奥編 moglie 18:黒き塚 Il tumulo nero
腕輪の効果音と共に仮想画面が開く。
“インスタンス:黒き塚„
厄介な処で始まるのか! 己の運のなさを嘆くしかない。
旅の衣は鈴懸の
旅の衣は鈴懸の
露けき袖やしをるらん
BGMに混じって微かに声が聞こえる。
意味が分からない。放っておくしかない。
周囲は夜、雲が空を覆い、月も星も見えない。
突然、炎が目の前に現れる。
ここには鬼が居るのです。
後ろからも声
あなたは喰い殺されるだけ
左からも
諦めなさい! もう逃げられない。
急に何も無くなる。
何だったんだろう。今のは?
ぽつりと水の雫。少しずつ雫が多くなり、雨となる。
灯りが見える。一軒家
とりあえず雨を避けるしかない。
家に取付き声を掛ける。
「すみません。どなたかいませんか?」
灯りが点いている。人はいるはず
「こんな夜更けにどなたかの?」
戸を開けたのは、老婆だった。
「すみませんが、道に迷いました。一夜雨露を凌がせていただけないでしょうか?」
「それは難儀じゃったのぅ。何もないあばら家じゃが、それで良ければ」
「有難うございます」
家に入っても隙間風は冷たいが、雨露を凌ぐことはできる。
「本当に何もないが、火だけは馳走できる。ささ、近くに寄り暖まるが良かろう」
囲炉裏に薪をくべると、揺れる炎が次第に大きくなる。
白湯を頂くと、身体の芯が温まる。
ふと、部屋の隅に目をやると、糸繰機が置いてある。
「糸繰をされているのですか?」
「ああ、麻草を縒糸とし、僅かな銭を稼ぐしかないのじゃ」
老婆はふっと溜息をつく。
「若き頃は町で色々とやったものじゃが、いまはこうして糸の如く細く長く生き延びて来た。糸が切れる時に、この身の生命も切れるのじゃろう」
驟雨が落ちて来る。
旋風が舞う
「夜も更けた。そろそろ休むが良かろう。藁の寝床を用意した。麻布一枚じゃが少しはましであろう」
「いえ十分です。有難うございます」
「婆は、もう少し夜仕事があるので隣の部屋に居る。決して覗かぬように、くれぐれもじゃ」
「分かりました。人様の家でそのようなことはいたしません」
寒さでなかなか眠れない。
何か音が聞こえる。隣の部屋からだ。
カリカリと何かを齧るような音
気になる。止められたが見たい想いが止められない。
部屋の中には人骨が
老婆が手を持ち、嚙り付いている。
人喰い鬼ってのは、この老婆?
急に振り返りこちらを見る。
「そこな者、見たな。我の姿を」
「なぜ人を喰らう?」
「ほう、人は喰ろうて生きるもの、喰らうものが人であって何がおかしい? 其方達も、人の力を喰らい、人の時を喰らい、人の心を喰ろうて生きて居ろう。人の身体を喰らうのと何処が違うのか?」
「違う! 人は助け合って生きるものだ」
「助け合う? 喰らい合うのと何処が違うのだ?」
「喰らい合えば人は消耗する。助け合えば育つのだ」
「ほぅ、そちは未だ人の本物の悪意を知らんのか? 幸せ者じゃ」
「人が本当に喰らい合うだけなら、共倒れして誰もいないはず」
「話しはもうよかろう。そちを喰らうとするか」
「黙って喰われるものか! 生きるのを投げ出す? そんなことはしない」
炎が散る!
本性を現し、般若の面となりり、周囲に炎が取り囲む。
むん! という掛け声とともに炎が襲って来る。
「水の壁!」
水魔法で防ぐ。火一辺倒なら対処できる。
「降雨!」
一帯に雨が降り注ぐ。
「ほら、お前の嫌いな水だ!」
般若は焦ったように体当たりに来る。
躱すのは余裕だ。シーフの素早さを舐めるなよ。
「水の連弾!」
集中攻撃を掛ける。
般若の周囲にある炎がひとつずつ消えて行く。
弱っているのは確実だ。
「風の波!」
水雫を乗せた風が何度も襲い、炎を消して行く。
「はは、そちは強いのぅ」
炎の全てが消え失せた般若が笑う。
「我が消えたとて、また新たな我が現れる。糸は続く」
鬼女は淡い光に変わり、こちらの身体に取付き、中に入って来る。
突然、炎が現れる!
前の炎が笑う。
あなたは喰ろうた。鬼女を喰ろうた。
後の炎が応える。
あなたは鬼女以上の鬼女
左の炎が告げる。
あなたは鬼女を継ぎ、また鬼女を生む。
「ああ、背負うものが一つ増えたな」
炎たちが薄く霞んで行く。
BGMに混じる微かな声が聞こえる。
夜嵐の音に立ち紛れ失せにけり
音に立ち紛れ失せにけり
腕輪の効果音が響く。
“インスタンス・クリア:黒き塚„
次回 「奥編 19:ダンジョンもどき Qualcosa di simile a un dungeon」




