目覚めろクロノス
足枷によって俺達の位置を把握していた看守達に囲まれてしまった俺とアルセ。
「ど、どうすんねんクロノス! 俺はまだ骨付き肉かて食った事もなければ、女を知らん童貞なんやぞ! このままこんな所で死にたくなんかないわ!」
まただ、アルセの童貞と言う言葉に反応するように、胸の奥底で何かがざわつきやがる。
グッと胸を抑えながら俺達に剣先を向ける看守に目をやるが、丸腰の俺達には勝ち目なんてあるはずもない。
それにこの場を凌げたとしても足枷が外せない限り、俺達の未来はお先真っ暗だ。
どうすればいい? そう思った時、腰を下ろしていたガルフのじいさんが徐に立ち上がり、腰に提げていた刀身を抜き取った。
「仕方ないのー。聞いていた話と若干違うものの、こんな所でお前さんを死なせる訳にもいかんからの。儂が相手をしてくれるわ」
「ああ? なんだこのダークエルフのジジイわっ?」
「ん? こんな奴居たか? お前奴隷番号は何番だ?」
「ってかこのジジイ足枷が付いていねぇーぞ!」
「この野郎どうやって足枷を外しやがったぁ!?」
看守達は俺とアルセに夢中になり過ぎてガルフの存在に気づいて居なかった様子だったのに、自ら剣を抜き取り看守達の注意を集めるガルフ。
「番号? 足枷? なんのことじゃ? そんな物この儂には端っから付いておらんわっ。小童共がっ!」
「な、なんだとこのジジイ!」
「くたばり損ないのジジイだっ。どの道奴隷としても使いモンにならねぇー! 気にせず廃棄処分だ!」
看守達は丸腰の俺とアルセよりも剣を構えるガルフの方を優先したようで、四人がかりでガルフに襲いかかった。
だが、ガルフは老人とは思えない身のこなしで振り下ろされる刃をいとも簡単に躱している。
「なんじゃ? 随分とゆっくりな剣筋じゃのう? あまりの遅さに屁が出てしまうわ」
――プー
最小限の動きで看守の太刀筋を瞬時に見極めそれを躱すガルフ。
ガルフに躱された看守の剣先は空を斬り、剣先が地面に音を立てる。
その僅かな隙をついて、ガルフは看守の顔の前に尻を突き出し、豪快に屁をコキやがった!
「クッセェエエええええ!? このジジイ何しやがんだっ!」
「ホーホホホホホッ―― 昨日喰った芋が効いとるのかもしれんの」
「というか、ホンマに臭すぎるやろクロノス! 何食ったらこんな強烈な臭いを尻から噴射できんねん!」
「なんで俺に文句言うんだよ! 俺がこいたんじゃねぇーんだから知らねぇーよ! それに芋食った所為だってじいさんが自分で言ってるじゃないかよ!」
「芋っての食ったら毒ガスみたいなのが尻から出るようになるんかいな! 俺はぜってぇー芋だけは食わへんぞ!」
辺に強烈な悪臭が立ち籠る中、バカにされた看守達が怒りに肩を震わせている。
じいさんが強いのは十分わかったけど、わざと看守達を怒らせる事はないじゃないか。
「じいさん強いんなら早いところなんとかしてくれよ!」
「うむ、ではそろそろ終わりと行くかの?」
余裕の微笑みでガルフが少し腰を落とすと、妙な音が聞こえてきた。
――グキッ!!
