No.3 一話 ~02~
年に一回使うかどうかという客室はろくに換気もされておらずカビの香りが充満している。暖房が効いた客室の窓は結露を始め、靄のかかったガラスのようになっていた。俺は渋々埃のかぶった椅子に腰掛けて上着を脱ぎ捨てる。
どうして俺がこうして半裸にならないといけないのかといえば、突然現れたマフィアの女にそう頼まれたからだ。ちょっと恥ずかしい。見るなら見るでさっき見せたのにこの女は「明るいところでちゃんと見せてほしい」なんていいやがる。おかげで俺は事務所で半裸、アルマと変な女の二人にじろじろと体を視姦されていた。
「繋ぎ目はないの?」
「無い。そもそも繋いだところですぐに腐るはずだ。クレイマン、何か覚えていないか?」
「なにも。だからさっきも言ったように俺は三日前以降の記憶が無いんだよ」
俺は刺青から指の先の皮まで鑑定士ばりに調べ上げる女を見下ろした。
「じゃあ探し人が居なくなったときと日にちは同じか」
「だが顔が違う」
「なら別人だろ」
いい加減触られて気持ちが悪いし、くすぐったいので俺は女の手を払いのけた。このままやらせてたらズボンまで脱げなんて事になりそうだ。それは恥ずかしくて死にそうになるので辞めてもらいたい。
「でも体はまんまその『イド・リヴァー』って人なんでしょ?」
アルマは親切心からかずいぶん暗い表情を浮かべる女に確認を取る。どうやらこの女の探し人とやらは『イド・リヴァー』という名前らしい。聞き覚えは全く無い名前だ。記憶が無いんだから当たり前だが。
「間違いない。彼の体だ」
「でも首は違う。なら別人だ」
「お前な、自分が誰か知りたくないの?」
呆れた顔でアルマ。俺はゴワゴワになった髪の毛を解す。俺だって自分が誰なのか知りたい。でも記憶が消える前の俺がマフィアのボスだったなんて話は勘弁仕りたいものだ。この街のマフィアといったら大抵拳銃を振り回して一生懸命死体作りに精を出しているような連中ばかりだ。そんなの連中のボスだなんて笑い話でも目覚めが悪くなりそうだ。
「なんにしても今の俺はクレイマン。死体処理のクレイマンだ」
今日中にまだ終わらしたい仕事は山ほどある。俺は急いで服を着た。それでさっさと仕事に戻ろうとしたとき、いきなり目の前の女が泣き始める。
「すまん、気にするな」
女はすっかり気分がブルーに入った様子で泣き顔を見せまいとそっぽを向いた。何か悪いこと言っただろうか。俺はひとまず状況を理解するためにアルマを見た。アルマなら何とかしてくれる、そう信じて。
「うわ、泣かせやがった」
信じられない。そんな表情を浮かべ、アルマはジトッとした視線でこちらを見返してくるのであった。これは俺のせいなのか。違うような気がする。念のためもう一度考えてみるがやっぱり俺のせいではない。
「悪い。泣いている場合ではないんだ。近いうちに他のファミリーと結束式がある。それまでにボスを見つけないと・・・・私たちは・・・・・」
泣いてる場合ではないんじゃないのかよ。余計に涙を加速させていく女を見下ろして俺は思わず突っ込みたくなった。でもここでそれをしたら間違いなくアルマに殺されるだろうな。顔を上げなくても分かる強烈な視線を感じながら俺は渋々また椅子に腰掛けた。
「そんなに泣かれてもな、俺は記憶ないからどうしようも無いぜ?」
「・・・・グスッ」
鼻を啜る女はまだ顔を地面に向けたままだ。ちょっとくせっけな黒髪が女の顔に影を作っている。この髪型ってボブっと言うのだったか。なんとなくどうでもいいことを思い出してみる。
「じゃあクレイが結束式に出れば良いじゃん」
しばらく黙っていたと思ったアルマがいきなり突拍子も無いことを口にした。ちょっと待った。今の聞こえなかったのだが何と言った。思わず耳を疑ってしまう。
「記憶が戻るかもしれないだろ? でなくても彼女は助かるわけだし」
一人で腕を組んで納得したように頭をかくかくと上下に振りやがるアルマはビシッと格好つけて俺を指差した。
「女を泣かせた責任ってヤツだろ!」
「いや意味不明」
「・・・・男なら」
ぼそりと呟く声が目の前から聞こえ、俺は顔をそちらに戻した。
さっきまで乙女らしく泣いていた女がなんだかおかしなオーラを纏ってゆっくりと顔を上げていく。とても嫌な予感がする。でも逃げられない。これを絶体絶命というのか。自然と男の大事なところがグッと引き締められるような気分だ。なんだか癖になりそうである。
しかし状況はそんな冗談を言っている場合ではない。女は上着の裏から黒くてごつごつして、鉛の玉がボンボン飛び出す死体製造機を握り締めて俺の顎に突きつける。輪郭にぴったり合ったスレンダーな服装の何処にそんなものを隠していたのだろう。きっと四次元何チャラポケットか何かついているに違いない。彼女はそんな俺のどうでもいい思考を無視して撃鉄を起こしながら言う。
「男なら四の五の言わずイエスだろうが?」
本当にさっきまでのしおらしい彼女は何処へ行ったのだろう。きっと母を訪ねなくても三千里くらい向こうにジェット機で飛んで行ったに違いない。とりあえずマイルポイントは俺に付けておいて欲しい。俺はゆっくりと両手を上げて引きつり笑いを浮かべるしか出来なかった。
第三回。テンポよく、とはなかなかいきませんね。全4章構成でありますので、全て載せると文庫本一冊分に相当します。毎日乗せても二ヵ月分ほどになるのではと予想しております。その間に新作も作っていきたいですね。感想、質問などなど、頂けたら喜びます。よろしくお願いします。
青六。




