」そう言って何か考えるそぶりを見せる。その間ルーギとカレンを見る。
目が合った二人はユウトが言いたいことを察して首を横に振る。自分たちもレイラが何を言いたいのか分からないと。
やがて思考が終わったのか真っ直ぐユウトを見据え、よどみのない口調で言い放つ。
「ユウト、お前さえよければ私たちと旅をしないか?」
「………え?」
「えええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」その一言はこの場にいる本人以外を驚愕させるには充分すぎる威力だった。