何処へ……?
高い岩山が遠くまで連なる。大小さまざまな岩が点在する荒野を走る。
三人の表情は険しい。脳裏に去来する感情は数あれど共通する思いは一つ。
”被害者へ”
平穏とした日々を過ごし、生活を営んでいた罪なき人々。その平和が、生活が何の前触れもなく暴力によって奪われた。無念さ、痛みは想像を絶するだろう。たとえどんな理由があるにせよ彼らへの行為は理不尽であり、身勝手だ。到底許されるものではない。そう思うと足に込める力が自然と強くなる。
「落ち着け」先行し始めたレイラに言葉をかける。「今からトバしてたんじゃもたねぇぞ」
ユウトの忠告で冷静になったのか、素直に聞き入れ再び合わせる。
「そうだな。すまない」
「気持ちはわかるけど、焦りは禁物だ」
「……そうだな。無駄にピンチを招くだけだな」
「わざわざ自分でハードル上げなくてもいいだろ。目的果たせても死にました、じゃ何の意味もないし誰も喜びゃしねぇよ」
ポン、とレイラの肩を叩いた。
レイラは無言で頷いた。
ルーギ案内のもとアジト付近に到着する。ルーギが間違えていなければ近くにあるはず。いつ相まみえてもおかしくない。ユウトたちは慎重に辺りを探る。
やがて岩壁に穴が開いているのを発見する。洞窟の一つ珍しくないが、今この時は事情が違う。三人は頷くと近くの岩陰に身を潜める。
見たところ何の変哲もない、自然にできた洞窟のようだ。だが奥から不穏なものを感じる。
野盗のようにならず者たちは、保安隊等の監視や制裁から逃れるために人目につきにくいところに居を構えるという。例えば町外れの家や廃屋同然の小屋、洞窟のような自然物だ。雨風しのげ、人目につきにくいというのでアジトにするならず者たちは非常に多い。
「つまりその辺からいきなり出てきても不思議はねーってか」
そいつは怖いな。気の休まる時があるのかと本気で思う。とりあえず移動中は気をつけないといけないな。
「そうだ。だから急な雨で逃げ込んだ先が野盗どもの巣だった、なんて事例も珍しくない」
その後どうなるかは言うまでもないだろう。雨具はしっかり用意するべし。
レイラ、ルーギの話、そして俺の勘を総合すれば、ここが町を襲った連中のアジトで間違いない。
「……さて、どうするか……」
洞窟を眺めながら呟く。
「どうするも何もここがアジトなんだろ?だったら行くしかねーじゃん」
「無策で突っ込むのは無謀でしかない。考えられる限りはしないと」
「作戦なんかより勢いでやった方がいい時もあるぜ。奇襲なんてそんなもんだろ」
「それはきちんとした作戦のうえで……、正面から勢いだけで突っ込むクセは少し直そう」
「それやったらオレじゃねぇよ」
二人の会話をよそにユウトは考える。
出入口は目の前で口を開けているここ。どこかへ通じているとは考えにくい。仮にどこか、例えば向こう側につながってたとしても、そびえる巨大な岩壁を半周しなければならない。それでは時間がかかり過ぎる。人員が多くいるのであれば別だが、少な過ぎる人数の今回は使えない。……やはり正面からいくしかないか。
こういう場所は意外と攻めにくい。攻められる箇所が強制的に一つに絞られてしまうので守る側に圧倒的に有利だ。飛び道具を使ったとしても最奥までは到達しない。自然の盾や防壁を作られればまず通らない。圧倒的火力を誇る武器なら別だが。基本的には対策を立てやすく、そのように制限をかけられれば突破しなければ道はない。その唯一の出入り口の内部で何が待ち受けているかわからない以上うかつに攻められない。しかも今回の目的は討伐ではなく捕縛、調査だ。ヘタを打てば証拠を消される。全滅させるだけなら簡単なのだが、調査なのでなるべくきれいな状態にしておく必要がある。
(メンドクセェ……)
殲滅作戦に切り替えるか。問答無用で攻められればそれが一番いい。連中だってここ以外通路がないのだから、そこを塞いでしまえばまさに袋のネズミ。立てこもる以外に方法はあるまい。やがて勝手に力尽きる。何だかんだと不利な状況に変わりはない。もちろんそれは安全に話を進めるならだ。今はそんな時間もないので嫌でもこちらから攻めるしかない。と思ったところでこちらを見る二人の視線に気づく。
「どうした?」
「何か良い案でも浮かんだのか?」
「ん?いや……」
殲滅戦にしようぜ、内部で暴れようぜ、なんて考えていたとは言えない。
「一つぐらいはあるんじゃね?前も思ったけど黙ってる時って考えてること多いからさ。それで良いこと言うし」
「……確かにな。過程の時点でもいいから話してくれ、と思う時はあるが」
なんだか俺の知らない間に評価が上がってるな。ハードルが上がったと言うべきか。だけどいざという時に求められるのは力がある証拠であり、認められているということ。それは嬉しい。余計なプレッシャーがかかるけど。
「……って感じだな。色々考えて正面から行くしかないと思う」
先ほど頭の中で考えていた内容を話す。もちろん殲滅の件は除いて。
「ほら、ユウトだって言ってるじゃん。正面からだって」
「慎重にと言ってただろう。それにお前とは考えの深さが違うぞ」
緊迫した状況であるはずなのに、どこかリラックスした雰囲気が漂う。場違いなんて言われるかもしれないが、張りつめ過ぎただけではいけない。真剣にやらないというわけではなく、心に余裕を持つのが大事という意味だ。そのため一種の清涼剤のようなものがあると便利だ。俺が出来ればいいのだが、ここでも無理そうだ。キャラ的にもそうだし、俺だけだとふざけ過ぎてしまう。場が緊張感に満ちれば満ちるほど、別の事を考え集中できない。なりきれない。それでは生き残るのが難しいのでせめてここではきちんとしたい。ほどほどのアホが一番良い。
「そんな訳だ。すまんな、考えてたくせに大した意見じゃなくて」
「そんなことはない。地形、戦力、目的……、それらを並べて冷静に分析した見事なものだ」
「お世辞はやめてくれ。もっと考えれば良い案が出るはずだ。最初からそこにいかない以上良いとはいえない」
