第30話 サウナ道精神
サウナの外では、メリアの率いる騎士団が待機していた。
約1万の兵による完全包囲である。大浴場は完全に密。ブックカフェのブースにも大量待機。店の外にも大量待機。
「ベイルくん……どうか無事でいてください」
メリアは覚悟していた。
――もし、サウナから出てくるのがベイルではなかったのなら。
このデス・サウナシステムの勝者は、丁重に扱わなければならない。そう、勇者からのお達しがある。
それは騎士道精神にも似た、サウナ道精神。約束を違えれば、世界のサウナーのマナーを逸すると肝に銘じる。汗を流さずに、水風呂へダイブするのと同レベルの大罪である。
しかし、生き残ったのがプリメーラだったら、さすがにメリアは黙ってはいられない。騎士の称号を剥奪されてでも、奴を始末する。例え、アンチサウナーと罵られても構わない。
ふと、音声増幅魔法を利用した館内放送が入る。
『ピピッ! 暗証番号ヲ確認シマシタ。デス・サウナシステムヲ終了シマス』
ガチャンと、施錠が解除された音が聞こえた。兵士たちが、一斉に弓を引き絞る。誰もが強く剣を握った。
ドアがゆっくりと開かれる。凄まじい熱気と蒸気が隙間からあふれ出し、その勝者が姿を現すのだった。
ぴちゃりと、濡れた床へ一歩足を踏み出す。その人物は――。
「待たせたな」
――勇者ベイルだった。
「ベイルくんッ!」
兵士たちが一斉に湧いた。それは、外にいた兵士たちへと伝播した。怒号のような完成が、鼓膜を破るほどに周囲一帯を満たした。
「よかったです! ……本当に……良かった……」
彼は、暗略のプリメーラをお姫様のように抱えていた。
「彼女が……プリメーラ……? 生きているんですか?」
「ああ、かろうじてな」
「……地下牢に運びます」
「いや、いい」
そう言いながら、ベイルは兵士たちをかきわけ、水風呂へと向かっていく。そして、桶で水をすくい、丁寧に彼女へとかけてやるのだった。
焼けた石に水を懸けるかの如く、ジュウという音と蒸気が醸し出される。
「なぜ、そのような慈悲を?」
敬意を払っているかのようなベイルの態度に疑問を持ち、メリアは問いかけた。
「――負けたのは、俺だ」
「へ……?」
サウナの状態を確認した兵士が、顔を青くさせて報告する。
「メ、メリア様……デス・サウナシステムに勝利したのは……プリメーラであります」
「な……そ、そんなッ! なにかの間違いです!」
「しかし、端末の情報によると、そうなっております!」
サウナには魔力認証システムが備わっている。どちらが暗証番号を打ち込んだのかは、明確に判別できる。それが、間違いなくプリメーラの勝利を示していた。
「ベイルくん……う、嘘、ですよね?」
「嘘じゃねえよ。俺は負けた」
「嘘をつかないでください! ピンピンしているじゃないですか! ベイルくんの実力はわかってます! 世界一のサウナーだって! 1時間も経過していないのに、音を上げるような子じゃありません!」
「俺は……心が弱かったんだよ」
「こ、心……?」
「神聖なサウナで死人が出るってのが、嫌だったんだ……」
「そ、そんな理由で敗北を受け入れたんですか……?」
――バカだ。彼はバカだ。
いや、バカでいい。こういうバカバカしい優しさを持っているからこそ――こういうバカバカしい精神性を持っているからこそ、メリアは尊敬してしまっているのだろう。
メリアは、彼のサウナを愛する気持ちを察して、言いたかった言葉を飲み込んだ。そして、涙を堪えながら告げるのだった。
「ベイルくん……あとはお任せてください……プリメーラは丁重に扱います。どうか…………どうか、お休みください――」




