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第26話 プリメーラの師匠

 ……なんで、こんなことになってしまったんだろう。


 灼熱のサウナの中、プリメーラは苦悩する。


 町での潜入生活は凄くつらかった。


 まず、働くところと住むところを手に入れなければならない。この町はサウナや銭湯の仕事が多いので、その中から住み込み可能のバイトをさせてもらうことにした。サウナの勉強にもなると思った。


 けど、働くことに慣れていないせいで、毎日失敗ばかりしていた。勤め先のおやっさんは、ずっと怒鳴ってばかりいた。


 何度、謀殺してやろうと思っただろうか。というか、失敗ばかりしているのは、このおやっさんの教え方が下手だからだと思う。職人気質を通り越して理不尽にすら感じた。


 けどまあ、おばさんがいい人だった。


 プリメーラが落ち込んでいると、珈琲牛乳を奢ってくれた。初めて飲んだわけじゃないけれど、凄く美味しかった。人間の温かさを感じた。


 クズみたいなおやっさんだったけど、殺したら少なからずおばさんが悲しむだろうから殺さないでやった。


 そうやって、仕事をしながら、町で情報を集めていた。どうやら、勇者ベイルにはお気に入りにサウナ施設がいくつもあるらしい。奴を殺すのなら、そこがチャンスだと思った。


 そんな折りに見つけた遊活クラブという新進気鋭のサウナ。この店は、熱波師を欲しがっていた。そこで働くのも悪くないと思った。


 ――けど、熱波師とは一体なんだろう?


 家に戻って、おやっさんに聞いてみたのだけど『そんなものは知らない』と、言われてしまった。


 サウナを営んでいる者なら、知らないはずがないと思い、問い詰めたのだが、はぐらかされる。拷問して、吐かせようかと思った。


 だが、その前におばさんが教えてくれた。


『あの人はね、プリシラちゃん(プリメーラの偽名)が熱波師になったら、どこか遠くへ行ってしまうんじゃないかって、それが怖いんだよ』


 バカな。と、プリメーラは思った。


 毎日、追い出さんばかりに怒鳴り散らしているタコ坊主が、プリメーラを引き留めたいなど理屈が通らない。


 ――だが、この町には、そういった面倒くさい性質を持った、謎生物が存在するらしい。


 おやっさんは、裏でプリメーラのコトを褒めていた。若いのに、住み込みで風呂屋で働きたいなんざ、なかなか見所があるじゃねえかと、喜んでいたそうだ。


 風呂掃除の時も、プリメーラについつい構って欲しいから、わざわざ何度も様子を見にきてはアラを探す。


 長風呂している時も『いつまで入ってんだ、この野郎!』と、怒鳴りつけるのは、驚いて裸で出てこないかを期待していたからだそうだ。死ねばいいのに。


 けど、本当はプリメーラのことを気に入っていた。跡継ぎのいない銭湯の、跡継ぎになってくれるんじゃないかと期待したそうだ。


『そう、だったんですか……』


 感慨深くもなんともないのだが、しんみりした方が、人間らしいコミュニケーションになると思って、プリメーラは合わせておいた。おばさんも、苦笑しながらも瞳に涙をにじませる。


『嬉しかったんだよ。一生懸命働いてくれる子がきてくれて――』


 店先、そんな感じで話をしていると、中からおやっさんが出てくる。どうやら、聞き耳を立てていたようだ。


『てやんでい。こちとら、そんなつもりで雇ったんじゃねえよ。未来ある若い女を、こんなボロ銭湯でいつまでも働かせていられっかよ。別に、出て行きたければ出て行きゃあいいじゃねえか』


