頭脳明晰で勇猛果敢なヒロイン?はは、ご冗談をw
雷太と微笑は今、2階へと続く階段を登っている。雷太は右手に微笑と同じく釘抜きなどに使う鉄梃を武器として装備していた。美命が倉庫から取ってきてくれた物で攻撃力も状態異常付与もない、何の変哲もないただの鉄梃だったが素手よりは遥かに安心できた。雷太は自分がもうすぐ経験する事になる初戦闘への緊張から鉄挺の感触を何度も握りなおして確かめながら、隣で並んで歩く微笑の横顔を見た。彼女は多くは語らず、ただひたすら前を見て歩いていた。この時の彼女の心情はただ一つ。姉の美命を守る為、最上階に巣食っているであろうウイルスバグを粛清する事を決意して最初の一歩を踏み出した所だ。すでに一度敗北を経験済みではあるが。雷太がそんな微笑の心情に想いを馳せているうちに2階から漏れる光が一際強くなった。
「着いたわ。あなたも気を引き締めてね」
規則正しく敷かれた緋色のタイルは塔の明かり取りから入る光を受けて煌めいている。壁は巨大な大理石を幾重にも重ねて作られていて、石造り特有の少しひんやりとした静謐な空気で満たされていた。
2階へ到達した二人を歓迎するかのように、雷太の設定どおりチュートリアルコウモリがこちらへちょこちょこと近づいてきた。栗色のロングヘアーの左右におさげを垂らし、白いたんぽぽの綿毛のような丸い2つのボンボンのついた髪留めで結わえている。瞳は深く藍を湛えており、黒いノースリーブドレスの下には紫色の袖部分が膨らんでいるパフスリーブを身に着けている。その上には小さな黒いコウモリの羽飾りが申し訳程度にちょこんと据え付けられていた。そしてあからさまに『これを差していなければ私の存在意義がなくなっちゃう!』と言わんばかりに、黒くこんもりと膨らみを持ったコウモリ傘を嬉嬉として差していた。デザインした雷太でさえ、改めて間近で見ると違和感の塊である事に自己嫌悪して、しばらくの間暗然としていた。雷太の今の心境を喩えるなら、自販機でスチール缶の紅茶を買って振った後、振らずに開栓してください内溶液がふきだす事があります、と小さく書かれた注意書きを後から見つけてしまった気持ちと同じくらい嫌な気分だった。
雷太の思惑では、まず2階に到着してすべき事は入り口横の壁に貼りつけてある茶色の看板に書いてある事を読む事、そして近寄ってきたチュートリアルコウモリに決定ボタンで話しかけて戦闘を実体験し、勝利報酬としてドロップしたアイテムの使用方法を学ぶ事である。微笑の方を見遣ると軽く呼吸を整え、二度と同じ過ちはすまいという決意のこもった眼差しをチュートリアルコウモリの方に向けるとスタスタとその横を通り過ぎた。コウモリが無視されて慌てふためきながらちょこちょことこちらに追いすがってくる。傍観者を決め込んで絶対に口出しすまいと肝に銘じていた雷太だったが、完全に裏をかく微笑の行動に居た堪れなくなり早々と待ったをかけざるを得なかった。
「えっと、微笑さん。ひとつ質問してもいい?」
「いいわよ。でもここは強敵揃いだから気を抜くと一瞬でやられるわよ。手短にお願い」
「入り口に重要そうな内容が書かれた看板があったんだけど、読んでみない?」
「看板?そんなものなかったわよ?」
微笑は雷太に顔を向けながら歩みを止めずに返事をした。微笑には看板が壁の模様か何かにしか見えなかったらしい。その看板には『フロア2 オオカミは強敵!まずはコウモリを仲間にしよう!』と書かれていて、まずオオカミとは戦ってはならない事を示唆していた。
微笑はチュートリアルコウモリから逃げ果せると、突き当たりが袋小路になっていてその足元に白く淡い光を帯びて浮かび上がる転移用の六芒星で描かれた人ひとり入れるほどの大きさのある魔法陣が描かれている場所に足を踏み入れた。
「あとさ、何であのコウモリと会話しないの?めっちゃ追いかけてきてますけど」
「アレはああ見えて凶悪よ。私より行動が早い上に回避能力も高いの。無視するに限るわ」
確かにコウモリは羽根がついている飛行タイプのキャラクターなので敏捷性はそれなりにある。だが実は敵として出現するコウモリは回避率はゼロ、つまり微笑の命中率90%の攻撃が空振りしない限り、絶対に命中するように雷太は設定していた。敵に攻撃を避けられ続けるのはストレスが溜まる。だから攻撃回避に特化した虹色鳥や巨大ニワトリ、レアメタルといったキャラクターでない限り、攻撃は微笑が10%のミスを引かない限り、必ず命中するのである。それは雷太なりのプレイヤーへの配慮であった。さらに付け加えてコウモリは通常攻撃にとても弱く、物理防御力が0なので恐れるに足りないキャラクターなのだが。
「前回、そこの転移用の魔方陣で別の場所へ移動できたわ。行きましょう」
「いや、ちょっと待って、僕の話をぉォーッ?!」
雷太が引き留めるより速く、微笑は転移魔方陣の上に乗った。一瞬、全身を強く揺さぶられるような衝撃を味わった後、目の前には別の風景が広がっていた。微笑共々一瞬で違う場所へ転移した事を理解するのにしばらく時間を要するほどにあっという間の出来事だった。
まずい、と雷太は心の中で叫んだ。先程のスタート地点の一角はコウモリしか敵が出現しないが、ここからは違う。回復魔法と攻撃回避能力で苦戦を強いられる虹色鳥、そして最初の難敵オオカミが出現する。だが微笑は仲間を引き入れていないが今レベル2になっているから単独でも虹色鳥と辛うじて互角に勝負できるかもしれない。仮に勝利して70%の確率で仲間になれば、虹色鳥はこの世界で貴重な回復魔法の使い手なので大金星である。そしてその思い描いていたプランを微笑が実現していく事が出来るよう状況作りに逡巡する時間も与えられずに雷太は運命の初戦闘の敵と遭遇した。
「無常だよなぁ、やっぱり。確率ってのは1%でもより高くなるよう努力に努力を重ねて、初めて実を結ぶものだよなぁ」
目の前に立ちふさがったのは襟と袖口に水鳥の羽毛であしらえたふさふさのボアが付いた茶色のコートを着込み、本人の背丈よりやや長い、黒い輝きを放つ杖のような物を両手で持って構えている黒髪を三つ編みで幾重にも束ねて背中に流した紅く輝く眼光が印象的な少女だった。頭には一対の黒い獣耳がついている。内側はうっすらと桜色に染まっていて、もこもこしたクリーム色の耳毛が付いている。まだ幼い見た目からか、コートがややだぶついて見える感じがある。だがその愛らしい見た目に騙されてはいけない。彼女『オオカミ』は物理防御耐性があり、通常攻撃しか出来ない今の微笑には5%の確率で引き出せる会心の一撃を出さない限り、まずまともな与ダメージは望めない。会心の一撃は相手の防御値を無視して2倍のダメージを与える、まさに奇跡の一撃である。しかしそれでもクリティカル総ダメージ量の20%はオオカミの物理耐性によって差し引かれてしまう。そしてオオカミの攻撃魔法『ファイアーボール』は微笑の体力を一瞬で奪いつくす絶対必中の回避不可能攻撃である。そして、雷太は今になってゲームバランスの酷さを己が身をもって痛感する。オオカミは、2体同時出現に設定していた事に。




