No.9 一話 ~08~
今朝は妙な夢を見たような気がした。どんな内容だったか良く覚えていないけど自分が他人のような気分になった事は良く覚えている。いくら首をひねっても頭を傾げてもぜんぜん思い出せない。大抵のどうでもいい夢は目覚めてから数分で忘れてしまうものだ。あまり気にしないほうがいいかもしれない。俺は数日ぶりの座りなれたソファーに腰を落ち着けた。
「うわっ、なんだクレイか」
作業を終えて帰ってきたアルマが事務所の中に戻ってきた。汚れた手袋をハンガーにかけてせっせと好物のうどんを作り始める。久々に帰ってきたのにずいぶん態度が冷たいじゃないか。アルマの背中に俺は視線で訴えた。
「そういえばお前、ヤクザの仕事は終わったのか?」
「マフィアの仕事な。それが夕方からまたお偉いさんたちと顔合わせなきゃいけないらしい」
「じゃあお前帰ってくる余裕無いんじゃないの?」
「こっそり帰ってきた」
「またあのおっかない女に弾き向けられても知らないぞ」
冗談っぽく片眉を吊り上げてアルマは言う。きっとアルマは俺がああやって虐められているところを見るのが楽しいんだ。そうに違いない。今になって思い出して見れば、以前ここで拳銃を向けられてた時も後ろのほうで一人楽しそうに笑っていたような気がする。全く悪魔のような女だ。
「別にサボりで来たわけじゃねぇからな」
「ならなに。用事でもあるの?」
「『イド・リヴァー』の首がどっかに落ちてないかと思って。だって体はここにあるんだろ? 首に足が生えてどっかに行くなんて事は無いだろうし、首があるはずだと思うんだよなぁ」
「首って言われても、山ほどあるからな。写真とか無いの?」
「一応ある」
「それを早く言え、それを」
冷凍の即席めんを美味そうなうどんに仕上げてアルマが机の上にどんぶりを置いた。俺はアルマに例の背広に入っていた写真を手渡す。
「ふ~ん。なかなかいい男じゃないか」
モゴモゴとうどんを租借するアルマも受け取ってすぐに大事なものだと気づいたらしい。顔を覚えるとさっさと小棚の中にしまった。
「仕事しながらだから見つかるか分からないけど、それで構わないな」
「あぁ。よろしく頼む。俺はそろそろ行かないと叱られる」
「厳しい彼女だな」
「彼女ってより姑って言ったほうが正しいぜ」
他人事感全開でアルマが笑う。本当に他人事でうらやましい限りだ。これから俺がどんな目にあうのかも考えなくていいのだから。
夕方。俺は徐々に酷くなりつつある頭痛で気分は最悪だった。首を解したり、風邪薬を飲んだり、いろいろてみたが一向に良くなる気配が無い。そんな俺とは正反対にイキシアは気合の入った様子で背広の襟を直していた。
「はぁ」
目の前にある扉の向こうにまた行くことになると考えると憂鬱な気分になる。今は余計に。ため息をこぼした途端にイキシアに肘で小突かれた。悪戯をした子供を叱りつけるときのあの表情を浮かべて俺を睨みつけてきた。分かった、分かった。今日一日がんばれば俺もお役御免だ。頑張らせて頂きます。
俺は一度深く深呼吸をして扉をノックした。
「入りたまえ」
ルッソ・デミチェンコの声が聞こえた。俺は背筋を伸ばして扉を押し開ける。円机に並んだ幹部たちが俺たちの登場に一斉に起立した。そして短く拍手を送る。
「よく来てくれた。イド・リヴァー」
こういう時何をしたらいいのだろうか。包帯で顔が見えないから微笑んでもしょうがないし、かといって偉そうにふんぞり返るのも違うような気がする。とりあえず俺は帽子を脱いで小さくお辞儀した。
「先日の失礼な発言を謝罪します」
思いつく一番の対応。まず謝る。自分が何をしたのか知らないがイキシアから聞いた話ではとんでもないことを口走ったらしい。それこそ女子便所に全裸で飛び込んで走り回るほどのとんでもないことを。しかしまぁ、覚えが無いから謝罪にはこれっぽちの気持ちもこもっていないのだが。
「いや、誇りを汚されて黙っているよりずっと立派なことだったよ。さぁこちらへ。皆に改めて紹介しよう」
こちらとはつまりルッソの隣のことらしい。イキシアの顔色を窺うと彼女は黙って首を縦に振った。早く行けと目が訴えている。なんだか嫌な感じである。
身なりのいい爺さんのルッソからは珍しい香水の香りがする。ルッソは隣に立った俺の紹介(俺自身ではなく『イド・リヴァー』の)をする。聞いている感じでは俺の思っていたよりずっと優秀な男だったらしい。
商売の才能があり、貿易船から品を仕入れる仲介役をしてはその資金で組織を養っていたとか何とか。よく分からないがとりあえず才能、知識、人望がそろったとんでもないカリスマだったらしい事は分かった。どうやら俺は『イド・リヴァー』ではなさそうだ。
「では、血の掟を交わそう」
ルッソは一通り紹介を終えると懐に差した奇妙なナイフを抜く。相当昔から受け継がれているらしいそのナイフは、柄を革で巻き刀身は内側に緩やかなカーブを描く。それで手首に傷をつけるわけだ。まず始めにルッソが、そして次に俺が手首に傷をつけた。薄皮を切るくらいの傷だがそれでもちょっと痛い。
「さぁ」
ルッソが俺に手首を差し出す。確か説明を受けたとおりであれば彼の傷に俺の傷を重ねるだけでいいはずだ。なにも難しい事は無い。俺はルッソの手首に自分のそれを重ねようとした。
その時、急に裂けるような頭の痛みが後頭部から背骨に沿って体中に走った。俺は思わず体を大きく反応させてしまう。尋常じゃない痛みだ。そして次に俺を襲ったのは車に引かれたような体の痛み。視界が一瞬で駆け巡り、そして意識が暗転していった。
第九回。
今回も足を運んでいただき有難うございます。一人でも二人でも読んでいただける方がいると励みになります。あとがき、なるものに今更気が付いて書き込んでいます。なぜ気が付かなかったのか、自分でも不思議ですが、これからは忘れず書き込んでいくことにしました。さて、懸命に強がって生きるイキシアとクレイマンの物語も佳境です。次回もお楽しみに。
ご意見ご感想、お待ちしております。
青六。




