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居間の畳にのんちゃんを着地させ、私は壁にもたれて腰を下ろしていく。ベランダに繋がる窓ガラスが私の左側に位置している。
ベージュのカーテンを開けて外でも眺めようとしたとき、再びのんちゃんが私の前にやってきて、おねだりをした。
「ひーちゃんもう一回抱っこ!」
「甘えんぼさんなんだから」
「にゃあにゃあ」
外の世界は諦めて、目の前の彼女と向き合う。目が合うと、ニカっとはにかんで、私の胸に飛び込んできた。薄い布2枚越しで、のんちゃんの体温や心臓の鼓動が伝わってくる。
もし私たちを遮るものが何もなくなったらどうなるのだろう。今私が感じている温もりとドキドキは愛情なのだろうか。姉妹、家族、恋人……?
のんちゃんと私が裸同士で抱き合う所を想像すると――
――吐き気がした。
恋愛関係は永遠ではない。色欲と引き換えに安定を失った、穢れた他人同士の馴れ合いだ。
私の抱くのんちゃんへの想いは、恋愛感情なんかじゃなくて、家族への愛。間違いなく。
のんちゃんはごそごそと向きを変えて、私に背中を預けてもたれかかってきた。のんちゃんの顔が見えなくなる。無意識にのんちゃんのお腹に腕を回した。髪はまだ乾ききってなくて、現在進行形でダメージを受けているんだろうなと思った。
この部屋には娯楽がない。まるで意図的にそうしたかのように生活上最低限の物以外は排除されている。意識を私とのんちゃん以外に向けることができない。
だから必然的に、持て余した時間はお互いを求めて慰め合う。肌が触れ合っていれば、その刺激を味わって幾分かの時間を消費できる。
「のんちゃんは退屈じゃないの?」
「ううん。ひーちゃんがいるから大丈夫」
「じゃあ私が帰ってくるまでは、空いた時間は何をしていたの?」
振り向いたのんちゃんと目が合う。
「覚えてない」
淡々とした声から、これは誤魔化しじゃなくて本当に忘れているんだろうなと思った。刺激のない部屋で一人で約3か月。孤独の感覚を機能させてしまうと、多分壊れてしまう。
ここに来て数時間しか経ってないけど、私の生活のすべてがのんちゃんになりつつある。
のんちゃんのお腹に回している腕の力を強めて、私の顔をのんちゃんの顔に近づけ、顎を彼女の肩に乗せる。そして頬っぺたを擦り合わせて感覚刺激を得る。私からのんちゃんを求めたのは、多分初めてだった。
「ひーちゃん?」
「もう少しこのままでいさせて」
「うにゃ……こしょばいー!」
ほっぺだけでは満足できず、のんちゃんのお腹をさすさすと撫でているとクレームが飛んできた。ケラケラとした笑い声が次第に高くなっていく。
「もう!」
そのまま撫で続けて、やがて限界を迎えたのんちゃんが私を振りほどいた。
家族として、姉妹としての自然なスキンシップが成功して嬉しかった。最初に感じていた「怯え」の感情が薄くなり、その分が「愛おしさ」で満たされていく。
「ふとん、敷こっか」
「ん」
私の方から提案すると、のんちゃんはこくりと頷いた。
自分は今、のんちゃんにとってのひーちゃんとして、うまく立ち回ることが出来ている。
部屋の真ん中を陣取るテーブルを引きずって壁際に寄せる。テーブルの下に転がっていた小さな真四角の目覚まし時計は、9時半よりの少し前の時刻を示していた。安っぽく見えるそれを軽々と持ち上げると、中からサラサラと何かが擦れる音がした。




