第36話 イレズミの入ったお客様
「今日の仕事も終わりっと」
騎士団員としての執務を終える俺。最近は、町が活性化してきたせいか、オフィスワークも増えてきた。
コレは良い兆候だと思う。戦いが必要ない世の中こそ、平和な世界なのだから。
宿舎へ戻る前にサウナに行こうと、俺はバッグ片手に城を出る。
――ウルフィが町にやってきてから二週間が経過した。
ダークエルフたちも町へと馴染むように生活を続けている。いや、むしろ連中も交流を積極的に行っているらしく、町の至る場所で仕事に従事しているダークエルフを見る。
町の人たちも、最初は戸惑っていたが、徐々に受け入れつつある。元々、ラングリードは民族や差別に対して寛容であることを、学校の授業で厳しく教えられていたので、むしろそういった差別をすることは、人間としてレベルが低いと評される。
「さてと……」
俺はポケットの中から取り出したチラシを見て、にんまりと笑みを浮かべる。
――庶民温泉ファイヤウォール。
本日、リニューアルオープン。
経営者が変わったとかで、再建築レベルでのリフォームを行ったそうだ。このチラシによると、薬草サウナが自慢らしい。
新しい店との出会いは、サウナーにとっての喜びだ。俺は、気分をウキウキさせながらファイヤウォールへと足を運んだ。
「――お、雰囲気も随分変わったな」
いつ壊れてもおかしくない木造の建築物だったのが、レンガ造りのどっしりとした外観へと変わっている。
玄関を入ると、清潔感のあるフローリング空間が広がっていた。絨毯も敷かれており、小さい店ながらも高級な雰囲気を醸し出している。
「いらっしゃいませー!」
若い女性が受付。うん、雰囲気も良い。
「本日はオープン特価となっており、チラシをお持ちのお客様は、半額となっており……って、ベイルさんじゃないですか」
「ああ、オープンだっていうから、調査もかねて楽しみにきたんだ」
ふふ、有名人はつらいな。
どこに行っても、素性がバレてしまう。
俺は、チラシとお金をトレイに置いた。
「あ、あの……」
しかし、代金を受け取らない女性店員。
「どうした?」
「も、もうしわけございません……ベイル様は、お入りになることができないかと……」
「は?」
入ることができない? 俺、なにかした? 出禁になるようなことした? いや、そりゃ最近、いろんなところで魔王軍の連中と揉めたけど。
「……店の方針で、入れ墨のお客様はご遠慮いただいているのです」
「入れ墨……? ちょっと待て、俺は入れ墨なんて――」
女性店員は、もうしわけなさそうに、俺の額を指差した。
「え……コレが、入れ墨……だと?」
うん。俺の肩にあるよ。
けどね。これね。
――入れ墨じゃなくて、勇者の紋章だよ!
「ちょっと待て! これは、勇者の紋章だ! みんな知ってるだろ! こいつは生まれつきなんだ、これで入浴できないなんて、これはもはや差別だろうが! 冗談じゃないぞ!」
「そ、そうおっしゃいましても……オーナーが……」
いや、店の方針とか言われても……勇者の紋章が入れ墨判定されるって、どういう世界線なの?
「あらあら、揉め事ですか?」
奥の方から、妖艶な女性が着物を纏って登場。っていうか――。
「おまえは……天計のウルフィッ!」
「これはこれは、ベイル様じゃありませんか。ふふ、いかがなされたんですの?」
「どうしておまえがここに?」
「私が、ここのオーナーですもの。町に馴染むため、銭湯を買収してビジネスを始めましたの。本日、オープンなので様子を見に……と」
――この店のオーナーだと?
別におかしいことじゃない。奴はダークエルフの親玉だ。そういった事業展開をするだけの器なのだろう。
「――で、私のお店になにか問題でも?」
「勇者の紋章が入れ墨だって言われて、入館できないんだとよ。あんまりじゃねえか」
ウルフィが、俺の額へと視線を向ける。
「ステキな入れ墨ですわねぇ」
「入れ墨じゃねえって言ってんだろうが。どこの世界に勇者の紋章を入れ墨だと認識するバカがいるかよ。これはアザのようなもんだ。アザを入れ墨認定したら、それは完全に差別だ。蒙古斑のある赤ん坊なんか、もれなく全員出禁にされちまう」
「うーん? たしかに、勇者の紋章はアザのようなものですが――」
ウルフィは、俺の紋章をツイーと指でなぞる。
「ここまで綺麗な龍の形なので、入れ墨だと勘違いする人もいるかも」
「そんな――」
「冗談で言っているのではございませんわ。勇者様の顔を知らないお客様もいらっしゃいます。そういうお客様からすれば、入れ墨なのかアザなのか、わかりません。これは、差別ではなく文化の違いです――」
国によって、入れ墨の意味合いは違ってくる。ラングリードだと、タトゥーの類いはファッショの一種であって、気にするほどのことではない。
だが、別の国では、罪人にたいしての焼き印をするかのように入れ墨を入れる文化もある。愚連隊などが、仲間意識を強めるためにチームが揃って同じタトゥーを入れたりもする。
補足しておくが、入れ墨もタトゥーも悪いものではない。差別の対象にされるものでもない。だが、たしかに国によっては、抵抗があったりするのは事実――。
そして、店のルールを決めるのはオーナーだ。
男性をお断りするスパや、子供をお断りする飲食店があるように、一定の属性を持ったお客様を排除する権限は、お店側にある。
「いかにベイル様とはいえ、我々の文化を侵害することはできません。どうか、お引き取りください」
「サウナー勇者を、サウナに入らせねえって魂胆か。随分な嫌がらせじゃねえか」
「そういうわけではございませんが……ルールですので、もうしわけございません」
深々と、丁寧にお辞儀をするウルフィ。
暴論だとは思うが、ここまで丁寧な応対をされて、強引に入店したら、迷惑客と変わらなくなる。
「わかったよ。あきらめる。ここ以外にもサウナはあるしな」
「ご迷惑をおかけします」
「だが、忠告しておくぜ。郷に入っては郷に従えって言葉がある。相手の文化に合わせるのも、仲良くする秘訣だぜ」