「っあぁ……」
どうしたと言うのだろう? 先程まで微笑みを浮かべていたガルフの表情があっと言う間に曇っていき、悲壮な顔へと変わっている。
「ちょっ、ちょっとタンマ……」
「「「「「「………………」」」」」」
突然のガルフの変わりように俺もアルセも看守達も呆然とガルフを見つめている。
一方、ガルフは構えていた剣を杖のように突き、少し頬を赤らめては俺に向かってこう言った。
「年には勝てんの……。ぎっくり腰のようじゃ、あと頼んでもいい? っあ、それと、出来ればおぶって儂を守ってちょ」
「「「「「「………………」」」」」」
「嘘やろ……このジジイ………」
と、囁く様に言ったのはアルセだ。
思わず固まってしまった俺をよそ目に、看守達は大笑いしている。
その僅かな隙をついて、アルセが動けなくなったガルフを背に担ぎ、一気に走り始めた。
「とにかく今は逃げるでクロノス! 走れっ!」
俺も走り出したアルセの後に続いて駆け出した。
俺達は複雑に入り組んだ鉱山の洞窟を突き進むが、すぐに行き止まりへと追い込まれてしまう。
「ど、どうすんねん! これじゃもう逃げ道がないやないか!」
「お前がこっちに走ってきたんだろ!」
「言い争いをしておる場合ではないぞ!」
「お前が言うなやっ!」
「お前が言うなよっ!」
退路を断たれた俺達の前に、再び看守達がぞろぞろとやって来る。
武器を片手にほくそ笑む看守達を見て、俺は覚悟を決める。
「アルセ! どうにか俺が看守達の気を引き付けるから、その隙にじいさんと逃げるんだ!」
「アホ言えっ! 唯一の友達を見捨てて俺だけ逃げる訳に行かんやろうが! それにこの枷がある限り、どの道アイツ等からは逃げられへんねんぞ!」
「それでも考える時間を稼ぐくらいにはなる!」
「おい、ちょっ待てやアホっ!」
俺は看守達に向かって走り込み、振り抜かれた剣先を掻い潜っては高く飛び跳ねた。
そのまま空中で素早く足を振り回し、足に付けられた鉄球を看守の頭めがけて振り放つ。
二人の看守の頭に鉄球が重量感のある鈍い音を立てると、堪らずその場に倒れ込む二人の看守。
そこに透かさず三人目の看守が鋭い剣先を振るってくるが、俺はそれを間一髪バックステップで躱す。
だが、目の前で刃を振るう看守に気を取られ、俺は俺の背後へと回った四人目の看守に気づくのが遅れてしまった。
その結果、俺の背後に回った看守の剣先がいとも簡単に俺の背中を切り裂いた。
「あああああああああああああっ!」
焼けるような痛みが全身に走り、吸い込んだ息を吐き出す事ができない。
同時に落雷に打たれたような衝撃が全身を駆け回る。
それが心の奥底で眠っていた何かに火をつけ、溢れ出した何かが頭の中へと一気に流れ込んでくる。
王の間――
『いいざまだな、クロノス。やっぱりお前は勇者になれるような器じゃなかったんだよ。でも安心しろよ。リリィーはこの聖剣のマギが――』
魔王城――
『俺の目的は人間と魔族の共存だ。今は俺の言っている事が理解できなくても、必ずお前は今日のこの日をいつか思い出すはずだ。そしてそれこそが――』
村の教会――
『凄いわクロノス! 誰も見たことのない勇者なんて、凄すぎるわよ! きっとクロノスは平和な笑顔で溢れる世界を作る勇者様になるのよ!』
次から次へと流れ込んでくるその鮮明な記憶が、フラッシュバックのように俺の頭に突き刺さり、俺は獣のような叫びを上げた。
「うわあああああああああああああっ!」
倒れ込み断末魔のような悲鳴を上げる俺を見下ろす看守。
その看守が顔を歪ませ剣先を頭上高く掲げている。
「廃棄、廃棄、廃棄処分だああああああっ!」
「やめろおおおおっ! クロノススススススス!!」
俺を呼ぶアルセの声が吹き抜ける風のように通り抜けると、俺は全てを思い出した。
全てを思い出した俺は痛みを堪え叫ぶ。
「――時狭間!!」
叫ぶアルセも、俺の目前で剣を振り下ろす看守も、皆セピア色に染まる。
世界は俺だけを残し、停止した。