『あんた! また、そんなこと言って!』


『うるせい! おまえは黙ってろい! ――おい、プリシラ。おめえ、熱波師になりたいのか?』


 プリメーラはよく考えて、小さく頷いた。


『うちじゃあ、ロウリュウも熱波もやってねえ。つまり、ここを出て行くってコトか?』


 出て行かなくても、おまえを殺して店を乗っ取ってもいいのだが……なんて、考えていると、おもむろにおやっさんが言った。


『……アスティナだ』


『はい?』


『伝説の熱波師、アスティナって奴が、この町のどこかにいる。そいつを探せ。会うことができたら、おまえも一流の技を教わることができるだろう』


 ――熱波師アスティナ。


 イエンサードの大魔道士と同姓同名。プリメーラの侵略を幾度となく退けた彼女が、まさか熱波師をやっているのだろうか? いや、そんなはずはないか。


 しかし、プリメーラは少し驚いた。まさか、害にしかならないと思っていた、おやっさんが情報をくれるとは思わなかったからだ。


『熱波師の技術を体得するには時間がかかる。それまで、うちの家に住んだらいい。女房も、おまえと話をするのを楽しみにしているみたいだしな――』


 こうして、プリメーラはここの仕事を継続したまま、熱波師の技術を習得することになる。


 これは結構なハードワークだった。人間界では、昼は学業、夜はバイトという『苦学生』なる存在があるという。


 まさか、数日前まで魔王軍で万の魔物を率いていたプリメーラが、まさか苦学生の真似事をする羽目になるとは思わなかった。


 だが、勝利のプロセスは見えた。熱波師になれば、遊活クラブで雇ってもらうことができる。そして、いつかくるであろう勇者ベイルを暗殺することができる。


 だが、熱波師になるのは、楽な道ではなかった。


 まずアスティナだが、こいつは簡単に見つけることができた。というか、ギルドの掲示板に『熱波師になりたい人向けのレクチャー講座 伝説の熱波師から究極の技術を学ぼう!』なんて張り紙があった。


 その講師がアスティナだった。受講開始日まで、日数があった。そんなのを待っていられるわけもなく、アスティナの滞在するホテルへ直接訪問することにした。


 我ながら大胆な発想だとプリメーラは思った。ここは敵軍の中枢だ。もし、自分の正体がバレたら確実に殺されるだろう。


 アスティナの部屋を訪問。プリメーラの真剣なまなざしに、のっぴきならない事情を感じたのか、招き入れてくれた。


『――で、なに?』


『熱波師になりたい。あなたに従事することが、もっとも最短だと思った』


『それなら、ギルドの張り紙を見なさい。レクチャーの日程が書いてあるから』


『ダメだ! 私は、一日も早く熱波師になりたいんだ!』


 声を荒げ、熱意を伝えるプリメーラ。


 アスティナは物怖じせずに言い返す。少しプリメーラに興味を持ったようだった。


『ワケありって感じね』


『一刻も早く、熱波を浴びせたい人がいる』


『ふーん。急いでいるって事は、もしかしてそいつの寿命が近いとか? もしくは旅立っちゃうとか?』


『そうだ』


 適当に合わせておいた。おやっさんもおばさんもそうだが、人間には人情溢れる人が多いらしい。ワケあり顔をしていると、意外とコトが進みやすいことは人間界で学んだ。


『まあ、わからなくもないわ。誰かをととのえさせたいって気持ち、熱波師なら持っていて当然だもの』


『アスティナも?』


『あたしも、勇者ベイルとととのえさせる必要があるの。あいつを完璧な状態にして、イエンサードに攻めてきた、あの憎きプリメーラを倒す。それが私の望み――』


 ――ふぇ? 私ッ?


『そんな因縁が……?』


『ええ。あいつのせいで、イエンサードの民は苦しまされた。必ず生け捕りにして、この手で殺す。火炙りにして殺す。長い時間かけて絶望を味わってもらうの。アースゲイルの名にかけて、必ずプリメーラを殺す――』


 アースゲイル? もしかして、アスティナ? アスティナ・アースゲイル? イエンサードの最後の希望? 同姓同名の他人じゃなかったの?


 マジか……って思った。イエンサードの大魔道士ご本人の登場だった。まさか、イエンサードを放っていて、熱波師の育成をしているなど思わなかったからだ。


 なんという数奇な運命か。殺し合った相手から、まさか教えを請うことになるとは。


『あんたみたいな、やる気のある子は嫌いじゃないわ。けど、熱波師の修行はきついわよ? ついてこられるの?』


『もちろんだ、アスティナ』


『アスティナさんね。教えを請うのなら、上下関係は絶対よ。言葉遣いも、ちゃんとしなさい』


『わかりました。よろしくお願いします。アスティナさん――』


 こうして、プリメーラは熱波を教わることになる。灼熱の空間で、毎日のようにタオルを振り回し、脱水症状にもなった。


 正直なところ、プリメーラの苦手とする分野であった。


 熱波師に必要なのは『心』だ。お客様をととのえるために、最高の風を送り続けること。技術も必要だが、精神の方が大事だと知らされる。


 つらい顔でロウリュウをしても、お客様は喜んでくれない。どんな環境でも、きびきびとした動きで、最高の風を送らなければならない。


 物事を理で考えるプリメーラには、理解しがたいことだった。


 だが、それを乗り切り、師アスティナから、仕事をしても良いレベルだとお墨付きをもらうだけの技術は習得した。


 そして、遊活クラブにて面接をし、勇者ベイルの首元に刃を突きつけられるほど近づくことができた。すべては、この日のために!


 ――なのに、デス・サウナシステム?

 なにそれ? サウナって怖い物なの?

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