どこまでも自分を厳しく律するユウトに感心とともに若干の呆れを覚える。
「……そう考えるのは立派だが、後になれば良い案が浮かぶのは道理だ。時間が限られてる以上今出来る最善と思う事をやるのが一番良い方法ではないか……と思う。そうすれば大きく間違えることはない。仮に間違っても動きながら修正していけばいい」
その時々の最善、自分たちが正しい行動をしたという積み重ねが己を作り、歴史を作るのだろう。英雄とよばれる人も歴史も、世界も、そうして後世の人たちが評価して完成するのだろう。今この時の俺たちの判断も。しかし動きながら修正とはなかなか難しいことを言う。それが出来れば苦労はしない、と内心苦笑。
「確かに頼りにしているが、お前一人に任せるつもりはない。欲張って動けず、失敗を恐れては何も出来ない。お前には及ばないかもしれないが、力になれる。お前一人で答えを出さなくていいんだ。色々な考えを合わせれば良いものになる」
「……そうだな」
「……あまり思い上がるな。私たちはお前が思うほど弱くない」
強い意思のこもった瞳を向けられる。
説教をされるのは嫌いだ。まとめるのも苦手だが、つまりもっと自分たちを頼れということなのだろう。以前言われたがそんなすぐには出来ない。やはりできる限り自分でなんとかしたい。どうしようもなくなった時でも本当は頼りたくない。自分の弱さをさらけ出すようで。出来ないと自分で認めるようで。頼りにしていないわけではなく、近くにいるからこそ、大事に思っているからこそ話せない。それに頼られるのが好きなんだ。だからこんな力を手に入れた。
「今度から気をつけるよ」
表面上はわかったように言う。さすがに思い上がるな、はショックだったが。
レイラはわかっているのか「重く考えなくていい。少しずつな」と笑みを浮かべる。
本人に不満はあったがなんだかんだユウトの案に決定した。採用された案を基に作戦を練る。白熱した議論の末、突入メンバーはユウト、ルーギの二人になった。レイラは外で退路の確保&見張りだ。このことについてレイラは最後まで反対した。もちろん自分が突入メンバーになりたかったからではない。ただでさえ少ない戦力を分けるのは危険過ぎると判断したからだ。
「二人で突入すればとてつもない負担を抱える。戦力が少ない以上分けるのは得策とはいえないんじゃないか?」
「確かにそうだが、何があるかわからないところにいきなり全員で行く方が危険だと思う。そんな一か八か、賭けみたいなもんは出来ない。人数がいれば物量で押し切れるかもしれないが、この程度の数じゃあってないようなもんだ。だったらやらない方がいい」
「……偵察が出来ればいいんだが、ここではな……」
「そういうわけだ。危険は承知。それでも二手に分かれた方がマシだ。少なくとも全滅は避けられる」
「おい、縁起でもないこと言うな」
「悪い。まぁ何やったってやられる時はやられるっつーわけだ」
「おい!」
ユウトは声を上げて笑う。
レイラは本気で心配してくれているのか怒り気味だ。からかうのはこの辺りにしておくか。
「もちろんそうならないようにする。それでだ、今回の作戦のキモ、そして俺たちの生命線を握るのが後方、レイラだ」
「……私が?」
「退路がしっかりしてなきゃ前に進めない。新たな敵が来て後ろから狙われればそれこそ全滅だ。危険で難しいが一番重要なポジションだ、お前にしか出来ない。……俺たちの生命、レイラに預けるぞ」
「……わかった。託された使命は必ず果たす。後ろは私に任せろ。お前たちは役目をしっかり果たしてこい。そして生きて帰って来い」
アジトとなる洞窟に突入作戦を決行中、直前までのやり取りを思いだす。よくもまぁあんな喋り方で、言葉が出てくるものだ。やはりこの世界の俺なのだろう。そして念願の出陣前のやり取りができた。任務を全うしてほしい、でも安全が大事で願う、信じて待つ。憧れてた。当事者になれてよかった。メチャクチャ頑張れる。後々安否を気遣われたい。そして帰ってきた時には抱きしめてほしい。これが大きな戦いの前であったならテンション上がりまくりで大変なことになっていた。死亡フラグも立てまくりだっただろう。今回はそれほどの規模でもないのだが、テンションはもちろん上がっている。というより念願の時を迎えて気持ちが浮ついている。これを抑えるのは至難の業だ。目を瞑って針に糸を通すより難しい。
内部は暗く少し湿っている。油断すると転がっている石に躓いてしまうので、足元に注意しながら進む。緊張のせいか若干汗がにじんでくる。こんな様子を見せるわけにはいかないので、ルーギに注意しながら拭う。
戦いの場で汗が出るのは動揺したり焦っている証拠だという。まだ戦いの場ではないとはいえ、ここでは俺が中心となる立場だ。そんな人間が不安や動揺を見せてはならない。敵はもちろん味方、味方だからこそだ。この状況では俺がしっかりしないと。
「そういえばさ」洞窟内は声が響くので声を落としルーギは尋ねる。「なんでレイラ外にしたんだ?お前の話もわかったけど、力を考えればこっちにした方が良かったんじゃ? その方が有利になるだろ」
「繰り返すようだけど、後ろが一番危ない。狙われやすいし、いざという時には盾にもならないといけない。俺たち前線部隊の命運を握ってる非常に重要なポジションだ。前線部隊が全てってわけじゃない」
「そうか。だったらレイラしかいないな。お前にはどうしてもこっちにいてもらわなきゃならんし、オレじゃ無理だ」
「まぁ否定はしない。それ以外には単純に戦力バランスや状況判断能力、経験……といったところだな」
「総合的な判断ってやつか。レイラもそうだけどみんな色々考えてんだなぁ。疲れない?」
疲れる、と言いたいがそれを言うわけにもいかないので胸に留める。
「まぁ頭は使うよ」
神経を尖らせるという意味では体もそうだ。
「オレには無理そうだぁ~」
