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炭素測定と、お小遣い稼ぎの難儀

「はぁ……。基礎魔石代のために引き受けたけど、やっぱりこの案件、地味に難儀だなぁ……」

 ミカルは研究室のデスクに突っ伏し、だらしなく溜息をついた。

 その手元には、大学の考古学研究室や民間の鑑定会社から『研究協力案件』として回されてきた、ダンジョン由来の古びた硬貨や発掘品がいくつも転がっている。

「愚痴を言わないの。防衛省に囲い込まれないためのカモフラージュとしても、そういう公的な『役に立つ地味な研究』の実績を積んでおくのは必要不可欠よ」

 マリンは自身のスマート端末で、ミカルが提出した鑑定魔法の術式データをチェックしながら言った。

「それにしても……科学技術の世界では、炭素14の放射性崩壊を利用した年代測定なんて、何十年も前に確立されているのよ? 加速器質量分析計(AMS)を使えば、ほんの数ミリグラムのサンプルで数万年前までの年代が正確に弾き出せる。それを今更、魔学まがくのアプローチで再現するのがそんなに難しいの?」

「マリン、科学の方法は確実だけど、デメリットもあるでしょ?」

 ミカルは体を起こし、世慣れた常識人としての理知的な目で、転がっている古銭を指差した。

「AMSを使うには大がかりな施設が必要だし、何よりサンプルを一部とはいえ『破壊(燃焼)』しなきゃいけない。でも、博物館の国宝級の展示物や、1点しか存在しないダンジョン遺物を削るわけにはいかないじゃない。だから世間は、魔法で『一瞬、かつ完全無傷』で計測できる非破壊の鑑定魔術を欲しがっているんだよ」

「……確かに、考古学庁や美術品オークションの大企業が高額な研究費バジェットを出すわけね」

 マリンは納得したように頷く。

「で、その進捗はどうなの? あなたほどの空間・概念のサンプリング能力があれば、物質の経年劣化の魔力ログを読み取るくらい、簡単にできそうだけれど」

「それがさ、一筋縄じゃいかなくて。普通に魔力を流して『時間を巻き戻すような鑑定』をしようとすると、その物質がこれまで浴びてきた環境魔力や、持ち主の残留思念のノイズを全部拾っちゃうんだよ。ノイズを除去する数式を組むと、今度は術式が肥大化して、普通の魔導師じゃ発動に必要な魔力量コストが足りなくなっちゃう」

 ミカルは頭を掻きむしった。

 理論上、誰でも扱える汎用的なライフハック魔術を目指しているミカルにとって、「コストが高すぎて一般人が使えない」というのは、研究者としてのプライドが許さない最大のバグなのだ。

「なるほど。情報ノイズが多すぎるからこそ、術式の軽量化に難儀しているのね……」

 マリンが数式の修正案を提示しようとした、その時だった。

 研究室のドアがバタバタと激しく叩かれ、ギルドのベテラン受付嬢が息を切らせて飛び込んできた。

「ミカル、マリン! 助けて! 今、ギルドの査定室が大パニックなの!」

「え? どうしたの、そんなに慌てて」

「ダンジョン深層から持ち帰られた、数千年前の伝説の聖遺物アーティファクトとされる『古代の宝剣』があるんだけど……。本物なら数億ゴールドの価値がある大発見なのに、最新の科学測定器が故障しちゃって、約束のオークションの時間までに鑑定が間に合わないの! もし偽物だったらギルドの信用は丸潰れ、本物だとしても時間が過ぎたら大損害よ! ミカル、あなたのその年代測定の研究成果で、今すぐあの剣が『本当に数千年前の物か』だけでも判別できない!?」

 ミカルとマリンは顔を見合わせた。

 研究中の鑑定魔法は、まだノイズが多くて普通の魔導師には使えない。つまり、今ここで一瞬で無傷の年代測定をこなせるのは、世界で唯一、あの【4つの条件】を満たしたミカルの『コピー召喚(異次元精密スキャン)』の応用か、超絶脳内演算だけである。

「……ミカル。緊急事態よ」

 マリンが眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、小声で囁く。

「うん、みんなが困ってるなら仕方ないね。……よしマリン、いつもの『とぼける作戦』の準備をして、査定室に行こう!」

 仕方なく引き受けた地味なバイトが、ミカルの規格外な才能のせいで、またしても現代の魔導ビジネス界を震撼させる大騒動へと発展しようとしていた。



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