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18-1:過去と出会い

ふと、声が聞こえた気がして振り向いた。遠くに誰かの影が見える。気のせいかも知れない。

周りは白い煙のような霧のようなもので自分が何処に居るのかさえも分からない。まして遠くの影が何者かなど本当に人なのかさえも判断がつかない。

でも誰かが自分を呼んだのならそちらに行きたい、何故だかそう思った。

駆け出してみるといつもよりも体が軽く感じ、無意識に自分の四肢に視線を向ける。そこには何も無かった。霧に包まれて見えないのでは無い。そこには体が無かった。

理解した瞬間先ほどまであった地面に足を付く、腕を振る、息をする、全ての「身体」の感覚が消えて意識が全速力で遠くの「誰か」に向かって行った。


探していた。見つけた。


きっと今自分は笑っている。目を大きく見開いて口角を存分に上げている。身体があったならば、きっと。

無我夢中で向かった先の人物が穏やかに笑ったのを感じた。




キーンコーンカーンコーン


耳慣れたチャイムの音で僕はガバリと頭を上げた。起きたて特有のまどろみなど一切無い目覚め。まるでちょっと瞬きをしただけのような心地である。

突然動いた反動で机と椅子がガタリと大きな音を立てた。周囲が僕に注目したのが分かった。


「シルヴァン、よだれを拭け!」

「おっと。すみません、先生」


この席から一番遠くの場所からすぐに声が飛んで来る。たくさんの文字が書かれた黒板の前で佇む先生の眉間には皺が寄っている。それは歳のせいなのか僕のせいなのか。

へらりと笑って返事をし、自分の口と顎を袖で拭う。7才でこの反応はちょっとおっさん臭いかなと自分でも思うが仕方ない。

「ごめんなぁさい先生ぇ」なんて可愛く謝ったりするのは精神年齢三十路な私にはもう無理だ。ごめんね先生。

僕が笑うとシンと静まり返っていた周囲が途端にざわめき出す。授業ももう殆ど終了だったから特にリラックスムードに拍車がかかったのだろう。「なにやってんだよー」とか「また寝てたの」とか「びっくりしたぁ」などと言う声が笑いまじりにクラスで沸き起こり、それに返すように僕はまたえへへと笑った。

そんな僕に先生は一層険しい顔をした。そりゃあそうだろう、授業開始数分で寝て授業終了直前に起きた生徒に良い顔する教師はいない。しかも常習犯もいいとこなのだ。


「へらっへらして、良い度胸だなあ、おい。毎回毎回居眠りこくとかどういう神経してんだ」

「ごめんなさい」


そう言って睨みつけて来る先生に、ごまかすような困ったような微妙な笑みを絶やさず応戦する。周りからクスクスと笑い声が聞こえる。

現代日本の例えば高校生だとしたら、クラス全体の反応はもっと白けたものだっただろう。異世界の、のんびりした土地柄の小等学年だからこその暖かい雰囲気に心の中で感謝する。

どんなに自分のせいであっても、やはり冷たい反応をされるのは嫌だから。


「お前本当に反省してるのか、まったく。あー、もう今日はいい。ほら授業終わりだ。係のやつ号令かけろ」


40代のくせに、教師のくせにこんな不良みたいな態度を取って来る先生は、見た目に似合わず生徒思いで実は甘くてちょっと怖くて怖く無い。どこかのライトノベルの登場人物のような彼はいつもこうやって折れる。

授業なんて興味ないし覚える気もないからうっかり寝てしまうんです、なんて流石に言えないからごまかすしかないのだ。そうして先生が根負けして話が流れるのを待つ。きっと嫌な生徒だろう。終了間際とは言え、授業を妨げたのは元日本人としてはとても申し訳なく思う。授業態度がクソガキであることも否定出来ない。

と言っても言い訳だけはさせて欲しい。こんな授業妨害はめったにしない。今日ほど大事になるのは稀で、普段は寝てるとこちょろっと起こされたり放っとかれたり、授業後に注意されたりするだけだ。授業の妨げにならない時はそんなものなのだ。