思わず天を仰いだ。その声量が思ったより大きく洞窟内にやや反響する。
慌てて口元に指を当て、静かに、というジェスチャーをする。ルーギははじかれたように両手で口を押さえる。
ユウトは聴覚と気配察知能力をフルに発揮し、全神経を鋭敏化し集中する。足音も、武器を担ぐ音も、気配もしない。どうやらバレてないようだ。
そのことに安堵するとルーギを軽く睨む。
悪い、口だけ動かし少し申し訳なさそう。
「まぁ緊張してなさそうでなによりだ」緊張感は持ってほしいが。「そんな大物のルーギくんに、これから攻め込もうっていう今の心境をお聞かせ願おうか」
「なんだよそれ。ん~……ドキドキしてる」
ルーギの性格からして恐怖や緊張といった類のものではないだろう。恐怖を感じないというのは必ずしも良いことではないが、肝っ玉の据わり具合に本当に大物かもと思う。
「それだけか。頼もしいよ」
俺もそのぐらい豪胆であれば。
「逆にお前はどうなの?」
「俺?」
「さすがにすげー落ち着いてるなぁと思ってさ。やっぱりこんな状況を何度も経験してるのか?」
「まぁそれなりに」
そうか、こいつからしてみれば俺こそ豪胆だと思われているようだ。いや、ベテランか。俺のこの世界での立ち位置を忘れてた。さて、今の心境か……。
「……何があるかわからない怖さはある。けど出来るのが俺たちしかいない以上尻込みするわけにもいかないし、放置は出来ない。手の届くところにいるんだから尚更だ。やるっきゃない……って感じか?」
自身の気持ちも鼓舞。
ルーギはそうかぁ、と気のない返事。
「なんか窮屈そうだな。お前もレイラも」
「レイラも?」
「そう。使命が~とか、信念が~とか、言ってさ。オレから言わせりゃ堅苦し過ぎるぜ。とてもああはなれない」
「俺も無理そうだな」
確かにそうやって動いてる姿が想像できる。一見華奢に見えるその身体に、色んなものを背負って。しかしそれと俺がどうつながるのだろう。
「かっこいいとも思えるんだけどさ、レイラ見てると追い詰められてるとか、絞めつけ過ぎてるって感じるなぁ」
自分を厳しく律しているのだろう。しっかりしてなきゃいけないと思ってるから。頼りにされてる、というのもあるだろう。それが強さであり、魅力でもある。と同時に弱点にもなるだろう。信念という名の鎖で雁字搦めにして苦しんでいる。そう感じる。こうじゃなきゃいけないという固定観念、強迫観念に縛られて。外から見るとよくわかる。どういうわけか本人だけがわかってない。
「まぁお前はしょうがないかもな。今までが今までだったんだし」
「……今までというのが俺には何のことかさっぱりわからないが」
「あ、悪ぃ悪ぃ。あんま話すようなもんじゃないか。ってそうじゃなくて、なんつーか、もうちょっとノビノビやっていいんじゃないか?そっちの方が合ってると思うぜ。さっきだってこう……思いっきり暴れて楽しそうだったし」
「楽しそうだった?」
ルーギのセリフに驚く。
「あ、ああ。いつもと違って好きなようにっていうか、暴れて遊んではしゃいでる……みたいな。あ~……悪ぃ、うまく言えねぇや」
たはは、と苦笑する。
楽しそう……か。やってる身としては楽しいわけではなかったのだが、いつもよりテンション上がり、好きに動けた。活性エネルギーが大量にめぐっているような。爽快感もあった。そこは認める。だからといって普段窮屈さや追い詰められてるとも感じてない。居心地の悪さという意味では感じているが。
仮にルーギの言う通りだとしてもそれで構わない。俺がやるしかないという使命感、かっこいいじゃない。さすがにこの状況では言えないけど。
自他、環境を問わず危機的状況というのは望んでいた。どうやって解決するか、いざ切り抜けようと動いているとドキドキワクワクする。だから俺にはルーギのセリフ、その意味がわからない。楽しそうだったというのは、まぁ全ては否定しないが。まぁ心に余裕を持った方がいいということだろう。それなら持ち過ぎてるんだけどな。
「今は難しけど、まぁやってみるわ」
そう言うとこれからの事に意識を向ける。
しばらく歩いているとユウトは立ち止まり、ルーギに前を見るよう促す。今までユウトに付いていくのに必死だったルーギはそこで初めてこれまでと違う光景に気づく。
自分たちがこれから向かう先、ゆらめく灯りに照らされ周りがよく見えるようになっている。距離や角度のせいか、おうとつの影は濃くなるが、進むのにそれほど支障はなさそうだ。
俺たちは灯りを持っていない。となれば考えられることはただ一つ。
「奴らか?」
「だろうな」
警戒レベルが一気に引き上げられる。耳を澄ませば反響された声が耳に届く。人の気配もする。いよいよか。
ルーギに一層の注意を促し、自身も少しの変化も見逃さないように集中しながら進む。
灯りの方向、その手前の曲がり角から慎重に様子を窺ってみる。
服は土埃で汚れ、体のあちこちに傷があり、あまり手入れがされていない武器を遊ばせている。聞こえてくる会話も楽しそうではあるが万人受けするものではない。そして何より風体、とりあえずならず者たちがそこにいた。とりあえず、というのは見た目、そして彼らが犯人であると示すもの、関連するものがないためだ。
今はただのならず者。しかしすぐにでも昇格するだろう。
辺りには飲み食いした後、ずだ袋のような袋や物が散在し、彼ら以外にも他に人がいると覗わせるようだ。
そしてユウトは見た。男の一人がポケットから腕輪を取り出すところを。
強奪された品の中に腕輪が確かあった。なんでも装飾が凝っており、珍しいものだという。オーダーメイドとか言ってたような。目を凝らして見るとなるほど、宝飾品に関して詳しくないが、腕の立つ技師が手掛けたと思われる逸品だ。少なくとも彼らが持つにはあまりに上等で、不釣り合いなのはわかる。
どうやって手に入れたのか。そんなものは考えるまでもない。
