万人が楽しめるゲーム?はは、ご冗談をw
四畳半という言葉がしっくりくる薄暗く狭いアパートの一室。その人物はベッドに潜り込んだまま首から上だけを這い出し、パソコンのモニターを見つめキーを叩いてニヤついた笑みを浮かべていた。誰にも会わない環境に気を許してか、布団の中ではくたびれた半袖のランニングシャツとライトブルーのトランクスのみという、半裸同然のいでたちであった。時折めんどくさそうに布団から這い出すとトイレで用を足し、戻る際に冷蔵庫を漁り、ペットボトルのコーヒーをコップに注いで持ち帰りちびちびやる、といった具合だった。ゲーム作りに勤しんでいるようだが如何せんたった一人での突貫製作である。遅々として進まないまま難航していたが、ストーリー、音楽、効果音などはフリー素材を使ったり、多少腕に覚えのある絵などは稚拙ながら自前で用意したりしてゲームの素材部分の準備はようやく終わろうとしていた。
「うひひひひ。これで、これで最後のスクリプトを組めばゲームが完成する・・・。世界中の人間が、僕の掌で踊り、笑い、怒り狂い、感動するゥッ!うひゃひゃひゃひゃあァッ!」
狂気の感、ここに極まれりとばかりに掛け布団を蹴り上げ嗤う。嗤う。嗤う。隣人はもう慣れっこになっているのだろうか、どんなに隣で騒いでいても沈黙している。モニターには打ち込んだ本人さえ理解不能なレベルに達した、見るものが見れば一瞬で眉をひそめる事夢疑い無しの闇鍋式スクリプトが殴り書きされていた。
「このゲーム世界の売りは僕が学業の合間を縫って(授業中に落書きしていたとも言う)魂を削って描きあげた絵だぁ♪露出ちょい高めの愛らしい美少女を最近流行っているソーシャルゲーム風なカードデザインにしたロールプレイングゲームッ!あまつさえサイバーな世界観を背景としてそれでいてファンタジックな万人を魅了するストーリー、この完成の間際の際において抜かりなしィッ!」
彼は信じて疑わなかった。自分が作り出す物は万人が感動し賞賛するに値するものだと。
彼は知らなかった。自分が井の中の蛙である事を。ゲーム製作コンテストをネットで見つけ、3ヶ月後に選考される事を踏まえ、己の全てをゲーム作りに注ぐつもりで絵を描き続けた。物語を寝る間を惜しんで推敲した。意味のわからないスクリプトで常にバグが多発して何度も投げ出しかけた。それでも翌日にはネットでバグの原因を血眼になって調べ上げ、スクリプトをだましだまし、継ぎ接ぎだらけにしながらも完成させた。これで未来への障害は全て取り払われた、そう過信したのである。これ以上ない努力をした。それが彼の自信の裏付けである。
彼のマウスに添えられた人差し指が震えている。時計の針は0時になる30秒前を指している。0時から投稿受付開始にあたり、皆の注目を集められるよう、いの一番に投稿しようと心に決めていた。
「ふうぅーーーーッ、ふうぅぅーーーーーーーーッ!」
彼が30秒をこれほど長く感じたのは生まれて初めてだった。あとはただ投稿ボタンを押すだけである。その後はダウンロードしてテストプレイした者から感想やバグの指摘などがネット掲示板に表示される。テストプレイ期間として2週間、その意見を元にしてバグなどの調整をしてゲームを再投稿する事が可能であり、それから最終投票が開始され、コンテストの順位が決定される。
かちり、と彼の人差し指がマウスのボタンを押下する。0時きっかりに投稿のボタンを押した。
「んん~???」
カチカチカチカチカチ。投稿ボタンの上にカーソルを載せ、何度も押下するが画面に変化がない。
「何故だ!何故何故何故何故何故何故何故ぇ~?」
喩えようのない焦りが彼を押しつぶしにかかる。爪を噛みスクリーンセーバーによる負荷を疑いマウスをマウスシート一杯に動かしカーソルを画面一杯縦横無尽に超高速で往復させる。
「馬鹿なァッー!?」
ブラウザ更新ボタンと投稿ボタンを気が触れたかのように交互に何度も押し続けていると、突然主催者側からの更新があった。
「何々、『只今回線が繋がりにくくなっております』ゥ~?」
他の投稿者も考える事は同じだったらしい。一度に皆が投稿して回線がパンクしてしまったのだ。投稿は受理されていたらしく、しばらくして彼のゲームは17番目に投稿された形になっていた。
「17、番目ェェ~?」
明らかに不服の眼差し、雄叫びめいた非難を声高に叫んでモニターを恨みがましく見やる。しかし、彼は我を取り戻すとゆったりとくつろぎ始めた。これで成すべき事は全てやり終えた。バグも虱潰しに潰した。後は結果を待つだけだ。そう考えていた。そして彼はその結果、世界に名を轟かせるのだ。そして、運命の時がやってきた。
「来たッ!最初のテストプレイ感想ォォッ!」
そこには短く一言。
『こりゃクソですわ』
彼は画面の文字を凝視したまま微動だにしなかった。喉からあが、という形容しがたき声にならない音が発せられ、それきり押し黙った。それから小1時間、掲示板にはバグの発生地点が留まる事無く書き記され、ゲーム性が薄い、何がしたいのかわからない、といった書き込みによって埋め尽くされた。彼は惨敗したのである。何が間違っていたのか、何がいけなかったのか。バグの提示された箇所を直す気力もない。これが世界だと、これがネットの本当の厳しさなのだと、受け入れることもできず何が、何がいけなかったと、己の敗北を否定し続けることしかできなかったのだった。
「畜生があァーーーッ!」
かくして彼、下笑 雷太の物語は幕を上げる。




