第23話 星降る夜に、ブルームーン(紫のバラ)を
トイが、魔女ばあさんを殺してしまった、ちょうどその頃、ことりは、再び小守寮を抜け出した。
そして、森の入口に着くと、大声を張り上げて名前を呼んだ。
「赤目守りちゃーん」
森の番妖怪が、姿を見せるのに、一分と掛からなかった。
「何も、こんな夜更けに持って来なくても」
勘違いしている妖怪に急いで歩み寄ると、ことりは、捲し立てた。
「ごめん、牡丹餅を持って来たわけじゃないんだ。今すぐ、森の出口まで行きたくて、君を呼んだ。道案内をして欲しい。君が言ってた僕似の友人って、奉公屋ネームは、鈴堂だよね?僕は、弟だ。静花お姉ちゃんに用がある。日の出前に、どうしても、この手紙を届けたい!牡丹餅は、後日、必ず持って来る。今は、時間がないんだ。協力して欲しい!」
切羽詰まった突然の申し出を聞いて、赤目守りは、目を丸くしたが、必死な表情を見て聞き入れた。
「それじゃ、あんたは、輝龍さんの息子だね」
「うん。でも、もうずっと前から、母さんは、奉公屋ネームの霧子で通してる」
ことりが答えると、赤目守りは、寂しそうな顔をした。
「知ってるよ。静花とは大の仲よしで、霧子さんも大好きな奉公屋だから。道案内してあげたいのは、やまやまだけど、あたしは今、迷子の子リスを探してる。道案内は、あいつに頼もう」
「あいつ?」
ことりが、不思議そうに首を傾げると、赤目守りが、ことりの名字を口にした。
「静花から聞いてるよ。弟を養子に出したって。あんたの姓は、星川で間違いないね?」
赤目守りの念押しに、ことりは、驚きながらも正直に答えた。
「うん、父さんの兄さんの名字だ。僕にとっては、伯父さんだよ。千平伯父さんは、奉公屋と結婚して、婿入りしたんだ。伯母さんの家系が、由緒正しい奉公屋の家系で、伯母さんは、本家の長女だったから。でも、それが、どうかしたの?」
赤目守りは、こくりと頷いて言った。
「それも知ってるよ。だから、だよ。奉公屋は、本来、名前から得られる妖力しか持たない。けどね、由緒ある星川家は、名字からも妖力が得られるんだ。あんたが、望まなくても、あんたは、星川の姓を受け継いだ。星の能力を使えるようになったんだよ」
ことりは、目を見張って聞き終えた。
「そんなの初耳だよ。誰も、僕に教えてくれなかった」
ことりが、不満げに言うと、赤目守りが、肩をすくめて苦笑した。
「多分、妖力が、強すぎるからだよ。何しろ、あんたは、大妖怪の輝龍さんと、同じく大妖怪の爝火の子供だよ?あたしの憶測だけど、あんたは、静花のようにコントロール出来ないから、出来るようになるまで黙っておこうって話になったんだろうね」
それを聞いて、ことりは、納得したが、悔しそうに顔を歪めた。
「僕は、星川を継ぐつもりなんてなかった。絶対に、元の名字に戻るって決めてたのに」
赤目守りは、気の毒に思ったが、夜は短いので本題に戻った。
「夜空に両手をかざして、星が降るように祈ってごらん。流れ星が、川のように流れる様をイメージするんだよ。出来るね?」
ことりも、気持ちを切り替えると、両手を空に向かって精一杯伸ばした。
そして、たくさんの流れ星が、夜空を流れる様子を思い浮かべた。
すると、夜空の星が一つ、きらりと光って、それが合図になったかのように、数えきれない程たくさんの星が、世界を埋め尽くすかのように降り始めた。
「わあっ!!すごいっ!!」
目を輝かせて喜ぶことりを見て、赤目守りは、弱り切った顔で呟いた。
「ここまで強いとは思わなかったよ。困ったね、開花させすぎた……」
赤目守りが、後悔先に立たずを痛感していると、澄んだ声が、空から聞こえた。
「お呼びでしょうか?」
「??」
ことりは、目を見開いて、息を呑んだ。
すらりとしたバーテンダーが、ふわりと舞い降りて来たのだ。
短い髪は、赤みがかった銀色で、瞳の色は、ピンクにもブルーにも見える。
あまりにも美しかったので、ことりは、絶対に女の人だと思った。
しかし、赤目守りが、名前を呼んだ瞬間に、がっくりした。
「久しいね、ジェラルド。バーは、繁盛してる?」
「はい。先日も、ブルームーンを分けて頂いたので、御客さまに大変喜ばれております」
礼儀正しく頭を下げたバーテンダーは、顔を上げると、光り輝くような笑みをたたえて、ことりを見つめた。
「昨晩、無敵怪盗にフルムーンを分けて貰ったので、ちょうど、ブルームーンもある事ですし、フォーリングスター・ブルームーンを、お出し致しましょう」
ことりは、びっくりして首をぶんぶん横に振った。
「僕、いりません!」
「子供を、からかわないでおくれ。それより、頼みがあってね」
赤目守りが、一睨みすると、バーテンダーが、にこりとして言った。
「失礼いたしました。頼み事とは珍しいですね。一体、何でしょう」
「この子を、森の出口まで運んでおくれ。あたしは、迷子の子リスを探してるから、道案内できないんだよ。それで、あんたに頼みたくてね。御礼は、ブルームーンでいいね?ちょうど、咲いたばかりだから、帰りに渡すよ。この子は、星川ことり。大妖怪、輝龍さんと、大妖怪、爝火の子供だから、空を飛べる。万が一、落下しても心配いらないよ」
赤目守りが、説明する間、ことりは、バーテンダーを注意深く観察した。
(そういえば、静花お姉ちゃんが、僕が小さい頃、子守唄代わりに話してくれた物語があったけど、あれって実話だったのかな?確か、星降る夜に、星の怪盗が現れるって話だった。もしも出会ってしまったら、願い事を要求されるって言ってたけど。まさか、この人が、星の怪盗……なんて、単なる作り話だよね……)
ことりが、自分に言い聞かせている間に、二人の会話は、終わっていた。
バーテンダーが、ことりの前に進み出て、右手を差し伸べた。
「ジェラルドとお呼び下さい。では、参りましょう」
ことりが、戸惑いながら右手を伸ばすと、いきなりグンッと引っ張られて、宙に浮かんだ。
「えっ!?ええっ!?」
気が付けば、ジェラルドと一緒に、流れ星に乗っていた。
「気を付けるんだよーーー!!!」
赤目守りが片手を振って、大声で見送ってくれたが、応える余裕は、全くなかった。
ブルームーンは、実際にあるバラの名前ですが、とても綺麗なバラです。




