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「……アー、勇者といえばサ」
フィズの腕を冷静に退けると、リュウホは声のトーンを落とした。
暗くなった声音にフィズは瞳を瞬かせる。リュウホは辺りを見回して、人がいないのを確認すると、それから身を寄せてきた。どうやら、内緒の話らしい。
フィズも真似して身を寄せる。彼は、躊躇うように息を飲んでから、それでも疑問を投げてきた。
「……ロイくんってなんだろうネ」
それは、ロイが本当に勇者なのか、という話だろうか?
真意が掴みかね、フィズは首を傾げて疑問を表す。
「いや、ボクの国の人みたいに黒髪ジャン? デモ、この国に黒髪の人は、基本いないよネ」
「……確かに」
「ボク、一番最初はお仲間なのかと思ったんだケド……彼、この国の生まれなんだよネ?」
そのはずだ。チェルシーの話では、同じ森で生まれ、森で育った。外国人、というわけではないだろう。
「実力を疑うとか、そういうのではないんだけどネ」
考え込むフィズに、リュウホは慌てて付け足す。
「ただ勇者ってサ、その国の象徴みたいなものジャン。ちょっとおかしいナーと思ってネ」
リュウホの言いたいことは分かるが、だからこそフィズは眉を寄せた。
「んー、昔ならともかく、ロイは両親が黒髪だったりしたんじゃないの?」
そう言いながら、フィズはロイの両親のことを考える。
彼らの暮らす森に何回か遊びに行っているが、ロイの両親には一度も会ったことがないし、話題にもなったことはない。
ご飯は、自分で作ったりもしているみたいだが、主にチェルシーが家のご飯を持って行ったり、作りに行ったりしているらしい。
(……下手にツッコミ入れるとすごいもん飛び出してきそうで嫌なんだよな……)
友達の事情を知りたくないわけではないが、なんとなく触れてはいけない部分な気がした。レオーネみたいに、知ることでもっと仲良くなれたりするかもしれないが、成功例ばかり見てもいられない。
もし今後の付き合いに支障をきたすなら聞きたいが、知らなくても仲は良い。それに、黒髪だからこの国の勇者なのはおかしいと言うのは、そっちの考えの方がおかしいだろう。
窘めるように苦い顔を向けると、意図が伝わったのか、リュウホは少し笑って肯いた。
「……確かに閉鎖的な考えだったネ。忘れてヨ」
「分かった」
教室に戻る。そろそろ授業が始まることを確認して、フィズは室内を見回し、首を傾げた。
「……そういえば、今日チェルシー遅くない?」
「アッ本当ダネ」
いつも早い彼女がこうも遅いと、何かあったのかと心配になってくる。
また風邪を引いたのだろうか。そう思って、自分で否定した。
コニーの件があった後、チェルシーは「風邪を引いていたせいでフィズの力になれなかった」と、それはそれは後悔していた。治ってからも毎日風邪薬を飲むと言っていたぐらいで。もちろん止めたが。
「あ、チェルシーちゃん来たヨ」
彼女のことを思い出していたら、ちょうど来たらしい。顔を上げると、彼女と目が合った。
「────」
声をかけようとしてやめる。チェルシーの顔は険しく、とても声をかけて良いような雰囲気ではなかった。
「……さっきの聞かれたカナ?」
ばつの悪そうな顔をしたリュウホがこそっと話しかけてくる。
確かに、友達想いで、ロイのことは殊更大切に思っているチェルシーだ。彼女がさっきまでの会話を聞いたら、怒る可能性は高い。だけど。
「……ううん。たぶん違うと思う」
席に座るチェルシーを目で追う。
顔を歪めて、何かを堪えるように唇を結ぶあの顔は、前にも見たことがあった。
彼女とは席が離れている為、授業の間に交流することはほとんどない。だから昼休みになってから彼女の傍に寄っていく。
「チェルシー。ご飯食べよ」
「…………」
時間が経っても、チェルシーが笑う様子はなかった。
