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第29話 お風呂最高

 さらに10分後。


 もう、プリメーラはなりふり構ってはいられなかった。少しでも生きながらえるため、床へと仰向けになって倒れていた。呼吸は荒く、身体も限界なので汗もダラダラ。ビクンビクンと痙攣を始めている。


 勇者ベイルはというと、普通に段差へと腰掛け、真剣な面持ちで座っていた。


 ――し、死ぬ……。


 現状、これほどの差がある。


 根性論ではなく、理詰めで生きてきたプリメーラ。明らかに負けがわかっているのであれば、敗北宣言もやむなしだと思い始めていた。


 勇者ベイルと差し違えるのもアリかと思ったが、そこまで魔王に尽くす義理があるのかというとそうでもないような気がする。


 相打ちの覚悟がなかったせいで、差し違えるタイミングを逸してしまった。我慢比べになんか応じてしまった。


 ――私がアホだった。


「あきらめろよ、プリメーラ。このまま続けてもろくなことにならねぇぞ」


「た、たわけ……まだまだ余裕なのだわよ」


 もはや、ろれつも回っていない。


「そろそろ終わりにしようぜ」


 ベイルが、ゆっくりと立ち上がった。そして、腰のタオルを使い、ぶわりと風を送ってくる。アウフグースだ。寝転がっているプリメーラに、熱風を浴びせてくる。


「ぐあぁぁぁぁ……」


 ゆっくりと鉄板の上で焼かれる残酷焼きを彷彿させる。プリメーラは悶えることしかできない。


 しかも、このアングルはヤバい。

 いや、酷い。


 唯一の衣類であるタオルを振り回しているので、完全なる全裸。一糸まとわぬ彼の中央のやや下には、イチモツがぶら下がっている。


 男性に免疫のないプリメーラにはあまりに刺激的すぎる。ただでさえ暑いのに、身体も火照ってしまう。


「やめろッ! 隠せッ! セクハラだぞッ!」


「ここがどこか忘れたのか? 男湯だぞ」


 悔しいが正論ッ! 彼の姿は、この空間においては合法にして正装。床でのたうち回っているプリメーラの方が異端者である。真面目で論理的な性格ゆえに、納得してしまう。


 ぶわさっ。ぶわさっ。


 熱波が浴びせられる。スルメを焼くかのように、良い感じであぶられていく。


「番号を言え、プリメーラ。これ以上、苦しむ必要はねえ」


「くっ……殺せッ! 情けをかけられる筋合いはない!」


 プリメーラは、最後の力を振り絞って立ち上がる。ギロリと射殺さんばかりの視線を向ける。


「はぁ……はぁ……この暗略のプリメーラ。死ぬぐらいなら、貴様も道連れにしてくれる……」


 もし、死んだとしても、番号さえ言わなければ奴はこの空間から出ることはできない。最悪、相打ちで終わらせることができる。


 こうなったら、もはや意地だ。お互いがミイラになるまで続けて――。


 ――あ、あれッ?


 上下左右の感覚がなくなる。足に力が入らない。


 ふらりとよろけるプリメーラ。それを全裸の男が、すかさず抱きとめてくれる。


「おい! 大丈夫か!」


「く、くくッ……。心配している場合か? おまえは、私と一緒に死ぬのだ」


 このデスゲームの欠点は、番号さえ言わなければ相手を道連れにできること。どうせ死ぬのなら、この変態も一緒だ。


「やめろ、無理をするな」


「絶対に、やめない……絶対に……おまえを殺す……」


「その前におまえが死んじまうんだよ! これ以上の戦いは無意味だ! ……俺は、サウナで人が死ぬのを見たくはねぇ」


 ――だったら、こんなバカみたいなシステムをつくるんじゃねえよ!


「フ、ハハ……絶望しながら……死ね」


 もう、身体が動かない。どうやら、限界がきたようだ。意識がゆっくりとフェードアウトしていく。


「……026315」


 は? 


 ――いま、奴はなんと言った?


「026315。俺の暗証番号だ」


 そう言いながら、彼はドアへとプリメーラを連れて行く。


「な、なにを……?」


「これ以上、続けたら……おまえが死んじまうだろうが。例え、相手が魔族だろうがなんだろうが、こんなにサウナを愛している奴が死ぬのは見たくねぇんだよ」


 別にサウナを愛しているわけではない。仕事のために熱波師をやっているだけだ。


 けど、ベイルはプリメーラをお姫様抱っこしたまま、パネルの前へと連れて行く。あとは、番号を打ち込んだら、このゲームは終了する。


「俺を殺して、とっとと出て行けよ。おまえが、なんのために必死になっているのかわからねぇけど、ふたりで死ぬことはない」


 ――殺して出て行く?


 プリメーラは右手に魔力を込めてみる。かろうじて動くか?


 最後の力を振り絞れば、ベイルを消すこともできるかもしれない。


 これで、終わる。

 終わらせることができる。

 できるが――。


「ふ……ふざけるな。私はッ、貴様の施しなど受けん!」


 たぶん、初めてだと思う。非合理的な行動をしたのは。


 義理とか、人情とか、そういったものは不純物だ。多少の優しさや情けを与えられたところで、忖度する必要はない。魔王軍最高の頭脳と称されたプリメーラは、それを十分にわかっていた。


 だが、心のどこかに、意地とかプライドとか、そういうものがあったのだと思う。


 プリメーラは、ベイルを殺さずに――暗証番号を打ち込んだのだった。


「プリメーラ……なぜ……?」


「か、勘違いするな。この……くだらないゲームに飽きただけ……だ」


 そう言い残して、プリメーラの意識は闇へと落ちるのだった。。


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