≪2章:おまけ2≫一方そのころ会場では
爆弾が発動してからの会場内でのやりとりです。しっかりと戦闘シーン(のつもり)です。
――ドーン、ドーン、ドゴーン
その爆発音が開始の挨拶かのように鈍く船内を鳴らして、船を揺らした。同時に、会場の招待客から悲鳴が聞こえる。中には。動じない者もいるがその人たちは同業か吸血鬼の人たち、敵かまたは前もってこの話を聞いていた人たちだろう。逆に、それ以外の人たちもいる。その人たちを中心に、会場は阿鼻叫喚である。
「静まれッ」
そんな会場に響いた、大きくもない、だが小さくもない、ただその声で一気に場の空気が静かになった。皇帝陛下のスキルは威圧だったか。確かに、この場で訓練などをしていないただの貴族であれば一気にその皇帝の言葉にひれ伏すだろう。だが、教会のメンバーや吸血鬼たちは動じていない。むしろ、涼しい顔をして堂々と顔を上げた状態だ。皇帝の御前だというのになんとも図々しい。しかし、吸血鬼側はもしかしたら皇帝よりも立場は上であるし、教会側の7家門にしても力の強さから言えば上だ。どれだけ軍事国家で成り上がったところで、教会には勝てない。だから、皇国には手を出せないのだ。そして、連合公国もしかりだ。結局は、強い者たちが戦争をしないから、他の小競り合いで終わってしまう。皇帝もそれをよくわかっているからか、何も言わない。きっと皇国が戦争を望めば簡単に西大陸一体は制覇するだろう。それをしないからこその平和であり、彼が皇帝としてその地位に立っていられる。それを、皇帝はよく理解していた。
だが、それ以外は許されないのだ。特に、帝国が支配している国々の貴族は――
「ほお、その目はなんだ。ルーキー伯爵」
「ひっ……」
そんな中でもよく見えるのは反逆した家臣の憎々しげな表情。ただ、それに睨みをきかせた。この八百長劇をネモはただただ後ろで眺めている。
ひとりの伯爵が名前を呼ばれると、小物感よろしく伯爵は肩を震わせて、威圧によって強制的に頭を下げさせられたが、その不満を全面的にだしたのだろう。こういう時はポーカーフェイスを貫くもののはずだが。なにせ小物なのだから仕方がない。
「そういえば、貴様。大きな音が鳴り、飛行船が揺れたというのに、悲鳴をあげなかったな。代わりに、なにか別なことに気を取られていたように伺えたが……、そうだな、設置した爆弾の数が少なかったとかか」
その言葉は、ゆっくりとゆっくりと事実を告げているというのに、そのゆっくりな口調に威圧感が増す。一般の人からするとじわりじわりとしみる恐怖に、体が震えていただろう。そんな言動は恐怖心を煽る。全てお見通しだというような言葉に、小物は次の行動パターンも読まれているとは知らずに、体は勝手に動く。
「う、うわあああぁぁぁあぁあぁ!!!!」
そういって、震えていた伯爵はどこに仕込んでいたのか、ナイフを懐から取り出すと、壇上に上がっている皇帝陛下めがけて走り出した。恐慌状態に陥った伯爵の次にとった行動は、逃げられないのなら直接に手をかけるである。
「ふっふーん。うちがいる間はそんなの通さないよ~」
なんとも緩い台詞で皇帝と男の間に出てきたのは、派手なドレスと派手な見た目をした女の子だった。何も構えず、ただ体を前面に出して、刃物を突き出して突進する伯爵をその細い体で受け止めた。
「どうしたの~?なんか怖いものでもみた~?こんな玩具みたいな刃物で、うちを貫けると思ったの~?それとも~、押しのけてどかせると思った?あっはははははは……そんなん無理っしょ」
それだというのに、その少女はチャームポイントの八重歯を見せながら凶悪な笑みを浮かべる。伯爵は、その笑みを見るとひっと息をのんでひるんだ。とたん、少女の懐に差したはずの刃物から、からんからんと音を鳴らして根本からぽっきりと折れている刃部分が床へと転がる。それに、身動きが取れない伯爵と、その隙を見逃さなかった、少女――ビビは伯爵の腕を掴むと、そのまま足を引っかけ伯爵の体制が崩れたとたんに畳みかける。その勢いで背中へ馬のりになり手を捻って抑え込んだ。どうしてか少女の力はとてつもなく強く、彼女の下で暴れようとしてもびくともしない。彼女の腕には、鈍色の腕輪がされていた。ネモがフィオネに渡していたように、アナスタシアは前もってビビにメサイアのスキルを付与した腕輪を装着するように指示していたらしい。お陰様で、腕輪の力を使用しているときは、抑え込まれている伯爵は身動きが取れないでいた。
