-36-
今日の放課後もお花見部のある校舎一階の隅の和室へ向かう。瞳さんと彩瀬さんのクラスは終礼が早く終わるのだろうか。いつも私よりも先に二人は部室にいる。
引き戸を開けると、エアコンで冷やされた空気が吹き出て体に当たる。冷気が体にまとわりついて寒気がした。普通の人たちからすると気持ちがいい感触なのだろうけれど。
「こんにちは」
一応、部長らしく振る舞うように気をつけているつもり。彩瀬さんや瞳さんに向けてぎこちない愛想笑いを浮かべながら挨拶をした時だった。
「っ、二人とも何してるの」
「希さんお疲れ様です。瞳が疲れたって言って、このまま寝ちゃいました」
彩瀬さんは立てた人差し指を唇に当て、絞るように声を出す。
そこにいたのは、正座をして困ったように笑っている彩瀬さんと、その膝に頭を乗せて横になっている瞳さんだった。彼女は彩瀬さんのお腹に顔を埋め込んで、目を閉じていた。
「仲いいのね」
「いやあ、それほどでも」
瞳さんの行動が私の神経を逆撫でする。
「友達ですから」
彩瀬さんも、瞳は自分の友達だと強調することが時折ある。挨拶のトーンは瞳さんと私とでは段違いに明るさが違うし、そのままボディタッチをする時もある。もちろん瞳さんに。
「瞳、起きて。彩瀬さんが疲れちゃう」
「私は全然構わないですけど」
彩瀬さんのことは無視して瞳を呼び捨て、肩を揺さぶろうとすると、彩瀬さんが私の手を掴んで止めた。すると膝枕をされて眠っているはずの瞳が私だけに見えるよう一瞬だけ目を開き、わずかに口角を上げた。
「寝るんだったら、他の物を枕にして」
「私は大丈夫ですって」
「そもそも瞳は寝てないんじゃないの」
「それはそれで大丈夫ですよ」
「そうじゃなくて!」
私を見上げる彩瀬さんと、彩瀬さんを見下ろす私とで口論になる。
その間、瞳の口元がプルプルと揺れ、閉じられた目にも力みが生まれていた。つまり、笑うのを我慢している。
もう放っておこうと立ち去ろうとした時だった。狸寝入りをしている瞳が、体勢はそのままでこう言った。
「二人とも、私をひーちゃんって呼んでくれたら、起きてあげる」
その瞬間、まるで時が止まったかのように、私も彩瀬さんも口をつぐんで固まる。
さっきまでとは別の緊張感が漂う。
特に様子が変わったのは彩瀬さんだった。少し余裕のある風だった表情が一気に曇る。
怒りの感情には敏感な方だと思う。修羅場になるなと近い未来を肌で察する。
「ひーちゃんって、光梨のこと?」
「光梨!?」
どうして彩瀬さんから妹の名前が?
とはいえ、やっぱり事態は悪い方へ進みそうだ。
瞳は仰向けになるよう体をひねり、完全に目を開けて私たちに視線を送っていた。
「私はひーちゃん。そうでしょ、のんちゃん?」
「……」
「私のことを『ひーちゃん』って呼んでって言ったこと、覚えてる?彩瀬?」
「……」
瞳は頭を上げ、彩瀬さんのそばから離れる。改めて腰を下ろし、不敵な笑みを浮かべた。
「私はひーちゃんなの。のんちゃんの妹で、彩瀬の友達」
「瞳、光梨のことで私をからかわないで」
彩瀬さんは怒りで肩を震わせていた。
生前の光梨と関りのある同級生は誰かいただろうかと頭を回転させる。そして、思い出した。
「まさか光梨にあのネックレスをあげたのは、あなた?」
「そうですよ。……ねえもうやめようよ瞳。私、瞳に嫌なこと何かした?」
「彩瀬は悪くないよ。悪いのは私をひーちゃん扱いしないのんちゃんの方」
「……」
「ひーちゃん?のんちゃん?何言ってるの瞳。希さんも、何がどうなってるんですか!」
今すぐに彩瀬さんから離れた方がいいと思った。
「ひーちゃん」
「希さん!」
「……」
「帰ろっか」
ひーちゃんの言葉に反応した瞳は、飛び上がって私に正面から抱き着く。
「かえろっ!のんちゃん!」
ひーちゃんが、瞳が既に壊れてしまっていたことに私は気づいていなかった。
まして彩瀬さんが、瞳にも隠している私の「秘密」に気づいていたことは知る由もなかった。
いつかとは逆で、ひーちゃんの方が私の手を取り、ルンルンとした調子で部室を後にした。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
よければブックマーク登録、ご感想、応援の程よろしくお願いします。
非常に!とても!!この上なく!!!励みになります。




