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17/20

17:妹

一人称が僕だったり私だったりします。主人公の気持ちが不安定だからです。

「ゆっくり飲んで大丈夫よ」


慈愛に満ちた目は聖母のそれである。母のこの眼差しを生まれたての私も一身に受けて居たのだろうか。受けて居たのだろう。赤子であった当時の自分は気づいてはいなかった。前世の意識があったにも関わらず、だ。客観になってようやく気づくこともあるのだ。当時に感じておけば良かったと思えることがたくさんあったのかもしれない、と少しもったいない。

それは前世にもきっとあったであろう後悔だ。だから、今世では少しの後悔も無いように生きられれば良い。


もちろん今も母は赤子当時と変わらぬであろう慈愛を「僕」にもくれている。

ただ、親の完全なる庇護が無ければ食事も取れない無力な赤子と比べると、その種類は若干違うと思うのだ。


私は母に抱かれた小さな存在をじっと見つめる。

真雪のように白い肌、血潮のように赤い唇と頬、黒檀色の瞳、そして深い海の髪。

まるでおとぎ話のお姫様のように可愛らしい。


「僕」は兄になった。

一人っ子だった智子にとっては初めての存在だ。

まったく、前世の記憶があっても役に立たないことは多い。智子が選択しなかったことをシルヴァンはあえて選択しているのだろうか。

そんな訳ではないのだろうけど、一度の人生は狭くて細い道を歩いているようなものである。いくつもある可能性の中からたったひとつを選ぶしか無いのだから一度の人生の視野は本当に狭いと気づく。

兄弟が何人居たのか、性別はどちらか、たったそれだけでも大きく違う人生になる。

総ての人生を、別の道を選んだパターンを、体験出来る訳ではない。

そう考えると、自分は何にも知らないんだ。


でも「僕」は生まれ変わって、別の人生を経験する事が出来ることになった。

「智子」で女性としての生き方、心、行動を知った。だからこの人生では「男性」を経験する。

「智子」で一人っ子の生活、感じ方を知った。だから、この人生では「兄妹が居る」ことを経験する。


「ドロテ」


言葉が小さなリビングに響く。

口にしたのはまだ慣れない文字の並び。

それに反応するようにきらりとした瞳でシルヴァンを見返して来る。

もう自分の名前が分かっているのか、それとも音に反応しただけなのかどちらなのか。きっと後者なんだろうけれど。


小さくて、愛おしい。

兄妹が居るって変な感じがする。

けれどこの幸福感は一人っ子じゃ味わえなかったんだろう。


「お母さん」

この幸福感を胸に詰めて、僕はゆっくりと母を見る。見つめあった母の目もまた穏やかだ。

「なあに、シルヴァン」


「ありがとう」


「ふふ、どうしたの急に」

「僕にきょうだいをくれてありがとう。僕ドロテのこと守る立派なお兄ちゃんになる!」


頑張るのって好きじゃないし、また生きて行くのは億劫だなんて思ったし今も思っている。

けれど、大切なもののためには一生懸命になってもいいかもしれない。


「あらそれは頼もしいわ。よろしくね、お兄ちゃん」

僕の言葉に母は一層笑みをたたえる。

そうしてまた僕達はドロテに目を向ける。

小さい目が僕を凝視して……


ちょっと待って欲しい。

この妹は僕を凝視し口をぱくぱくさせているように見える。

それも何もかも分かったように、言葉を紡ぐように。上手くは出せていないけれど。


母は気づいていないようだけれど。

だからもしかして僕の思い過ごしなのかも知れない。


まだ生まれて1ヶ月も経っていない子がこんな表情するのだろうか。普通はただぼけっとしているだけなんじゃないだろうか。

確か僕だってそうだったはずだし。あれ?そうだっけ?どうだっただろうか。

赤ん坊ってこんなものだったかもしれない。

自分が赤ん坊の頃から大人の意識があったからって、他の子どももそうかもしれないと思うのは早とちりだ。

妹も同じってシチュエーションがありそう、なんて無意識にでも思いたかったのか。

僕の脳もまだまだ現代の漫画脳だな。

転生者なんてそうそういない。


やっぱり僕の気のせいだろう。

そう思い直して僕は母にゆっくりと体を寄せた。



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