プロローグ
古びた図書館の、さらに奥。
何百年もの時を経た石造りの壁には、ところどころ蔦が絡みついている。
高い天井まで届く本棚には、古びた書物が隙間なく並び、長い年月を物語るように薄く埃をかぶっていた。
窓から差し込む月明かりだけが、静まり返った書庫を淡く照らしている。
その一角で、一人の少女が古びた書物を読み続けていた。
淡い金の髪(『金銀』という表現は一般的ではないため『金の髪』もしくは『銀の髪』のほうが良いかと思われます。『金銀』でも言いたいことはまあ何となく伝わるけど……ちょっと引っかかるかな……)が肩から背へと流れ、月明かりを受けるたび、白銀の中に僅かな金色が浮かび上がる。
白を基調とした衣服には、胸元に小さな聖印が刻まれていた。
少女は何冊もの記録を机に積み重ね、眉を寄せながらページをめくっている。
「……やっぱり、おかしい」
一冊の本を閉じる。
表紙には、古い文字でこう記されていた。
――『聖剣勇者戦記』
神に選ばれた勇者、アウルム。
そして――
神に選ばれなかった少女、アルジェナ。
聖剣教会の記録では、彼女はこう記されていた。
――偽勇者。
神に選ばれることなく、それでも勇者を名乗り、悪魔と契約した少女。
人々を守るために戦いながら、最後には勇者アウルムによって討たれた。
それが、聖剣教会に伝わる物語だった。
「アルジェナが死んで……もう何年になる?」
少女は別の記録を開いた。
アルジェナの死をきっかけに、人々は二つに分かれた。
彼女を悪魔に魅入られた魔女だとする者。
彼女こそ人々を守った真の勇者だったとする者。
やがて両者の対立は戦争へと発展した。
そして――
「……今も、終わっていない」
少女は眉を寄せた。
アルジェナはもう死んでいる。
アウルムも、とうの昔に歴史上の人物となった。
それなのに。
なぜ戦争は終わらない?
「……アルジェナが死んだことが、戦争の始まりだったのなら」
静かな書庫に、彼女の声だけが響く。
「どうして、その死だけで戦争が何年も続くの?」
その疑問から、少女は調べ始めた。
聖剣教会の記録。
聖女教会の記録。
各地に残された古い文書。
戦争を生き延びた人々の証言。
一つずつ読み比べていく。
すると、不思議なことに気づいた。
聖剣教会の記録では、アルジェナは危険な悪魔契約者として記されている。
だが。
聖女教会の記録には、彼女を必要以上に悪として扱った記述がほとんどない。
むしろ――
「……人々を救っていた?」
少女は一枚の古い記録を手に取った。
そこには、アルジェナが遠い村を訪れ、魔物から人々を守ったという記録が残されていた。
さらに別の記録。
そこには、魔物についてこう書かれていた。
――世界に生じた異常より生まれた生命。
「……魔物は、悪魔の眷属じゃない?」
少女は別の本を開く。
人々の間では、こう語られている。
――魔物は悪魔によって生み出された。
――悪魔と契約した者は、魔物と同じ存在になる。
しかし。
古い記録には、そんなことは一言も書かれていない。
そして、さらに奇妙なものを見つけた。
悪魔についての記録。
あまりにも少ない。
聖剣教会の記録にも。
聖女教会の記録にも。
まるで――
「……最初から、何も残っていないみたい」
そのとき。
古い記録の間から、一枚の紙が滑り落ちた。
少女はそれを拾い上げる。
そこには、戦場で描かれたらしい一枚の記録画があった。
黒い髪。
銀色の名残をわずかに残した髪。
そして――
少女の手には、一本の魔剣。
その姿を見た少女は、息を止めた。
「……これが、アルジェナ」
絵の下には、簡素な文字が記されている。
――悪魔の剣を携えし、銀髪の少女。
しかし。
その記録画の余白には、別の言葉が小さく書き残されていた。
――村を襲った魔物を討伐。
――負傷者、三十七名を救護。
――避難民を安全な町まで護送。
少女は眉をひそめる。
「……偽勇者が、人を守っていた?」
さらに、その下には別の記録。
――彼女は、戦うたびに髪の色を失っていった。
少女は、その一文を何度も読み返した。
アルジェナが悪魔と契約したことは、間違いない。
だが。
それだけでは、この少女のことを説明できない。
「……あなたは、本当に……何だったの?」
少女は記録画をそっと机へ置いた。
その隣に残されていた古い書物を開く。
そこには、かすれた文字があった。
――天より堕ちし者。
「……これは、何?」
答えは書かれていない。
ただ、それだけが残されていた。
少女はしばらくその文字を見つめた。
やがて、積み重ねられた記録へ目を向ける。
アルジェナの死。
アウルム。
悪魔。
魔物。
神。
そして、終わらない戦争。
すべてが一本の線で繋がっているようで。
どこか、大切なものだけが抜け落ちている。
「……調べてみよう」
少女は立ち上がった。
「アルジェナが、本当は何者だったのか」
そして。
「なぜ、あなたが死んだあとも……この戦争は終わらないのか」
その問いに答えるために。
少女は、古い歴史の扉を開く。
まだ彼女は知らない。
その先に待っているのが――
神への疑念なのか。
悪魔の真実なのか。
それとも。
人間が信じ続けてきた「正しさ」そのものなのか。
これは、神に選ばれなかった勇者の物語。
それでも、人を守ろうとした一人の少女の物語。
そして――
その少女の死をきっかけに始まった、終わらない戦争の物語。
――この話の真実は、なんだろうか?
誤字あったら教えてほしいんだ!
そして読んでくれてありがとなんだ!




