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第一話「春風のパレードと、押し活の目覚め」

雲一つない澄み切った青空から、薄い桃色の花びらが雪のように舞い散っていた。 ガートンコヨ王国の王都、その中央を貫く白を基調とした大通りは、足の踏み場もないほどの群衆と、割れんばかりの歓声に包まれていた。

「見ろ! 王国最強の竜騎士団のご帰還だ!」 「ああ……! なんて立派なんだ。彼らがいれば、我が国は安泰だ!」

ロードサイドを埋め尽くす平民たちの熱狂の渦の中で、15歳だっただった私――オルン・バリランは、背伸びをしながらその光景を見つめていた。 私の生家であるバリラン男爵家は、名ばかりの貴族で、実態は没落寸前の貧乏貴族だった。着ているドレスも何度も仕立て直したもので、周囲の華やかな令嬢たちからは嘲笑の的になっていたが、今日の私にはそんなことはどうでもよかった。

遠くの地鳴りのような足音と共に、彼らがやって来たのだ。 大地を震わせる巨大な飛竜(ワイバーン)の群れ。その背に跨る、黒鉄の鎧に身を包んだ屈強な騎士たち。 そして、その先頭を歩く、一際巨大で美しい『純白の飛竜(ワイバーン)』。

その背に座る男の姿を見た瞬間。 私の脳天に、雷に打たれたような凄まじい衝撃が走った。

「――っ!」

陽光を反射して輝く、流れるような銀髪。 彫刻のように端正な顔立ちと、氷藍色(アイス・ブルー)の瞳。 平民の出身でありながら、その圧倒的な武功と剣の腕だけで最強の竜騎士団長へと上り詰めた、孤高の英雄。

『クラウン・ザバーグ』。

その名前を頭の中でよぎった瞬間、私の意識は急激に暗転し、自分のものではない『もう一つの人生の記憶』が濁流のように流れ込んできたのだ。

(……思い、出した。私、この世界を知っている!)

そうだ。ここは、私が前世で擦り切れるほど読み返した、悲恋と戦記を描いたダークファンタジー漫画『竜騎士の散華』の世界。 そして目の前を歩くあの美しくも孤高な騎士・クラウンこそが、私が画面越しに狂おしいほど恋焦がれた『最推しのヒーロー』だったのだ。

「……ああっ、クラウン様……! 本物だわ、本物のクラウン様がそこに……っ!」

私は歓声にかき消されそうな声で呟き、両手で顔を覆った。 限界オタクだった前世の情熱が、魂の底からマグマのように噴き出してくる。画面越しでしか見られなかった彼が、今、私と同じ世界で息をし、生きている。その事実だけで心臓が破裂しそうだった。

しかし。 歓喜の絶頂は、一瞬にして『絶望』へと叩き落とされた。

(……待って。彼がクラウン様だということは……あの『結末』も、現実のものになるということ……?)

前世の記憶の中にある、漫画の最終巻の光景がフラッシュバックする。 数年後、このガートンコヨ王国は、ゼノア帝国との泥沼の戦争に突入する。 しかし、クラウンを死に追いやったのは、敵の刃ではなかった。 王国を襲う数年に一度の大冷害。それに乗じて食糧を買い占め、私腹を肥やす腐敗した貴族たち。前線には十分な物資が届かず、兵士たちは次々と餓死していった。 クラウンは、飢えと寒さに苦しむ部下たちに自分の食糧をすべて分け与え、自らは休むことなく剣を振り続けた。

そして最後は。 雪が降りしきる凍てついた戦場で、極度の過労と飢餓により、愛する国を守ったまま、一人孤独に冷たい骸となって果てたのだ。

「……嫌だ」 私は、パレードの歓声の中で一人、ボロボロと涙をこぼしていた。 「あんなに優しくて、不器用で、誰よりも国を愛している人が……あんな惨めな最期を迎えるなんて、絶対に嫌だ……!!」

目の前を通り過ぎていく彼の背中を見つめながら、私は唇を強く噛み締めた。 せっかく、彼のいる世界に生まれ変わったのだ。ただ遠くから悲劇を眺めるだけのモブで終わるつもりはない。 私が、彼を救う。 何が何でも彼を振り向かせて、私自身が彼を幸せにしてみせる。

でも、どうやって? この世界には魔法が存在するが、それは炎を生み出したり、水を操ったりするだけの『戦闘・生活の補助』に過ぎない。どんな高位の魔術師でも、無からパン一つ、麦一粒を生み出すことはできないのだ。 食糧難は、魔法では解決できない。 没落寸前の貧乏男爵家の娘に、戦争や大冷害を止める力はない。

(力がないなら……知力と権力で、国を動かすしかない!)

