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第27話 天代の羽ペンは、書いた内容を読み手に伝えられる。


 ことりにとっての厄日は、森の動物たちにとっても同じことだった。

 こんな夜更けに迷惑な話だと、猿も鹿も狸も、キツネもウサギも、森中の動物たちは、ぶうぶう文句を言いながら、眠い目を擦って慌ただしく隠れ家に飛び込んだ。

 隠れ家の中は、昨日と同じで、どの動物も仲良く愚痴を交わし合っていた。


「まったく、そちらさんも、どえらい目に会いましたなぁ」


 お爺さん猿が、険しい顔で目を細めた。その横で、若い狐が、眉を吊り上げた。


「全くです、なんて傍迷惑な話でしょうか。夜ふかしは、美容の大敵ですのに!」


「うちの子が、むずかってすみません」


 母さんウサギが、頭をさげると、牡鹿が気遣った。


「何、奥さん、ちっとも気になりませんよ。坊やも気の毒にねえ」


「そうですとも。可愛いもんです、この騒音と震動に比べりゃあ」


 父さん狸も同情して言った。


「恐竜だって逃げ出すよ」


子だぬきの声には、「まったくだ!」皆が賛同した。


 森を騒がせる原因をつくった人物は、出口に着くと、ふらふら、ゆらゆら揺れながらも立ち上がって、両足で地面を踏みしめた。

 最後に受け止めてくれた大樹は、そっと、ことりを下ろして微笑んだ。


「流石は、輝龍の息子だね。気も失わず喚きもせず、大したもんだ」


 ことりは御礼を言いたかったが、口を開けたら泣いてしまいそうで、声を出せなかった。何とか頭だけは下げれたが、涙が、一滴右頬を伝った。


「帰りはどうする?いつでも呼んどくれ」


 親切な申し出には、とてもじゃないが、頷けなかった。

 小菊は、森から出て来たことりを一目見て、事の次第を、すぐさま理解した。

 そして、深く同情した。 


「悲惨すぎる顔ね。ボロボロじゃない」


 小菊は、十九歳くらいの娘に化けて、ことりを待っていた。

 青い着物の袖口から軟膏のようなものを取り出すと、白く細長い指で優しく押し当てるように、両頬の傷に薬を塗った。


「昨日は、夕方になっても来ないから、心配したのよ」


 モチノキが、森へ引き返した直後、ことりは、急に両ひざがガクガクして、その場にへたり込んだ。しばらく物も言えずに、半ば放心していた。

 小菊は、ポケットに入った羽ペンに気付いて、すっと引き抜いた。

 そして、ペン先を掌に押し付けた。


「……分かったわ。初日から、巻き込まれたのね」


 天代てんよの羽ペンは、筆記の内容を取り込むだけでなく、その内容を相手に伝える事も出来る優れものだ。


 羽ペンは、この世に五つしかなく、そのうちの一つを、ことりが所持している。


「内容は分かった。手紙は、静花さまではなく、輝龍さまに渡すわね。風で飛ばされずに済んだのは、輝龍さまの封筒だからよ。良かったわね」


 小菊は、羽ペンをことりに戻すと、ぱっと静花に化けた。

 静花は、いつも漆黒の留袖を着ているが、黒を好かない小菊は、色だけ黄色に変えた。

 他は、長い髪も、すらりとした体形も、まるで本人だ。

 美しい顔は、弟と瓜二つと言っても過言ではない。

 ことりの方は、髪が短く背も低いが、顔立ちはそっくりなのだ。 


「どう?どこから、どう見ても静花さまでしょう?」


「うん、完璧だ。これなら、母さんの結界内に入れる」


 天代の小菊を、知らない妖怪はいない。

 化けた姿は、瓜二つ、それだけではない。本人の能力まで扱える。


「小菊さん、ごめんね、ランちゃんとの結婚を断って。僕、ランちゃんのことは、妹のように大切に思ってるから」


大妖怪の長男と化け狐の次女は、互いに結婚を嫌がったのだ。


「謝らないで。ちゃんと分かってる。ただ困った事に、あの子、昨日の朝、家出したの」


「えっ、家出?箱入りお嬢さまなのに?」


ことりは、驚愕して目をぱちぱちさせた。


「そう。あの子ったら、時々大胆なことをするの。捜索中だけど、心配しないで。手天ててんにも連絡したから、すぐに見つかる筈よ。あなたは、早く小守寮にお戻りなさい。ほら、赤目守りさんが、待ってるわ」


 ことりが振り向くと、赤目守りが、心配そうな顔をして立っていた。

 肩には、子リスを乗せている。赤目守りが、ことりを手招きした。


「帰りは、普通に帰られそうね」


「そうだといいけど」


 小菊が、微笑むと、ことりは、首をすくめて心細そうに言った。


「武運を祈るわ」


「ありがとう。手紙の事、よろしくお願いします」


 ことりが、ぺこりと頭を下げると、小菊は、こくりと頷いて姿を消した。

 その帰りが、どうなったかと言うと、サーファーのように、二人は、樹々の上を滑って帰った。


「僕、最初から、この方法が良かったな」


 ことりが、しんみり言うと、右手を繫いだ赤目守りが苦笑した。


「あたしがいないと無理なんだよ。行きは、悪かったね。まさか、ジェラルドが裏切るとは思わなかった。ガラスたちから報告を受けた時は、驚いたよ。正直、最初は、信じられなかった」


 赤目守りは、心底すまなそうに謝った。それから、怒りに燃えた赤い目で言った。


「この森で勝手した者を許すほど、あたしは、甘くない。浮雲九十九番地の最強兄弟に、連絡済みだからね。十羽とわが来るか、九羽くわが来るか分からないけど。どちらも、恩を仇で返す相手に目をつぶる妖怪じゃない。あんたの仇は、ちゃーんと、とってくれるよ」 


 ことりは、静かに頷いたが、内心は、腸が煮えくり返っていた。

 ジェラルドの方ではなく、父親の方をぶっ潰して欲しいと切に思った。


(つまるところ、悪いのは全部、父さんだ。僕が、流れ星を呼ぶのを分かっていたとしたら、あくどい奉公屋と繋がってる。占いが専門の妖術師との繋がりも、否定できない。子リスを迷わせたのも、父さんかもしれない。やっぱり、策士で卑怯者なんだ)


 ことりは、化け樹たちに礼を言う余裕があったので、感謝の気持ちを伝えたが、なぜか森中に大きな笑い声が木霊した。 


「わっはっはっはっ、よくぞ耐えた、輝龍の息子よ」


「はっはっはっ、昨夕と丸きり違った!勇敢だった」


 大笑いされたが、嘲り笑いではなくて喝采だった。


「僕らが追い回している間、さんざん喚いていたのにね」


「ほっほっほっ、よもや泣かぬとは!母が輝龍とは、誠であったか」


 ことりに称賛の声を送る樹々もあった。


「頑張ったわねー。大変だったでしょう」


「ふふふっ、おつかれさま。おやすみなさい」


 樹々は、労ってくれたが、動物たちは、違った。

 目をしょぼしょぼさせながら一列に並んで、不機嫌な顔をして、恨めしそうに空を見上げていたのだ。

 そして、年老いた猿が、皆の思いを代表して、大声で怒鳴った。


「おい、小僧!二度と、眠りの邪魔をするでない!この次は許さぬぞ!」


 ことりは、申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、謝ったら謝ったで怒られそうだったので、神妙な顔で頷くにとどめた。

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