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花弔風月  作者: 満月小僧
私とカノジョの大晦日
12/42

「そろそろ四年だね。君が風香の彼氏に成って」


「はい。長続きしていますね」


 私達は何処かに座る事はせず、立ったままダブルベットの前で向かい合っていた。


「うん。僕もそう思う。君は本当に良くやってくれていると思っているよ。でも、毎年言っているけれど、何時でも〝止めて〟良いんだからね?」


「おじさんは自分が風香さんの彼氏でいるのが御不満ですか?」


 悠太郎さんは大仰に反応した。


「いやいや、そうじゃない。君が風香の彼氏をしてくれなかったら僕達一家がどうなっていた事か。想像するだけでゾッとするよ。だけどね、君一人を犠牲にして、僕達は心苦しいのさ」


「自分は犠牲に成ったつもりは無いです」


 あの時の私は犠牲に成ったつもりは無かった。


 望月風香の彼氏になる事が一番の解決策だと思っただけである。


 悠太郎さんは数秒口を閉じた。


「……君は風香の事を愛しているんだね?」


「どうでしょうね。ただ、カノジョのためなら全てを捧げても良いと思っていますよ」


 私は言い切った。その覚悟があったから、今、カノジョの彼氏をやっているのだ。


……実際はただの自己陶酔なのかもしれないが。


 私はつぐみと沢口に話した内容を悠太郎さんにも言う事にした。


「でも、悠太郎さん。俺は二十二歳に成る日、全てを終らせようと思っています」


「二十二歳? ……ああ、なるほど。うん。分かった」


 彼もまた正確に私の言っている意味を読み取ってくれた。理解が早いと助かる。


 一度溜めた息を吐いて、悠太郎さんは私を見た。


「本音を言うなら、君がこのまま何も打ち明けないで過ごして欲しいと言う気持ちが僕の中にある。けれど、僕達は娘が壊れてしまった時、何も出来なかった。そんな風香を救ってくれたのは紛れも無く君だ。何も出来なかった僕達が君に何か言う資格は無いだろう。だから、君の思うとおりにしてくれて構わない。それだけの恩を僕達一家は君から貰っている」


「はい。ありがとうございます」


 私は頭を下げた。


「僕達の台詞だよ。ありがとう。……それじゃあ下に行こうか。風香が待っているし」


「はい」


 私達は小さく笑い合って、寝室を出た。


 これで話すべき全員には話した。


 後は行動に移すだけだ。



 二十三半時頃、私とカノジョは大国主神社を訪れ、私達と同じ様に初詣に来た長蛇の列に並んでいた。毎年の事ながら良くこれだけの人数が一箇所に集まる物である。


 神社に多数出没した屋台で買った焼き鳥やタコスやらを食しながら、手持ち無沙汰に辺りを見渡していると、ふと知った顔を二三見かけた。小学生時代の同期達である。彼らもまたこの寒い中初詣に来たようだ。


 カノジョもまた私と同じ様に辺りを見渡していたらしく、急に声を出した。


「あ、美代ちゃんだわ」


「美代ちゃん?」


「小学生の時の友達よ。とても可愛い女の子だったの。ほら、あの人」


 カノジョが指差した方向を見ると、屋台近くで寒そうに髪を短くした栗色の髪の女性が居り、その人に寄り添う様にスポーツ刈りの背の高い男が居た。


 偶然にも男の方には見覚えがあった。


 小学校の頃の友人、坂井健太だ。


 どうやら私達に見られている事に気付いたようで、坂井が美代ちゃんなる女性に引っ張られるようにこちらを向き、私達の姿に気づいた。


 彼らは少し驚いた表情をして、こちらへと歩いて来た。


「……立花か?」


「久しぶりだな。坂井」


 私と坂井が久方ぶりの挨拶をしている一方で女性陣も挨拶をしていた。


「風香ちゃん。おひさー。いやぁ、綺麗に成ったね」


「久しぶり、美代ちゃん。美代ちゃんもすごく可愛く成ったわ」


 女性達は女性達で話し始めてしまったので、とりあえず私は坂井と話す事にした。


「坂井、あの人はカノジョさん?」


「ああ。神田美代さん。大学のサークルで知り合った」


「サークルって確かバトミントンだっけ?」


「そう。俺がサークルに入った時、美代さん幹事やっていてな。まあ、そこから色々あって恋人になった。今、美代さんは院生。尻に敷かれてるよ」


 やれやれと首を振る坂井だが、その口元から笑みを隠しきれていない。


 よほど神田さんに惚れ込んでいるのだろう。


「で、立花の連れの人は?」


「望月風香さんって言って、俺は風香さんの彼氏」


「やったじゃん。お前にカノジョが出来るとは正直思わなかったわ」


「どういう意味だ。俺だって人に惚れるぞ」


 適当に言葉を交わし、一段落した頃、坂井と神田さんはその場から去る事にした。どうやら他の場所で知り合いを待たせているらしい。


「んじゃ、またな立花。今度ラインとか送るわ」


「じゃあ風香ちゃん。彼氏さんによろしく。またねー」


 神田さんに引っ張られるように人混みの中に消えていく坂井の背を見送り、スマートフォンで時間を見ると二十三時五十分。そろそろ今年も終わりである。


 少しばかり寒くなってきたので、私はカノジョを行列に残し、暖かい甘酒を再び買って来た。


「温まるわね」


「そうだな」


 あっさりとした甘さが喉を通り、体を温める。一気飲みするには熱すぎるため、ちびちびと飲むしかないのが難点といえば難点である。


「早く、本物のお酒が飲みたいわね」


「……後十日ぐらいでどっちも二十歳を越えるんだからそれまで我慢だな」


 息を吐いてみると、煙の様に真っ白な気体が宙へと消えていった。

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