弟はしっかりしているのです
ゆらゆら
景色がゆらめく
ゆらゆら
ゆら…
段々そのゆらめきが落ち着きその存在が鮮明に浮かび上がった。
「おかぁさん?」
「真白、この人が貴女の新しいお父さんよ。」
そう言うお母さんの横に大柄の男の人が立っていた。高い所から見下ろされ、その威圧感たまらなく怖くなりお母さんの足にしがみついた。
「ごめんなさい、鷹翔さん。この子人見知りするの。」
「いや、いいんだよ。急に知らないおじさんが来たら怖がって当然。逆に怖がらない方が誰かに連れていかれそうで心配さ。」
大柄の男の人はお母さんの足にしがみつく私の目線に合わせるようにしゃがんだ。
「真白ちゃん。これなら怖くないかい?」
「…怖い、です。」
しゃがんでもやっぱり怖い。この人の目がテレビで見た獲物を仕留めるときの鋭い鷹を彷彿とさせて、小さい私は恐れた。
「確かに鷹翔さんは強面で怖いかもしれないわねぇ。」
「雛子さん、酷いなぁ。私は真白ちゃんと仲良くなりたくて必死なのに。」
くすくすと笑うお母さんと困り顔の大柄のおじさん。私は2人を交互に見た。お母さんが男の人に警戒している様子はない。寧ろその表情は穏やかで…
「真白、あとね貴女にはお兄ちゃんと弟も出来るのよ?ほら、鷹翔さんのうしろ」
お母さんに言われてようやく2人の男の子よ存在に気づいた。1人は私より背が高く、笑みを浮かべながら大柄の男の人の1歩下がった位置に立っていた。もう1人は私より背が低く私と同じように大柄の男の人の足にしがみついており顔はよく見えない。
「いつまでも私の足にしがみついていたら2人に笑われちゃうわよ?」
くすくす笑うお母さん。私は急に恥ずかしくなりお母さんから離れた。
「改めまして、私は真白ちゃんの新しいお父さんの鷹翔。雲雀、鶫お前達も。」
「はい。」
そう言って前に出たのは背の高い男の子だ。
「初めまして、僕は雲雀。今年で13歳だから真白ちゃんとは4歳差かな。よろしくね。ほら、鶫も。」
背の高い男の子は大柄の男の人から背の低い男の子を剥がし私の前へと突き出した。
「………………つぐみ。6さい。」
それだけ言うとすぐ背の高い男の子の後ろへと隠れてしまった。
「ごめんね。コイツ、人見知りが激しくて悪気は無いんだ。許してくれる?」
背の高い男の子は困った顔を向け私にそう言ってきた。私はこくりと頷く。それを見た背の高い男の子はほっとし「ありがとう。」と言った。
未だに大柄の男の人は怖いけど、この新しい兄弟のことは怖くない。
私は思いっきり空気を吸った。
「初めまして。真白です。9歳で今小学3年生です。よろしくお願いします。」
これが巣守兄弟と新しいお父さんとの出会いだった。
*****
ふと意識が浮上する。
ぼんやりしていた視界が段々カメラのピントが合わさるかのように鮮明になってきた。
見えてきたのは、見慣れない白い天井。自分の城《寮》の天井はクリーム色だ。自分の城ではないことは確かのようで…。
「真白、目が覚めたの?」
「ーっ!?」
いきなりひょこっと視界に割り込んできた存在に驚き声にならない悲鳴を上げた。
私の反応に対し、その人は眉間にシワを寄せ顔を顰めた。
「なに、その態度。それが助けてやった弟に対する態度なの?」
「ご、ごめんなさい、鶫君。びっくりして、思わず…でも、私どうしてここに居るのかわからなくて…!」
呆れた声が頭上から降り注ぐ。これ以上弟の機嫌を損ねたくない。私は慌てて起き上がろうとするが、弟に肩を押されベッドへと戻された。この時の初めて白いベッドに寝ていたことに気づいた。…ここは病院?
「急に起き上がろうとしないで。また倒れたいの?そして真白、言ってること意味わからないから。」
「ご、ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ。家族なんだから。」
「う、うん。ごめんなさい。」
「…あのねぇ。まぁ良いけど。」
「あ、あの鶫君。なんで私こんな所に居るの?」
「覚えてないの?真白は家の前で倒れてたんだよ。」
まじか。あの時点で家に到着してたんかい。あと数歩がんばれよ、自分。そうすればアスファルトなんかにファーストキスを捧げなくてもすんだというのに。
「コンビニから帰ってきたら人が倒れててびっくりしたよ。確認したら真白だったから慌てて救急車呼んで、この病院に来たってわけ。診察の結果熱中症だってさ。」
う そ で しょ
家まで5分もかからない駅から歩いただけで熱中症になったの、私。どんだけ貧弱なの。
「現在点滴してから約50分。そろそろ終わりそうで看護師さんを呼びに行こうとしたら真白が起きたってわけ。何か質問ある?」
「な、ないです。…お手数をおかけしてすみません。」
「家族なんだから気にしないで。俺真白が起きたこと看護師さんに伝えてくるから少し待ってて。いい?勝手に出歩かないでよ。」
「……はい。」
私が返事したことを確認してから弟は病室を出た。
…3歳年下の弟が私よりもしっかりしてて辛い。これじゃどっちが年上かわからない。何とも切ない気持ちになる。
弟、鶫君は私の3つ下の18歳。確か高校3年生だった、はず。私が寮に住み始めてからは年に1、2回ぐらいしか会っていない。鶫君が中学生の頃、私がまだ実家に住んでいた時は私よりも小さかったのに去っていく後ろ姿を見て随分伸びたなとしみじみと思った。
鶫君はお父さん譲りのアッシュブランの髪を持つ。ふんわりとしているのはくせ毛らしく、鶫君が中学生の時、兄に雨の日はくせ毛が酷くなって嫌になると言った時、兄は「僕の髪は重たい感じになっちゃうから鶫が羨ましいよ。ほら、ここに座って。直してあげる。」と、言って鶫君を椅子に座らせて髪を整え始めた。朝からその光景は私からすればご褒美もんで開いた口が塞がらなかった。
「にーちゃん、擽ったいよ。」
「動かないで。」
「あ、そこやめてってば!」
「お前は本当にこういうのに弱いね。そんなに擽ったい?」
「や、やめっ、」
なーーーーーんてナチュラルにいちゃつくこの綺麗な兄弟は私のツボをクリーンヒットしてくる。本当とんでもねぇー奴らや!本当に朝からけしからん!もっとやれ!続きを見せろ!
ゲフンゲフン。
おっといけない。話が逸れた。何を考えてたんだっけ?あぁ、そうそう鶫君だ。背が伸びた鶫君。可愛らしいお顔を持つ鶫君。こういう可愛らしいお顔した子がグイグイ攻めていくのが実は私の好物でして…ゲフン。
因みに雲雀さんもその髪色は受け継いでいる。お父さんの血が濃いのだろう。あの3人はよく似ている。私はお母さん譲りの真っ黒な髪の毛で真っ直ぐ腰まで伸びてる。染めるお金がったら本を買う私は一回も染めたことのないのでバージンヘアーのままである。
自分の髪の毛1束を摘みぼんやりと見つめた。
(…染めれば、皆と暮らせるかな…。)
あの美し過ぎる皆と…
お父さん、お母さん、雲雀さん、鶫くん……。
ひとりひとりの顔を思い浮かべては落胆する。
(いや、髪染めたって無理ゲーだわ。無理無理。)
醜い私はあそこで暮らせない。