「う……っぐ、くそぉ!!!!何をぼーっとしておる!!!やれ!!畳みかけろ。会場の人間を人質にしてしまえ!!!」
ビビに抑え込まれながらも、諦めきれない伯爵は咆哮をあげるようい会場中に響く声で叫んだ。途端、中央に集まっていた人の輪の一番外にいた男たちが一斉に動き出した。こうなることを予想していたのか、前もって会場を人質にする予定だったのか、既に計算されている配置である。
「う~わ~……ホントに読み通りになってんじゃん……っと、おっさんは少し寝ててね〜」
あっさりと抑え込めたためか、その声には緊張感はない。皇帝の思惑通りの動きをした会場の流れを、壇上から眺めていたビビは、アナスタシアへと指示を出したであろう皇帝にドン引きの声を上げる。しかし、ふと思い出したように、きゃんきゃん叫ばれるのが鬱陶しいため、伯爵の首裏に手刀を落とした。とたん、ビビの下でがっくりと意識を失う伯爵。同時に、それを見てか見ていないかは分からないが、一気に動き出した相手側は、会場の人たちに拳銃を向けている。
「動くな、動いたら撃つからな」
(なんとも小物感漂う台詞だ)
ただその光景を眺めていたネモは、ありきたりな感想を覚えた。フィオネだったらそんなことを言わずに、一発手近な相手に弾をぶちこむだろう。そして「ごっめ~ん、痛かったァ~?」くらいはニマニマした顔で言う。そして更に、追いで近くを撃つ。最後に、先ほどの小物が言ったようなセリフ「動いたら撃つ」をやっと吐くのだ。撃たないで撃つからなという脅し発言は、本当は打ちたくない人の心理であり、撃つ気のない人の心理だ。だが、会場にいる過半数は、撃たれたくないので素直に従うしかない。だから、会場が緊張状態になり威嚇か成功するのだ。ただし、ここで予想外の動きがあると、それはまた大きく変わる上に、撃ちたくない相手は大きく戸惑う。
「ほぉ、本当に撃つのか」
その予想外というのが、壇上に立っている皇帝陛下だ。ビビがいるとは言っても、その自信満々な表情はどこから来るのだろうか。彼のスキルは威圧だけなので、体を拳銃で貫かれてしまえば。しっかりと怪我を負う。もちろん、ネモもだ。だが、皇帝は撃ってこないと知っているのか、それとも撃っても大丈夫という確証があるからなのか、動じずにじぃっと拳銃をもつ一人の男を見つめた。男は、次第に拳銃を持っている手がカタカタと震え、足も立っているのがやっとと言わんばかりに震えている。スキルを酷使しすぎて立てなくなったこの間のネモのようである。
「う……」
「どうした」
「……ッ。う、うわああぁああああぁぁぁぁ」
結局は陛下の威圧に圧された男は、先程の小物伯爵と同じで、恐慌状態に陥った。意味もなく、どこに銃口を向けているかも不明なそれの引き金を引いた。パンっと火花を散って飛び出るハズだったそれは、かちんっと音を鳴らしただけで弾が一向に出てこない。
「へ……」
それに驚いたのは勿論、拳銃を向けている男である。何度も安全装置を引いて、引き金を引くのだが、かちんかちんと音がするだけで不発。一向に弾が出てくる様子がない。
「な、なんで……うわぁ……」
かちかち音を鳴らしながら、混乱しながら引き金を何度も引いていた手を見ると、急激に冷え込む空気。それは、手元の拳銃から発生し、次第に手を飲み込み腕までもが包み込まれていく。とたんに、動かなくなった腕は、拳銃とひっついて氷で覆われて何もできない。
「うわぁっ!!!」
「なんだこれ!!なんだこれ!!!!」
その男が波紋を産むように、四方八方から驚いた声が響く。その誰もが、拳銃を向けていた者で、拳銃から手首までもが氷漬けにされ、動けなくなっていた。
「もう、男の人たちはそういう物騒なものお好きですよね~。そういうの持っていたら、モテませんよ?」
上品に笑いながら、氷漬けにした張本人であるアナスタシアは妖艶に目を細める。
「さすがは氷の女王だな」
ぼそっとトルーマンが零したが、その言葉が聞こえたのはフロウだけだろう。
