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瞳視点に戻ります。
希に首を絞められながら、私は幸せだと思った。
「瞳が悪い、瞳が悪い、瞳が」
その言葉を繰り返し言われる度に、希は私のことを愛してくれているんだと実感した。
―――
光梨がそうしたように私も彩瀬にキスをして、本物の「ひーちゃん」に生まれ変われるはずだった。
「何、してるの」
最後の最後に私の変身を遮ったのは、私に「ひーちゃん」になってと言った張本人だった。
目の前にあった彩瀬の唇が離れていく。それは私の唇に触れることはなく、彩瀬の発声の調節装置として使われた。
「サボりです。希さんこそ、どうしてここに?」
そう聞き返された彼女の表情が変わっていく。
驚きを表すために開かれた目が少しだけ閉じて鋭くなる。眉間にしわができ、そのせいで眉の角度が変わる。開いた口はきゅっと塞がって口角が下がる。
「瞳」
のんちゃんは……いや、もう希でいいや。どうせ二度と私のことをひーちゃん扱いはしてくれないだろうし。
希は感情が豊かで分かりやすい。私の名前を呼ぶその三文字だけで彼女の思っていることが何となく伝わってくる。
夜中にその名を呼ばれたときは、私が起きていないだろうかという不安と、私を大切に扱いたいという優しさと、何かを企んでいる期待がブレンドされていた。
今朝は「あなたはひーちゃんじゃない」という裏の気持ちが透けて見えた。
そして今。トーンは低くて冷たく、最後の「み」のイントネーションが下降した。語尾は伸ばさずにスパッと切れる。
怒りと、決意?
「はい」
この自己満足な儀式が希に見つかり、そのうえ瞳の名前を呼ばれ、私は光梨に生まれ変わることを諦めた。
希は大きく深呼吸をして両手で頭を掻きむしった。
「っ!いや何でもいい!こっちに来て!」
どこかでこの仕草を見たなと思い出そうとしていると、先に彩瀬が大きなため息をついて立ち上がった。
「また明日」
ひーちゃんになると自分で言っておきながら、すぐに撤回して相手を混乱させる。
それでも「また明日」と言ってくれる彼女の優しさはやっぱり私にはもったいない。
「うん」
「瞳とはもっと早くに出会いたかった」
彩瀬はそう言い残して足早に部屋を出ていった。襖が開いたままになり、切り離された世界の出口が見えた気がした。
しかし、希の手によってすぐさま閉じられる。彼女が入ってきたときとは比較にならないほど強く引かれ、まるで爆発したかのような音を立てて世界が閉じる。
「こっちに来てと言った」
「言ったね。そっちに行こうか?」
のんちゃんに気に入られたいひーちゃんはもういない。残ったのはひねくれて、何にでも、それこそ生きることに対しても駄々をこねる「瞳」という人間。
「来いって言ってるでしょ」
「命令形に変わったね」
壁にもたれて座ったままくすくすと笑って彼女を煽る。
なりたかった自分になるのを邪魔されて、私も不満に思う部分は残っていた。
「瞳」
「分かったってば」
とはいえ、大切な人の真剣なお願いだから結局は受け入れて彼女のもとへ行く。
「帰ろっか」
微笑みから殺気が漏れている。わかりやすい。




