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美少女荷物持ちの収納魔法【ナイナイ】が実は世界最凶だった件 ~魔王すら瞬殺だけど、カモミールを飲んでいたいの~  作者: 月城 友麻


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85. 孫宇宙ナンバー3723

 年は八つか九つか。膝を抱えてソファに座り、薄い板のような端末を両手で持って、何かを楽しんでいた。画面に映っているのは動く絵のようなもので、女の子は時々くすくすと笑っている。


 タブレット端末。レテにも似たようなデバイスはある。あれがあれば、この世界の情報にアクセスできるかもしれない。


 リーシェは息を殺して時を待つ――。


 やがて、奥の部屋から女性の声が聞こえた。この世界の言語で何かを呼びかけている。女の子は返事をして、タブレット端末をソファの上に放り出し、ぱたぱたと部屋を出て行った。


 今だ――!


 リーシェは音もなく窓を開け、身体を滑り込ませた。足音を殺してソファに近づき、放り出されたタブレット端末を手に取る。


「ごめんね、ちょっと貸してね……」


 小さく呟いた。罪悪感がちくりと刺さる。だが今はこれしか手段がなかった。数十億人の命運がかかっているのだ。少しくらいは仕方ない――。


 リーシェはそう自分に言い聞かせると、端末を抱えて素早く窓から抜け出し、裏庭の物陰にしゃがみ込んだ。



         ◇



 画面にはいろんなアイコンが並んで賑やかだった。


 文字も並んでいる。だが、読めない。


 今まで見たことのあるどんな文字とも全く異なる字体だった。曲線と直線が組み合わさった独特の造形。規則性はありそうだが、一文字も解読できない。


 あちこちいじっていると動画の再生が始まった。人が何か喋っているが、音の並びに馴染みがない。母音と子音の組み合わせ方が、レテの言語とは根本的に異なっていた。


 普通なら、ここで詰む。


 だがリーシェには、一つだけアドバンテージがあった。


 脳内の生体チップ。


 女神候補として生まれたクローンには、生体チップが埋め込まれている。孫宇宙ごとに異なる言語を効率的に習得するための翻訳補助装置。既知の言語であれば即座に翻訳し、未知の言語であってもパターンを解析し、類推と補完を繰り返して、徐々に理解を深めていく。


 ただし、未知の言語の場合は時間がかかる。データが必要なのだ。


 リーシェは端末の画面をスワイプし始めた。


 あちこちのサイトを開いては眺め、開いては眺め。文字を読み、動画を再生し、音声を聞く。一つ一つは意味が分からない。だが生体チップがバックグラウンドで猛烈に解析を続けている。語順のパターン。音素の分布。文字と発音の対応。文法構造の推測。


 十分。二十分。三十分。


 ノイズだった文字列の中に、ぼんやりと輪郭が浮かび始めた。


 この記号は助詞のようだ。この音の並びは動詞の活用らしい。この文字の組み合わせは人名を示しているらしい。断片が少しずつ繋がり、意味の欠片が形を成していく。


 一時間もすると、簡単な文章ならおおよその意味が取れるようになってきた。完璧ではない。まだ穴だらけだ。だがそれでも、何も分からなかった一時間前とは雲泥の差だった。


 リーシェは次々とサイトを巡った。ニュースサイト。百科事典のようなもの。掲示板。通販サイト。料理のレシピ。この世界のありとあらゆる情報を生体チップに流し込み、言語の精度を上げていく。


 そして。


 ある音楽サイトに辿り着いた時だった。


 再生ボタンを押した瞬間、端末のスピーカーから飛び出してきた音に、リーシェの指が止まった。


 この音。


 この重低音。


 この、腹の底を殴りつけるようなビートと、喉の奥から絞り出される叫びと、理性を吹き飛ばして身体の芯を揺さぶる、あの衝動。


 シアンに見せられた、あの音楽だ。


「こ、これよ!」


 リーシェは色めき立った。端末を握る手が震えている。間違いない。あの時、数万人の絶叫の坩堝に放り込まれた時に聞いた、あの楽曲。うるさくて、暴力的で、高尚さの欠片もなくて――でも目が離せなかった、あの音楽。


 見つけた。この星系に、確かにある。


 リーシェは急いでサイト内を探索した。楽曲の情報ページを開き、関連リンクを辿り、生体チップをフル回転させて文字を読み取っていく。


 そして、サイトの片隅に小さなアイコンを見つけた。


 タップすると、画面が切り替わった。


 シンプルなチャット画面。テキスト入力欄と、柔らかい色のアイコン。自動応答型のインターフェース。


 コンシェルジュ。


 AIがさまざまなサポートをしてくれるサービスのようだった。この世界の住人向けの案内システムか何からしい。


 リーシェは迷わずテキストを打ち込んだ。生体チップの翻訳機能を逆方向に使い、自分の言葉をこの世界の言語に変換して入力する。精度は完璧ではないが、意思の疎通はできるはずだ。


『この楽曲の詳しい情報を教えてください』


 数秒で応答が返ってきた。


『孫宇宙ナンバー3723の日本(ニホン)のヒットナンバーです。ジャンルは――』


 リーシェの目が、一点で止まった。


 日本(ニホン)


日本(ニホン)!?」


 リーシェは叫んだ。裏庭でしゃがんでいることも忘れて。


日本(ニホン)あるじゃない! ニッポンじゃないじゃない!」


 あった。あったのだ。「ニホン」が。



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