そうして、会場にいた相手はひとりひとりが罠にはまるように陥落していった。それは仕上げられたシナリオのように事が見事に解決していく。本当に教会側から警備を依頼するほどの物だったのかは不明なほどに。
アナスタシアが、氷漬けして取り押さえてくれたからこそ、本物の警備として配置されていた騎士たちは動き出せた。氷漬けにされた者たちは戦意喪失をしているのか、騎士たちに捕まり一か所へと集められていく。
「うぉおおおぉぉぉぉおおぉぉぉ……俺に触るなぁ!!!!」
そんな中、極悪人が正装をしていますと言わんばかりの男が、氷漬けになった手を無理やり動かして氷を内側から砕いた。パリンと砕ける音を鳴らして、男は自由の身になると手に持っていた拳銃を投げ捨て、騎士に殴りかかる。騎士も、殴り掛かる者を抑えようとするが、騎士たちでは歯が立たないのか、構えられた剣も素手で掴みへし折られていた。更に、取り押さえのため殴りかかった騎士は鷲掴みされ、そのまま壁へと飛ばされた。
「下がって」
ネモは咄嗟に、投げ飛ばされた男を抱きとめると、ゆっくりと床へと下ろす。騎士は、そのネモの美しさに一瞬だけ呆けるがすぐに意識を取り戻すと、ネモの言葉に素直に従う。ネモは、暴れているお男の前に出ると、一気に視線がふたりへと集まる。
「ほう、嬢ちゃん俺とやり合う気か」
どう見ても悪人面だ。よくもまぁ、この会場に入りこめたものである。顔パスであれば100%退場をされそうになるほどに、分かりやすい悪人面。体もしっかりと鍛えられている。変装のつもりで着用している正装が、みちみちと張り付いて悲鳴を上げているではないか。
「今、自分の相方がいなくて、心配で心配で本当に虫の居所が悪いの。死なない程度に相手してあげるからかかってきな」
相手も恐らく身体強化スキル持ちである。正直に、身体強化スキルはそこまで少ないものではない。実際に、今回一緒に行動しているメサイアも身体強化スキル持ちである。教会内で石をなげれば、10人にひとりは持っているようなもので、生活にも根強く存在していた。使い方は様々で、重いものを運んだりこうやって用心棒になったりと様々な場面や仕事で使われていることも多い。普通では戦闘職に多いものだとは思ったが、今回騎士たちはあまりそういう人たちで構成されえていないようだ。よくよく見れば、かなり若い人たちも多い気がしなくはない。
だからと言ってスキルは十人十色のところもあるので、それだけをピンポイントで集めれば多くはない。それでも、他のスキルに比べれば多い方だという話である。だから、今回のチンピラの中に身体強化もちの人がいても珍しくないと思っていた。
むしろ珍しいのは、一部の能力を上昇させるスキルや、ハウルのような対象者の能力を他のものに移すことのできるスキル、シスター・マングロウのように相手のスキルを無効化させることのできるスキルなど、ネモ以外の対象に滅多に見られないようなスキルを持っている人の方が多い。だから、この男が粋がっている理由も分からない。
「あんたのようなやつは何も怖くない」
むしろ、いちばん恐ろしいのはシスター・マングロウとやり合う方だ。ネモはごりごりの近距離戦をする。その結果、直で触れられただけで、シスター・マングロウのスキルに触れ、即アウト。ネモは、身体強化バフ付きで強いが、シスター・マングロウはあの鍛えあげた肉体美に負けない強さがある。それに比べれば、目の前の身体強化バフを使用して、いきがってる肉の塊のようなおっさんなどネモにとっては赤子も同然だ。
しかし綺麗な顔で、しかも抑揚のない声で告げられた言葉は、男の琴線に触れたらしい。顔をゆでだこのように真っ赤にした男は、叫びながらネモに突っ込んでくると拳を振り上げた。それを小さな動きで避けると、顔の真横に飛んできた腕を上に跳ね上げる。しかし、相手も身体強化を使っているため簡単に折れることがない。ただ上へと弾かれるだけだが、それは大きな隙になる。男の次へ移る動作が遅い瞬間を狙って、ネモは相手のお腹に思いきり拳を振り上げてねじ込む。しかし、相手も一筋縄と行かない。ドゴンとか言う、重たい音が鳴っているというのに、身体強化で上げた防御力で耐えている。しかし、ネモはそのまま相手の足を払おうとするがそれもびくともしない。むしろ、その間に体制を整えた相手から、払ったはずの足を掴まれて持ち上げられた。
