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花弔風月  作者: 満月小僧
わたしとあたしと彼と兄
32/42

 特に迷う事も無く、あたしは望月家を訪れ、トレードマークたるポニーテールを大きく揺らしながら、叩き付ける様にインターホンを押した。


 はてさて、あたしの選択が鬼と成るか蛇と成るか、試す事とする。何、運には自信がある。あたしはラッキーガールだ。


 ジジッとノイズ音が聞こえ、「はーい」という望月家の母、玲子さんの間延びした声が聞こえてきた。


 あたしは胸を張って答える。


「どうも、お久しぶりです。立花つぐみです。望月風香さんはいらっしゃいますか?」


 さあ、ガールズトークをしようじゃないか。



 玲子さんにリビングへと通され、椅子に座り、テーブルに出されたお茶を飲んでいると、程無くして、二階から風香さんが降りてきた。


 空気を読んだのか玲子さんはリビングにあたしと風香さんを二人きりにしてくれ、あたし達は向き合った。


「えっと……」


 久しぶりに会う彼女は眼に隈が出来ていて、頬がこけていたが、相も変わらず妬ましいほどに美しかった。


 学生時代、女王と呼ばれていただけはある。


「どうも。ちょっと話があって来ました。どうでしょう? 久しぶりに兄の事でも話しませんか?」


 彼女があたし達立花家に持っている罪悪感はとてつもない。


 風香さんはあたしの言葉を断れないはずだ。


「……ええ、分かったわ」


 予想通り風香さんは頷いてくれ、テーブルを挟んであたしの向かいの席に座る。



 しばらくの間、あたし達の間には言葉は無かった。あたしは言いたい事は山ほどあったけど、テンションに身を任せてここまで来てしまい、まだどう言葉を始めるか決めていなかったので、まずは風香さんの様子を観察する事にしたし、風香さんはあたしと眼を合わせず、やや俯いたままだったからだ。


 リビングを包む静寂が二分を越えようかと言う時、意外にも風香さんが口火を切った。


「……翼君は、どうしているの?」


 あたしは少々驚愕した。


 まさか風香さんが一番初めに翼兄ちゃんの事を口に出すとは思わなかった。


 彼女が最初に話すのは飛鳥兄さんの事だとばかり思っていた。


「意外ですね。翼兄ちゃんの事から聞くなんて。風香さんは飛鳥兄さん以外どうでも良いと思っていましたよ」


 つい言ってしまった嫌味に、風香さんは眼を瞑って首を縦に振った。


「ええ、そうよ。わたしは飛鳥以外どうでも良いと思っていたわ。飛鳥以外何も見えていなかった。だから、わたしは全員を不幸にしてしまったわ。……本当にごめんなさい」


 彼女はその場で頭を下げた。


 言葉は本気に思え、本心からの謝罪だろう。


 しかし、相手を間違えている。


「風香さん。確かにあなたはあたし達全員に謝らないといけないと思います。けど、一番初めに謝らなければいけない相手はあたしじゃないでしょう?」


「……それは――」


 風香さんの言葉に被せて言った。


「何で、あたし達の家に来ないんですか?」


「…………」


 あたしは追撃する。


「さっきの質問に答えますけど、翼兄ちゃんはずっと家であなたを待ってますよ。兄達に申し訳ないと思っているのなら、せめて会いに来てくれても良いじゃないですか?」


 数十秒風香さんは黙り、そして顔を上げてあたしと眼が合った。


「ええ、分かっているわ。つぐみちゃんの言った通りよ。わたしは飛鳥と翼君に報いらなければいけない。でもね、足が震えるのよ。玄関のドアに近付くほど、体が動かなくなる。どうしても外の世界に足を踏み出せない。恐いのよ」


 あたしは聞き返した。


「恐いって何がですか? 翼兄ちゃんがあなたを責め立てる事ですか? それともわたし達から恨みのこもった眼で見つめられる事ですか?」


 彼女は左右に首を振った。


「……わたしは飛鳥が死んだ事を認めるのが恐いの」


「……は?」


 何を言っているのかが分からなかった。


 が、瞬間、あたしは恐怖した。


 まさか、また彼女は翼兄ちゃんを飛鳥兄さんに見立てるつもりなのか?


 あたしの表情を見て、風香さんは慌てて訂正した。


「大丈夫よ。わたしは飛鳥が死んだ事ははっきりと理解しているわ。翼君をまた飛鳥と思い込むことも無いはず。わたしはただ、飛鳥が死んだと信じたくないだけ。この家を出たら嫌が応にも、飛鳥が死んだと認めないといけない。それがどうしてもわたしは出来ないのよ」


 何となくだがあたしは風香さんが何を言っているのか理解した。


 風香さんは自分の世界から立花飛鳥という存在が消えて欲しくないのだ。彼女が自身の全てを捧げた相手に二度と会う事が出来ないという事を認められないのだろう。


 その気持ちは良く分かる。自分の愛おしい世界が壊れてしまったとしたら、あたしだってその事実から眼を逸らすだろう。


 だからこそ腹が立った。


「ふざけないでくださいよ。じゃあ、翼兄ちゃんはどうすれば良いんですかっ? 何時までも飛鳥兄さんを演じていろと?」


 即座に風香さんは否定した。


「違うわ。違うのよ。翼君はもうわたしに構わなくて良い。わたしを気にしないで自由に生きて欲しい」


 何故、通じないのか。


 翼兄ちゃんが自由に生きるためには、全てを終わらせないといけないのだ。


「そのために、あなたが終わらせないといけないんですよ。風香さんが翼兄ちゃんに終わったことを宣言してくれないと、何時まで経ってもあの馬鹿な兄は、飛鳥兄さんを演じてしまうんです。四年間一緒に居たんだから、分かるでしょう?」


 あたしの言葉に風香さんは口をつぐんだ。図星なのだろう。


 言葉を探す風香さんを無視して、あたしは続けた。


「大学が始まるのは一月十二日でしたね。冬休みが終わってしまったら、終わらせるタイミングが無くなってしまいます。どうかそれまでにあたし達を自由にしてください。お願いします」


 頭は下げなかった。


 あたしが風香さんに頭を下げる義理は無い。


 しばらく沈黙が続いて、風香さんはポツリと搾り出すように声を出した。


「……ごめんなさい」

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