第15話 夕陽がシンボル西野小学校は、全寮制
二人と赤目守りが、無事森の入口まで辿り着くと、寮母さんが仁王立ちして待ち構えていた。
その後ろから、奏が、すっと出てきた。
そして、赤い小包を、赤目守りに差し出して一礼した。
「あなた様のおかげで森は安泰です。どうぞ、お納め下さい」
寮母さんも頭を下げた。
「大変な非礼を心よりお詫び申し上げます。これも全て、私の不徳の致すところです」
ことりと木の葉も、頭を下げたが、ことりは、ぱっと顔を上げた。
「また遊ぼう!」
寮母さんは、ぎょっとした。奏と木の葉も驚いた。
しかし、赤目守りは、赤い目を細めて頷いた。
「楽しみに待ってるよ」
赤目守りの口元に、柔らかい微笑が浮かんだ。
「あんたとは初めて会った気がしなくてね。あたしの友人に、顔立ちが似てるんだ。とびきりの美人だよ」
そう言うと、赤目守りは、森の中に帰って行った。
森の奥まで歩きながら、赤目守りは、ふと思い出した。
「鳥じゃなくても空は飛べるね。龍の子なら……」
小豆色の背を見送ると、寮母さんは、二人に拳骨をくらわした。
「呆れてものも言えないね!入寮初日に脱走かい?その上、赤目守り様に、あんな事を言って!木の葉、あんたも、あんただよ!脱走の手助けをしたのも十分、悪い!だけどね、逆に足を引っ張って、どうするんだい?あんたは、アホの子かい?牡丹餅の代金は、忘れず奏くんに返すんだよ!いいね?」
お盆の森から小守寮までは、直線でニキロもないが、帰り着く間ずーうっと、ことりと木の葉は説教された。
その合間に上空で、二羽のオオヨシキリが順番に騒がしくさえずった。
「ギョギョシ・ギョギョシ」
「ギョギョシ・ギョギョシ」
鳴き声を聞いて、ことりは空を見上げた。言葉が完全に分かったのだ。
ことりは、自身の妖力が開花した事に驚きながら、呟くように御礼を言った。
「ありがとう」
小守寮から、そう遠くない場所に、赤い屋根の小学校が建っていた。
夕陽がシンボル西野小学校、奉公屋の子供たちが通う、人には見えない小学校だ。
どの先生も熟練奉公屋で、子供たちを立派な奉公屋に育てる為、日々奮闘している。
小学校は全寮制で、児童は皆、小守寮に住んでいた。
「明日から夏休みだね。ちょうどいい、あんた達に決めたよ。朝から晩まで、罰掃除させるからね!」
寮の入口で、寮母さんが締め括った。
ことりは、部屋替えは明日願い出ることに決めた。
今夜はもう、寮母さんの不快なきいきい声を聞きたくなかった。
部屋に戻ると、ことりと木の葉は、急いでTシャツを脱いだ。
しかし脱ぎにくい。
逃走中も、その後も、汗のせいで肌に張り付いて、気持ち悪いといったらない。
「あーあ、しくじったぜ」
木の葉は、短パンも脱いで服を着ないでベッドにダイブすると、掛布団を引っ掴んで、くるまった。
ことりは、青と白の縞模様のパジャマに着替えながら非難を浴びせた。
「森は俺の庭だ、脱走のプロだって豪語したよね!」
木の葉は、無言だった。
代わりに奏が、幼なじみの脱ぎ散らかした服を拾い集めながら話し始めた。
「安心していいよ、今後、迷うことはないから。来週には、あの森は潰される。新しい校舎を建てるんだ。牡丹餅は、いらなくなる」
「はあああっ!?何だよ、それ!」
木の葉が、大声を出して飛び起きた。
ことりも目を見開いた。
「えっ?本当なの?」
「何で、さっき黙ってた!」
木の葉が、奏に飛び掛かった。
「寮母は、知ってるのか?」
木の葉が、胸倉を引っ掴んで問い質すと、奏は、木の葉を突き飛ばして声を荒げて捲し立てた。
「全寮生、知ってるよ!木の葉は、赤目守りの味方で、反乱因子になるから黙ってたんだ!僕らみたいな寮生に、牡丹餅は高すぎるんだよ!毎週売りに来るおばさんは、意地汚くて高値で買わそうとするだろ。僕ら寮生全員で、値引きして欲しいってどんなに頼んでも、三円しか負けてくれない。金の亡者だよ!手作りするにも材料費がかかるんだ!家庭科室を借りるにも許可がいる」
「牡丹餅は、いくらなの?」
興味が湧いて、ことりは聞いた。
「一箱、千五百円だ。あのばーさん、箱買いしかさせねーんだ。中身は牡丹餅が三つだけで、千五百円もする!ケチぃばーさんだぜ!」
木の葉が、むっとした顔で答えた。
「一つ五百円なの!?小学生から毎週、千五百円も取るの!!」
ことりは、思わず叫んだ。今日一番の驚きだった。
「ほうらね、高いでしょ?君たち、五百円ずつ返してよね」
奏が、勝ち誇った表情で続けた。
「寮母さん、自分が買って来たくせに、僕に売り付けたんだ。信じられないよ。非道だよね。僕は、親切だから、消費税は負けてあげるよ、今回だけ」
ことりは申し訳ない気持ちで頷いたが、木の葉はチッと舌打ちして顔を背けた。
「そのお婆さん、和菓子職人なの?」
ことりが聞くと、奏は首を横に振った。
「違う、鯉売りだよ。先生から聞いたことがある」
「何で鯉??」
奏は、「さあ?」と首を傾げた後、続けて言った。
「どっちだっていいよ。とにかく、牡丹餅は高いんだ。新校舎だって、僕らには嬉しい話だろ?町へも行き易くなる。森一つ潰れたところで、困るやつなんか一人もいないよ!」
「おい、本気で言ってんのか?あいつの居場所は、どうなる?赤目守りを追い出す気か?おまえ、平気なのか?」
木の葉が、振り向いて握り拳を振り上げた瞬間、ことりも、奏に食ってかかった。
「森の野鳥や動物、樹々はどうなるの?ペットの霊だって来られなくなるのに!赤目守りは知ってるの?木之本くんも寮母さんも、あんなにヘコヘコしてたのに、腹の中では笑ってたわけ?人として恥ずかしくない?全員グル?」
途端に、奏が険しい目つきで新しいルームメイトと幼なじみを見据えた。
「平気も何も、先生たちが決めたことだよ。二人とも僕を悪者にするの?」
普段は穏やかな瞳が、異様にギラギラ光っていた。
三対一の取っ組み合いが始まろうとした、その時だった。
コンコン
誰かがノックしたのだ。
「やべっ。寮母かも!」
木の葉は、大急ぎで赤いパジャマを箪笥から引っ張り出しだが、着終わる前に、ガチャリとドアが開いた。
立っていたのは、木の葉と奏の幼なじみだった。




