173、城壁上の戦い
「ヒスイ先輩!?」
不死の王で埋め尽くされた平原に一瞬にして骨の塔が出現し、そこから飛び出てきたアンデッドにヒスイは弾かれて墜落していく。
「これはいかん!」
師団長のシャオスは水蟷螂之槍改を力強く掴む。
もはや彼らの信仰の対象となった投神から授かった槍だ。
敵を倒す為の力ではなく、誰かを生かす為の力。
今のシャオスには自然と最高の投げができそうな気がした。
「彼の者は未だ死すべき刻に非ず!
【告死無想】ァァァッ!」
彼の手から放たれた槍は天使のように水の翼を広げて飛翔する。
槍は揺るぎなく大鳥のように飛び続け、その軌跡が墜落するヒスイに寄り添うように交わった。
「…う…あ、槍…?」
ヒスイは朦朧とする意識の中で、今までの人生を走馬灯のように見ていた。
彼女は槍に全てを捧げてきたことを再認識する。
それが無駄だったとは思わない。
しかしそれだけでは登れない頂に憧れてしまったのだ。
「わ、私には槍があるんだ…
この槍を以て投げを極めん
それが私の道だ!」
完全に覚醒したヒスイは並走していた槍を掴む。
それだけで師団長が自分を助ける為に投げてくれたことを理解した。
「【告死無想】【飛竜】」
槍を投げる勢いで上昇し、竜騎士の魔技で飛翔する。
腕は薄皮一枚で繋がっているだけで、風圧でぶらぶらと揺れているような状態だ。
四肢は失くしてしまうと再生が困難になる。
ヒスイは獣のように手首を噛む。
神経が繋がっていない自分の腕はこんなにも重いものかと、彼女は妙に感心した。
ヒスイは飛び続け、再び城壁上に舞い戻ってきた。
集中が途切れたのか、墜落するように乱暴に着地した。
「ヒスイ先輩!」「先輩殿!」
「ヒスイ先輩殿っ!」
「すぐに回復を!」
団員たちが駆け寄る。
「麗しの竜人姫!」
団員たちを掻き分けて出てきたのはテンゲイン・チルドレンのリーダー格の一人であるクワンだ。
「しっかりしろっ!
アイラっ!ボウヂャっ!いや、白魔術師!
この方を治療しろっ!早くっ!」
チルドレンの中で回復に秀でた者を呼び寄せて治療に当たらせる。
複数人による回復魔術でヒスイら何とか瀕死状態を脱した。
しかし腕は完全には繋がっておらず、教会での本格的な治療をしなければならない。
「…ありがとう、もう大丈夫だ」
ヒスイは皆に礼を言う。
「ヒスイ先輩、何が起こったのだ?」
師団長のシャオスが冷静に問う。
「魔人が不死の王に転生したようだ
確認できたのは2体
双子のように瓜二つの奴らだ
よく分からん特殊な能力でアンデッドを操ることが出来るようだ
気をつけろ、強敵だ」
「骨の魔人か…」「骨魔人?」
「次から次へと、厄介な!」
「しかし不死の王に転生しているから魔法は使えない筈だ
そういう意味では与し易いのでは?」
「確かにこの世界の制約を受けている筈だが、奴らは一般的な魔術魔技にはない不思議な技を使うようだ」
「固有能力か…」
この世界には他の者には使えない固有魔術、固有魔技を有する者がいる。
さらには称号等により固有の効果を発揮できる者もおり、総じて固有能力といわれている。
正体不明の力に対抗するほど怖いものはない。
しかし投神の薫陶を受けた彼らは未知なる恐怖に立ち向かう力を備えていた。
「我らがやることは唯一つ
投げて投げて投げ尽くすのみ!」
「「「おおう!」」」
団員たちの気迫にチルドレンたちも当てられて奮起する。
「あんなの来たらコソッと逃げられないじゃねーか!」
「各個撃破されるだけだ…」
「脱出する時は全員で行くしかあるまい」
「やるっきゃねー!」
逃げ時を失い、半ば破れかぶれの者もいるが。
「もうすぐ投神様が民衆を連れて来て下さる!
それまで持ちこたえるのだ!」
「「「おおお!」」」
「…ウわッキたナ」
「きタなィ」
「来たぞっ!」
不死の王たちが二手に別れて道を作り、そこを2体の骨のアンデッドが歩いてくる。
それは鏡映しの異形。
魔人が魔物の不死の王に転生した姿だ。
三本腕の歪な身体を戦士系と魔術師系の装備で包んでいる。
背徳的で反則的なこの世界への適応方法をやってのけた異世界の侵略者に、この世界の人々は強い忌避感を感じる。
この存在は否定しなければならないのだと、この場にいる全員がそう感じた。
「はキケがスる」
魔術師系の骨魔人がその骨の手で握る杖を翳す。
「あぁっ!?」「やべぇっ!」
不死の王がガラガラと転がるように集まり、スロープ状に積み上がっていく。
骨魔人と城壁上を繋ぐ橋のように。
「壊せっ!」
シャオスの号令一下、聖水を滴らせた瓦礫が一斉に投げ放たれる。
「「「【告死無想】」」」
叩きつけるように投げられた瓦礫の群れは、城壁上にまで伸びた骨の橋をいとも簡単に破壊していく。
まるで飴細工を壊すかのように崩れ落ちていく骨の橋。
「いいぞ!」「このまま壊してしまえ!」
骨の橋は城壁上に届くことなく崩落した。
「キっモ」
しかし落ちていく不死の王の1体がパチンと弾けるように跳ね上がる。
それは独楽のように回転しながら浮遊し、城壁上の団員たちに襲いかかった。
「ぎゃあああ!」
「ぐわっ!?」「がはっ」
独楽の着地点にいた団員3名が一瞬にして細切れにされる。
血風を四方に飛ばし、現れたのは不死の王ではなく城壁下に居た筈の戦士系の骨魔人。
「入れ替わりやがった?!」
「キャスリング?」「これが固有能力か?」
「決めつけるな!