「ふんっ」
そういってそのまま壁に向かって吹っ飛ばされるが、吹っ飛ばされる最中に体制を整え、足で壁を蹴れば勢いよく相手に殴りかかる。しかし、今度はまっすぐに飛び過ぎたのか、動線が分かりやすく男はネモの腕をつかむとそのまま振り下ろし、地面へと正面から叩き込む。とたん、衝撃で床はひび割れ抉れては、顔面からネモが床へとめり込んだ。そのまま動かなくなったネモに、男は思いきり背中を踏みつける。
「クソガキが、嘗めやがって!!!」
どすどすと音を鳴らしながら、ネモの背中を踏みつける。巨漢の男が小柄な少女に容赦なく行う暴行に、会場の紳士・淑女は目をそらした。しかし、その成り行きを見守る目もある。同時に、皆がこの会場のネモと男の戦闘に意識を持っていかれている間に事を起こそうと企んでいる者もいた。
「ごめんなさい」
しかし、そんな企みも動き出そうとしたところでメサイアがその男たちの意識を刈り取っといく。任務にあたっている教会のメンバーは誰一人ネモに目を向けていない。むしろ、この混乱に乗じて動く人たちを一人一人刈っていくので、静かに騎士が集めていた箇所に意識を失った屍が積み上がっていた。
「それだけ?」
監修の目が集まる中、ズドンズドンと人間が鳴らすような音ではない音で背中を蹴られていたというのに、顔面から床に埋もれているネモから静かな声が響く。
「は?」
それに驚いたのは、もちろんいたぶっていた男側だ。途端に、背中を這うぞっとした寒気。襲い掛かる恐怖に、慌てて男はズドンっと大きな音を立てれば、その足の裏をぐりぐりと押し付けてネモの背中を踏み潰した。普通であれば全身骨折から、内臓という内臓がはじけ飛んでいるところである。随分な手ごたえを感じたと思った。ネモが、乗っかった足ごと持ち上げて、ゆっくりと体を起こすまでは――
「マッサージにもならない」
そういって起き上がったネモの素顔を見た男ははっと息を飲んで後ずさるしかできなかった。先ほどから踏みつけられた衝撃で、フィオネに選んでもらったお気に入りの眼帯がすでにぼろぼろだ。おかげさまで、起き上がる瞬間、左目を覆っていた眼帯が外れて真っ赤な月が覗いている。
「私は今、近くにフィオネがいないことに、たいそう腹を立てている」
だが、ネモはその事に気が付いていないという様子で、ゆっくりと足を立てて起き上がりながら零す言葉は、威圧を超えた怒気を孕んでいた。その怒気に合わせたように、みるみるうちに黒かった髪が白に近い銀色へと変化していく。同時に、場にいる吸血鬼公爵たちの目の色が変わった。
普段は、吸血鬼化をするときは、その衝動に身をかがめていたが、今、ネモは大変頭に来ている様子。そのためか、体が興奮し、その衝動もない。変化する体は、身体強化もかけていないのに勝手に力が漲ってくる。恐らく、吸血鬼本来からその身体能力は高いのだろう。
「しかも、貴様のせいでアドビーからもらった簪が粉々になってしまった。どうしてくれるの。私の大切なものを全てぼろぼろにしやがって、許さない」
ネモの形で沈んでいたところに、破片となったガラス玉と、ぐちゃぐちゃとなったタッセル、ぽっきりと折れた真鍮がある。その事実に怒り心頭のネモは、ゆっくりと男に近づいていく。漂う空気が人間が出すものではない。先ほどの皇帝陛下の威圧よりももっと重たい威圧に、男は小鹿のように震え、動けないでいた。
「歯ァ食いしばれやァ!!!」
そういって右腕を振り下ろし、男の頬に拳を埋め込んだ。途端、頬骨が指にあたるとみしみしと嫌な音が響く。そのまま、男をまっすぐに横へ飛ばされていっては、ぐしゃっと顔面から床へと着地する。その際に、鼻の骨がおれた鈍い音が響いた。だが、男は身体強化をかけて体を守っていたので、それだけで済んだ状態なのだ。意識はまだあるのか、体を起き上がらせては怒り心頭で、近寄ってくるネモに震えていた。
「わ、悪かった。俺が、俺が悪かったから」
ネモがたった一発、繰り出したそれで鼻血を出して戦意喪失している男は、尻もちを着いたまま、あとずさりながら近づくネモから逃げようとする。それでもネモは、その言葉を聞こうともせずに男に手を伸ばして掴みかかろうとした時だ。
「はい、ストップ。可愛い僕の妹」