ビンゴだ。彼らが犯人で、ここがアジトであると。それは間違いないのだが気になる点がある。そこを無視するわけにはいかない。住人たちの証言と合わないのだ。もちろん完璧なまでに合致することはないとわかっているが、それでも気になる。というよりおかしい。
単純なミスか、意図的なウソか、それとも俺の予感が当たってしまったのか。
考えたところでわからない。ここからは直接聞いてみるしかない。素直に答えてくれないのであれば力ずくで。
「ルーギ、いいか……」
ルーギにこれからの流れ、作戦を耳打ちした。
「にしても笑えるよな」
「まったくだな」
ハハハッ! 声を上げて笑う。洞窟内に反響するが、彼らのテリトリーなので気にする相手はいない。そばに置いてあるビンに口をつけ、のどを潤す。また愉快そうに話し始める。
「何の話をしてるんだ?」突如第三者の声が入ってきた。「俺も交ぜてくれよ」不敵に笑いながら近づいていく。
突然現れたユウトの存在に警戒よりも驚きが勝る。だがすぐにニヤニヤし始める。
「よっぽどおもしろいのかい? それ」
「まぁな」
探り合うように互いが見合う。いつ、どこから攻撃されてもいいように心構えはしておき、周りに注意する。もちろん気づかれないように。
「ここに来たのか」
「お前らが好き勝手暴れてるって聞いたもんでな。その情報を頼りにきた」
「そいつはご苦労さん」
「どうも。俺としては正義感押し出して、傘に隠れていいように利用してるみてーで嫌なんだけどな。ま、こういう状況だ。やらないわけにもいかねぇ」一呼吸おくと「つーわけで」
「俺たちが!」
「成敗してやるぜ!」
バーン! と効果音が聞こえ、後ろで爆発が起きそうなほどバッチリポーズを決める二人。まるで戦隊ヒーローもののように。
(キマッた……)満足そうなユウト。しかし心情とは裏腹にシーンと静まり返る。そして、
「ギャハハハハハッ!」
たちまち爆笑の渦につつまれる。地面を叩きヒィヒィ呻き、涙を浮かべて、それは苦しそうに。しかしおもしろそうに。
「お、おい……。どうすんだよ……」
不安そうにユウトを見る。このポーズをとることは了承したが、それから後の流れは聞いてない。どう動いたらいいのかわからないので、とりあえず何かしらの指示があるまでこの姿勢を維持するつもりだ。にしても笑われたままではちょっと恥ずかしい。
ユウトは爆笑する男たちを見てひと言「やるぞ」低い声で言った。
洞窟内にガサゴソ物色する音が響く。しかし派手に行ってるわけではないのですぐに消える。しかしあっちを見たと思ったらこっち。探ったと思ったら近くの壺をじっくり眺め、また手近な袋へ手を伸ばすので、断続的に音が響く。
黙々と作業するユウトを眺めるしかないルーギ。というより何も出来ないのだ。恐ろしくて声もかけられない。いや、かけてはならないと本能が告げている。今何かしたらオレも奴らの仲間入りだと地面に転がった三人を見る。
ユウトがやるぞ、と声をかけたのは聞こえた。だけどオレが動こうとした時にはもう既に一人の男が蹴り上げられていた。そうこうしている内に二人目も。結局動く間もなくユウトが瞬殺してしまった。ただその光景を眺めていただけだった。倒れた男たちに向けた蔑みの視線。こいつを怒らせたらとんでもないことになる、と背筋が凍った。敵に回したら恐ろし過ぎて一瞬で降伏する。それっきり男たちには目もくれず洞窟、所持品等の物色を始め、すっかりそちらに関心が移ったので声をかけるタイミングがなかった。機嫌が悪いようにしか見えないので、ヘタに刺激しない方がいい。とにかく二の舞だけはごめんだ。とばっちりなんてもっと嫌だ。
(何か言ってくるまで黙ってよう)
ルーギは大人になった。
物色していく中でいくつか確かめられた。
まず今回の事件とは無関係の日ごろの行い。通行人から奪った、彼らからいえば戦利品になる数々の品が乱雑に放置されている。取り出したものもあれば、中身を確認しただけで興味を失くしそのままになっている袋など。これらを見る限りモノに頓着せず、というかどうでもよく、己の力を誇示するためだと推測できる。本当に欲しくて大事なモノならもっと丁寧に扱っているはず。その証拠にある一角だけは他とは違う。
そこが次だ。きちんと並べられ、割れ物は敷物が敷かれ、距離を離して鑑賞台のようにしているなど、比較的丁寧に保存されている。いっそ違和感を感じるほど。それらも盗品や正規の手段で手に入れたモノではないだろう。そこは同じだ。やっぱり縁があるとは思えない。
だが一目で高価だと思えるモノを置いているので多少はモノの価値がわかっているらしい。もしくはそれだけ彼らにとって何かしらの意味があるのだろうか。その線引きがしっかりされているのは感心する。心理学者であればそこから何かを読み解けるのだろうが、あいにくこちとらただの人間だ。心理なんてわからない。ただ、そうなんだ、と受け止めるしかない。
とはいえあまりに不釣り合い。こんな洞窟にあることも、彼らが所持していることも。観賞用というのであれば話は別だが、骨董品やらアクセサリーなどあっても何の役にも立たない。邪魔なだけだ。さっさと換金した方がよっぽど良いし、これほど実用的な使い方もない。裏ルートの一つ二つ持ってるだろうに。そうしない、出来ない理由があるのか……。
更にその数が少ない。ここは質屋を襲った強盗団(という名のならず者)のアジトに間違いない。こいつらもその一味だ。だというのに盗品の数が少なすぎる。小さな店ではなかったし、話しを聞くだけでも少なくとも目の前にある倍はあっていはず。
そして盗られたといっていた箱が見当たらない。金庫代わりに使っていたもので木製で赤茶色の箱だ。こういう言い方も本来は違うのだが、ここになければいけないモノの一つだ。これらからも奪ったモノがないのは何故? その行方は? と疑問が出る。そのくせ腕輪はある。
それに三人しかいない理由は? アジトならもっと人がいていいはず。仮に元々の人数が少ないとしてもこれは少な過ぎる。こんな少数で襲ったわけではないだろう。ただの塊だ。見張りについてはまぁいいとして。