とにかく下に叩き落せ!」
投げに目覚めた第十師団の強みは一方的な超遠距離攻撃にある。
懐に入ってしまうと相手の防御魔術魔技も発動して防ぎきられる。
団員たちはそれを理解しており、必死に瓦礫を叩きつける。
「「「【告死無想】」」」
壁となり押し寄せる瓦礫を骨魔人は再び身体を駒のように回転させて尽く切り落としていく。
瓦礫を放ち終わると同時に回転をやめる骨魔人。
「無傷っ!?」
「バカな!ドラゴンでも削りきれるほどの瓦礫だぞ?」
団員たちに動揺が走る。
「もらった!【必中】」
「【飛刀】」「【切断】」
一瞬の隙を狙っていたチルドレンたちが一斉に魔技を放つ。
「キたなィッて…【センジュ】」
三本腕の骨魔人は無数の手を生やし冒険者たちの攻撃を迎撃する。
何十本もの腕を破壊しているのだが、次から次へと生えてくる腕に遮られて骨魔人本体にはダメージが通っていないのは一目瞭然。
「ちっ、“魔技”で防ぎやがった」
「あれは魔技なのか?」
「あぁ、超希少魔技だ」
魔人は魔術魔技を超える魔法を使うという。
それが不死の王に転生した為か魔技を使うようだ。
骨魔人は無数の腕を生やしたままチルドレンの方に突進してきた。
「みな距離を取れっ!」
大盾を担いだ冒険者が果敢に立ち向かう。
「【シールドバッシュ】ぐはっ?」
「ボウヂャー!?」
重戦士の魔技を引き継いだ聖騎士ボウヂャのシールドバッシュは骨魔人の腕を1本砕いたが、残る千の腕で大盾ごと彼は切り刻まれてしまった。
「三大聖騎士のボウヂャがこんな簡単にやられるなんて…」
「チルドレンの中でも最大の防御力を誇るってのに!」
「しゃれになんねーって!だから早く逃げときゃ良かったんだよ!」
「とうさん…か、あさん…」
ボウヂャは瀕死状態で意識が朦朧としており、戦闘不能だ。
止めを刺そうというのか骨魔人が近づいてくる。
「させんっ!」
「ボウヂャしっかりしろっ!」
ボウヂャと共に三大聖騎士と称えられるルアンとアイラが両サイドから攻撃を加える。
二人の目にも止まらない鋭い斬撃は確かに骨の腕を砕いた。
しかし、やはり別の腕によって斬り返されて二人は重傷を負う。
「くそっ!」
「コイツ、わざと腕を破壊させてカウンターを取りやがるっ!」
聖騎士とはいえ、その高い回避能力で何とか瀕死状態を免れた二人は皆に警告を与える。
「はキけガ」
骨魔人は大勢の敵に囲まれているのにもかかわらず、鷹揚に城壁上の人々を見渡す。
自分を脅かす程の力を持った者を探すように。
この世界の人と同じような感情があるのか不明であるが、どこか骨魔人は人々に興味を失い、無人の荒野を歩くかのように無造作に進んだ。
足元の小虫を踏み潰すほどの気軽さで虐殺を始める気なのだ。
「待て」
その骨魔人に挑戦する者が現れる。
ヒスイである。
倒れている者たちと大差ないような重傷を負っているが、曇りのない静かな闘志を滾らせている。
「我が愛槍、一角獣之槍を馳走しよう」
そう言うとヒスイは手に持つ槍を肩に担ぐように構え、左手を噛んで固定する。
左手は見た目は繋がっているが、仮止めような状態であり動かすこともできないのだ。
そんな身体でもヒスイは自分の半生を共に歩んできたこの槍に絶対の信頼を寄せ、投げを放つ。
「【告死無想】」
ヒスイの全てが乗ったような重い一撃は骨魔人も流石に脅威と判断したのか独楽のような回転斬りで対抗する。
金属が削れていく音は悲鳴のように悲しく響く。
「一角獣之槍…!」
ヒスイの槍は数十本の骨の腕と引き換えに完全に破壊された。
骨魔人の回転は勢いを増してヒスイを斬り飛ばす。
「ぐはっ」
鮮血をまき散らし、ヒスイは再び左手を斬り離された。
「…キたネぇ」
回転を止めた骨魔人は千手の効果が終わったのか、通常時の三本腕だ。
やはり骨魔人は無傷のままで、構えることなく悠然と立っている。
その時、虚をつく者あり。
「…スキあり、と先生なら言うぞ?
【告死無想】」
ヒスイは切断された左手を投げた!
バキャンッ!
貫手の形に硬直した左手は鋭い槍のように飛び、骨魔人の胸部を完全に破壊した。
わざと切断させた腕から激しく血を噴出させながら、ヒスイはニヤリと凄惨な笑みを浮かべた。