先生の呼びかけに従い、係の子が号令をかける。起立、礼の声と共にクラス全員がお辞儀をし、着席、と聞こえた途端にクラスがまたワッと賑やかになった。

1日の予定から解放された子ども達は清々しい顔をしておしゃべりをしたり、とっとと教室を後にしたりとまるで放牧した羊のように自由だ。

この学校には帰りの会と言うものが存在しない。決めごとなどはすべて朝の会でやってしまうので最後の授業が終わったら生徒はそのまま各自帰宅する。

生徒や教師の服、校舎の造りなどが中世ヨーロッパのようで人々の髪や瞳の色がカラフルでなかったら普通の現代日本とそう変わりない光景である。

どこへ行っても人間の行動は変わらないなとクラスを見渡し、最後に窓外の空に目をやった。


僕もさあ帰ろうとカバンを持つと、先生に首根っこを掴まれてずるずると教卓まで連れて行かれた。


「先生、友達が待ってるから。」


もしこの世に教育委員会があったら即通報したい。そんなことを思って不機嫌に答えると先生は目線を合わせるようにしゃがんだ。

他人と顔が近くなり、無意識に少し身体を引いた。


「シルヴァン、お前勉強する気ねえのか?」

「将来はお父さんのような革職人になるから勉強はいらないです」

「いや、革職人でも勉強はいるだろ。お前文章書くのも読むのもまだ苦手だろう。大丈夫なのか?」

「大丈夫です。ちょっと見るのも嫌なだけだから。リスニングは慣れたけど」

「おまえさぁ、面倒見いいし優しいし、割と大人しめだし普通にいい子なのになんで授業態度と成績は悪いんだよ」


肩を落とす先生に思わずどんまいと声を掛けたくなったが、何かに触れそうなので口をつぐむ。口と態度は悪いけど本当に良い先生だ。何度注意されても僕の授業態度は治らないのに、見捨てないで心配すらしてくれている。

僕の教師たちからの評判はさきほど先生が言ったことそっくりそのままである。つまり悪い子じゃないんだけど問題児という事らしい。まあ本当の事だが。


「本当は頭も悪く無いだろ。面倒くさがってるだけなんだろ?どうしてそうやる気が無いんだよ。もったいないんだよ、お前見てるとさぁ」


もったいない。そんなの知らない。だって仕方ないじゃないか、私はもう努力なんてしたくないんだから。先生は知らないでしょう。私、智子がずうっと努力して来た事なんか。

前世の私を知っている?高校は特待生入試で学費免除を獲得し、大学も奨学生として通うことが出来た。けれど、本当は私はあまり頭の良い方では無かったんだよ。だから積極的に学級員を務めて先生に気に入られるように頑張って、委員会が終わると急いで帰宅してすぐに宿題と予習復習+α。分からないところは先生にとことん聞いて、分かるまで何度もワークを繰り返して。母には努力していることは内緒にして、遅くまで勉強した。人一倍努力して勉強をしていただけだった。たとえ保険金があって普通に生活すればお金に苦しく無くても、母子家庭は何をしても大丈夫なほど裕福という訳ではなかった。だから、今あるお金は出来るだけ母の為に使って欲しかった。少しでもお金が掛からない道を選択するためだけに勉強をしていた前世の青春。


自己満足、と言ってしまえばそれまでかもしれない。

実際、負担になりたくないと思いつつ家事はあまり手伝わなかったし。


転生したのは大学にも慣れ、バイトを始め、少しお金も時間も余裕が出て来たそんな時だった。一瞬で12年近くの努力の結果が失われた気持ちを分かるだろうか。

その反動でシルヴァンとしては勉強をまったくしないようになった。

前世であんなに頑張ったのに、また同じようにがんばって勉強しなくてはいけないなんてうんざりだったから。もともと勉強は嫌いだし。

もう流れるままに生きて行きたい。革職人になりたいと言ったのも雰囲気が好きで一番近道だからなだけで、実はそこまで本気ではない。もう店は父が経営を軌道に乗せているし、遊びで見ていたりするだけでもなんとなくやり方やこつを理解出来る気がするし、手先は器用なほうだし、今から他の事を始めるよりもよっぽど楽そうだったから、それだけだった。


「何か勘違いしてない?僕はもともと頭は良いほうじゃないよ。だからどうせ分かんないからやりたくないの。もういいでしょ」


そういうと僕はサッと身を翻しダッシュで教室をあとにした。

後ろで先生の声がしたがかまわない。もし先生が追いかけて来ていた場合、足の速くない僕はすぐに追い付かれてしまうだろう。そう思い、たくさんの教室をいくつも過ぎ校舎を飛び出した。

いつもは隣の教室に寄り、ボリスたちと合流して帰るが今日はもうそんな気分ではなかった。

同じクラスに居る幼なじみの一人、テアはきっと僕が駆け出したところを見ている。それならばボリスとローズも僕を待って帰宅が遅れたりしないだろう。だから、申し訳ないけれど意識の中から彼らについての心配を閉め出した。

幸いにも先生が追いかけて来る気配は無く、校庭をから出ると疲れた足は速度を落とし緩やかに動いた。

少し肌寒くなり始めた風がじわりと汗を冷やし、身震いをさせた。

切れた息が大きく身体に響いた。


とぼとぼと進む帰路の中で先ほどの会話が頭の中をぐるぐると回った。


あの時自分は冷静であると思っていたが、後から考えるとそうでもなかったな。


先生の言ったことは間違っていないし、心配してくれているのは分かる。いつもならもっと上手くかわした筈なのにどうして先ほどは出来なかったのだろう。

気持ちはどうして、あんなに急激に身体の中を駆け巡って爆発してしまったのだろう。

そう、急に……なんでだろう。そうとうストレスが貯まっていたのだろうか。


いや、きっと違う。


それは悔しさ。悔しかったんだよずっと。智子として生きたすべてが無くなった事が。

先生との会話は智子が無意識に背けていた気持ちを、不覚にもえぐり出すものだったのだ。

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