掴みかかろうとした手を掴んだのは、誰でもない兄であった。
「そこまでだよ。相手は、吸血鬼じゃない。生かさないといけないんじゃないの?今のキミで、ボコボコにしてしまうとたとえ身体強化を持っている彼でさえも生きていられないよ」
フロウは、いつもと変わらない穏やかな笑みを浮かべているのだが、どこか胡散臭い。掴む手の力もそこまで入れてないはずだというのにビクとも動かすことが出来ない。お互い、まだ身体強化をかけている訳では無いが2人揃って吸血鬼のため、力が拮抗している。動きの止まったネモの隙をついて、戦意喪失している男を騎士が腕を捕まえて何か腕輪をつけていた。どうやら、ハウルのスキルでシスター・マングロウのスキルを付与した腕輪だろう。万が一に渡していたようだ。それを着けた男はそのまま手枷を付けられ連行されていた。また暴れられると困るのだ。
連れ去られる男の背中を見つめながらネモは落ち着いたのか、ふっと息を吐いてフロウに体を向ける。
「ありがとう、兄さん」
素直な言葉だった。ぽろりと自然に出た言葉で、1番驚いたのはフロウだった。目を大きく見開いて、じっとネモを見つめていると思えば、ほろっと一筋の涙が頬を伝った。その姿にぎょっとしては、ネモは慌てて兄の頬を伝うそれを手で拭う。
「なんで、泣くの」
「いや、久しぶりにそう言われて嬉しくて。再会してからのキミは随分と僕に冷たくなったから」
何故、ネモがフロウに対して塩対応なのかは、ネモよりも数倍賢い頭で考えてほしいが、フロウのそれにいちいち反応すると面倒だと判断したネモは、それを放置してぐるりと会場を見渡す。会場にいる人達は全員がネモに拍手をしていた。皇帝陛下も満足そうに目を細めているほどだ。
いつの間にか周囲にいた、潜り込んでいた標的たちはきれいさっぱり消えていた。ネモが観衆の目を集めたからこそ、それ以外のメンバーが色々と手を回してくれたのだろう。
「よくやってくれた。さて、そろそろゆっくりと飛行船も着陸へと向かっている。皆の者、会場を我が城に移すのでな、出る準備としよう」
その一言に、再び紳士淑女の皆さんから大きな歓声を上げた。確実にパーティの前座にされたようで、それを求められていた依頼なのであればそれをこなすしかない。
「はい」
疲れから視線を落としてため息を吐いてた時だ。目の前にボロボロとなった眼帯が差し出された。ボロボロとはなってるが、付けられないわけではないそれを受け取ろうとすればひょっと手を挙げ、目的のものは伸ばした手から逃げた。
「付けてあげる」
にっこにっこと破顔するフロウ。それに訝しみながら断る理由は無いので背中を向けた。フロウがネモに近づく。今まで気にしなかった彼の気配の大きさに、いつの間にこんなに身長差ができたのだろうと少しだけ感傷的になった。少なくとも別れる3年前はあまり身長差はなかったように思えた。それがすっかりと頭1つ分は違う。双子だと言うのに、こんなに変わるのだ。
左目に眼帯が宛てがわれ、しっかりと後ろで結んでもらう。ここからゆっくりと吸血鬼化が落ち着くだろう。
「ありが――」
そうして、フロウへ振り返った時だ。いっきに襲う眠気。同時に、体に力が入らなくなる。足の力が抜ければ勝手に体は床の方へと投げ出される。いけない、しっかりと立たなくては、と思っても思考と身体が切り離されたように身体は言うことを聞かない。
急激に襲い来る眠気で、瞼も重たくて仕方ない。開いていられなくなる。強制的に全身の機能をシャットダウンされた最後に見えたのは、フロウの大きくなった手のひらだった――
○おまけ、3章は引き続き精鋭作成中ですので不定期に更新して参ります。引き続きよろしくお願いします
------一一一
○アドビーと合流後の会話
ネモ「ごめん、簪ダメにした」
アドビー「ああ、すごい戦闘だったと聞いていたしな。仕方ないだろう」
ネモ「…………(しゅん)」
アドビー「また買ってやるから」
ネモ「うん。ところで、あの簪に付与されていたスキルってなんだったの」
アドビー「ああ、俺の治癒術だな。体は丈夫にはなるとは聞いているけどさ、切られたり刺されたりすると別だろ。今回は肉弾戦だったらしいけどよ、お兄さんこれでも君の生傷はかなり心配なのよ」
ネモ「そっか、うん。そっか、ありがとう」