チュ-トリアルキャラに追い詰められて袋小路?はは、ご冗談をw
「ここから先は人間風情は通さないぞ!」
2体のオオカミはにべもない返事で行く手に立ちはだかると、構えを崩さずこちらを睨み付けた。
「私達はウイルスバグを倒すために先へ進まなくちゃいけないの。なんで通してくれないの?」
「人間は自然を蝕む害悪だからな。ウイルスバグと変わらない。痛い目にあいたくないならとっとと帰れ」
雷太はストーリーを作った張本人だが、通常移動中に乱数遭遇する敵については戦闘を仕掛けてくる理由、目的を設定していなかった。行く手を阻む、経験値やアイテムを稼いでパーティを強化する、単に戦闘を楽しむ、それだけの存在だった。どうやら微笑と雷太、そして恐らくは美命も『人間』という外界から仮想現実世界に転移してきた存在は、あまり好まれてはいないらしい。余所者が邪険にされるのは世の常という事なのだろうか。なるほど、それで戦闘しなきゃならなかったのかぁと雷太は自分が当事者である事を棚に上げて感心していた。
「逃げるわよ」
言うが早いか微笑は踵を返すとオオカミに背を向けて逃走を試みようとした。雷太もそれに習い、もと来た道へ戻ろうとした。ウイルスバグによって洗脳されて暴走状態となった敵でない限りは、普通は80~90%の確率で逃亡できる。彼らは中立の立場という設定にしてあるため、逃げる者を追おうとはしないよう設定していた。うんうん、と独りごちて頷く雷太の前で微笑の歩みが不意に遅くなった。
「でも、戻ってもあのコウモリとの戦いが待っているのよね。それならいっその事、オオカミと戦って経験を積んだほうがいいんじゃないかしら?見た目幼い感じだし勝ち目がありそうだわ。何ならあなたは後ろに隠れてなさい」
えッ、と目を剥く雷太を余所に、微笑は逃げようとしていた足を踏みとどめると2体のオオカミを見据えて鉄梃を構えた。オオカミ達もこちらの敵意を認め、先程とは打って変わって杖を両腕一杯に広げて掴み、より遠くの間合いへ繰り出せるように身体を撓めて身構えている。
「戦っちゃうんだぁ。コウモリ1体からは散々逃げ回っておいて、オオカミ2体同時出現とはホイホイ戦っちゃうんだぁ」
先手を打ったのは敏捷性15のオオカミ達だった。11の微笑より僅かに速い。
「オオカミの行動は3パターン、まあどう足掻いても勝ち目はないんだけれど」
オオカミは90%の確率で通常攻撃、5%の確率でSPを消費して放つファイアーボール、残りの5%は何もせず様子を窺う、のいずれかを行う。2体のオオカミは示し合わせていたかのように微笑がかわす場所を塞ぐように対方向から同時に攻撃を放った。微笑の右脇腹と左肩に遠心力の乗った長杖の攻撃が叩き込まれ、鈍い打撲音が重く響いた。
「くうっ!何で自分より背丈の高い物をそんなに軽々と操れてるのよ、強いじゃない!」
鉄梃とマントで何とかオオカミ達の長杖による攻撃を勢いを殺して凌いだが、微笑はHPの半分以上を削り取られた。少し身体を動かすだけで右脇腹と左肩に激痛が走る。雷太はただ持っている鉄梃をぶるぶると震わせて突っ立っているだけだった。彼女を守るとか、僕は中立だから戦わないとかではなく、オオカミ達が微笑を好きなように殴打するのを後ろで震えながら突っ立って見ている事しか出来なかった。逃げよう、と提案する事さえ厚かましい。それほどまでにこの場では雷太は矮小な存在だった。微笑は身を守っていたマントを払い、右に待機しているオオカミ目掛けて駆け出した。微笑の命中率は90%、そして敵の回避率は0%。微笑は鉄梃を大きく振り被り、大上段からの一撃を放った。オオカミは攻撃を行い長杖の重みに身体を泳がされて、まだ構える姿勢に戻れていない無防備の状態だった。微笑の攻撃を目で追い、オオカミがチッと舌を鳴らす。ガシィン、と派手な音が鳴った。微笑の攻撃が地面のタイルを穿った。要するに、空振りしたのである。
「くっ!避けられた?!」
「90%の確率をはずしちゃうかぁ。終わったなァ」
1ターン目を終えてHP40無傷のオオカミ2体と、HPが半分以下の22ポイントになった微笑。次のターンでオオカミ2体の攻撃が当たればまず間違いなく微笑のHPは空になる。雷太は微笑を呼び止めようとした。これ以上の戦闘は無意味だった。体勢を立て直すべく撤退すべきだった。
「逃げよう。オオカミはまだ勝てる相手じゃないよ」
「いいえ、逃げないわ。たとえ刺し違えてでも1発ぶん殴らなきゃ気が済まないわよッ!」
微笑は雷太の差し伸べた手を左手を伸ばして制すると、激痛で小さく呻きながらも鉄梃を正眼に構えた。鉄梃の先端にオオカミを見据え、次こそ必中を心に刻み怒りに燃える瞳で睨み付けていた。だが今こうなっているのは最初にオオカミ注意の看板を読まず、チュートリアルコウモリを無視して仲間にしていない微笑が悪いのである。コウモリを仲間にしていれば攻撃が分散される分、一撃くらいは食らわせられたかもしれない。どのみちコウモリも弱いので敗北を喫していたであろうが。
「まだ歯向かうのか、とっとと尻尾を巻いて帰れ!」