もしかしてまだ戻ってきてない……? そう考えた時ハッと気がついた。どうしてその可能性を考えなかった。
「おい、急いで戻るぞ」
ルーギに言うと返事を待たずに走り出した。
とっさのことにルーギはすぐに反応出来なかったが、ユウトの姿が闇に消える頃ようやく我に返り、慌てて後を追った。
「レイラ!」
行く時は長いと感じた距離をあっという間に駆け抜ける。外がどうなっているかもわからず、また考えず大声で近くにいるはずの仲間の名を叫んだ。
どこだ。まさか奴らが……。不安に心が掻き立てられ忙しなく見回す。しかしその心配は杞憂だった。
やがて近くの岩陰からレイラがおずおずと姿を見せた。とても不思議そうな顔をして。その温度差に拍子抜けしそうだったが、無事なことがわかり胸を撫で下ろす。
「どうしたんだ?」驚きと戸惑いに満ちた様子で声をかけてくる。「何かあったのか?」
「何もないようだからいいんだ」
ユウトの言ってる意味がわからず首をかしげる。
「何もなかったのに……いいのか……?」
「ああ」
ますますわからないという風に困惑する。その姿が面白く、また可愛らしかったので思わず頭に手が伸びた。だが寸でのところで手が止まり、肩をポンと叩くにとどまった。
危ないところだった。思わずキャラじゃない事するところだった。まだ出来そうもない。払い除けられたりしたら立ち直れそうもない。自己防衛という意味でも自身の反応を称賛したい。もっともそれが出来れば一番良いのだが。
「とりあえず無事でよかった」
「そっちもな。にしてもちと気を緩め過ぎじゃねぇか?」
ここが戦場であることを思えば気を緩めてはいけない。何が起きてもすぐに反応できるようにしておくべきだ。その意味では非難されても仕方ない。とはいえそれは心構えとしてだ。人間なのでいつも同じに出来るわけではない。ここでの俺だって無理だ。まぁ俺自体波が激しいのでそもそもとして出来ないのだが。出来るに越したことはないということだ。レイラはそれが人一倍強く、ここが戦場であるとわかっているはず。
だからこっちも驚いた。予想外の反応に。
「いや……すまない」
責めてるわけではないとわかっているが、それでも事実に変わりはないので反省する。
「まぁ気にしちゃないんだけどな。ただ珍しいと思ってよ。あんな風にちょいとマヌケな顔するの」
レイラの心情を少しはわかっているので刺激し過ぎないようにからかう。度が過ぎれば彼女はますます気を病む。言った通り気にしていないのでそうなってほしくない。俺もしたくない。茶化したり場を和ませるのは苦手なのだが、この場では俺がやるしかない。うわぁ大変。
レイラは気まずそうにしていたがやがて話し始めた。
「……私もお前に言われた通り周りの警戒をしていたんだ。来るとすればこちらからの可能性が高いからな。……ただご覧の通りだ。その内お前の事を考えてしまって……」
「そしたら本人が来たってか」
申し訳なさそうに頷いた。
一体俺の何を考えていたのだろう。気になるが怖くて聞けない。フラッツやルーギあたりであればある程度予想出来るのだが、レイラの場合とんでもない方向からぶつけられる時もあるのでこっちが困ってしまう。藪蛇のなりかねず、ボロを出しかねないので、こちらからは触れないのが無難か。
警戒を怠っていたのは本来であれば重大な過失だ。己の職務を放棄し、仲間を危険にさらした。糾弾され懲罰を与えられても文句は言えない。だが今回はそれほどの事態でもなく、結果として問題なかった。俺たちもそしてレイラも無事だった。所詮結果論じゃないかと言われればそれまでだが、全員無事であったのだからいいだろう。そして何かはわからないが俺の事を考えてくれていた。不謹慎ながら嬉しくなった。
「レイラの頭の中の俺がどんなおもしろい感じになってたのか教えてほしいですな」ニヤニヤしながら小突く。「変顔ですか?くだらない話だったり、妙なポーズ……あ、それはやめて」
洞窟内の出来事を思いだす。あれだってテンションを上げるためにやったのであって、それを爆笑モンにされちゃあ……これ以上はやめよう。
そんなことは知らないレイラは不思議そうにするが、ユウトの反応を見て踏み込むことはなかった。
「まぁ全員無事だった、それで良しとしようぜ」
この話はお終いとばかりにポンと手を叩く。
レイラは複雑そうな表情をするがもう一度「すまない」顔を伏せた。
「そういえばルーギは?」
「ん?……あれ?」
今初めて気がついたとばかりにキョロキョロする。そして背後の洞窟を見る。そういやぁろくに確かめないでこっち来ちまった。
「……置いてきた」
「置いてきた? この中に?」
「外に出ると声はかけたんだが、その後どうしたかまでは……見なかった」
苦笑するユウトに、仕方のないやつだ、とばかりに息をもらす。
「まぁあいつなら一人になっても大方大丈夫だろう」
「心配な点はいくつかあるけどな。ま、そこはご愛嬌っつーわけで」
敵地にいるのに和やかムードが漂う。本当ならそれは許されない。油断となり、命を落とすことだってある。たるんでる! とか、ナメてんじゃねぇ! と怒鳴られるなら甘い方だ。しかしこれで良いとユウトは思う。
常にピリピリしては身体がもたない。緊張感を維持するためには7~8割ぐらいに抑えておけと誰かが言っていた。張りつめ過ぎた弦が切れやすいのと同じ原理だ。しかしそれだけでは足りないと思う。6~7、場合によっては5割ぐらいにして、一度はこうして緩めないと。もちろん状況に応じてという前提に立ってうえでだが。さすがに任務の真っ最中や敵を目の前にしていれば言わない。それでやるのはバカだけだ。
そして意識的に取り組みたい。でなければ潰れてしまうまで動き続ける。全力でやったら三十分持てばいい方だ。そうした維持する気持ちを常にもっておきたい。できれば実践したい。持ってやる俺は怠け者?
