第50話 次回、魔王死す!
予定通り麓へ移動しキャンプ。翌日、テントサウナにて完全にととのった俺は、すぐさま魔王城へと突撃する。
まず、城門とかそんなのは関係なかった。
城壁に突っ込んで、派手にぶっ壊す。城内のマップとかも関係ない。ただただ、魔王がいるであろう場所へと一心不乱に直進行軍。
遅れて、騎士団の連中が突撃する。城内へとまばらに散っていった。
――抵抗がない?
というか、魔物の気配がない?
罠か? いや、そんなことはどうでもいい。
正面に巨大な扉を発見。
ここが玉座の間か。
扉を殴りつけて吹っ飛ばす。
すると、広い空間があった。
正面には、まるでドラゴンでも座るのかというほど大きな玉座があった。そこには、ひとりの騎士がポツンと座っていた。
「……おまえが魔王か?」
俺は、対峙するその男へと、慎重に尋ねた。
「違う。俺は五大魔将のひとり、不死身のバージャムだ」
漆黒の鎧を纏った騎士。顔はやや青みがかって、口からはわずかに牙が覗いていた。ヴァンパイア族だろうか。強者の魔力は感じる。だが、消沈しているのか、敵意のようなものは感じられなかった。
「貴様が勇者ベイル……なのだろうな。その強さ、そのオーラ。こうして対峙するだけでも伝わってくるぞ」
「おまえに構っている暇はない。魔王ゲルギオラスはどこだ?」
「魔王様は……もう、いらっしゃらない」
「だから、どこかいるのかと聞いている。隠し立てするのなら、容赦はしないぜ?」
右手に魔力を込める。いまの俺なら、パンチを打ち込むだけで、こいつを粉々にすることもできるだろう。しかし、バージャムはまったく臆することなく、静かに告げる。
「言っただろう。魔王ゲルギオラス様は……もう、この世にはいらっしゃらないのだ」
「この世に……いない……?」
言葉を交わしていると、やがてフランシェやメリアたちもやってくる。
「ベイル、魔王は!?」
俺は、振り返って彼女たちに言った。
「――いないんだとよ」
魔王城はもぬけの殻。魔物一匹たりとも残っていなかった。
敵がいない現状、俺たちはどうしていいのかわからず、バージャムの言葉に耳を傾けてしまう。
「――あれは、一週間ほど前のことだったか……」
☆
ボルカノア山は、上級の魔物が多く存在し、本来であれば人が踏み入るような場所ではなかった。
草木も少なく、荒れた大地が続く。だが、頂上付近にたまった湖からは、清らかな水が大河となって麓へと流れていた。
川辺の近くには小屋があった。住んでいるのは、魔王軍五大魔将のひとり、魔人ヴァルディスだった。付近の上級モンスターを素手で捻じ伏せ、住めるような環境をつくった。
ある日、ヴァルディスが玉座に腰掛け、くつろいでいると、重低音の凄まじい叫びが聞こえてきた。
「ヴァァァァァルディィィィィィスッ!」
――この声は魔王か。
くつろぎの時間を邪魔されたくないゆえ、応対するか迷ったのだが、その前に小屋が消し飛んだ。どうやら尾で薙ぎ倒したようだ。
小屋がなくなり、荒野にさらされるヴァルディス。
目の前には、魔王ゲルギオラスがいた。ドラゴンのような顔ゆえに、表情はわかりにくいが、どうやら怒っているようだ。
――しかし、どうせ偽者だろう。
「トーレス、悪ふざけはよせ。魔王様は、かような場所にくる暇人ではない」
「誰が暇人だぁぁぁぁぁあぁぁぁッ!」
すぐ近くまで頭部を下ろし、喚き散らす魔王。すると、魔王の影からトーレスがひょっこりと顔を出した。
「あの……ヴァルディスさん。ぼ、ぼくはここにいます」
「トーレス? では……」
――ここにおられる御方は、本物の魔王様だというのか?
まさかとヴァルディスは思った。魔王城からここは、結構な距離がある。
いったいなんのために?
ヴァルディスを叱るために?
