第百十四話「後始末の宴」
ジェリックは少し以前のことなどを思い出していた。
最初は王都で働く妹からの手紙であった。
サン・サヴァンで変わった出来事があったら教えて欲しいと、知り合いが街での出来事を知りたがっている、と書いてあった。
ジェリックは苦笑いしつつ、それほど変わったことなどないが、それは便りなど送らない兄へのちょっとした嫌味かと思った。
少しは妹を気にしつつ、まめに手紙を書いた。ダンジョンの新開口も久しいこの街で、変わったことなどない。だから自分の近況、冒険者パーティーの動向など、内容は身の回りの話などをしたためた。
ジェリックは魔導ランプの灯る、薄暗い階段を下った。そして四方を石に囲まれた廊下を進む。
近衛の兵にアンディクが発行した許可証を見せると、先への扉が開けられ更に奥へと進んだ。
この地下牢へと足を踏み入れるのは初めてであった。噂には聞いていたが、やはり人の住む空間ではない。じめっとした空気が全身を包む。
特殊な犯罪者を閉じ込める特殊房との噂だ。その想定が幽鬼がらみだったのだと、今理解した。魔力を充填すれば、結界として機能する檻が左右に並ぶ。
明かりのついている房はたった一つ。場所はすぐに分かった。
手紙のやりとりは、遠く離れて暮らす妹との絆だ。そして半年前、王都で起こった魔境大解放の報は、誰よりも早い新情報としてジェリックにもたらされた。
他言無用、絶対の秘密と書かれた次には幽鬼の文字が書かれていた。
そして妹は三ヶ月前に、故郷のこの街へと移動になる。久しぶりの再会は興ざめでもあった。妹はボス、ギスランへの疑念を口にしたのだ。バカバカしいと思いつつジェリックは妹の話を聞いた。
王都では何人かのパーティーリーダーが、幽鬼の接触を受けていたとのことだ。ジェリックは本当にバカバカしいと思っていた。ここは冒険者の街だ。
しかし妹の言葉は予言となった。この街にもゴーストが現われたのだ。目の前にだ。
更にタイミングを合わせるように、ベテラン冒険者は戦力外を通告された。
ゴーストと王都の戦いが、すでにこの街で始まったのだと思った。そしてサン・サヴァンに起こった魔境大解放。
鉄格子の前に立つと、小汚いベッドに横たわるギスランがいた。
ジェリックを見る顔には怒りが広がる。
「何しに来た。嗤いにか?」
「俺は駆け出しの頃からあなたに憧れていた。あなたのような冒険者になりたいと願っていた……」
「そうだったな。もう昔の話だろ? だからなんだ?」
ジェリックはとつとつと、その昔を語った。
「だから新しい形のパーティーを作りたい。手伝ってくれと言われた時は心底嬉しかった……」
ギスランは、その昔話を思い出す。なついてきて一緒に酒を飲み、乞われるまま冒険者論などを語ったと思い出す。
「私も王都に行きますよ」
「そりゃそうだ。お前はこの事件の功労者。うまく取り入ったもんだな。ああ?」
立ち上がりギスランは鉄格子をつかむ。鬼の形相でジェリックを睨んだ。
「まさか。あなたの奥様とお嬢様をお連れします」
ジェリックは目を伏せて、静かに首を振る。
「俺の家族を……」
「当然です。最近やたら昔が懐かしいのですよ。私ももう年ですかね……」
ギスランの琴線が揺れた。顔色が変わる。
誰にも良い思い出があり、人はそれを時々思い出す。ギスランはただ、少しのあいだそれを忘れていたのだ。
「王都、王都か――。昔そんな夢を語ったか、俺は……」
「また、二人でやりましょう。罪を償ったら、また仲間を集めて一から始めましょう」
ジェリックは昔も今も純粋だ。変わったのは自分だと、ギスランは自覚した。そして純粋だった頃の、昔の自分を思い出した。
「あっ……」
「あなたのように戦う冒険者は、この世界には絶対に必要なのですから……」
ギスランは両膝をガクリと床に付いた。今更ながら後悔の念が湧き出したのか、嗚咽を発する。
身柄はアンディック預かりとなり、王都に移送される。監視対象とはなるが、身は自由な刑罰執行猶予中だ。
アンディクは戦力にするつもりなのだ。それこそが罪の償いだとジェリックは思った。リーダーを諫めなかった自分も同罪だと。
王都に行って一旗揚げる。昔この街には、そんな夢を語っていた若者が大勢いた。
◆
年配の紳士が店にやって来た。店を見回してから、カウンターの一番奥の端へと座る。
厨房から出てきたセシリアは一瞬驚いたような表情見せ、皿をテーブル客へと運ぶ。そしてカウンターの内側に入った。
「どうしたのですか? こんな所へ」
「もうすぐ王都に帰らなければならない。息子を連れてね。あのバカのおかげで街にはとんだ迷惑をかけてしまった」
「バカはないと思いますよ」
「いやあ……。幼い頃に君と会わせてしまったのがいけなかったのか、君の娘にも少々迷惑をかけてしまったようだ」
「セシールはそんなこと、これっぽっちも気にしてませんから。お気遣いなく」
「若い頃の君によく似ている」
「親子ですから」
セシリアは紳士が、自分と息子とを比べているのだろうと察しがついた。
「そうだね。やはり君をこの街に呼んで正解だったよ」
「ずいぶん昔の話ですわ。スチュアートさん」
本当にそれは昔の話であった。はるか昔、もう記憶も曖昧な遠い日々の話であった。セシリアはその頃の自分を少しだけ思い出した。
懐かしそうに食事を済ませたスチュアートは、満足して帰って行った。
入れ替わりにベルナールが来店する。出口にあごをしゃくった。
「知り合いか?」
「まあね、昔の常連さんよ。今回の一件で私の店を思い出して、気まぐれで来てくれたの」
「ふーん、ありがたい話じゃないか」
ベルナールはカウンターの、真ん中の席へ座る。
「昔も色々あったな。俺も少し思い出していたよ。それから、ドラゴンの太陽が燃え尽きた」
「あら、本当ね」
セシリアは窓の外を見やる。この街にやっと夜が訪れた。
「早く一杯くれ」
「はいはい……」