大冷害が来ても、他国から食糧を買い集められるだけの『外交ルート』と『財力』があればいいのよ!!腐敗した貴族たちが食糧を買い占める前に、国策として食糧の流通を管理できる『権力』があればいい。


そのためには、私が国のトップエリート――他国と渡り合う『外交官』になるしかない。

「……見ていてください、クラウン様。私、絶対にあなたの胃袋と命を守り抜いてみせますから」 春風に舞う桜の花びらの中で、15歳の私は、その銀色の背中に向かって固く、重い誓いを立てたのだった。

それからというもの、私の生活は一変した。 「絶対に外交官になる」という私の宣言に、両親は「貧乏男爵家の娘が、王城の官僚になれるはずがない」と呆れ果てていたが、私の狂気じみた情熱は止まらなかった。

昼間は王都の公立図書館にこもり、歴史、法学、経済、そして他国の言語を血を吐くような思いで頭に詰め込んだ。前世の記憶(現代日本の知識)というアドバンテージがあったとはいえ、外交の専門知識は一朝一夕で身につくものではない。来る日も来る日も、文字の海で溺れそうになりながらペンを走らせた。

そして夜は、家の狭い台所で『料理』の特訓だ。 貧乏なバリラン家には使用人もおらず、食事は私が作るしかなかった。前世で一人暮らしが長かった私は自炊が得意だったが、この世界の限られた安い食材(硬いスジ肉や、少ししなびた野菜)で、いかに美味しく栄養満点な食事を作るか、日々の研究を欠かさなかった。

(クラウン様は、平民出身で美味しいものを食べる機会が少なかったはず。いつか彼に、私の手料理を腹いっぱい食べさせてあげるんだから!)

硬い肉を果実の果汁で柔らかく煮込む方法や、野草から風味豊かな出汁をとる方法。 ぐつぐつと煮込む鍋から立ち上る湯気と香ばしい匂いは、勉強で疲れ切った私の心を癒やし、「彼を救う」という決意を毎日新たにしてくれた。

秋には、窓の外で黄金色の麦畑が風に揺れるのを眺めながら他国の農業政策を暗記し、冬には、暖炉の薪を節約するために毛布にくるまりながら条約文を読み解いた。

すべては、あの日見た銀髪の騎士の、未来の命を繋ぐため。

そして――月日は流れ、四年の歳月が経過した。

19歳になった私は、王立アカデミーの難関試験をトップの成績で突破し、ついに王国の外務省における『外交官採用試験』の最終面接へと辿り着いていた。

王城の奥深く、重厚な絨毯が敷かれた冷ややかな面接室。 ずらりと並ぶ高位貴族の面接官たちを前にしても、私の心は不思議なほど静かだった。

「オルン・バリラン。男爵家の出身か……」 中央に座る、鋭い鷹のような目をした初老の男性――アルバート外務大臣が、私の履歴書を見ながら低く重い声で問いかけた。 「君の筆記試験の成績は歴代最高だ。だが、外交の世界は机上の空論では通用しない。狐や狸の化かし合いだ。……なぜ、貧しい男爵家の令嬢である君が、これほどの執念を見せて外交官を目指す?」

周囲の貴族たちが、「どうせ玉の輿狙いだろう」と嘲笑するような視線を向けてくる。 私は背筋をピンと伸ばし、かつてあの春の日に誓った言葉を、一切の迷いなく口にした。

「この国を豊かにし、将来いかなる危機が訪れようとも……『一人の餓死者も出さない』ためです」

「……ほう?」 アルバート大臣の目が、僅かに見開かれた。

「我が国は武力に優れていますが、農業基盤は脆弱です。もし数年に一度の大冷害と戦争が重なれば、最前線で命を懸ける騎士たちにすら食糧が届かなくなる。……私は、外交という武器を使い、諸外国と強固な通商ルートを築き、この国に豊かな食糧と富をもたらしたい。……そのために、この命を懸ける覚悟です」

私の言葉に嘘はなかった。 ただ、その「一人の餓死者」というのが、明確に「クラウン様」という一人の男を指しているという裏の理由(限界オタクの激重な愛)だけは、絶対に言えなかったけれど。

「……面白い」 アルバート大臣が、フッと口元に笑みを浮かべた。 「その覚悟、本物かどうか、この私が直接使い潰して試してやろう」

こうして、19歳の冬。 私は外務省の末席に名を連ね、後に他国から「氷の外交官」と恐れられることになる、過酷で華麗なキャリアの第一歩を踏み出したのだった。


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