ヴァルディスは、リクライニング式玉座を駆動させる。背もたれを元に戻して立ち上がる。
「……いかがなされましたか、魔王様」
「ヴァルディスよ。いいかげんに、戦線へ戻れ!」
「もうしわけございません。いましばらく、己を振り返る時間をください」
「そうも言ってはおられん。プリメーラに続いて、ウルフィまでもが裏切った」
「裏切った……?」
「うむ――」
ヴァルディスは、これまでのことを聞かされる。五大魔将のうちのふたりが寝返った上に、世界中の拠点が人間共の襲撃に遭ってボロボロらしい。トーレスも、ベイルに打ちのめされ、這々の体で逃げ帰ってきたそうだ。
「もはや一刻の猶予も許されぬ。ヴァルディスよ。これまでのことは不問にしてやる。いますぐ、魔物を率いて、勇者ベイルを討ち取るのだ」
たしかに、これは魔王軍の未曾有の危機。だが――。
「自分は戦いませぬ。このヴァルディスをアテにしないほうがよろしいかと――」
「ならぬ!」
一喝するゲルギオラス。そのあまりの迫力に、トーレスが震え上がってしまっている。
「わしの命令を無視し、こんなところで油を売っていてなんになる! もとはと言えば、貴様がベイルに負けたのが始まりだ! 貴様だ! 貴様のせいで、ワシも魔王軍も威厳を失ったのだ! 言うことを聞け、ヴァルディス!」
「いまの自分が戦ったところで、ベイルには敵いません」
「わしに逆らうか!」
「逆らっているわけではございません。自分は――」
「もうよい!」
魔王が叫んだ。そして、次の瞬間、巨大な腕を振り上げる。
「わしに逆らった者がどうなるか! 貴様を殺して、世界に知らしめてくれるわ!」
さすがに業を煮やしたのか、魔王の巨腕が落下する。
ズドンッ! と、まるで爆発魔法を放ったかのような轟音が響き渡る。ヴァルディスが押しつぶされる。
「ば……ばるでぃす……さん?」
トーレスが、不安そうな声を漏らした。
――だが。
ヴァルディスは、魔王の一撃を左手一本で受け止めていた。
「ぐぅッ、ヴァルディスよ! 貴様ッ! 抵抗する気かッ!」
「仕掛けてきたのはそちらでしょう」
「ぐッ! な、なんというチカラッ!」
ヴァルディスがチカラを入れて押し返す。魔王の腕が一気に弾き飛ばされる。
「これが、サウナのチカラです」
「サウナの……チカラだと」
ヴァルディスは、ベイルに敗北して以来、ずっと己と向き合って、考え続けていた。
実戦や訓練を延々と続け、ひたすら己を鍛えてきたのに、あの日、一回のサウナでそれらを超越するほどの力を感じてしまった。
――サウナこそが世界最強のスキル。
そう考えてから、ヴァルディスはサウナに夢中になった。ありとあらゆる文献を読みあさった。中には、ベイルが書いた本も参考にさせてもらった。
時間もプライドも地位も、すべてをかなぐり捨てて、サウナを極めようとした。水質の良い土地に、こうして小屋を建て、自分なりのベストなととのいを研究したのだ。
結果、あの時とは比べものにならない、さらなるととのいをマスターする。
――だが、まだベイルの域には達していない。
次、奴と戦う時は、お互いのどちらかが死ぬまで戦る。ならばと半端な状態で挑むことなどできないのだ。
「引いてください、魔王様……。いまの俺は、少なくともあなたよりは――」
「おのれ、小癪な、ヴァルディスッ! このわしの力を忘れたかッ!」
ゲルギオラスの罵声を無視し、ヴァルディスは続く言葉を紡ぐ。
「――強い」
魔王ゲルギオラスが火炎を吐いた。軽く腕を薙いで、かき消した。
「ならば、これならどうだッ!」
口をあんぐり開けた。
喉の奥から、紫色の球が吐き出される。
――重力球か。
超小型のブラックホール。触れたものをすべて飲み込む魔力の塊。
「ヴァルディスさん! 避けてください!」
トーレスが声を投げかけるが、ヴァルディスは落ち着いて告げる。
「安心しろ。これぐらいの魔法は、どうにでもなる」
ヴァルディスは、精神を研ぎ澄ませる。ああ、ゲルギオラスも、良いタイミングで戦いを仕掛けてきたくれたものだ。リクライニング式玉座で、ちょうどととのったところだった。いまのヴァルディスなら、この程度の魔法は――。
「うおおおおおおおおおおッ!」
掌を反重力の魔法でコーティングして、重力球を受け止める。
そして、全身の筋肉を駆動させ――。
――一気に跳ね返す。
「なにィッ!」
紫色の球体が、勢いよく魔王の胸を貫いた。風穴の向こうには、麓の景色が見えた。
「あ……が……がぶぁ……」
大口を開けて、絶望の表情を見せるゲルギオラス。口からは緑色の涎がドロドロに流れていた。
「御世話になりました。魔王ゲルギオラス様。しかし、俺と勇者ベイルの戦いを邪魔するのなら――あなたも敵だ」
ヴァルディスが指を跳ね上げる。次の瞬間、ゲルギオラスの足下から凄まじい火炎が噴出し、天へと伸びていく。極炎に包まれ、世界最強だったはずの魔王は灰塵と化した。
「あ……あ……」
「怯えるな。トーレス。俺は、あくまで露払いをしたにすぎん」
反逆。
そう捉えられるのもいいだろう。
ヴァルディスは世界への興味が尽きた。
――俺を夢中にさせるのは、サウナ――そして、勇者ベイルのみ。
それを邪魔するのであれば、例え魔王であろうとも消す。ただ、それだけだ。