先手を打つオオカミ2体の攻撃が、先程と同じように対方向から隙なく繰り出される。さすがに5%のファイアーボール発動は引かなかったらしい。ここで右側のオオカミの動きに多少の遅れが生じた。先程の空振りだったにせよ、重みのある微笑の攻撃を間近に見て少なからず動揺していたらしい。基本命中率80%のオオカミの攻撃が空を切った。だがもう一体のオオカミは的確に攻撃動作中の微笑の左肩を打ち抜く。重い一撃を食らい僅かによろめきつつも、微笑は右のオオカミに一点を絞って鉄梃を振り下ろした。物理耐性を持つオオカミに致命傷は与えられない。それでも空振りして隙だらけだったオオカミに12ポイント、約3分の1のダメージを与えたのである。
「くうッ!」
微笑は攻撃を終えた後、左肩を押さえて激痛に呻いた。残りHP4、もう勝利する事は不可能だった。だが一矢報いる事が出来たのも事実だった。
「残念だけれど逃げるわ。さすがに勝ち目ないわ」
微笑は雷太に一言呟くと踵を返して左肩を押さえながらもと来た道を戻り始めた。オオカミに一撃を与えられたので溜飲が下がったらしい。幸いオオカミは深追いはしてこなかった。彼女達とて好き好んで戦っている訳ではない。ウイルスバグという強大な魔手から身を守る事で手一杯なのだ。
「そうだね。一旦戻って体勢を立て直すほうがいい」
雷太は本来、この世界において敗北してもスタート地点に戻されるだけで敗北によるペナルティは設定していなかった。だが生き延びて帰還する事で道中に地形を把握したり途中得られる事もある。何より後味が悪い。敗北した後、わざわざ出向いてきて連れ帰ってくれる美命への気まずさもある、と思いそれを微笑に聞いたところ、
「大丈夫よ。姉さんはぼんち揚げと午後の紅茶ストレートを差し入れたらいつでも眩しいくらいの笑顔で迎えに来てくれるわ。あの食べ合わせは至高よ」
「それって物に釣られてるだけだよね、っていうか生々しいくらいに庶民派ですねッ」
要するに敗北による撤退において美命に気兼ねする必要はない、という事らしい。微笑と雷太は先程使った転移の魔方陣の上に乗った。だが転送先の目の前にはチュートリアルコウモリが立ち塞がっていた。
「微笑さんお久しぶりです。さっきは無視して素通りされて寂しかったですよぅ」
「出た?!いいから通しなさい!こっちはもうボロボロなの!」
微笑達が乗った魔方陣は前方以外壁に囲まれていて逃げ場がなかった。そこへ行く手を塞ぐようにコウモリが立ち塞がる形になっていた。元来チュートリアルコウモリはちょこまかと微笑を追いかけるよう雷太が設定していたため、ワープ先でも壁越しに微笑の位置を補足していた結果だった。
「もう一度転移で逃げるわ!勝てっこないわよ!」
微笑はその場で転移の魔方陣の上に乗りなおし、再度転移を試みた。視界が一瞬ぼやけた後、再びオオカミのいた回廊に転移した。だが、
「では微笑さん、戦闘の勘を取り戻す意味を兼ねて軽く手合わせしましょう」
コウモリは転移していなかった、が、微笑とコウモリの会話は離れていても続いていた。完全に雷太が予想していなかったバグにより、戦闘は始まってしまったのである。先手を打ったのはチュートリアルコウモリだった。敏捷性30、弱いことこの上ないが速さだけが取り柄である。だがそれが今最悪な形で真価を発揮した。チュートリアルコウモリは全体攻撃を放った。全体攻撃は発動者のHPが5ポイント消費され、敵全員にわずかに弱い通常攻撃を繰り出す技だった。通常攻撃よりも威力が劣る分、単体の敵相手には意味のない技。雷太は初めて戦う相手としてチュートリアルコウモリに、敢えて弱い技を設定しておいたのだった。チュートリアルコウモリは満面の笑顔でコウモリ傘を閉じると後ろ手に振り被り、身体を精一杯横に捻って横薙ぎに薙いだ。あはは~今日もいいお天気~と言わんばかりの満面の笑顔とともによわっちいふにゃけた攻撃がぺちりと微笑の左肩を叩いた。
「きゅうッ」
己のHPを削っての最弱の攻撃、だが今の微笑のHPは4。チュートリアルコウモリが放った攻撃によるダメージは5。かくして敢え無く微笑は力尽き、気絶してしまったのである。
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「微笑ちゃん大丈夫?酷くうなされていたけれど」
微笑が気を失った後、胸元のブローチの輝きとともに美命が現れ、帰還魔法ハウスを唱えてつい今しがた微笑と雷太を連れて1階のベッドまで戻ってきた所だった。微笑は意識が戻った後も、今は痛みのない左肩を押さえながらコウモリこわい、と青ざめながら呟き続けるばかりだった。だが、一番青ざめていたのは間違いなく雷太だった。微笑はチュートリアルコウモリに負けた事でさらに経験値を100ポイント獲得して、レベル2から一気にレベル4になっていたのだった。まだ一人も敵を倒せないでいるのに単独でオオカミ2体と互角に渡り合えるレベルになってしまっている。チート並に強くなっている微笑を見て、初めて疑念を口にした。
「もしかしてこれって・・・クソゲーなのか?いや、たまたまだ、絶対に!僕は、僕わあァッ・・・!」
下笑 雷太の戦いはまだ始まったばかりだ。その横では頭を抱えて叫ぶ雷太を物珍しげに眺めながら、ぼんち揚げと午後ティーをお茶請けに、美命とドラゴンがまったりくつろいでいたのは余談である。
次回「コウモリ恐いから単身でオオカミ2体にリベンジ?はは、ご冗談をw」に続く・・・