「そういえば聞きそびれていたが、中で一体何があった?お前がそこまで取り乱したんだ、余程の事が起きたのだと思うが……」
「ああ、それは……」と話そうとしたが「揃ってから説明するわ」
直後ルーギが飛び出してきた。ユウトの姿を認めると「おま……速すぎ……」息も絶え絶えに言った。
「良かった。聞こえてたみたいだな」
「聞こえてたみたいだな、じゃねーよ! そこら辺嗅ぎ回ってわさわさしてたと思ったらいきなり戻るぞ、なんて言われて! 気がついたらもういねーし! 訳わからんままお前追ってきてこうなってんだよ! どういう状況!? なんでレイラもいんの!?」
うっぷんを晴らすかのように一気にまくしたてる。先の戦闘分も含まれていそうだ。
呼吸も整わないのにスゲーな、と思いながらどうどうとなだめる。
「悪かった。俺も焦ってたもんでよ」
「何を焦ってたいうんだよ? ずっと黙ってたから聞きづらかったし。てか聞けるわけねーだろ!」
「そ、そうか」
「お前が何を考えてるかまったくわからん!」
レイラもユウトを見る。何を考えてるかわからないのは同じだが、そこにはきちんと考えがあるという信頼があるようだ。そして待っている。先ほどの言葉通り。
「じゃあ話そうか」
二人に答えるように事の顛末を話し始めた。
「そうだったのか……」
ほう、と息を吐く。気持ちを落ち着けるように。
「何かは知らないが不可解な点が多い。そこでまだ戻ってきてないかもしれない、もしくは戻ってきた連中がレイラと戦闘中かもしれないと思ってな」
「だからあんなに急いでたのか。何も言う間がなかったもんな」
「悪かったって。やられてやしないかと思ったらついな」
「ご期待に沿えず申し訳ないが、ご覧の通りだ」改めて無事、無傷を示す。「先ほども言ったが別段異常なしだった」
幸か不幸か、といったところか。喜んでいいのかわからない。できればここで決着をつけたかったが、そう上手くはいかないか。
感覚を研ぎ澄ませ探ってみるが、彼らどころか人の気配もしない。つまりどこにいるか不明なのだ。
さて、これからどうするか……。
「まだ戻ってきてないだけでここに来る可能性は高い。どうする? 待ち伏せするか?」
「それも考えなきゃな」
明言はしなかった。いや、出来ない。今は俺が中心なので軽はずみなことは言えない。作戦においても熟考してからの方がいい。というのは半分。もう半分は現状で打つ手がないのだ。
アジトである洞窟にいると思った。しかし少数、もしかしたらこれから戻ってくる、レイラが交戦中かもしれないと思ったところで出てきたのだ。その後の展開は考えていなかったし、考える暇がなかった。もし予想が当たっていたら、まぁ参戦して倒しただろう。期せずして考える時間が出来た。それなら有効活用しない手はない。
改めて考える。事件発生、俺たちが現場に到着した時には既にいなかった。目撃証言にあるようにその時にはここに向かっていたはずだ。しかし人はいないし、モノもない。俺たちより先に出たのに後から到着するというのは考えにくい。というよりおかしい。仮にこれから来るとしたら真っ直ぐこちらに向かわずよくいえば作戦、悪くいえば時間稼ぎをしていたと考えるべき。それなら襲撃後足取りが途絶え、後から来る理由として一応成り立つ。しかし揃いの格好をし、大なり小なり盗品を抱えているのだ。まったく誰にも知られず移動できるものだろうか……? そんな状態では回り道も道草を食うのも時間稼ぎもできない。即刻通報されて終了だ。そんな危険を冒してまでする理由もないだろう。とすると考えられるのは変装やカモフラージュか。遠回りをするという条件なら俺もそうする。
だが引っかかるな。そうするとまだそこら辺をうろうろしていることになる。それではとても見つけられないが、そこまでするくらいならさっさと引き払った方がいい。見つかるリスクが下がる。それをしないということは、できない理由がある。そしてこうして少数とはいえ人がいることを考えると、ここにこだわる理由があるのだろう。
どうもモヤモヤして、こんがらがってくる。相手の策略にはまっているような疑念がへばりついてとれない。すると何も出来ず、こうして立っているだけになる。悪循環だ。
「なぁ、ここに来る途中や何か気づいたことはないか?」
それを断ち切るように二人に意見を求めた。このままでは泥沼にどっぷり浸かってしまう。
「なんでもいい。なんだったら町の時でもいい。何か、思いだしたものがあれば」
これほど切迫した口調で尋ねてくるユウトに二人は驚いたが、それを指摘することはしない。恐らく本当に困り、事態が好転しないからだろう。変化なしという現状に焦り、困っているのは同じだ。希望を求められているのは嬉しいが、
「……すまない。今のところは何も……」
「オレも。お前に話したので全部だよ」
申し訳なさそうに声を落とす。せっかく頼ってくれたのに応えられないとはなんと歯がゆい。無力感に苛まれるようだ。
「いや、いいんだ。こっちこそ急に振って悪い」
表面上は平静を装うが内心落胆する。もちろん存在に失望とか使えないとかはまったく思わない。何かあればいいな、と考えていただけだ。それってつまり最初から期待してない?……ちょっとだけ。
今こうしている間にも奴らはどこで何をしているのか。もうどうしようもできないのか。
