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家のドアに鍵がかかる。ドアノブに付いている普通のと、両面に鍵穴があって内側からは自由に開けることの出来ない、後から取り付けた鍵。
希が鍵を管理することになっているから、私は先に部屋に入り、振り返ることなくキッチンを越えてリビングにたどり着く。
改めて、希という女の子の部屋だと意識すると、夏の真昼を歩いて帰ってきた自分の汗をかき消すほどに甘い香りがした。本能的に希のことが好きなんだなと思った。
「瞳が悪いんだよ」
希はいつの間にか私の背後にいた。声をかけられるまで気がつかなかった。彼女の存在を意識するよりも早く襲い掛かってきたのは、痛みだった。
振り回されたスクールバッグが、希の方を向こうとした顔面を直撃する。
「つぅっ」
痛みと共に激しい耳鳴りが起こる。バランスを崩し尻もちをつくと、希はリビングを横切りテレビを持ち上げた。部屋の隅のコンセントに刺さった電源コードが不自然な向きで引っ張られたから、抜ける前に斜めに引っかかる。それを見てもう一度振り上げると、あっけなくテレビは家電から鈍器に変わった。
「彩瀬と仲良くしないで!」
掲げたそれを私に向けて放り投げる。これが頭に当たったら死ぬ。生存本能で転がるように避けると、部屋で唯一の収納である押し入れに突き刺さった。
二人で生活を始めてから築いたものが崩壊していく。
「瞳と呼んだら返事をして!」
「寝たふりなんかしないで!」
脳のリミッターが外れているのだろうか。襲ってくる希を振り払おうとしてもびくともしなくて、痛みで一度怯んでしまったら、それで最後だった。
「私だけを見て」
「離れたところへ行かないで」
「他の人のところへ行かないで」
「他の人と話をしないで」
「他の人と目を合わさないで」
「他の人と同じ空気を吸わないで」
「もっと私だけを見て」
「私のそばにいて」
「私だけを感じて」
最初の内は「やめて」とか「怖い」とか「もうしないから」とか「ごめんなさい」とかの言葉を叫んで許しを請うたけど、攻撃の手は止まらなかった。
「叩きたくて叩いてるんじゃないの」
「瞳が好きだから、愛しているからこうしてるの」
「私の好きな瞳でいないから、こうなるの」
悲鳴や呻いたり喘いだりする声が出せなくなった時、私の馬乗りになった希は、両手の指を私の首に当てて体重をかける。
「瞳が悪い、瞳が悪い、瞳が悪い、瞳が悪い、瞳が悪い、瞳が悪い、瞳が」
ゆっくりと意識が遠くなっていく。
酸素の不足した脳が私に幸せな夢を見せた。
希と私の間にこどもができて、幼稚園に入ったその子がなぜか幼くなった彩瀬と遊んでいる。丸い目は私、それ以外のパーツは希のものに似ている。モテるだろうなと思った。
愛の結晶が育まれる。その子はすぐに大きくなって、彩瀬と結婚して、こどもができて、私たちにとっては孫ができた。
そして私たちは安らかに眠りにつく。老婆になった希は体型がふっくらしていて、最期まで穏やかな笑みを浮かべていた。
私の過去には馬が走りたくなるような灯はなく真っ暗だった。
だから相対的に私の未来は明るい。前を向くと煌々(こうこう)と光が降り注いでいた。
せっかくありのままの私は希と向き合えたのに。
だから一人では
「死にたく……