むすっとしていると、彼女のオーラは鬼気迫るものがあって、話しかけ辛い。それでも昼食に誘うと、彼女は黙って後を着いてきた。
こんな風に表現するのはどうかと思うが、チェルシーは分かりやすい。怒っているなら、きっとリュウホに対して刺々しい態度を取るので、そうしないところを見ると、あの会話を聞いていたわけではなさそうだ。
リュウホもそう思っていたみたいで、不安そうな顔はもう引っ込んでいた。
「──チェルシー、今日、どうしたの?」
着いた途端に尋ねると、チェルシーはフィズを見て、ふいっと視線を外した。
「……なにが?」
「なんかあったんでしょ?」
「……ないよ」
そっぽを向くチェルシーに、フィズは思わず笑ってしまった。
おそらく心配させまいと、隠そうとするその努力は認めたい。だけど、残念ながらこれっぽっちも隠せていない。
笑って彼女に手を伸ばす。
「そんなに泣きそうなのに?」
頭を撫でると、チェルシーの目にみるみるうちに涙が溜まって、最後にわっと泣き出した。
まさか泣くとは思わなかったのか、隣でゆっくり弁当を食べていたリュウホが急に慌て始めた。
「ゆっくりでいいよ」
必死に話そうとして、嗚咽が混じってしまうチェルシーの肩をぽんぽんと撫でる。顔を上げたチェルシーがフィズに抱きついて、それでも懸命に話し始めた。
「……ロ、ロイがね」
そうだろうな。そう思ったけど、口に出さず、続きを待つ。
「新しく好きな人が出来たみたいで」
「えっ?」
しかし、その続きは予想外だった。初対面のロイのことを思い起こし、フィズは首を傾げる。ロイはフィズをチェルシーと仲良くなった男だと誤解していた。恋愛にはてんで理解がないフィズが分かるくらいに──気づいたのはリュウホに指摘されてからだが、それはそれとして──取り乱していたのだが。
あの取り乱しようは、半端ではなかった。気迫で殺されるかと思ったほどだ。
「チェルシーちゃんの勘違いじゃないノ?」
同じことを思ったらしい。首を傾げるリュウホに、チェルシーは噛みついた。
「そんなことない! ロイの惚れっぽさを舐めてる!」
「ロイが惚れっぽい……?」
想像が出来ない。なんせ彼は、人見知りで、表情も乏しい。それに、極力人との関わりを避けているように見える。困っていると、チェルシーは今までのロイの恋愛について語り始めた。
「ちょーっと美人の女の人がいると直ぐに赤くなって! 私が誘っても、ちっとも興味持たないくせに、美人の子がいるとやけに張り切るんだから!」
「お、おお……」
よほど不満だったのか、チェルシーはつらつらと文句を連ねる。そういえば出会った時もそんなことで怒っていた。
年中こんな感じ。兄の言葉を思い出し、頬を引き攣らせた。
(まあでも……)
ロイだって、周りから見たらそう見えるというだけで、チェルシーが好きなのかどうか、彼から聞いたわけではないのだ。だから、もしかしたらチェルシーに対しての思いは親愛の意味で、恋愛的な意味の相手は別に出来る可能性もある。
チェルシーと仲良しのフィズからすれば複雑だ。けど、フィズは、ロイの気持ちも分からなくはないし、二人の友達なので、あまり偏りたくなかった。
「マァ……美人をちょっと見るくらい、許してあげてもサ」
「はあ?」
「ゴメンナサイ……」
どう言ったらいいのか悩んでいると、リュウホが突撃して撃沈した。
「……まあ、確かに美人がいたら見ちゃうかもね」
「フィズまで……」
苦笑して援護する。チェルシーは唇を尖らせた。彼女の頬を撫でると、にっこり笑った。
「あたしも、チェルシーを初めて見た時、見惚れちゃったからね」
「自分だけ好感度上げるの、やめてくれるカナ!?」
フォローだったのに苦情が出てしまった。誤魔化すように笑うと、頬にそえていた手を握られる。握った本人であるチェルシーを見ると、潤んだ瞳と目が合った。
「私、フィズと付き合う……」
「任せろ」
「コラコラコラ」
せっかく、めくるめくラブストーリーを繰り広げていたのに、リュウホの手刀で引き剥がされた。