「そういえば」沈黙が場を支配するなか、レイラの声が響いた。「遠くに商隊の一団がいたような……」
「商隊?」
「ああ。かなり離れていたからはっきりとは見えなかったが、さほど注意もしていなかったし断言はできないんだが……」
必死に記憶を探っているようだ。何とかユウトの役に立とうという気持ちが伝わってくる。少しでも力になりたいと。「だが今思えばあれだけの集団だ。商隊以外では限られているしな」
「……そうだったのか。それならそう考えるのが妥当だな」
レイラの話を頼りに道中の場面を思い起こしてみる。基本的には前を向いていたので、警戒はしていたものの詳しく周囲を見ていたわけではない。今言われて初めて何か人の列があったような気がした。しかしそういえば、程度のもので、はっきりいって覚えてない。気はするが、気にしてる余裕はなかったのでスルーしたのだろう。
「私も確証があるわけではないが……一応。……すまない、あまり役に立てなくて。却って混乱させただけかもしれない」
「いや、有力情報だ」
安心させるようにほほ笑んだ。まったく情報がないよりかはいい。どう結びつくかはわからないが、これで多少の進展は望める。
この世界には商売を生業としている集団がいくつもある。その中でも特に大きなところ商隊とよび、彼らは各地を転々とし、時に大陸を渡るなどその活動範囲は非常に広い。当然移動が多く、距離も長くなるので何者かに襲われる危険が高い。そのため商隊は護衛を雇ったり、専属の警護人を抱えるなどなんらかの防護措置をとっている。金銭的に余裕のない集団、小規模、商人は彼らに合わせて出発したり、合流し、途中まで同行するというケースが多い。それは商隊側も、もはや暗黙の了解で特別審査はしない。それも旅の醍醐味、だそうだ。それがどうしても出来ない場合でも命には代えられないので、割高でもギルドに頼んだり、個別に依頼することもある。もちろん例外はいるが、彼らは決まってろくな目に遭わないというのは常識だ。だから依頼する者がほとんどだ。そして商人だけでなく、旅人も安全のため同行することもあるので必然的に大規模になっていく。
そのことは知っていたので商隊がいることも、大規模だったという話も不思議はない。ただその瞬間ある仮説が浮かんだ。これなら説明がつく。
ユウトは急いで洞窟に取って返した。二度も通ったし、誰に気を遣うことも、気配を消す必要もないので全力で駆けていく。
一方残された二人は固まっていた。考えていると思ったらいきなり洞窟に走り出したのだ。しかも速いのなんの。それらの動作を頭で理解するのに時間がかかり、理解した瞬間にはもういなかった。
「……どうしたというんだ?」
「さぁ……?さっきもあんな感じだったしなぁ」
「そうだったのか」
なるほど。話には聞いていたが、実際に見ると見事なものだ。まるで反応が出来なかった。これなら置いてけぼりをくらうのも仕方ない。ついでにルーギが怒るのも。
「追うか?」
「……いや、あの様子じゃすぐに戻ってくるだろう。行き違いはありえないが、万が一を考えてここに待機してよう。考えがあってのことだろうし、邪魔はなるべくよしておこう」
そう言って洞窟内にいるユウトに想いを馳せた。何をしているかまったくわからないが、戻ってきた時聞かせてもらおう。それが有力な糸口になると予想した。
それからしばらく後、洞窟内にユウトの姿が浮かび上がった。
「あ、どうしたんだよ。急にまた入ってって」
「今度は何を発見したんだ?」
「それならそれでもいいんだけどさ、急になんかするのやめてくんない? ちったぁ何か言ってくんないと対応しきれないぜ」
いい加減シリアスな空気が嫌になってきたのかルーギが努めて明るく言う。少しでも気分を和らげようという気持ちが見える。それは大事だしありがたい。しかしまだ早かった。その時ではなかった。
レイラはすぐにユウトの様子に気がつき「どうした?」気遣うように声をかけた。取って返した時とはまるで違い意気消沈しているようだったからだ。
しばらく無言だったが、やがて重い口を開いた。
「……いくら待っても無駄だ。ここには来ない。……ない」
力なく言った。
言っている意味がわからず、なぜその結論になったのかもまるでわからないので当然その意図を尋ねる。しかしやはり言いにくいのか肝心なところは言い淀み、これ以上待っても無駄、挙句町に戻ろうと言い出す始末だ。それならそれで構わないのだが、せめて理由を聞かせてくれないと頷けない。
まったく要領を得ないが、何かに気づいた、この男にしかわからないものがあった、というのは感じた。それはルーギも同様で、何か知っているのだからと聞き出そうとしつこく迫るが、なかなか口を割らない。声を荒げ更に詰め寄ろうとしたところで「待つんだ」レイラが間に入った。
「あまり強引に話をさせようとしても却って言い出しにくくなるだろ? あまり急かすな。……と言いたいが今はそういうわけにもいかない。今回は私たちだけの問題じゃない。お前がわかってればそれで良い、というわけにはいかないんだ。私は良いのだがルーギや他の人はそうはいかない。お前が気づいた何かで多くの人が救われるかもしれないんだ。その手立ては一つでも多い方がいい。さっきも言ったがお前だけで抱えるな」
「……」
「……お前の気持ちを無視するようで悪いんだが、一刻の猶予もないのはわかっているだろ? ゆっくりでいいから話してくれないか?」
諭されなくてもわかってる。だが頼っていいと言われると却って気恥ずかしい。諭すようにやさしく言われると躊躇われる。まったく面倒な性格だ。しかし俺の中だけでまとめていいものではないし、ここまで引っ張り出してきた責任もある。どうあれ言わないわけにはいかない。やがて覚悟を決めたように口を開いた。
「……その反対さ」
洞窟を離れ町に向かって歩く。来た時とは違い気持ちが消え、足取りは重い。遠くに視線を向ければ商隊の列……と思ったが、それは未練がみせた幻で、晴れれば殺風景な景色が広がっているだけだ。
あの時気づいていれば……と悔やんでももう遅い。行方知れずになり、他の手がかりもなくなってしまった。戻らぬ相手を待っても意味がないので、態勢を立て直すために町に戻っている。というのは建前で、実際は打つ手なし、どうしようも出来ないというなんとも情けない理由だ。
(まさかこんなことになるとはなぁ……)
落ち込むユウトになんと声をかけたら良いかわからない。ヘタな慰めは傷つけてしまうだけ。しかし完全に放置も出来ない。何を考えているかわからないが何か策がある、いざという時の備えがある、こいつがいれば安心だ、というように信頼している相手なので尚更だ。その男が諦めたように言ったのは衝撃で、信じられなかった。本当にどうしようもない、そう感じた。それでも何かやれることがあるはずだと励まして、町に向かっているのだが、空気が重い。こいつは今何を考えているのか。そっと隣を見た。
「反対……とは?」
「多くの人が不幸になるってこった。俺のせいでな」
「なぜだ?」
「目の前……ではないが、そこにいたのに見逃したんだよ」
「い、いたのか!?」
「俺たちが来るのと入れ違いでな。……なんで今になって気づいちまったんだろ。どうせなら気づかないままの方がマシだった……」
「滅多なことは言うもんじゃない。入れ違いならまだそう遠くに行ってないはずだ。今なら追いつくのでは……」
「たとえ間に合うとしても、こんな広い大地の中じゃ追いかけようがない」
「じゃ、じゃあほとぼりが冷めたら戻ってくるってのは……?」
「張られてるっつーのにノコノコ戻ってくるバカいねぇよ。ここにはもう戻らん……」
このままで終わらせるわけにはいかない。住民のためにも。私たちのためにも。
「ユウト、もう一度調べよう。何か手がかりがあるかもしれん」
「……そうだな」
「お前はこのまま終わらないだろ?」
「……当たり前だ」
ニヤリと笑った。
商隊と通り過ぎた地点に差し掛かる。レイラに教えてもらったが、傷口を抉られるようで結構ツライ。もちろん悪意はなく、何かヒントになればと思ってのことなので文句は言えない。それに元をいえば気づかなかった俺が悪いのだから。
町に向かって歩いていると、何かの集団がやってきた。一瞬賊か? と思ったがすぐに改める。まだウロウロしているわけがない。それに雰囲気も統率されているようで、独特のものがあり、そこらのならず者とは違うとわかる。武装している点や、ガラの悪さは似たようなもんだが。
「レイラ、アイツらは……?」
「ん?ああ、……保安隊……だな」
少し距離があるので窺うように慎重に言う。
「あの町の? ここまで来るもんなのか?」
「事態が事態だからな。それに町の、とはいっても、実質その周辺地域の治安維持も請け負っているところがほとんどだ。逆に管轄が町だけ、というのは珍しいな」
「へぇ、ないのか」
「ないわけではないだろうが、あまり聞かないな。私が知る限りでは一つ、二つあったか……」
「なるほど」
じゃあここにいるのは何の不思議もないんだな。納得すると視線を戻す。
そうしている間にもどんどん距離は縮まっていき、およそ2メートルのところで立ち止まった。
睨み合う両者。警戒し様子を窺う。
先に動いたのは保安隊だった。
「賊か?」
リーダーと思しき男が言葉を発した。背は高く、がっちりとしている。体の至る所に傷跡があり、多くの戦闘を経験してきたことが見て取れる。身の丈ほどの剣を背負い、あふれる風格は確かな実力を感じさせる。
男の高圧的な物言いにカチンときて、
「そう見えるんなら保安隊なんつー大層な看板下ろしちまえ」
つい喧嘩腰になる。節穴が、と心の中で付け足す。
ユウトの応戦の構えに場に一層の緊張が走る。気に入らないのか、殺る気なのか武器に手をかけている者もいる。しかしそれに動じず、目の前の男を見据える。
両者対峙し身動き一つしない。いつまで続くのか、と思ったところで、男がふぅ、と息を吐き再び口を開いた。
「知ってるのであれば、状況を説明してくれないか?」
最初とはうって変わり軟化した態度をとる。
ユウトはしばらく無言で探っていたが、やがて「レイラ」呼びかけ自身は一歩引き場を空けた。
指名されたレイラは戸惑ったようにユウトを見る。ユウトは目配せし、顔を若干動かし話すように促す。正しく意図を読み取ったレイラは移動し、自分たちのこれまでの動きを話し始めた。
「洞窟内についてはお前が補足してくれ」
ルーギに頼むと自身は聞き役&監視に回った。




